中国海軍による攻撃用レーダー照射事件は表面上沈静化に向かっているようだ。新聞はこの2-3日、ほとんど取り上げていない。国民の不安感も薄れ始めた。照射事件に関して「分が悪い」と感じている中国のメディアや中国政府、軍も、「照射はしていない」と照射そのものを否定した後、ことさらこの事件を大きくするのを避けてきた。しかし中国共産党や軍の尖閣列島への対応は今後も変わることはない。
東シナ海と南シナ海を中国の海にしなければ、太平洋やインド洋への出口を自由に航行できない。地図を日本側から見るのでなく、ひっくり返して中国側から見れば、台湾、尖閣諸島、琉球諸島、日本列島は中国海軍にとり邪魔以外の何ものでもない。
サンデー・モーニング・ヘラルド(豪州)はこのほど、「中國軍の強硬派将軍は、日本による尖閣列島国有化以来、厳しい軍事姿勢を崩していない」と報じ、党の機関紙や、検閲した新聞を使った中国共産党の宣伝戦に入ったと述べた。
なぜ中国が尖閣を必要とするのか?中国共産党と軍には「大きな夢」があるからだと思う。その夢とは何か。中国海軍の将官の話からおぼろげながら理解できる。そして中国陸海軍は、国家の軍ではなく、共産党の軍だということをも明確に理解しなければならない。軍と党は一体なのだ。メディアも共産党の宣伝機関だ。
モーニング・ヘラルドはこう報道している。「上級大佐で、中国国防大学の劉明福教授は2週間前、豪州メディアのフェアファクスとのインタビューで『核攻撃の正当化』というシナリオにまで舵を切った。ただし彼は中国が核攻撃の引き金を最初にひかないことを明確にした」
劉明福大佐は2010年3月、ベストセラー「中国の夢」を出版した。この著書で、中国が米国に代わり世界第一に、とアピールしたことで、たちまち西側メディアの注目を集めた。
ロイター通信はこのほど、「中国の夢」は「米国の『世界一の国家』の地位を阿諛(あゆ)するものだ」と論評。英紙デイリー・テレグラフは、中国解放軍は、世界最強の軍事力を整備し、迅速に前へと進み、米国の「世界第一」の座を覆すべきだと考えている、と報じた。
ロイターなど西側メディアが劉教授の主張をこう解釈している。「中国は世界的な目標において今後も低調であってはならず、『世界第一』を突き進むべきだ。中国の台頭は必然的に米国の警戒心を呼び起こす」
中国が「平和的に台頭したい」と考えていても、戦争のリスクを減らすのは難しい、と劉提督は考えている。著書「中国の夢」で劉提督は「21世紀の中国は、世界第一になれなければ、最強の国になれなければ、必然的に脱落した国、淘汰された国となる」と記している。
劉氏は言う。中米両国間の競争は「誰が最大の国になるかの競争であり、誰が勝利し、誰が衰退し、誰が世界の衝突を主導するかであり……中国は自らを救い、世界を救わなければならず、舵手となる準備をする必要がある」。そして、「中国の軍事力の目標が、米国にも、ロシアに追いつくことができなければ、軍事力の強化は世界三流のレベルに押し止められてしまうだけだ」と書いている。
今も昔も軍人の視野は狭い。劉上級大佐の言葉は、視野の狭さを物語っている。危険な考えであり、さらに軍人は「暴力装置」を保持しているから、なおさら危険だ。
劉氏の言葉の響きは、第2次世界大戦を引き起こし、ユダヤ人600万人を虐殺したアドルフ・ヒトラーの「東ヨーロッパこそドイツ民族のレーベンシュトラウム(不可欠な生存圏)なのだ」という絶叫に似ている。また19世紀後半から20世紀前半の大英帝国の政治家でインド総督、カーゾン卿の「インドは大英帝国の真珠。植民地インドを失えば、大英帝国は三流国家に転落する」と意味において瓜二つだ。
