英宰相ウィンストン・チャーチルからのメッセージ   

チャーチルの政治哲学や人生観を土台にし、幅広い分野の話を取り上げる。そして自説を述べる。

歴史の流れのなかでの「逃亡犯条例」改正案の幕引きの意味  中国共産党は熟考するのだろうか

2019年06月19日 10時46分28秒 | 中国と世界
  香港での民主主義制度が完全に葬り去られるかどうかのリトマス試験紙の役割を果たす「逃亡犯条例」改正案について、香港政府トップが事実上、成立を断念する考えを示した。
  林鄭月娥行政長官は会見で「現状では改正審議の再開はできないと認識している」と話し、「撤回」という言葉を封印した。これに対して、民主派は「即撤回することだ」と反発する。
  林鄭氏が「撤回」を封印した背景を考えると、中国共産党政府の存在が浮かび上がる。中国政府は「逃亡条例」改正案を全面支持していただけに、香港行政長官は本土政府の失策を隠したかったと思われる。
  この条例改正案が事実上の廃案になったことは、中国共産党の習近平指導部にとって大きな挫折であり、香港の民主主義を守ろうと立ち上がった人々に対する敗北だ。共産党は大きな敗北を味わった。
  とはいえ、中国共産党政府がこれからますます香港に圧力を加えてくるのは間違いない。現在でも、香港政府高官は就任だけでなく辞任にも中国共産党政府の承認が必要だ。辞める権利もないのが行政長官の現実である。1997年に英国から中国に返還されるにあたり、50年間は資本主義を採用し、社会主義の中国と異なる制度を維持すると決めた「一国二制度」は事実上、崩壊している。
  習近平指導部は今後、「逃亡条例」改正案に反対した香港経済界などへの説得工作を水面下で展開していくだろう。そしてデモを完全に押さえ込むことを狙うにちがいない。しかし香港市民の怒りが収まる保証はなく、「撤回」表明を避けた判断が、長期的な観点から、中国政府をさらに窮地に追い込む可能性がある。
  現在の香港の状況を見て、20世紀が生んだフランスの偉大な歴史家マルク・ブロックの「歴史(学)は、その本質からして変化の科学(History is , in its essentials, the science of change)」を思い出す。職業軍人でもあったブロックは著書「奇妙な戦争」で、このフレーズを使用し、フランス軍がナチス・ドイツ軍に1940年5~6月の戦争で敗北したのは、歴史の変化に気づかず、軍の改革を怠ったからだと語っている。
  また、ブロックは著書「歴史のための弁明(Historian's craft)で、「『歴史学が過去に関する学問だ』と言われたことがある。それは『私の見解では』悪い表現である」と述べ、「歴史学の対象は本質的には人間である」と断言している。
  人間は時間の中で生きている。つまり継続の中で生きているのだ。歴史という時間的空間は、長くて100年しか生きない一人の人間の時間を遙かに超えている。ブロックは歴史家ミシュレーの著作「民衆」の冒頭文「現在に、つまり今日のことに固執する者は、現在を理解しないであろう」を引用し、歴史(時)が変化する必然性と重要性を強調している。
  ブロックは、人間は歴史の時の流れという広い視野から今日の出来事を見つめなければ、今日の出来事を把握できないばかりか、将来に必ず禍根を残すと話す。「人は人類の進化の流れを、それぞれのわずかな人々の生涯の期間しか続かないような一連の短く大きな不規則の波からなるものとして思い描く」とも語る。
   中国共産党と習指導部は「歴史の本質」を理解しているのだろうか。歴史に刻まれていく時の変化の潮流から、自分たちの現在の立ち位置を理解し、将来の立ち位置を推測しているのだろうか。彼らがそれを理解していても、人間の性である既得権(共産党の一党独裁体制)に縛られているのだろうか。それとも理解していないのか。
  1949年10月1日、毛沢東が新中国の成立を宣言したとき、中国共産党は、中国国民にとって、それなりの「存在理由」があった。しかし今日はどうなのだろうか。社会主義の理念と理想の多くをかなぐり捨てたが、いまだに一党独裁の旗印をかかげ、人権、民主主義、少数民族の尊重などの今日の歴史の変化を無視している。今日、中国共産党に「存在理由」があるのだろうか。
   歴史の変化の流れの中で、いかなる人も集団も自らを変えていかなければ生き残れない。それは定理と言っても良い。もし自らを時の変化に適応することができなければ、滅びるのは必至だ。われわれが歴史を紐解けば、そんな例は枚挙にいとまない。中国共産党と習指導部はじっくりと考えなければならない。

