英宰相ウィンストン・チャーチルからのメッセージ   

チャーチルの政治哲学や人生観を土台にし、幅広い分野の話を取り上げる。そして自説を述べる。

話し合いをしてほしかった        貴乃花の引退(退職)会見に思う

2018年09月28日 11時19分38秒 | スポーツ
 平成の大横綱の貴乃花親方が25日夕方、東京都港区の弁護士事務所内で会見を開き、年寄を引退する届けを相撲協会に提出したことを明らかにした。親方は「(貴ノ岩暴行事件での)告発状の内容を全て事実無根として認めなければ、一門に入れない、と相撲協会に迫られた」「真実を曲げて告発は事実無根であると認めることは私にはできません」などと訴え、会見を開くまでの経緯を200人を超える記者に話しかけた。一方、日本相撲協会側は、貴乃花親方が主張した引退理由を真っ向から否定し、引退届を受理せず、貴乃花親方の主張と対立している。
 貴乃花の見解によれば、ことし8月7日に日本相撲協会から八角理事長名で、外部の弁護士の見解を添付した文書が届き、「告発状は事実無根な理由に基づいてなされたもの」と結論づけられていたという。
 この告発状は、貴乃花親方が3月9日に内閣府に提出したもの。その中で、弟子の貴ノ岩が元横綱の日馬富士から傷害をうけた事件に関しての日本相撲協会の対応について訴え、協会への立ち入り検査などを求めた。しかし、その後、弟子の貴公俊が付け人を支度部屋で殴り、監督不行き届きを反省して3月28日には、告発状を取り下げた。だが、協会側は、この告発状を問題視し続け、外部の弁護士に調査を依頼して文書を作成。貴乃花親方には8月末までに、この結論に対する回答の返答を求めていた。 
 会見で、NHKの記者が貴乃花親方に質問ではなくお願いとして聞いてほしいと話し、次のように述べている。「親方、誤解されているんじゃないかと思って聞いています。告発状の内容を全て事実無根として認めなければ一門に入れない、ということを相撲協会の総意として決めるとは考えられないんです。告発状を出した親方には親方なりの真実があると思います。その上で事実無根と認めなければ一門に入れないというのは一部の理事の意向ではないかと思います。もし、引退届を受け取った協会が話し合いの場を求めた場合はそれに応じてほしいんです。親方を応援したいという一門、親方はかなりの数いると思うんです。結論を急がさないほうが良いんじゃないかなと思うんです。僕は色んな話を聞いていて、そう思うんです。これは質問ではなく、お願いです……」。貴乃花は深く頭を下げながら「はい」と答えた。
 私は思う。貴乃花と大相撲協会の確執の始まりは、二所ノ関一門に所属する貴乃花部屋師匠の貴乃花が、2010年の理事選挙で、一門内の事前調整を拒否して独自に立候補した時期からではないのだろうか。上意下達の協会の体質、異論を許さないスポーツ界の体質がここまで問題をこじらせたのだろうか。
 貴乃花のまっすぐな性格は素晴らしいとは思うが、時として現実社会と齟齬をきたし、結果として弟子8人の未来に暗い影を投げかけているだけでなく、多くのファンを落胆させている。
 一方、相撲協会の八角理事長も理事長だ。理事長としてイニシアチブをとり、粘り強く話し合いの場を持つ努力をすべきだ。八角理事長は貴乃花に直接「会おう」と言わなかったのだろうか。またこれこれからも「会って話し合おう」と言わないのだろうか。
 貴乃花は「自分の意見は正しい」と思い込んだら頑固一徹で妥協を知らない人物とみられる。八角理事長は我々のような外部の人間よりも貴乃花の性格を理解していよう。その性格を理解して粘り強く説得するのがトップの行動ではないのだろうか。
 相撲協会が貴乃花の告発状を問題視し続けるのもどうかと思う。貴乃花は取り下げたのだ。それでよいではないか。八角理事長は度量を持ってほしい。協会内に異なる意見や方針があって当然ではないか。異なる異見があるから理事長や協会のガバナンスが保たれないというのなら、それこそ問題だ。
 また芝田山広報部長(元横綱大乃国)も記者会見の場で、書類が不備などと発言するのもおかしい。書類の不備は裏で貴乃花に言えば良い話しで、それを公衆にさらす必要はない。さらに油を火に注ぎ、事態を複雑にしている。 
 NHKの記者の見解は一考に値する。貴乃花と八角理事長は胸襟を開いて話し合ってはどうだろうか。両者が共に持ち合わせていない言葉は「説得」「議論」「妥協」という言葉だ。徹底的に議論してから結論を出しても遅くないと思う。
 「話し合い」の欠如は貴乃花や大相撲協会だけの問題ではない。安倍晋三首相や自民党、野党そして日本社会にもその傾向が日々強くなっている。相手を批判するだけですべてが終わりだ。批判合戦で終わりだ。それでは何らの進展がない。70歳の老人がそれを最も憂いている。
 「議論」「話し合い」、「妥協」は民主主義の基本であり花である。議論し尽くして、最後にトップが決断する。そして皆がそれに従う。チャーチルはいつも異見論者に耳を傾けた。異見論者の見解を良いと思えば躊躇なく取り入れた。植民地問題を巡ってチャーチルと見解を異にした喜劇王チャールズ・チャプリンはそのようなチャーチルの姿勢を褒め、「チャーチルの魅力のひとつは他人の意見にどこまでも耳を傾けるところにある」と話した。貴乃花親方も八角理事長もチャーチルのような度量を持ってほしい。両者は冷静になって、テーブルに着くことをアドバイスしたい。
 