劉提督の見解は、まさに中国共産党が痛烈に批判する19世紀-20世紀前半の欧米帝国主義者や日本帝国主義者の見解と同じだと言わざるを得ない。日本軍部も中国大陸と東南アジアに広大な「大東亜共栄圏」を形成しなければ、日本は英米により滅ぼされると公言していた。否、そう思い込んでいたというほうが適切だ。
劉提督以外にも中国軍人の見解が散見される。毛沢東に走資派として糾弾され、事実上殺された劉少奇・国家主席の息子、劉源人民解放軍総後勤部政治委員(上将=大将)の見解(「第18回党大会精神学習報告書」)が環球時報に掲載された。「われわれは再び偶発戦争により中国の前進を阻まれてはならない。米国人と日本人が恐れていることは、われわれが彼らに追いつくことだ。だからこそあらゆる手段を使って中国の発展を阻止しようとしている。その手段は尽きることはない。私たちはだまされてはいけない」
また劉源人氏の見解は、中国軍艦による日本の艦艇・ヘリコプターに対する射撃管制レーダー照射が中国軍最高指揮部の指示に基づくものだと分析した2
月7日付韓国・中央日報日本語版にも載せられ、「いま国家の最も重要な目標は平和と発展を成し遂げる戦略的な機会を維持することだが、戦争が避けられない場合は戦争をするいう点を排除してはならない」と主張した。また「党中央が決定すれば、いかなる状況でも武力を動員して戦争をする」と警告した。
中央日報によれば、戚建国人民解放軍副総参謀長(中将)も2月4日、海上安全協力問題討論会に出席し、「中国の安全に対する脅威は主に海上で発生する」とし「(軍は)国家主権を必ず守らなければならず、一寸の領土も減らしてはならない」と強調している。続いて「中国が先に海上衝突を誘導したり、ある国家の安全を脅かすことはないが、領土と海洋主権と利益は決して放棄しない」と述べた。戚副参謀長のこうした発言は5日、国防省のホームページで伝えられた。
黄東マカオ国際軍事学会会長は6日、香港明報で「射撃管制用レーダーを照射するというのは事実上、発砲直前の行動であるため、軍最高指揮部の指示がある場合に限り可能な措置」と述べている。
中国の提督らの発言を裏書きする記事が2013年1月22日の夕方、環球時報のウェブサイトに掲載された。見出し「日本は近代以降、中国発展のチャンスを2度も邪魔した天敵だった」が紙上に踊っている。
1861年、中国は2度のアヘン戦争を経験(大英帝国の敗れた)してようやく目覚め、西側に学び始めた。「洋務新政」や「同光中興」と呼ばれる。その後数十年で中国の経済構造は大きく変化した。
近代的な工業基盤が徐々に整い、新興資産階級が緩やかに成長し、中国の政治構造、特に法律や制度に変化が現れ、世界に歩み寄った。 まったく新しい中国が期待され、世界各国が平等な立場で中国に接する日もそう遠くはなかった。
中国は自らのルールに基づき事を進めていたが、上流階級や軍部のタカ派は敵を軽んじ、洋務運動33年の時、既定の政策が変更され、朝鮮の将来を考慮した甲午戦争(日本名・日清戦争)が日本との間で起こった。たった数カ月で清軍の原形があらわになり、「同光中興」神話が跡形もなく消えた。
中国は再び三十数年の動乱を経験し、1928年にようやく統一を果たし、新たな近代化が開始。1928年から1937年の10年は中国の資本主義発展の「黄金期」といわれる。
中国の近代化はこの間飛躍的に推進。この10年がなければ、中国は日本と戦う底力も、世界の反ファシズム統一戦線の形成まで持ちこたえることもできなかった。
甲午戦争と違い、抗日戦争は避けられなかったと中国人学者の多くが指摘する。いずれにせよ、日本が中国の近代化を中断したのはこれが2度目で、中国の資本主義の「黄金期」が突然終止符を打った。