(写真)マルク・ブロック  
  

中国共産党は自由の民意を尊重せよ!  国際社会は香港人のデモに沈黙せず支持の声をあげよう

2019年06月13日 09時43分48秒 | 中国と世界
  香港の学生と一般人は「一国二制度」を形骸化しようともくろむ中国共産党政府に反対し、中国本土への引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案の成立を目指す立法会前で抗議活動を展開している。デモは激しさを増し、ストライキ、交通機関の徐行などの形になっており、夕方には勤務を終えたサラリーマンや労働者も参加している。
 立法院は過半数が親中派で占められており、中国共産党政府が裏で糸を引いているという。香港政府のトップを決める行政長官選挙に親中派のみしか出馬できないとした普通選挙法に反対して立ち上がった民主派の「雨傘運動」は挫折し、その後は無気力感が漂っていた。しかし香港では民主主義の最後の砦を守るため、香港人は現在、立ち上がっている。
 「逃亡犯条例」は中国本土から香港に逃亡してきた刑事犯だけでなく、中国共産党政府が危険視する香港人の民主主義政治犯を中国本土に引き渡す危険性を秘めている。そればかりか、香港を訪れる、中国共産党ににらまれている人物、たとえば1989年の「天安門事件」に参加し、亡命した指導者の引き渡しも可能になる。また中国政府に好まれない外国人も引き渡されることさえ可能だ。
 香港は約20カ国と容疑者引き渡しの取り決めを交わしている。中国共産党の意思で、外国から香港へ容疑者が引き渡され、「逃亡犯条例」を根拠に中国本土に移送される可能性が強い。共産党政権は司法制度を弾圧の道具として使ってきた。読者もご存じのように、中国には司法の独立もなければ三権分立もない。
 2015年以来、中国の会社の依頼で温泉掘削調査をしていた日本人技術者や日中友好のために訪中していた日本人ら4~5人は「スパイ罪」で逮捕、起訴され、死刑判決を受けた者もいる。中国当局はスパイ罪を適用した理由をいっさい言わず、ご都合次第で逮捕していると思わざるを得ない。
 香港の「逃亡条例案」が成立すれば、中国共産党政府の意を受けた香港政庁が恣意的に香港人だけでなく日本人を含む外国人を中国に引き渡すことが法律上可能になる。香港の民主活動家らは「中国が犯罪をでっち上げる可能性がある」と反発する。
 1997年の香港返還の際、宗主国だった英国だけでなく世界に、中国は50年間、「高度な自治」と「一国二制度」を守ると約束した。しかし、香港の自治をじわじわ浸食してきた。特に現在の習近平政権は、香港政府を介し強権を発動している。これまでの共産党政権は、香港の政治活動への介入を控えてきた。しかし今回は、声高にこの条例成立を支持している。そして共産党の常套手段だが、香港人のデモを中国メディアは一切伝えていない。NHKなどの海外放映はブラックアウトされている。
 習政権と中国共産党は台湾、琉球(沖縄)を、経済力と軍事力を蓄えれば蓄えるほど、狙い、海外膨張政策を進めていくだろう。「中国は覇権国にはならない」と繰り返しながら影響力を強めていくだろう。日本人の左派やリベラルな人々の中には、米国の日本への支配を批判する人々がいる。ある意味ではそうかもしれないが、もし中国に支配されるなら、米国どころの話ではすまされなくなるだろう。「独裁の闇」のなかで日本人は呻吟するだろう。
 「鉄砲から政権が生まれる」と新中国建国の父、毛沢東が言うように、共産党理論には「暴力」「力」「圧力」「フィジカルな力」を前面に出し、政権を奪取し、「人民平等」の理想を掲げる。しかし、今や中国共産党は社会主義の理想をかなぐり捨て、その理論の「力」のみを信じ、単なる独裁に変質した。
 日本国民と国際社会は、「中国本土から香港、そして台湾にも及ぶ習体制の圧力強化を前に沈黙してはならない」(6月12日付朝日新聞社説)。われわれ世界の人々は香港人の民主主義擁護の闘いを応援しよう。沈黙していれば、中国共産党の毒牙は、気がついたときには、われわれの目の前に来ているのだから。
 

