語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【原発】除染を妨げる経済学 ~「費用対効果」~

2012年05月01日 | 震災・原発事故
(1)コストの論理
 食品は全部検査すべきだが、政府はなかなかやらない。検査にハネられたものは全部買い取らねばならず、それが嫌なのだ。
 食品の暫定基準にしても、なぜ米と牛肉が同じ500Bq/kgだったのか。ウクライナやベラルーシの基準は、主食のパンは20~40Bq/kg。日本の暫定基準の10分の1以下だ。毎日食べる米なのに、1年間も暫定基準で済ませてきた。
 ようやく食品の安全基準が100Bq/kg(乳幼児50Bq/kg)に落ちたが、放射線審議会は乳幼児の50Bq/kgは低すぎる、と緩和を要求している。基準を上回ったものは補償しなければならないから、補償額を抑えたいのではないか。
 それに気づかされたのは、二本松市のゴルフ場の放射性物質除去と損害賠償を請求した訴訟だ【注】。東京電力は、放射性物質は「無主物」だ、と答弁した。、彼らの神経を疑った。こんなことをやっていたら、本当に電力会社への不信が募って、原発政策もストップするだけなのに、いったい何を考えているのか。
 が、これが「費用」「効果」を第一義に置く経済学のロジックからみれば、結論の一つとも言える。そう考えると、彼らの行動原理がはっきりわかるようになった。
 (a)今除染するより自然減衰で減るのを待ち、それから除染したほうが安上がりだ。が、その間にたくさんの放射能を浴びる人が出てくる。
 (b)今本格的に除染したらコストは凄くかかる。が、子どもや妊婦をはじめ福島の人たちに与える健康被害が減る。
 この2つの選択肢の場合、経済学のロジック「費用対効果」で考えたら、(a)を採ることになる。被害が出るのは一部の人で、また立証の難しい症状もある。その人たちには、自然減衰で放射能が減ってから訴訟を起こして賠償請求してもらいましょう・・・・。
 経済学者が経済学のロジックで福島の事故について考え出したら、公然とは口に出さないまでも、こうした結論を出した人もいる。それが、現実に暗黙のルールとして実行されている。とても人間的ではない。「人命を大事にする。人の健康を大事にする。日本の未来のため子どもを優先する」という当たり前の原則は、現在の経済学を超えている。原子力委員会の「新大綱策定会議」ではコスト計算をやっているが、コストに直していいのか。
 校庭の安全基準にしても、費用負担をできるだけ避けたいといった理由で、次々に安全基準を緩和してしまった。
 電力会社は賠償をできるだけ抑えたい。政府も税金をそこへ投入したくない。そうした姿勢でいるため、消費者には不信しか生まれなくなる。「人命、健康を大事にし、子どもを優先する」方針を明確に採らないかぎり、この国は完全に不信が積もり積もって崩れてしまう。

(2)原発問題は今後「日本が悪くなるのか良くなるのか」の試金石
 政府の無責任さに“NO”を明らかに表明し始める人々が出てきた。ことに身体に対する感受性が高い30代、40代の女性は、本当にこの原発事故とその後の政府・東電に怒っている。
 <例>千葉県のある地域で、放射線の測定と除染を進めるのに積極的なのは女性だ。男性の場合、反対意見が出て、「線量がわかると地価が下がるから」。会社人間として育ってくると、まずそういう発想になってしまう。 
 福島の子どもたちを守る運動も、母親たちが動いた。
 多くの人々が、政府のうさん臭さをもう嗅ぎ取っている。今回の事故後も電力会社を原子力安全・保安院がチェックする。最終チェックはSPEEDIのデータを隠した原子力安全委員会だ。・・・・誰も納得していない。有害物質を出した食品会社がラベルを何度も貼り替えて、「今度は大丈夫です」と言うようなものだ。誰も買わない。信用できない。
 今まで通用したから、まだ通用すると思い込んでいる感覚が信じ難い。
 福島に対して「ふたを閉めていく」ような動きが、今、出始めている。あれは福島で起きた問題、というふたの閉め方をして、よその地域は今まで通りやっていく。そのやり方だと、絶対同じ過ちを繰り返す。
 どれだけ大変なことであれ、どう処理していくかをどれだけ誠実にやるか、ということを試されている。それをちゃんとやらないと、この国に未来はない。
 日本の仕組みそのものが福島の事故によって問われている。実際に、電力会社が日本の財界の中心だったし、これまでのエネルギー政策は日本経済の中で大きな比重を占めていた。
 ひょっとしたら、今回の事故で世界のエネルギー政策は大きく変わり出している。その流れの中で日本は取り残されるかもしれない。

 【注】「【震災】原発>賠償を拒否する東電側の理屈 ~裁判~

 以上、大友良英/金子勝/児玉龍彦/坂本龍一『フクシマからはじめる日本の未来』(アスペクト、2012)のうち大友良英/金子勝「原発問題は今後の日本の試金石」に拠る。
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