そして今、中国は再び歴史的発展の重要な時期を迎えている。改革開放34年で中国は「No!」といえる底力をつけた。
今やわれわれはあの貧しく弱い年代から遠くかけ離れたが、日本が過去に2度も中国の近代化の夢を打ち砕いたことは決して忘れてはならない教訓だ。
中国で34年間の経済成長において確かに問題が生じ、これは日本が読み間違い、中国に敢えて挑発する理由になるだろう。
日本が釣魚島問題を巡って中国に挑発するさらに大きな理由は、中国で あと20年平和が続けば、これらの問題が中国の思い通りに解決されると思っているためだ。
そのとき日本はGDPで中国に及ばないばかりか、中国が全面的に発展すれば、1世紀以上維持してきた中国に対する優越感を失ってしまう。中国が釣魚島で戦争状態に入れば、戦争に勝ったとしても、第3次近代化の道程は中断される。そうなれば中国社会に存在する問題が勢いに乗じて解決できないだけでなく、解決の時機を失してしまう。中国の戦略的チャンスは米国の焦点が他に移るのを待つのではなく、自らが創造するしかない。 作者:中国社会科学院近代史研究所研究員 馬勇)
次に2月7日付環球時報の英語版の抜粋を掲載する。
日本により、このニュース(攻撃用レーダー照射)が明らかになった時、中国人は動じなかった。多数の中国人は日中間の最初の一発(紛争勃発)の覚悟ができている。エスカレートする紛争への平和的解決に希望を抱く中国人はますます少なくなっている。中国の国民は以前、戦争は避けられると考えていた。
しかし今や、日本のメディアやインターネットを通して「魚釣島をいかなる犠牲を払っても守る」「交渉は受け入れない(領土問題は存在しない)」(安倍首相発言を引用したと思われる)のような極端な公約を聞く。また、われわれは自衛隊が戦争に対する準備万端だとの情報を得ている。日中間の情報のやり取りから、平和交渉余地がますます狭まっている・・・もし安倍内閣が「戦争はすぐそこに来ている」という考えを日本国民に植え付ける目的が真に抱いているのなら、中国も中国国民に同じメッセージを送らなければならない。もしそうでなければ、日本は中国世論の戦争勃発への懐疑心を打消し、日本側の行動に対する有害な副作用を除かなければならない。
東中国海での中日間の緊張はすでに仮想敵国間のレベルを超えている。日本はこうした摩擦が続けば偶発的な武力衝突が起きる深刻な可能性があることを明らかに知っている。そのため日本は緊張を覚え、軍艦上の戦闘警報を極限まで敏感にしているのみならず、いくらか茫然とし、些細なことにもびくびくしているのだ。
読者のみなさんはこれらの評論を読んで、どう感じるだろう。どう分析するだろう。中国社会科学院近代史研究所研究員、馬勇氏の論文は唯物史観的な論文であり、筆者は、共産主義者の典型的な見方だと強く感じる。「敵」と「味方」を分けて論じる。このため、どうしても「自分の眼」で世界の状況を理解する傾向がある。また先ほども申し上げたように、20世紀初頭の帝国主義者の考え方でもある。「持つ国と持たざる国」的な思考だ。
馬氏は、1980年以降の改革開放をODAなどで支援したのは日本人だということを忘れている。支援した日本人が、中国の経済成長を妨害するはずがない。日本人の中国の経済発展は、自らのさらなる経済発展につながると考えた。だから支援した。いくら日本人がお人よしでも、塩を「潜在的な敵」に売って、自らの危険を招くようなことはしない。「日中戦争で迷惑をかけた」という中国人へ「謝罪の気持ち」と「困っているお隣さんを助けたい」という日本人の国民性とがない交ぜになって中国を援助してきた。日本人の「善意」であることは疑う余地はない。しかし中国人はそう考えていないのか。中国軍人の発言の中にも80年前のタウンゼント氏の分析の類似が見られる。日本を脅して屈服させ、自己の主張を通す「権謀術数」そのものだ。そう考えても不合理ではないと思わせる解放軍将官の発言だ。