民主化か滅亡か   天安門事件番組を見て中国共産党の未来を思う

2019年06月09日 22時17分28秒 | 中国と世界
    天安門事件から30年。中国の民主化は挫折したかのように見える。しかし消えたかに見える残り火は灯っている。今夜9時から放映されたNHKスペシャル「天安門事件 運命を決めた50日」で強く感じた。
 「200人の死が中国に20年の安定をもたらす」。イギリス機密資料によれば、この言葉を当時の最高指導者、鄧小平が保守派の李鵬らに語ったという。
 この言葉は正しかった。中国は飛躍的な経済発展を遂げ、国の経済規模は米国に次いで世界第2位になった。経済発展は軍事力をも強化し、米国が脅威を感じるまでになった。しかし鄧小平の予言した「安定」は本当に中国に安定をもたらしたのかとあらためて自問する。
 本当に「安定」をもたらしたのなら、中国を支配する中国共産党が事件の見直しや責任を問う声を封じ込め、言論統制を一層強化し、支配者への批判も徹底して抑え込んではいないだろう。
 「安定」はうわべだけであると筆者は確信する。中国共産党は30年前と同じように、大衆を恐れている。中国人民を恐れるがゆえに、必至になって「動乱」の芽を摘もうとしてきた。動乱は共産党支配の終焉になる端緒になりかねないことを熟知しているからだ。
 天安門事件当時、共産党の中でも学生の主張に理解を示していた改革派の趙紫陽総書記は「発展した経済の安定は、複数政党制の民主政治なくしては果たせない」と話す。鄧や李鵬ら保守派の「戒厳令を発動して学生運動を鎮圧する」との考えに反対し、失脚した趙紫陽の見解は100年単位の長期的な展望から判断すれば正しい。
 天安門事件後、日米欧は表向きは中国共産党の弾圧を糾弾したが、裏では中国の経済発展を助けた。NHKのスペシャル番組がブッシュ(当時、父)米大統領が鄧小平に宛てた書簡を紹介。それは引き続き中国への援助を示唆している。
 ブッシュ大統領は中国共産党が経済発展を成し遂げ、中国に中産階級が形成されれば、おのずから中国の民主化への道は開かれると信じたという。しかしこの確信はものの見事に外れた。20世紀の著名なイギリスの歴史学者ハーバート・バターフィールドが「歴史の流れは、思ってもみない結末に至ることがよくある」と述べたが、この件については至言だった。
 いまや中国共産党は国外でトラブルメーカーになっている。国内の政治的状況は暗黒だ。あらゆる自由がない。当時、北京大学の学生で、学生運動のリーダーだった王丹氏は先月下旬、亡命先のアメリカから日本を訪れ、NHKのインタビューに応じた。習近平指導部のもとで人権や政治の状況はさらに悪化したという。中国全土を混乱に陥れた文化大革命以降、最悪だとし、「今の中国共産党には政治改革を行う兆しが全く見えない」と批判した。
 現在の習近平指導部の共産党政権は言論統制を強化し、共産党や政府の批判につながりかねない活動への締めつけを強めて共産党の言論、情報統制はいっそう厳しくなっている。天安門事件についてほとんど知らない中国の若者が多くなっている。
 経済格差がますます広がる中、マルクス主義を強く信奉し労働者の権利保護を訴える活動を行う大学生などが去年以降、相次いで拘束されている。かつてはマルクス主義を錦の御旗にしていた共産党はその存在理由をかなぐり捨て、単なる独裁権力者になりさがった証左でもある。
 共産党はあらゆる場所に監視カメラが設置し、国民一人一人の行動をウォッチしている。また6年前に共産党の言論統制の方針を示したとされる文書では「欧米式の立憲民主主義」「普遍的価値」「共産党の歴史を否定するもの」などは広めてはならないと通知する。
 現在の中国は最悪のように見えるが、実はそうではない。こうした言論統制や締めつけは、習指導部が批判などが広がれば共産党一党支配体制を揺るがしかねないと恐れていることを映し出している。
 中国共産党が中国の一党支配という既得権にしがみつく限り、経済発展を永遠に続けなければならない。不況や失敗は許されない。失敗すれば、国民の生活が苦しくなり、国民の支持を失う。それを共産党幹部は最も恐れる。
 共産党が経済発展をし続けるためには、外への膨張しかない。現代版の冊封体制を構築し、アジア・アフリカの経済発展国を事実上の隷属化において収奪し、欧米や日本、豪州などの先進民主主義国家と対峙するしかない。そしてそのうち、世界の国々から反発をくらい、中国国民からの抵抗を受ける時代が来るだろう。中国共産党にとって選択は二つしかない。ひとつは民主主義制度を受け入れるか、それとも滅亡かのどちらかだろう。

