英宰相ウィンストン・チャーチルからのメッセージ   

チャーチルの政治哲学や人生観を土台にし、幅広い分野の話を取り上げる。そして自説を述べる。

スペインの朝食は美味く健康的    最近旅しての感想

2024年12月22日 15時57分49秒 | 旅行
 日本の朝食。現在はパンや紅茶、コーヒーという方も増えてきている。それでも昔ながらの味噌汁、ごはん、海苔、漬物という方もいるだろう。パン党でも2か月も3か月も外国で生活していると、ご飯と味噌汁が食べたくなるのではなかろうか?
 ところで、スペインの朝食は健康的で美味しかった。フランスパンや食パンにオリーブ油をかけ、その上に生ハムとトマトと載せる。いたってシンプルだった。そしてバレンシア・オレンジの搾りたてを飲む。果物や野菜を食べる。
 われわれ夫婦はスペイン到着後と日本へ帰国する前の計9日間、スペイン人の親友ご夫妻の自宅に居候させていただいた。そこで経験した朝食に対する感想だ。約1か月のスペイン旅行中、ホテルで味わった朝食も多種多彩で健康的な食材を使っていた。
 2022年の全世界の平均寿命ランキングでは、日本が3位でスペインが10位だった。ちなみに1位はマカオ、2位はリヒテンシュタイン。ただスペイン人は大食漢という印象をもった。一皿に盛られた食事の量は半端ではないくらいおおい。それが日本とスペインの寿命の差に表れていると独断と偏見で思った。
 朝食が8時ごろだが、昼食は1時半から2時に始まり、夕食は8時半から9時に開始される。これも私のような日本人には閉口した。ただレストランのなかには、午後6時半ごろ開くところがあった。ヨーロッパ諸国の観光客らを当て込んでいるのだろう。われわれは午後7時ごろ、レストランに行くと、すべてがスペイン人以外の外国人だった。
 スペイン人は食事を楽しんでいる。昼食や夕食の前にバル(一杯飲み屋)でビールやワインを軽くひっかけてから本番に臨む。彼らは店内よりテラスや店先のテーブル席で食べるのを好むようだ。確かに気候温暖なスペインでは、それが可能だ。
 私の親友の長男が親友の自宅にやって来て、我々と食事をとった。彼は30歳過ぎの年齢で技術者。スペインのサンチェス政権を批判していた。親友は息子にただ一言話した。「アフリカの貧しい国に1年間住んでみろ。そうしたらスペインがいかに良い国か、食に困らない国か、生活がし易い国か理解できる」。
  40年来の親友は航空管制官として生涯の仕事に就く前の20代から30代初めまで、アジア、アフリカ、ラテンアメリカ諸国やフランス、イギリスを旅行し住んだ。また中米では数年間働いたという。彼が20代前半、初めて私と会った。その後、世界100か国以上を訪れた。
  彼の息子への話は説得力があった。私も若いころ、20数か国を旅し、イギリスの3年間、住み働いた。日本人にも至らぬところがある。というより日本人特有の国民性がある。多くの政治家は政治屋だが、国民の民度は高い。教育レベルも高い。最近、インフレで生活が苦しくなったとはいえ、貧しい国の人々と比べれば幸せだ。
  若い日本人はこの頃、外国に行かなくなったという。文化省の統計では、日本人留学生が少なくなった。憂うべきことだ。明治維新の「五か条のご誓文」ではないが、広く世界に知識を求めてほしいと願う。そうすれば、現在よりも視野が広くなり、物事をより的確に判断できるのではなかろうか? そして勤勉なわれわれ日本人は引き続き豊かな生活を送れるのではないかと思う。 
写真はハモン(ハム)販売店