タウンゼントと同じ時代に生きた米外交官マクマリーが言うように、中国人は「力」しか信じないようだ。「力が正義」という中国人の国民性と、「鉄砲から政権が生まれる」(新中国の創始者、毛沢東の言葉)と信じる共産主義者の一面とが交じり合い、力を支持する傾向が非常に強いと判断することもできる。特に軍人にはその傾向が強い。「力への信奉」は中国軍人だけでなく、職業軍人の特質かもしれない。
また悲惨な戦争を経験していない職業軍人は、それが将軍や提督であろうが、下士官であろうが、「戦争が避けられない場合は戦争をするいう点を排除してはならない」(劉提督)と言いたがる癖がある。そして戦争をしたがる。
日本も例外ではない。太平洋戦争を指導した日本軍部指導者は、現場の指揮官だった山本五十六元帥を除いて戦場経験者はいなかった。そして山本元帥は最後まで戦争に反対した。筆者の知識が間違っていなければ、戦争遂行や戦略を立案する陸海軍省、陸軍の参謀本部や海軍の軍令部には戦争経験者は一人もいなかった。満州事変を起こした軍人の暴走を、事変直後に止めようとしたのは日清・日露戦争の経験者、金谷範三・陸軍参謀総長だ。事変勃発後数カ月して参謀総長を辞職、しばらくして事変に最後まで反対した幣原喜重郎外相を鎌倉の料亭に密かに読んで詫びたという。
幣原の著書「外交五十年」によれば、金谷参謀総長は、部下を介して料亭「新喜楽」に幣原を招待した。そこには参謀総長と副官2-3人がいただけ。参謀総長は「あなたの在職中、私は非常にあなたに迷惑をかけた。何人よりも私が一番よく痛感しております。しかし不幸にして私の力及ばず、こんなになってしまって、心外に堪えません。せめてあなたに私の心からのお詫びをしたいと思って、お出かけ願いました」と話した。幣原は「金谷大将の至誠、律儀に胸を打たれた」と記している。金谷陸軍大将は、事変が勃発して2年後の1933年に亡くなった。明治の「侍」の長岡外史ら日露戦争の将軍はすでに退役し、事変を阻止する力はなかった。
余談だが、日本の軍人は参謀総長の命令(当時、参謀総長の命令は軍の最高司令官である天皇の命令)でさえ無視した。ドイツ国防軍とここが違う。これだから、慰安婦問題は、参謀本部の命令(今だ文書が発見されていない)がなかったとしても、十分に起こり得ると、筆者は信じている。
今日の中国軍の将軍も提督も誰一人として悲惨な戦場の経験がない。1934年から36年まで中国国民党軍の猛攻撃にさらされながらも陝西省の延安の片田舎に逃げのびた(長征といわれる)将軍は現在1人としていない。日中戦争、戦後の中国内戦に参戦した将官はすでに鬼籍に入っている。1997年に亡くなった「改革開放」の生みの親、小平のような戦争経験者は、中国解放軍(共産党)のどこを探してもいない。
現在の中国軍の将官は皆、机の上で図上演習をしている連中ばかりだ。洋の東西を問わず、戦争を経験した将軍や提督はその悲惨さを十分に知り尽くしているために、鉄砲の引き金を引きたがらない。
2月8日付読売新聞ネットサイトが伝えた中国人民解放軍機関紙・解放軍報の記事は、中国共産党の習近平総書記が4日に中国西部の蘭州軍区を視察、「戦争に打ち勝つ」との目標に向けて臨戦態勢を保つよう改めて指示した。われわれ日本人から見れば、中国共産党と解放軍の幹部は「独り相撲」をしていると言わざるを得ない。