現実を受け入れて淡々と過ごした女優  NHKスペシャル「“樹木希林”を生きる」を見て思う

2018年09月26日 21時19分52秒 | 時事問題
 女優の樹木希林さんが今月15日に亡くなって11日が過ぎた。今晩、NHKスペシャル「“樹木希林”を生きる」を見た。人間の生き方を考えさせられるドキュメンタリーだった。
 NHKが彼女から「私を撮っていいわよ」と許可を受け、昨年6月から今年7月まで密着取材を続けた。晩年をどのように生き、身じまいをしようとしているのかを追ったドキュメンタリーだ。
 なぜ、希林さんはNHKの取材を受けたのだろうか。女優としてのありのままの彼女を見てほしいと思ったのだろうか。彼女が一人の人間として生と死に向き合っている生き様を視聴者に知らせ、視聴者に彼女を通して「死」について考えてほしいと思ったのだろうか。彼女が取材を承諾した昨年6月には、すでに死を覚悟していたようだ。
 希林さんの闘病生活の始まりは2004年の10月。右乳房にしこりを発見し、医師から乳がんを告知された。翌年1月、右乳房の全摘出手術を受けた。しかし、2年後の07年に切除した右乳房の近くに再びがんが見つかった。13年3月に「全身がん」を宣言された。あれから5年。希林さんは精力的に映画やイベントに出演を続け、「本当にがんなの?」という声さえ上がるほど。
 2016年2月9日放送のNHK『クローズアップ現代』にゲスト出演した樹木は、キャスターの国谷裕子氏に「全身にがんが転移しているとはまったく思えないが?」と問われた。「来週にはまた治療に入るんですけれども・・・私は本当、死ぬ死ぬ詐欺なんて笑っているんです」
 今晩のNHKスペシャルを見て感じたことは、希林さんが自らの人生をいつも客観視して見ていたのではないだろうか。自分を第三者としてディタッチメントな姿勢で見続けたのではないだろうか。ドキュメンタリーを撮り始めてから半年後、希林さんはNHKの制作担当者に「淡々と撮っているだけで、何の目的で撮っているか分かんないわね」とおっしゃり、後日、担当者を呼んで自らのレントゲン2枚を見せる。「数年前と現在を比べてがんがこんなに広がっているのよ。ドキュメンタリーの核になるんじゃないの」と話した。私は、見事なまでの女優精神と自分の人生を客観視する姿勢を感じた。
 20世紀の英国の大宰相ウィンストン・チャーチルは「死ぬときが来れば死ぬのだよ、トンプソン」と語ったことがあった。第2次世界大戦中の1940年9月、ドイツ空軍が毎日、英国の首都ロンドンを空爆したおり、防空壕に入らず、首相官邸の屋根や庭先から戦況を眺めていた。あるとき首相官邸に爆弾が落ちて命の危険にさらされたとき、警護のトンプソン警部が「こんなことで閣下の身を危険にさらさないでください」と忠告した。この要請に対し、この言葉を発している。
 また、第1次世界大戦のフランス戦線に出征するおり、妻のクレメンティーン夫人にも「死は人生においてさほど重要なことではない」と自らの死生観を語っている。
 希林さんもチャーチルも「死」をひとつの事実として受け入れている。その前提には「地位の上下、貧富の差があっても、すべての人びとは例外なく生まれ死ぬ」という冷厳な事実から逃れることができないということを認識していたのだろう。
 希林さんの晩年での「死」に対する向き合い方は素晴らしいの一語に尽きる。武士の生き方に通じるところがある。内面に激しい気性を持ちながらも、生涯にわたってその気性をコントロールした希林さんと対局にいる夫の内田裕也氏が「人を助け、人のために祈り 人に尽くしてきたので 天国に召されると思う。おつかれ様。安らかに眠ってください。見事な女性でした」(原文ママ)との言葉を贈った。妻への深い感謝の言葉の中に希林さんの人生のすべてが表現されているようだ。
 人間は「死」や「人生」に対して希林さんのように自分を客観視できない。わたしも同じだ。しかし私も晩年を迎えている。希林さんのように、病魔に襲われたとき、「死」を淡々と受け入れるようになっていたいと切に願う。