スペイン人は食にこだわる    各地を旅して思うこと    

2024年12月19日 20時47分44秒 | 旅行
 私は先月の10月下旬から11月下旬までの29日間、スペインを旅行した。そのうちの9日間はスペイン人の友人宅に居候。歓待を受けた。マドリッド、セゴビア、トレド、ビルバオ、ビルバオの近郊のベルメオとムンダカを訪れた。またスペイン南部アンダルシア地方のマラガ、マルベラ、ロンダ、ミハス、セビリア、ヘレス・デ・ラ・フロンテーラ、グラナダを訪問した。51年ぶりのスペイン訪問だった。
 スペインはヨーロッパ連合(EU)の一員で、農業国。朝食はおいしかった。友人宅でもホテルでもおいしかった。パンにオリーブ、トマト、ハモン(生ハム)をのせ、搾りたてもジュース、それにコーヒーを飲む。スペインは長寿国だというのがうなずける。ただ食事時間は朝食は8~9時だが、昼食は午後1時半~3時、夕食は午後8時半~10時には参った。読者の中には御存知の方がいると思うが、この時間帯を理解している私も参った。そして一皿の食事の量が多いのにも閉口した。
 もうひとつ言わなければならないのは、ヘレス・デラ・フロンテーラのティオ・ペペのシェリー酒生産工場に足を運んだことだ。1000近い樽が並べられている。その中にシェリー酒が貯蔵され熟成されている。スペインはワインとシェリー酒の国。日本とは比べ物にならないほどの多種多様なワインがある。
 今回の旅。成田の飛行場でスペインへのツアー客に会った以外、1か月余りの旅行で、日本人はほんの数人しか出くわさなかった。どのホテルや観光地も多くの中国人を見かけた。日本の経済力と国力が落ちているのを目の当たりにした。
 それに対して中国人の活動的な姿が印象的だった。中国の国力の増大を肌で感じた。ただ多くの中国人は、国民性なのかどうか分からないが、うるさくて身勝手、多くのスペイン人から嫌われていた。
 トレドの土産物屋の店主は「コロナ前には日本人が来ていたが、現在、来なくなった。スペインに来てほしいと伝えてほしい」と話し、「私は中国人は嫌いだ。身勝手で、店内ではべちゃくちゃしゃべり、品物の扱いも乱暴だ」と批判していた。
 20世紀の文学者、林語堂の著作「My Country, and My People」の「中国人は大いなる利己心の人々」を思い出し、妙に納得した。
 帰国直前、スペイン人の友人と奥様が土曜市場に連れて行ってくれた。トマト、玉ねぎ、オレンジなど、目を見張るほどの多種多様な野菜や果物を見た。スペイン人が買いに来ていた。食料自給率の世界ランキングでは、日本は130位でスペインは70位。それを実感した。日本は少なくともスペイン並みの食料自給率に引き上げないと、食糧危機時には大変なことになると思った。
 この旅行で痛切に思ったことは日本経済の弱さだ。日本人は韓国や東南アジア、ハワイには行けても、ヨーロッパにはいく余裕がないのかもしれない。私はかなりの出費をした。これから慎ましい生活をしなければならない。それでもスペイン訪問を後悔していない。スペイン人の友人が世話をしてくださり、スペインの家庭を垣間見ることができた。友に感謝したい。
※写真はビルバオの河口付近の景色。

外国人観光客でいっぱい  広島の厳島神社と原爆資料館を訪れる       

2017年11月14日 15時15分43秒 | 旅行
 家内と私は故郷から新幹線で6時間かけて世界遺産の広島・宮島を訪れ、約40年前にロンドンで初めて会った親友の案内で厳島神社と原爆資料館を訪れた。どちらも外国人でいっぱい。まるで外国旅行をしているようだった。
 11日午後に到着後、フェリーに乗船し、宮島口から厳島に渡った。夕暮れ時で、潮が満ち、厳島神社の鳥居が海に生えてきれいだった。その日の夜、友人が私と家内のために宴会を催してくれ、懐石料理に舌鼓を打った。
 翌日は宮島の弥山にロープウェーで上り、素晴らしい瀬戸内海と広島湾の眺望を堪能した。ただ、ロープウェーに乗るのに1時間も待たされたのには閉口した。ヨーロッパや東南アジア、豪州、それに中国からの観光客が大勢来ていた。
 午後は平和公園と原爆資料館、原爆爆心地を訪れた。資料館には、被爆後白血病と闘い、昭和30年に12歳で亡くなった故・佐々木禎子さんが織った折り鶴が飾られていた。折り鶴を織れば元気になると信じながら亡くなった少女のことを思うと、思わず涙腺が緩んだ。オバマ前米大統領が織った折り鶴も拝見した。
 原爆資料館や平和公園を訪れると、厳粛な気持ちになる。人間の愚かさもあらためて分かる。たくさんの外国人の気持ちも厳粛であり、眼差しも真剣だった。世界のリーダーが広島の原爆資料館や平和公園を訪れ、核戦争がいかに愚かであるかを悟ってほしい。
 話はガラッと変わるが、広島の食べ物はうまい。瀬戸内海に面しているだけあって刺身はうまい。宮島口のあなごの有名な店「うえの」に連れて行かれたが、客が行列をつくっていた。待ち時間は1時間。弁当の待ち時間も30分から1時間ということであきらめた。
 おむすびの「武蔵」はうまかった。また、大正14年創業以来、もみじまんじゅうを作り続けている老舗・藤い屋(宮島)で、熱々のまんじゅうを食べた。美味だった。友人は地元なので、どこの食べ物がうまいかをよく知っていた。感謝。