「独り相撲」と一笑に付すことができないのが問題だ。中国共産党や軍幹部の見解を下敷きにして、われわれが中国に対してどう向き合うべきかについての筆者の見解を、オーストラリアの専門家の意見を紹介しながら次回に述べたい。
東シナ海と南シナ海を中国の海にしなければ、太平洋やインド洋への出口を自由に航行できない。地図を日本側から見るのでなく、ひっくり返して中国側から見れば、台湾、尖閣諸島、琉球諸島、日本列島は中国海軍にとり邪魔以外の何ものでもない。
サンデー・モーニング・ヘラルド(豪州)はこのほど、「中國軍の強硬派将軍は、日本による尖閣列島国有化以来、厳しい軍事姿勢を崩していない」と報じ、党の機関紙や、検閲した新聞を使った中国共産党の宣伝戦に入ったと述べた。
なぜ中国が尖閣を必要とするのか?中国共産党と軍には「大きな夢」があるからだと思う。その夢とは何か。中国海軍の将官の話からおぼろげながら理解できる。そして中国陸海軍は、国家の軍ではなく、共産党の軍だということをも明確に理解しなければならない。軍と党は一体なのだ。メディアも共産党の宣伝機関だ。
モーニング・ヘラルドはこう報道している。「上級大佐で、中国国防大学の劉明福教授は2週間前、豪州メディアのフェアファクスとのインタビューで『核攻撃の正当化』というシナリオにまで舵を切った。ただし彼は中国が核攻撃の引き金を最初にひかないことを明確にした」
劉明福大佐は2010年3月、ベストセラー「中国の夢」を出版した。この著書で、中国が米国に代わり世界第一に、とアピールしたことで、たちまち西側メディアの注目を集めた。
ロイター通信はこのほど、「中国の夢」は「米国の『世界一の国家』の地位を阿諛(あゆ)するものだ」と論評。英紙デイリー・テレグラフは、中国解放軍は、世界最強の軍事力を整備し、迅速に前へと進み、米国の「世界第一」の座を覆すべきだと考えている、と報じた。
ロイターなど西側メディアが劉教授の主張をこう解釈している。「中国は世界的な目標において今後も低調であってはならず、『世界第一』を突き進むべきだ。中国の台頭は必然的に米国の警戒心を呼び起こす」
中国が「平和的に台頭したい」と考えていても、戦争のリスクを減らすのは難しい、と劉提督は考えている。著書「中国の夢」で劉提督は「21世紀の中国は、世界第一になれなければ、最強の国になれなければ、必然的に脱落した国、淘汰された国となる」と記している。
劉氏は言う。中米両国間の競争は「誰が最大の国になるかの競争であり、誰が勝利し、誰が衰退し、誰が世界の衝突を主導するかであり……中国は自らを救い、世界を救わなければならず、舵手となる準備をする必要がある」。そして、「中国の軍事力の目標が、米国にも、ロシアに追いつくことができなければ、軍事力の強化は世界三流のレベルに押し止められてしまうだけだ」と書いている。
今も昔も軍人の視野は狭い。劉上級大佐の言葉は、視野の狭さを物語っている。危険な考えであり、さらに軍人は「暴力装置」を保持しているから、なおさら危険だ。
劉氏の言葉の響きは、第2次世界大戦を引き起こし、ユダヤ人600万人を虐殺したアドルフ・ヒトラーの「東ヨーロッパこそドイツ民族のレーベンシュトラウム(不可欠な生存圏)なのだ」という絶叫に似ている。また19世紀後半から20世紀前半の大英帝国の政治家でインド総督、カーゾン卿の「インドは大英帝国の真珠。植民地インドを失えば、大英帝国は三流国家に転落する」と意味において瓜二つだ。
劉提督の見解は、まさに中国共産党が痛烈に批判する19世紀-20世紀前半の欧米帝国主義者や日本帝国主義者の見解と同じだと言わざるを得ない。日本軍部も中国大陸と東南アジアに広大な「大東亜共栄圏」を形成しなければ、日本は英米により滅ぼされると公言していた。否、そう思い込んでいたというほうが適切だ。