 NHKスペシャル「“樹木希林”を生きる」は2018年10月2日(火) 午後11時5分(73分) に再放送される。興味のある方はご覧ください。 

安倍氏の首相資質を疑問視する     TBSキャスターの質問を理解せず

2018年09月18日 10時00分18秒 | 日本の政治
 昨夜、放映されたTBSのニュース番組で、星キャスターが、加計孝太郎・加計学園理事長とゴルフや会食を何度も重ねていた真意を安倍晋三首相に尋ねたとき、彼がしたトンチンカンな答に私は顏をしかめた。この首相は星氏の質問を理解しているのだろうか。
この内容を朝日新聞のデジタルサイトから引用して読者に伝える。安部氏の首相の資質を考えてほしい。


 首相が友人の加計孝太郎・加計学園理事長とゴルフや会食を重ねていたことについて、星浩キャスターが「加計さんは、いずれ利害関係者になる可能性があった。まずかったという気持ちはあるか」などと質問。首相は「利害関係があったから親しくするというのではなくて、元々の友人」と述べ、問題ないとの認識を示した。
 星氏は「学生時代の友だちでも、金融庁幹部とメガバンクの頭取はゴルフをしてはいけない」と重ねて指摘。石破氏も「自分が権限を持ってる時はしない、少なくとも。あらぬ誤解を招いてはいけない。私もいますよ、そういう友人は。ですが、職務権限を持ってる間は接触しない」と首相の姿勢を問題視した。
 首相は「星さん、ゴルフに偏見を持っておられると思う。いまオリンピックの種目になっている。ゴルフが駄目で、テニスはいいのか、将棋はいいのか」などと反論した。


 星氏の質問に対する答は石破氏の発言にある。人は要職に就き、社会に大きな影響を与えるとき、親友であろうともその期間は会わない。余計な疑惑を生じさせないためだ。友人も当然理解する。日本人の道徳観だと思う。
 安倍首相は星氏の質問を理解できない。安倍氏は確かに勉強している。少子高齢化問題でも、社会福祉問題にしても、細かな数字を提示して自らの発言が正しいように主張する。何の知識もない視聴者をだませるかもしれないが、他人の発言に対しての理解力に欠けているように思う。それとも自分の思い込みが質問者の質問に対する理解を妨げているのだろうか。
 この男も米国のとトランプ大統領同様、「私が先頭に立てば、首脳外交を展開すれば、すべてが上手くいく」と考えているようだ。相手の異論にまったく耳を傾けない。たぶん、持論を主張するあまり、相手からの異論や質問が彼の耳に入ってこないのでななかろうか。そして理解していないのではなかろうか。
 昨日の安部・石破両氏の質問で、はからずも安部氏の凡庸な能力を垣間見た。だからといって石破氏がチャーチルのような傑出した政治家だとは思わない。我々と同じようなごく普通の人である。
 安倍氏が右翼から支持されているのを十分理解した。要するの、安倍首相は一点だけしか見えない。全体を把握できない欠点がある。正しいと思い込んだら、とことん信じ、やり抜いていく。同調者を引き入れ、反対者を遠ざけ、議論をしない。太平洋戦争の指導者、東条英機が日本軍が敗退していても、精神主義で米国に勝てると信じ込み、日本を破滅させた。その精神構造に似ている。
 これでは、われわれが首相に、森友・加算学園問題での問題点を指摘しても無駄だと分かった。彼はこの問題の核心を理解できないのだ。日本人と日本の将来のために、安部氏が一刻も早く首相を辞任することを望む。それこそ日本人への一番の貢献である。東条同様、安部氏が有事(戦時)の指導者なら、日本を破滅させる公算が大きいと感じる。


 