英国の登山家のカトマンズ探訪を読む   思い出すネパール人との思い出

2017年10月24日 20時15分40秒 | 旅行
 一人の英国の登山家にとって、秘境ネパールの首都カトマンズは、時が移り変わっても、目もくらむほど素晴らしく、魔法の町である。彼の記憶はいつも生き生きとよみがえり、心温まるものになる。
 この登山家はクリス・ボニントン氏。生涯でヒマラヤに19回遠征し、遠征隊長としてイギリス隊のエベレスト南西壁初登攀やアンナプルナ南壁初登攀を成功に導いた。この功績を認められ、サーの称号を得ている。83歳。
 ボニントン氏が最初にこの首都を訪れたのは1960年。英国隊が7937メートルのアンナプルナ南壁に初めて登頂したときである。
 そのときにはカトマンズにはホテルが一つしかなかったという。今では数百のホテルやゲストハウスが建ち並ぶ観光都市。彼はカトマンズ・ゲストハウスを推奨する。最高のホテルに泊まりたければ、ホテル ヤク & イエティ(Hotel Yak and Yeti)がよいという。
 カトマンズを訪れるベストな時期は、モンスーンに見舞われる6~8月。ボニントン氏はこう話す。自動車の排ガスで汚染されている世界一の町だが、雨上がりに排ガスが霧散し、素晴らしいヒマラヤ山脈が遠望できる。
 この素晴らしい景色をカトマンズのどこから見たら良いか?ボニントン卿はスワヤンブー仏教寺院からの眺めを推奨する。この寺院はネパール語でスワヤンブナート。ネパールのカトマンズ盆地にあり、ネパール最古の仏教寺院ともいわれる。「カトマンズの渓谷」にあり、ユネスコ世界遺産に登録されている。 その寺院はカトマンズの中心部から西に3キロほど離れた丘の上にたっている。
 私は一度もこの国を訪れたことがない。20代の頃に訪れた友人が「朝日に輝く黄金のヒマラヤは、見た者でしか分からない」と語る。
 私は英国にいる頃、一人のネパール人とカトリック系の寄宿舎で知り合ったのを思い出す。彼はロンドン大学の学生だったが、薬が原因で75%失明した。医療過誤だ。
 病院を相手取り裁判に持ち込み、6千万円の賠償金を勝ち取った。しかし彼の人生は100%変わってしまった。母国に帰れば、高級官僚として、将来を約束されていたのだが・・・。
  この裁判が新聞で報じられ、証券会社や投資会社がやってきた。私は彼にネパールに帰れば、一生暮らせる金だ。決して「儲け話に乗って騙されるな」と助言したことを思い出す。彼は帰国した。生きていれば還暦を過ぎているだろう。彼が帰国して以来、音信はない。
 英紙「ガーディアン」のネット版に掲載されているボニントン氏のカトマンズ探訪を読み、まだ行ったことがないかの国に思いをはせ、そして40年前の彼との出会いを思い出した。

