岩倉梓は、警視庁深川警察署生活安全課八坂班に属する刑事だ。
深川警察署といっても、東京の地理にうとい者にはピンとこない。そこで、本文に入る前、目次の次に見開き2ページで「ZONE主要舞台 豊洲マップ」が載っている。要するに、東京都23区中、江東区に属し、管内に江東区役所がある。東京都現代美術館も管内だ。
ちなみに、巻末には「豊洲のあゆみ」と題する年表が、これまた見開き2ページで掲載されていて、1923年の関東大震災から2011年の<高齢者と子どものふれあい施設「グランチャ東雲」がオープン>まで紹介されていて、このきめ細かさは並みのものではない。
警視庁所轄署生活安全課というと、新宿署の鮫島崇が名高いが、「新宿鮫」のような大事件、大活躍は、ちっとも出てこない。全5話の連作短編だが、みなチマチマとした出来事ばかりで、事件として立件されないものばかりだ。
第1話では母子家庭の母親の失踪、第2話では偽名で通してきたことが判明した者の孤独死(行旅死亡人)、第3話は幼稚園におけるキャリア・ウーマンと専業主婦の対立、第4話はストーカー・・・・
第4話では、ストーカーを調査していた岩倉梓自身がストーカーされるに至る。梓は、30代前半という設定だ。ディック・フランシスが好んで主人公にとりあげた年代である。ある程度の人生上、仕事上の経験を積み、しかしまだ完成しきっていない。その分、まだ擦れてはないし、可能性も残っている。そこからくるやる気と勇み足が、同僚や読者にとって魅力となる。上司の八坂は、酸いも甘いもかみわけたベテランで、仕事の上で人を死なせ、深く傷ついた過去をもつらしい。コンビを組む後輩の佐々は5歳下だが、有能で、将来は自分を追い越すだろう、とヒロインは自覚している。その佐々は、司法警察員としてはいくぶん人間味が出過ぎているヒロインの仕事ぶりに共感している。
ところで、第5話は震災ビジネスをとりあげる。震災ビジネスといっても、夏原武『震災ビジネスの闇』【注】が抉り出したようなえげつないものではない。寸借詐欺に近い。むしろ、非正規労働者の今を追って、風俗小説的だ。
本書は警察小説だが、総じて、推理小説的な事件の解決より、第1話でミクシィが大きな役割をはたしている点にもうかがえるように、現代社会の風俗を描くほうに力点が置かれる。肩肘はらずに、それでいて一途なところのあるヒロインに魅力があり、感じのよい小説だ。
【注】
「【震災】原発>放射能をダシにした詐欺 ~震災ビジネスの闇~」
「【震災】被災者を骨までしゃぶる建築詐欺 ~震災ビジネスの闇~」
「【震災】瓦礫に「宝」を見つける廃材ビジネス」
□福田和代『ZONE ~豊洲署刑事 岩倉梓~』(角川春樹事務所、2012.8)
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