伝統的な戦略の巧さ英国:眼前にのみ注意を払う日本     英艦と日本潜水艦の南シナ海への派遣に思う

2018年09月17日 13時24分21秒 | 国際政治と世界の動き
 防衛省が海上自衛隊の潜水艦を南シナ海に極秘派遣して護衛艦部隊と合流させ、対潜水観戦を想定した訓練を実施したことが分かった。中国が軍事拠点化を進める南シナ海に潜水艦を初めて派遣し、同海域への関わり合いに一歩踏み込んだと断言してもよい(朝日新聞を読んで)。一方、英海軍は南シナ海のパラセル諸島(西沙諸島)周辺海域に揚陸艦「アルビオン」を派遣し、「航行の自由作戦」を実施した。その後、ベトナムのホーチミンに寄港した。
 英国と日本の軍用艦派遣を目の当たりにしたとき、日本の安倍政権の単刀直入な行動と英国の計算ずくの意図を感じた。安倍政権の潜水艦派遣は公海の「航行の自由」をアピールし、中国を牽制する狙いがあるのは誰が考えてもわかる。しかし日中の歴史的な観点、中国人の対日感情を考慮すれば、この直接行動は日本に何らかの利益を与えるどころか、不利益だけを与えるに過ぎない。今も太平洋戦争前夜も日本人は正直で正攻法である。
 これに対して英国政府の南シナ海への揚陸艦派遣は巧みだ。かつて英国は「7つの海」を支配し、大国が繁栄する上で海洋覇権が重要なことを知り尽くしている。南シナ海の島々の地政学的な重要性を十分認識している。だから、中国との関係が悪化することを知りつつも航行の自由作戦を実施した。それでは、英国から遠く離れた問題に深入りする危険を冒してまでして軍艦を派遣したのはなぜか?
 中国が強硬な対外拡張路線を突っ走ることによって対米貿易関係がますます悪化し、それが世界経済に甚大な悪影響を及ぼすことを恐れたからだ。それは英国にとって無関心ではいられない出来事である。米国と中国との真っ向からの対決を避けるには、中国に対外膨張政策を思い止まらせる必要があると考え、リスクを恐れず行動したとみる。
 英政府は、中国が経済大国になったからといっても19世紀の大英帝国や1930年代後半以降の米国ほどの絶対的な世界支配力を有してはいないことを知らせたかったのだろう。
 大英帝国は力ずくで世界を制したのではない。南アフリカのケープタウンやスエズ運河など世界の要衝のみを奪い、不必要な紛争を避け、世界情勢を深く読み解き、巧みな舵さばきによって世界を制した。
 英国は「一帯一路」政策にみられる習近平政権の強引な東南アジア、西南アジア、アフリカへの拡張路線を考察し、老婆心から、「身の程をわきまえないと大けがをしますよ」というメッセージを発したということだ。英国は中国にやんわりとパンチ浴びせ、東南アジアの平和的均衡と世界経済の破滅的な状況を回避しようと努力している。中国も英国のしたたかな戦略を無視はできまい。
 これに対して日本が英国と同じ行動をすることが日本の国益にかなうのか。違う。中国人は1894-5年の日清戦争以来、日本に対して警戒の念を緩めたことはない。中国人は韓民族を軽く見ている節があるが、日本人を敵視と畏敬の念で見てきた。日本人に対しては「恐れ」を抱いている。
 周近平のブレーンである劉明福将軍は「日本は米国の覇権維持の片棒を担いでいるどころか、中国を敵視して再びアジアの覇権を握ろうと画策している」と記している。それが、日本人は彼の恐れを一笑に付すかもしれないが、中国首脳部がそう考えていることを銘記しなければならない。彼らの本心は日本への畏敬である。
 2016年6月下旬に中国の程永華駐日大使は日本政府に、南シナ海で米国が実施する「自由航行作戦」に海上自衛隊が派遣されれば「中国の譲れぬ一線を日本が越えたことになる」と警告したという。
 この警告は中国海軍が米国海軍や海上自衛隊よりも弱いと言っていると見て取れる。中国は現在、世界の海を支配できるほど卓越した力を有しているわけではない。艦船をたくさん作るだろうが、海軍の伝統がない。とりわけ海軍技術や操船技術において日米英に劣る。この3国は海軍国であり、中国は伝統的な陸軍国だ。
 この見方は南シナ海問題に直接関連する。中国はベトナム、フィリピン、マレーシアと紛争してまでも海軍力を向上させようと南シナ海の軍事化を進めている。この3国は対中貿易でかなりの赤字だ。中国との貿易を喜んでいない。そしてこの3国は中国と南シナ海の岩礁領有権で争っている。
 日本はどうすべきなのか。米国のアジアへの影響力に陰りが見え始めた中で、日本は南シナ海の問題にどのように立ち向かえばよいのか。日本も自衛艦を送って航行の自由作戦を行うべきであろうか。それは逆効果だ。日本は英国とは立場が異なる。日本が航行の自由作戦を行えば間違いなく事態を悪化させる。中国の良識派は英国の行動には耳を傾けるが、日本に対しては良識派といえども反発する。
 日本が行うべきなのは、中国を直接的に追い詰めたり刺激したりすることではない。最もよい対応は、南シナ海に面する3国との経済的な関係を深めることだ。この3国は中国に抵抗したいのだが、経済的な関係が深いために、なかなか強いことが言えない。もちろん国力も違う。だが、日本が投資額を増やし、かつ交易量を増やすことで、この3国の対中貿易赤字は改善される。
 3国の中でも、ベトナムとの友好関係を促進し、交易量を増やすことは大切だ。ベトナムが中国との交易で279億ドルもの赤字を計上している。なによりも、フィリピンと違って、ベトナムが対中政策において日本を裏切ることはない。ベトナムはその長い長い歴史において何度も中国と戦い、ベトナム人は骨の髄から中国を嫌っている。一方、中国も、小国ながら何度戦っても完全に打ち負かすことができないベトナムを苦手にしている。ベトナムが米国と戦ったのは15年に過ぎないが、中国との戦いは紀元前から今日まで断続的に続いている。
 日本とベトナムの経済関係を強化し、マレーシアやシンガポール、豪州、ニュージーランド、インドと連携することが中国の膨張政策に対して最も有効な対応策になると信じる。戦国の知将、黒田官兵衛や竹中半兵衛が城攻めで城を落とすのではなく、城を包囲して兵糧攻めすることに似ている。
 中国のアキレス腱は中国共産党の一党独裁と民族紛争だ。間もなく、日本同様、少子高齢化社会に突入する。日本は長期的な展望を描き、中国を刺激せずに、中国を自重させる手段を用いて、アジアの平和を維持する努力をすべきだ。どんなときも我慢してはならない。我慢はいつかは、太平洋戦争の指導者のように爆発する。目的達成への、理想へ向けての飽くなき忍耐が必要だ。短慮は禁物。そうすれば展望は開けていく。
 