南シナ海での中国の威圧的行動を注視せよ!   共産党国家の本質を目の当たりにする

2019年04月14日 13時31分48秒 | 中国と世界
 南シナ海での中国漁船の操業をめぐって中国とフィリピン、ベトナム2国との緊張が高まっている。中国漁船の操業は南シナ海の島々の領有権をめぐる紛争と密接に絡んでいる。大国の中国が小国2国に脅しをかけている構図だ。
 フィリピン軍当局によると、同国が実効支配するパグアサ諸島周辺では1月からの3ヶ月間、中国漁船が600隻以上が操業に従事し、フィリピン漁師の操業を妨害している。朝日新聞によれば、2月には1日で87隻集まった日があったという。
 南シナ海の軍事拠点化を進める中国に宥和政策を進めてきたフィリピンのドゥテルテ大統領が突然、政策方針を変え、「パグアサ島はわれわれのものだ。手を触れるな」と批判する。フィリピン国民の反中感情の高まりがドゥテルテ大統領の背中を押したのかもしれない。
 今月9日は、フィリピン国旗を掲げた市民ら約900人がマニラの中国大使館前で「中国は出て行けと叫ぶ、政権の弱腰外交を批判した(4月14日付朝日新聞)。デモは、中国から公共工事のために多額の借金をしているドゥテルテ政権への怒りの表現であろう。また、この公共工事のために、中国政府が送り込んだ多数の中国人労働者をも問題視している。
 一方、3月には南シナ海の西沙諸島周辺で、中国船がベトナム漁船によって沈没させられ、ベトナム外務省が中国に抗議。18年にも、経済特区で中国の投資家に99年間の土地を租借することに対してのデモも起きている。
 中国共産党のフィリピンとベトナムに対する姿勢は、かつての欧米や日本の帝国主義諸国と同じだ。フィリピン労働者を工事現場で働かせるのではなく、中国人労働者を中国から送り込む。賃金をフィリピン労働者におとし、同国の経済発展と国民生活の向上に寄与するのではなく、中国労働者の支払うことで、賃金を中国へ回収する。
 マルクス・レーニン主義や毛沢東思想などの思想(良いか悪いかは別)をかなぐり捨てた独裁政党、中国共産党に残ったものは、暴力・強権装置だけだ。軍事独裁政権と何ら変わりない。
 この国の最高指導者、習近平氏が5月に訪日する予定だ。米国との関係がうまくいかなくなったため、いつものパターンだが、日本政府にすり寄っている。中国共産党の長期戦略に狂いが生じるときは日本に近づき、戦略がうまくいっているときは日本をバッシングする。南京虐殺事件などを持ち出し、嘘と真実を織り交ぜて、日本を揺さぶってきた。
 私は不満を言っているのではない。中国共産党が法を自らの戦略に組み入れ、国際法を尊重していない。また現実を見ながら、押しては引く冷徹な路線を進めていることを銘記しなければならないと言いたいのだ。中国共産党の南シナ海のフィリピン、ベトナムに対する強硬な行動や欧米に対する柔軟な外交を注視しなければならない。それはこれからのわれわれの生存にも関わってくるからだ。