写真:スワヤンブー仏教寺院から見るヒマラヤ山脈

外国人が住むのに、世界中で最も居心地が良い国   BBC放送が伝える

2017年10月22日 15時21分53秒 | 旅行
 「この5カ国は、外国人を温かく歓迎し、ヘルプの手と優しい微笑みを見せてくれる」
 英国の公共放送「BBC」はこう報じている。残念ながら日本は入っていない。私は一人の日本人として、「おかしいじゃないか」と「BBC」に抗議したくなるが、民主主義を支える放送局は続けてこう述べる。
 「外国に住み、その国の生活に合わせようと努力する多くの異邦人にとって、その国の人々と友人になることほど心の安らぎはない。しかし多種多様な文化と言語をもった国はほかの国よりも居心地が良いのではなかろうか」
 この5カ国は、東アフリカのウガンダ、中米のコスタリカ、南米のコロンビア、中東のオマーン、アジアのフィリピン。
 「BBC]は、世界中のコミュニティーを結ぶ活動をしているネットワーク「インターネーション」の調査を引用する。このネットワークは世界161カ国の1万4千人の異邦人(外国の長期滞在者)から、「生活に慣れるのが容易いか」「自分が住む国の人々と直ぐに友人になれるか」「その国の居心地はどうか」などの質問に対して答えを得た。
 調査結果によれば、まずウガンダ人は「フレンドリー」で最高の評価を外国人から得た。ウガンダの首都カンパラに住む英国人のシャルロット・ボーヴォワザンさんは「外国人を歓迎する態度はこの国の固有の文化から来ているのよ。隣人は新しい入居者を笑顔で迎え入れるの」。この国の人々は驚くほど「フレンドリー」だという。
 次にコスタリカ人はどうか。調査に応じた10人中9人の異邦人がこの国の人々は本当に「フレンドリー」だと認める。10人中8人は「故国に住んでいるみたいだよ」と話す。大多数のコスタリカ人はのんびりと過ごし、あくせくしていないという。社会主義政権がこの国を支配していることもあるのかもしれないが、皆が食べるのに困らない、と福祉財団「リトリート・コスタリカ」のダイアナ・ストーブさんは話す。「コスタリカの文化を理解して好きになれば、大歓迎されるわ」
 コスタリカを日本語に訳せば「豊かな浜」。素晴らしい海岸がそこらじゅうにある。この10年で物価が上がり、首都サンホセの一部は英国のロンドンと同じ物価だが、それでもロンドンと比べて安い場所が多いという。
 残りの3カ国の国民も開けっぴろげな国民性で、外国人は溶け込めやすい、と「BBC]は「インターネーション」の調査を引用する。
 コスタリカを除いて、ほかの4カ国の治安が良いかというと、一概に「良い」とは言えない。フィリピンでは、総選挙の期間中、与野党や立候補者の陣営の言い争いから、50~60人が殺される、とフィリピンの新聞は報じている。
 治安と友情は別らしい。言い換えれば、心豊かで感情豊かだからこそ、外国人へのホスピタリティーが行きとどく反面、対立が直ぐに殺人に発展するのだろう。
 日本政府は観光に力を入れている。2016年には、約2千4百万人に到達した。安倍政権は訪日外国人観光客の拡大に向けた具体策をまとめ、2020年に4千万人、2030年に6千万人にすると決めた。ただ、コスタリカやウガンダの人々のように、日本人が両腕を開いて歓迎するかとなると、どうだだろうか。もちろん日本人は外国人を心の中で歓迎する。しかし国民性が開けっぴろげでないため、外国人になかなか自分の気持ちを伝えられない。言い換えれば、長期外国人滞在者が日本社会に溶け込むには相当の努力が必要。批判しているのではない。それが日本人の国民性なのだから。
 英語ができなくても、通りゆく外国人に「Can I help you(何かしましようか)」と気楽に声をかけたいものだ。清潔な国。秩序の国。優しい国。そんな国が日本。多くの外国人は日本を旅行し、こんな感慨を抱いて帰国する。その上、シャイな日本人がもっとホスピタリティーの気持ちを表に出すことができれば、外国人はいっそう良い印象を抱いて帰りの飛行機に乗り込むだろう。

 写真はコスタリカ