敗者復活が許される社会であってほしい     経団連の中西会長の「就活ルール廃止」意向に思う

2018年09月06日 21時59分47秒 | 時事問題
経団連の中西会長が大学生の就職活動に対する企業側の自主規制の撤廃を言い出した。安倍晋三首相はそれに反対する意見を述べ、「『採用活動は6月開始』を守っていただきたい」と自らの認識を示した。一方、大学生側からは「就活ルール廃止めっちゃ賛成だわ」「就活ルール廃止のやつ、いつから動けばいいのかわからず就活期間が長引くだけになりそうだしどうせなら在学中は禁止にすれば良いのにな」と賛否が渦巻いている。
 1953年に就職協定がスタートしてから、日本の新卒採用では、優秀な人材を早く獲得したいという企業の考えから、就職内定が早期化する傾向がある。そして、それを防止するためのルールづくりが繰り替えし行われてきた。
 この就職活動の前提にあるのが、企業側の「優秀な人材確保」と「敗者復活をみとめない」という論理だ。何らかの事情で大学を留年した学生や転職した卒業生は、新卒より能力のあるなしにかかわらず、不利な立場に置かれる。もちろんわれわれが学生時代だった半世紀前よりは緩和されているとはいえ、欧米並みではない。
 ネット上にこんな意見がある。「就活ルールを廃止するのであれば、新卒一括採用の慣習を見直してほしい。しっかりと4年間なり6年間なり大学で学んで卒業した後に、身につけた実力を見極めるような採用をしてほしい」
 わたしは理解できる。企業はチマチマせず、もっとおおらかになってほしい。経済のグローバル化の中で、日本企業の多くが海外に工場を移転し、ガバナンスを国際化するなどして企業体質を強めているが、こと新卒の人材については既成概念に囚われている。
 英国の大学院で国際政治を勉強した私が現在も交流している英国人の同窓生は卒業後、神学を別の大学で学び直し、牧師となった。そして再び大学院で勉強。神学の博士号を取った。
 日本でも、企業や社会が大学生の敗者復活を認め、22歳から28歳ぐらいまでは人生のやり直しを認めてもよいのではないのか。欧米のように、いつの日か、30歳ぐらいで会社から大学のキャンパスに戻り、研鑽を積み、そして再び企業に戻るなり、畑違いの仕事に就くなりしてもよいのではないかと思う。
 終身雇用がとっくの昔に崩れ、転職が半世紀前よりは許容されつつあるとはいえ、さらなる努力が企業側にも日本社会にも求められる。