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法の国カナダは中国に勝利するか  ファーウェイ事件で中国共産党は本性を暴露

2018年12月14日 20時10分19秒 | 中国と世界
 中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)幹部の拘束をめぐる米国、カナダと中国の駆け引きは日本の戦国時代を思わせる。米国のトランプ大統領や中国共産党政府は司法の問題を政治問題化する。トランプという米国人は“商売人”と言ってしまえばそれまでだが、目先の利益に敏であるが、長期戦略には長けていない。しかし何にもまして、中国人と同様、駆け引きが上手い。
 トランプは、米国建国以来、米国政治の伝統である司法、行政、立法の三権分立を軽視し、経済、司法などすべての問題を政治問題化してきた。トランプほど民主主義制度をないがしろにして、経済、司法の問題にまで政治化している大統領はいない。
 今回のファーウェイ問題で、トランプ大統領はロイター通信に「安全保障上の利益になるか、中国との貿易取引で役立つのであれば(捜査に)介入する」と語り、行政が司法に介入すると断言した。
 一方、中国共産党はファーウェイ事件を通して、その本性を世界に暴露している。中国共産党の特質は、中国の伝統社会や文化、慣習や思想、西洋が生んだ共産主義が混ざり合っているところにある。
 共産主義理論は私有財産を認めない。国家と党が生産手段のすべてを握り、理論上「人民」に公平に生産物を分配する。しかし、ソ連崩壊後、中国共産党は私企業を認めたが、実質的に指導下におく。ましてやハイテク・通信機器など21世紀を牛耳るハイテク・通信機器分野では、企業は門前に「私」の表札を掲げるが、家の中に「共産党」のプレートを貼り付けている。軍事にも応用できるこの分野は、中国共産党の命運を握っている。
 ファーウェイの孟晩舟(モン・ワンジョン)副会長兼最高責任者(CFO)が、米国の要請を受けてカナダ当局に逮捕されてから13日。カナダが孟容疑者の引き渡しを求める米国と即時釈放を要求する中国の板挟みになっている。
 孟容疑者が拘束されてから、中国共産党はカナダ人2人を「国家の安全に危害を及ぼす活動をした疑い」で拘束した。二人はカナダの元外交官でシンクタンク「国際危機グループ」(ICG)職員のマイケル・コブリグ氏とカナダ人ビジネスマンのマイケル・スパバ氏。政治・外交専門家の大多数は中国の行動を報復と見ている。
 私は何度もこのブログでお話ししたが、中国は歴史上、一度として法律で支配された歴史はない。5000年の中国史を紐解けば理解できる。特に紀元前2世紀に中国で初めて皇帝に就いた始皇帝から2000年たっても、「一君万民」の政治・社会秩序だ。皇帝が法であり、法は皇帝の下に置かれる。
 今日も同じだ。中国共産党が法であり、共産党の上に法はない。その支配下では、強大な権力を持った指導者(独裁者)か特権集団が皇帝になる。そして中国の人びとの多くは支配者を信用せず、支配者から距離を置く。
 この歴史上の流れから、中国社会では、宗族という巨大な血縁組織ができあがり、その組織内では相互扶助の精神が行きわたるが、その相互扶助の巨大な壁の外の人びとは利益相反者とみなされ、極論すれば「何をしてもよい」と言うことになる。
 中国人が平気で制作する海賊版、外国特許や知的財産権を平気で盗む行為などはこのことを如実に表している。日本の企業や自治体が知らない間に、「青森」などの特許を使われていたり、平気でドラえもんやディズニーランドのミッキーマウスの特許料を支払わずに使用する行為は彼らの文化や思想に由来する。
 中国共産党の対外政策は、中国社会の伝統や文化、国民性、習慣、風習を理解すれば、一目瞭然で理解できる。中国自体が大きな家族、血縁組織(宗族社会)であり、この壁の外にある外国人や外国には何をしても許される。