劉提督以外にも中国軍人の見解が散見される。毛沢東に走資派として糾弾され、事実上殺された劉少奇・国家主席の息子、劉源人民解放軍総後勤部政治委員(上将=大将)の見解(「第18回党大会精神学習報告書」)が環球時報に掲載された。「われわれは再び偶発戦争により中国の前進を阻まれてはならない。米国人と日本人が恐れていることは、われわれが彼らに追いつくことだ。だからこそあらゆる手段を使って中国の発展を阻止しようとしている。その手段は尽きることはない。私たちはだまされてはいけない」
また劉源人氏の見解は、中国軍艦による日本の艦艇・ヘリコプターに対する射撃管制レーダー照射が中国軍最高指揮部の指示に基づくものだと分析した2
月7日付韓国・中央日報日本語版にも載せられ、「いま国家の最も重要な目標は平和と発展を成し遂げる戦略的な機会を維持することだが、戦争が避けられない場合は戦争をするいう点を排除してはならない」と主張した。また「党中央が決定すれば、いかなる状況でも武力を動員して戦争をする」と警告した。
中央日報によれば、戚建国人民解放軍副総参謀長(中将)も2月4日、海上安全協力問題討論会に出席し、「中国の安全に対する脅威は主に海上で発生する」とし「(軍は)国家主権を必ず守らなければならず、一寸の領土も減らしてはならない」と強調している。続いて「中国が先に海上衝突を誘導したり、ある国家の安全を脅かすことはないが、領土と海洋主権と利益は決して放棄しない」と述べた。戚副参謀長のこうした発言は5日、国防省のホームページで伝えられた。
黄東マカオ国際軍事学会会長は6日、香港明報で「射撃管制用レーダーを照射するというのは事実上、発砲直前の行動であるため、軍最高指揮部の指示がある場合に限り可能な措置」と述べている。
中国の提督らの発言を裏書きする記事が2013年1月22日の夕方、環球時報のウェブサイトに掲載された。見出し「日本は近代以降、中国発展のチャンスを2度も邪魔した天敵だった」が紙上に踊っている。
1861年、中国は2度のアヘン戦争を経験(大英帝国の敗れた)してようやく目覚め、西側に学び始めた。「洋務新政」や「同光中興」と呼ばれる。その後数十年で中国の経済構造は大きく変化した。
近代的な工業基盤が徐々に整い、新興資産階級が緩やかに成長し、中国の政治構造、特に法律や制度に変化が現れ、世界に歩み寄った。 まったく新しい中国が期待され、世界各国が平等な立場で中国に接する日もそう遠くはなかった。
中国は自らのルールに基づき事を進めていたが、上流階級や軍部のタカ派は敵を軽んじ、洋務運動33年の時、既定の政策が変更され、朝鮮の将来を考慮した甲午戦争(日本名・日清戦争)が日本との間で起こった。たった数カ月で清軍の原形があらわになり、「同光中興」神話が跡形もなく消えた。
中国は再び三十数年の動乱を経験し、1928年にようやく統一を果たし、新たな近代化が開始。1928年から1937年の10年は中国の資本主義発展の「黄金期」といわれる。
中国の近代化はこの間飛躍的に推進。この10年がなければ、中国は日本と戦う底力も、世界の反ファシズム統一戦線の形成まで持ちこたえることもできなかった。
甲午戦争と違い、抗日戦争は避けられなかったと中国人学者の多くが指摘する。いずれにせよ、日本が中国の近代化を中断したのはこれが2度目で、中国の資本主義の「黄金期」が突然終止符を打った。
そして今、中国は再び歴史的発展の重要な時期を迎えている。改革開放34年で中国は「No!」といえる底力をつけた。
