語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【社会保障】グローバルな賭博師の餌食となる公的年金 ~AIJ事件の本質~

2012年05月17日 | 医療・保健・福祉・介護
 AIJ事件について、マスコミは見当違いの問題ばかり騒ぎ立てた。
 (a)浅川和彦・AIJ社長の報酬は多すぎる。
 (b)浅川社長ら企業幹部が意図的に運用損を隠し、みせかけの利益で客を騙して釣っていたのなら、詐欺罪が成立するのではないか。
 (c)社会保険庁OBが天下りしている。
 (d)被害企業側は、どれも厚生年金基金に加盟していた。被害はこの基金の損失として現れる。こうした被害の補償や救済はどうなされるべきか。

 問題の本質は、こうだ。

(1)金融ビッグバンが残した惨禍
 1996年から2006年まで、橋本政権から小泉政権までの間に金融制度改革が推進された(「金融ビッグバン」)。銀行、証券、保険の業域区分が廃され、業域を超えた金融取引が認められた。外国金融資本の日本市場への進出と活動も、日本の金融資本の外国市場における同様の行動も、自由化された。旧い投資顧問業法では認可制だった投資顧問業も、新しい金融商品取引法(2006年制定)の下で「投資運用業、投資助言・代理業」とされ、緩い登録制になった。新法では、客がリスクを承知で任せた博打なら、その代理人が損を出しても罰せられない。
 浅川社長は、グローバルな賭場に小さな賭け金を運んでいったにすぎず、それを容赦なくかっさらっていった大物たちは、租税回避地の秘密の闇に隠れて、誰にも見つからない。すべてルールどおりで、違法性はない。
 では、国民の知らぬ間に日本の金融システムがこんな世界に巻き込まれた責任は誰にあるのか。
 国会で、浅川社長に詐欺罪を着せようとして、くどくどと同じ質問を繰り返す議員たちこそ、金融ビッグバンなどと浮かれてきた彼らこそ、諸悪の根元だ。

(2)ギャンブルに走った公的年金制度
 厚生年金基金が、なぜグローバルなギャンブル金融市場のワナに引っかかる結果となったのか(これを重視するのがまともな報道感覚だ)。
 この制度の根幹が危機に瀬している。その危機の一環が、今回の出来事だ(多くの厚生年金基金が深刻な事態に立ち至った)しかし、政府もメディアも、そのような問題の捉え方がまるでできていない。
 1965年、厚生年金基金法が改正、翌年施行され、従業員1,000人以上の企業は「厚生年金基金」組合をつくり、厚生年金保険と同様の方法で集めた保険料をそこに集め、独自に運用してよい、ということになった。厚生年金から離脱、国への納付義務を負わなくなった。単独型(1社で1組合)、連合型(系列グループで1組合)、総合型(同業種多社協同で1組合)の3タイプがある。企業が自社だけの健康保険組合をつくり、国の健康保険制度から離れていったのとそっくり同じことが生じたのだ。どちらも財界の強い要望があり、自民党政府が同意し、旧厚生省もたくさんの天下り先ができるため協力してできた改変だ。
 健保について言えば、優良企業が抜け、負担力の弱い企業が残った政府管掌健保が赤字になるのは必然だった。
 1960年代半ばは、高度成長の登り坂の途中で、定年退職者は当分少なく、若い従業員が加速度的に増加する時期だった。年金支払いは少なく、積立金は累増した。銀行貸し付けより低い金利の貸し付け、有数の観光地に事実上の社員保養所を建設することもできた。法により収入比例部分の運用は国のそれの「代行」とされ、その部分は国の場合より3割程度増やすように義務づけられたが、基金を持つ企業にとっては高金利時代はそれでも得だった。
 その後、確定給付制度が導入され、その最終給付額が確定できれば、独自の企業年金・退職金と合体、退職金の合理化をすることも可能になった。
 さらに、バブル崩壊後には、確定拠出型(日本版401k)年金が出現した。掛け金だけを確定、それを本人の運用に任せ、損も得も当人の自己責任という仕組みも導入された。公的年金制度としては異様な仕組みだが、根幹はやはり公的年金制度の一翼なのだ。 
 そして、悲劇がやってきた。バブル崩壊・ゼロ金利時代の到来だ。「代行」部分に国より3割多い給付額など到底出せない。1割程度でもよくなったが、それもできない。
 リスクの多い株式や外貨建て資産での運用は、かつての年金制度では厳しく規制されていた。だが、それも日米金融協議で撤廃され、ハイリターンを目指そうとなったら、カネの流れはいきおいハイリスクに向かう。日本の市場慣れしないカネを餌食にしようと、外国金融機関の吸引力も強まる。大きな、強い年金基金はまだしも、底の浅い、小さな年金基金がその流れに抗しようとしても、翻弄されるだけだ。かくて、AIJ事件が発生した。

(3)対策
 野田政権が真っ先になすべき仕事は、年金改革を口実にした消費増税などではない。ここまでガタガタにされた公的年金制度を国民の利益に適うものへと復元することだ。
 市民公共の財を博打のネタと化す姿なきグローバルな賭博師たちに退場してもらわねばならない。日本だけではなく、米国の貧しい「99%」、ギリシャの自殺者、スペインやイタリアの失業者、途上国の飢えた子も、みな「1%」のギャンブラーの犠牲者だ。
 対処法は簡単だ。野放しのインターネット取引では証拠が残らない。そこで、一定額以上の資本が国境を越えるとき、それを誰に送ったかの記録を送出・受領双方の国に義務づける国際協約をつくればいい。姿が掴めれば、しめたものだ。こうした制度がないままでは、EU中央銀行やIMFのせっかくの増資も、日本の消費税も、“盗人に追銭”に終わる。
 世界の地政学的情勢をこのように大きく捕らえ直す視点が、ようやくメディアに出現し始めている。

 以上、神保太郎「メディア批評第54回」(「世界」2012年6月号)の「(1)核心の見えないAIJ事件報道」に拠る。
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