 孟容疑者をめぐる中国共産党の行動は法ではなく人治であり、政治・外交の駆け引きであり、「権謀術数」そのものだ。読者諸君が法を遵守しないのは中国共産党だけだと思っているのなら、それは大きな間違いだ。法の軽視や無視は「一君万民」の下で皇帝の横暴に対して自らを守る手段だった。皇帝は法の上に君臨し、それを自由自在に自らの都合の良いように利用してきた。中国共産党は現在の皇帝であり、法の上に君臨する。
 ファーウェイ事件をめぐってカナダはどうするだろうか。カナダのフリーランド外相は「(米国への)引き渡し要請は正義を果たすために行われるべきものであり、政治化したり、他の目的のために乱用したりすべきではない」と中国共産党政府とトランプ米大統領に釘を刺す。 
 カナダのポートランド州立大学のブルース・ギリー教授はカナダ政府が最終的に孟氏を米国に引き渡すとみる。孟氏が米国の金融機関に虚偽の申告をし、米国から禁輸制裁を受けているイランにアメリカ製品を輸出したとの容疑をかけられている。
私もカナダ政府が自国の2人を犠牲にしてでも、孟容疑者を米国に引き渡す公算が大きいと思う。それがカナダの法治国家としての伝統だ。
読者もご存じの通り、カナダ人の先祖は英国からの移民だ。英国は「マグナカルタ大憲章」から約900年以上にわたって法治国家の伝統を築き上げてきた。1688~89年の「名誉革命」以来、「国王君臨すれども統治せず」の伝統がある。国王や女王、国民の上に法が燦然と輝いている。
 ファーウェイ事件をめぐるカナダと中国の政治・外交紛争は、「法治国家」と「法を軽視・無視する人治国家」の闘いである。中国は大国、米国に脅しをかけずに、その矛先を小国、カナダに向けた。中国共産党の指導者や幹部は「中国は現在、米国に歯が立たない」ことを理解しているからだ。
 ファーウェイ事件から我々が教訓として学ばなければならないことは、万が一、中国共産党が軍事的に東アジアを支配する日が来たら、経済的に世界を支配する日が到来したら、「法」ではなく、カナダ政府にくわえたような「脅しと報復」をしてくるということだ。法の支配ではなく、上下関係が厳格な「華夷秩序」が敷かれることになるだろう。それは実質的には中国の帝政時代の対外関係と同じだ。「華夷秩序」は中国の思想だと思っても過言ではない。
 共産党が支配する社会は、英国宰相ウィンストン・チャーチルの言葉を借りれば、「蜂社会」だ。女王蜂に何の不満を抱かず、働き続ける働き蜂。こんな社会は人間社会では成り立たない。自我と欲を持ち、不平不満を日常とする人間は「共産主義社会」では生きることができない。理想を抱き善だと信じた共産主義を実現しようとする共産党の指導者は理想を阻む人びとを容赦なく弾圧する。さらに悪いことには、中国共産党はその理想さえかなぐり捨て、偏狭な民族主義に走り、漢民族だけでなく、他民族をも弾圧している。これが中国社会だ。
  ファーウェイをめぐる中国とカナダの対立から、われわれ日本人は中国共産党を観察しなければ、将来「中国の魔の手」から逃れられないだろう。


 (補足)中国社会や伝統や中国人の国民性を理解するには、石平氏の「中国人の善と悪はなぜ逆さまか 宗族と一族イズム」と林語堂の「中国=文化と思想」を推薦する。私見だが、中国人から日本に帰化した石平氏は数々の作品を世に出している。日本人が大好きと見える。それはうれしいのだが、日本人の欠点がまだ見えておらず、情緒的な右派の人びとを礼賛しているように推察する。彼の考え方に賛同できないところもあるが、この書籍はすばらしいと思う。事実を客観的に記している。
  また、林語堂先生は20世紀初めから中葉に生きた人。米国人に中国人の思想や文化を紹介するために、この本を書いた。原題は「My Country and My People」。1936年に書かれた。この本は古典であり、中国人を理解する格好の教材である。

 写真は孟晩舟容疑者