今やわれわれはあの貧しく弱い年代から遠くかけ離れたが、日本が過去に2度も中国の近代化の夢を打ち砕いたことは決して忘れてはならない教訓だ。
中国で34年間の経済成長において確かに問題が生じ、これは日本が読み間違い、中国に敢えて挑発する理由になるだろう。
日本が釣魚島問題を巡って中国に挑発するさらに大きな理由は、中国で あと20年平和が続けば、これらの問題が中国の思い通りに解決されると思っているためだ。
そのとき日本はGDPで中国に及ばないばかりか、中国が全面的に発展すれば、1世紀以上維持してきた中国に対する優越感を失ってしまう。中国が釣魚島で戦争状態に入れば、戦争に勝ったとしても、第3次近代化の道程は中断される。そうなれば中国社会に存在する問題が勢いに乗じて解決できないだけでなく、解決の時機を失してしまう。中国の戦略的チャンスは米国の焦点が他に移るのを待つのではなく、自らが創造するしかない。 作者:中国社会科学院近代史研究所研究員 馬勇)
次に2月7日付環球時報の英語版の抜粋を掲載する。
日本により、このニュース(攻撃用レーダー照射)が明らかになった時、中国人は動じなかった。多数の中国人は日中間の最初の一発(紛争勃発)の覚悟ができている。エスカレートする紛争への平和的解決に希望を抱く中国人はますます少なくなっている。中国の国民は以前、戦争は避けられると考えていた。
しかし今や、日本のメディアやインターネットを通して「魚釣島をいかなる犠牲を払っても守る」「交渉は受け入れない(領土問題は存在しない)」(安倍首相発言を引用したと思われる)のような極端な公約を聞く。また、われわれは自衛隊が戦争に対する準備万端だとの情報を得ている。日中間の情報のやり取りから、平和交渉余地がますます狭まっている・・・もし安倍内閣が「戦争はすぐそこに来ている」という考えを日本国民に植え付ける目的が真に抱いているのなら、中国も中国国民に同じメッセージを送らなければならない。もしそうでなければ、日本は中国世論の戦争勃発への懐疑心を打消し、日本側の行動に対する有害な副作用を除かなければならない。
東中国海での中日間の緊張はすでに仮想敵国間のレベルを超えている。日本はこうした摩擦が続けば偶発的な武力衝突が起きる深刻な可能性があることを明らかに知っている。そのため日本は緊張を覚え、軍艦上の戦闘警報を極限まで敏感にしているのみならず、いくらか茫然とし、些細なことにもびくびくしているのだ。
読者のみなさんはこれらの評論を読んで、どう感じるだろう。どう分析するだろう。中国社会科学院近代史研究所研究員、馬勇氏の論文は唯物史観的な論文であり、筆者は、共産主義者の典型的な見方だと強く感じる。「敵」と「味方」を分けて論じる。このため、どうしても「自分の眼」で世界の状況を理解する傾向がある。また先ほども申し上げたように、20世紀初頭の帝国主義者の考え方でもある。「持つ国と持たざる国」的な思考だ。
馬氏は、1980年以降の改革開放をODAなどで支援したのは日本人だということを忘れている。支援した日本人が、中国の経済成長を妨害するはずがない。日本人の中国の経済発展は、自らのさらなる経済発展につながると考えた。だから支援した。いくら日本人がお人よしでも、塩を「潜在的な敵」に売って、自らの危険を招くようなことはしない。「日中戦争で迷惑をかけた」という中国人へ「謝罪の気持ち」と「困っているお隣さんを助けたい」という日本人の国民性とがない交ぜになって中国を援助してきた。日本人の「善意」であることは疑う余地はない。しかし中国人はそう考えていないのか。中国軍人の発言の中にも80年前のタウンゼント氏の分析の類似が見られる。日本を脅して屈服させ、自己の主張を通す「権謀術数」そのものだ。そう考えても不合理ではないと思わせる解放軍将官の発言だ。
タウンゼントと同じ時代に生きた米外交官マクマリーが言うように、中国人は「力」しか信じないようだ。「力が正義」という中国人の国民性と、「鉄砲から政権が生まれる」(新中国の創始者、毛沢東の言葉)と信じる共産主義者の一面とが交じり合い、力を支持する傾向が非常に強いと判断することもできる。特に軍人にはその傾向が強い。「力への信奉」は中国軍人だけでなく、職業軍人の特質かもしれない。
また悲惨な戦争を経験していない職業軍人は、それが将軍や提督であろうが、下士官であろうが、「戦争が避けられない場合は戦争をするいう点を排除してはならない」(劉提督)と言いたがる癖がある。そして戦争をしたがる。
日本も例外ではない。太平洋戦争を指導した日本軍部指導者は、現場の指揮官だった山本五十六元帥を除いて戦場経験者はいなかった。そして山本元帥は最後まで戦争に反対した。筆者の知識が間違っていなければ、戦争遂行や戦略を立案する陸海軍省、陸軍の参謀本部や海軍の軍令部には戦争経験者は一人もいなかった。満州事変を起こした軍人の暴走を、事変直後に止めようとしたのは日清・日露戦争の経験者、金谷範三・陸軍参謀総長だ。事変勃発後数カ月して参謀総長を辞職、しばらくして事変に最後まで反対した幣原喜重郎外相を鎌倉の料亭に密かに読んで詫びたという。
幣原の著書「外交五十年」によれば、金谷参謀総長は、部下を介して料亭「新喜楽」に幣原を招待した。そこには参謀総長と副官2-3人がいただけ。参謀総長は「あなたの在職中、私は非常にあなたに迷惑をかけた。何人よりも私が一番よく痛感しております。しかし不幸にして私の力及ばず、こんなになってしまって、心外に堪えません。せめてあなたに私の心からのお詫びをしたいと思って、お出かけ願いました」と話した。幣原は「金谷大将の至誠、律儀に胸を打たれた」と記している。金谷陸軍大将は、事変が勃発して2年後の1933年に亡くなった。明治の「侍」の長岡外史ら日露戦争の将軍はすでに退役し、事変を阻止する力はなかった。
余談だが、日本の軍人は参謀総長の命令(当時、参謀総長の命令は軍の最高司令官である天皇の命令)でさえ無視した。ドイツ国防軍とここが違う。これだから、慰安婦問題は、参謀本部の命令(今だ文書が発見されていない)がなかったとしても、十分に起こり得ると、筆者は信じている。
今日の中国軍の将軍も提督も誰一人として悲惨な戦場の経験がない。1934年から36年まで中国国民党軍の猛攻撃にさらされながらも陝西省の延安の片田舎に逃げのびた(長征といわれる)将軍は現在1人としていない。日中戦争、戦後の中国内戦に参戦した将官はすでに鬼籍に入っている。1997年に亡くなった「改革開放」の生みの親、小平のような戦争経験者は、中国解放軍(共産党)のどこを探してもいない。
現在の中国軍の将官は皆、机の上で図上演習をしている連中ばかりだ。洋の東西を問わず、戦争を経験した将軍や提督はその悲惨さを十分に知り尽くしているために、鉄砲の引き金を引きたがらない。
2月8日付読売新聞ネットサイトが伝えた中国人民解放軍機関紙・解放軍報の記事は、中国共産党の習近平総書記が4日に中国西部の蘭州軍区を視察、「戦争に打ち勝つ」との目標に向けて臨戦態勢を保つよう改めて指示した。われわれ日本人から見れば、中国共産党と解放軍の幹部は「独り相撲」をしていると言わざるを得ない。
「独り相撲」と一笑に付すことができないのが問題だ。中国共産党や軍幹部の見解を下敷きにして、われわれが中国に対してどう向き合うべきかについての筆者の見解を、オーストラリアの専門家の意見を紹介しながら次回に述べたい。