この部屋の家具は、部屋にちっとも調和していないのだけれど、それは階下から全部運び込まなくてはならなかったからだ。ここが遊戯室として使われるようになったときに、赤ちゃんの部屋だったころのものを、すべて運び出したのにちがいない。けれど、その子たちがここに加えた乱暴狼藉ほどひどいものを、これまで見たことがなかった。
壁紙は、まえにもいったように、ところどころで剥がされているのだが、それでも壁にしっかりと張りつき、兄弟よりも固い絆で結びついている――子どもたちは憎悪だけでなく、辛抱強さも要求されたにちがいない。
床には引っかいたあとやぶつかったあと、ささくれだったところもあり、ところどころ、モルタルのところまで穿たれていた。
けれど、そんなことはたいしたことではない。問題は、壁紙なのだ。
向こうにジョンの妹が帰ってきたのが見える。とても優しい子、おまけにわたしをとても大切にしてくれるのだ。書いているところを見られないようにしなくては。
あの子は家事を完璧に、しかも情熱をこめてやってのけ、それ以上の仕事は望んでいない。わたしが病気なのは書き物のせいだ、と思っているにちがいない。
それでも、あの子が出かけているうちは書くことができるし、それにこの窓からは、ずっと遠くの姿も見つけることができる。
窓の一方からは小径、木陰に彩られ、くねくねとうねる美しい小径が見えるし、もう一方からは、田園風景が見渡せる。こちらも美しい、楡の大木が続きヴェルヴェットのような草地が拡がっている。
薄暗くなってくると、この壁紙には、もうひとつの模様が現れるのだが、それはさらに神経を逆撫でするようなものだ。ある一定の明るさの下でしか見ることができず、しかも、そのときでもはっきりとはしていないのだ。
けれども、ある場所ではその模様は溶けていかず、日の光がちょうどよい加減のとき――奇妙な、人を焦らすような、形も定かでない姿が、みっともなく場違いな表面のデザインの下から、こっそりと現れてくるのだ。
ジョンの妹が階段を上がってきた!
ふう。やっと七月四日が終わろうとしている。みんな帰ってしまい、わたしは疲れ切っている。ジョンは、それほど多くない数の人に会うのは、わたしにとっても悪いことではない、と考えて、お義母さまとネリーと子どもたちを、一週間ほど招待したのだった。
もちろんわたしは何もしなかったけれど。いまではジェニーがなにもかも取り仕切っているのだ。
それでも疲れてしまうことには変わりはない。
ジョンは、きみの調子がはかばかしく良くならないようなら、秋にはウィア・ミッチェルのところへ行ったほうがいいな、と言っている。
そんなところなんて、金輪際ごめんだ。以前、ミッチェルにかかっていた友だちがいたけれど、彼女はミッチェルはジョンやわたしの兄と似たりよったり、まったくどちらにかかっても同じこと、と言う。
おまけにそんなに遠くまでいくのはひと仕事だ。
何かで気分転換すれば良くなるとはとうてい思えず、いよいよ、ちょっとしたことで気持ちが動転しやすくなり、怒りっぽくなっている。
なんでもないことで涙を流し、ほとんどいつも、泣いてばかり。
もちろんジョンやほかのだれかがいるときではなく、泣くのはひとりのときだけだけれど。
いまは、思う存分、ひとりでいられる。ジョンは重病の患者を大勢抱えているので、街に行ったきりだし、ジェニーは優しくて、わたしがひとりにしてほしい、と言うと、いつでもそうしてくれる。
だからしばらく、美しい小径を辿って庭を散歩したり、バラを戴くポーチに腰を下ろしてみたり、この部屋に上がってきてしばらく横になってみたりしているのだ。
(この項つづく)
壁紙は、まえにもいったように、ところどころで剥がされているのだが、それでも壁にしっかりと張りつき、兄弟よりも固い絆で結びついている――子どもたちは憎悪だけでなく、辛抱強さも要求されたにちがいない。
床には引っかいたあとやぶつかったあと、ささくれだったところもあり、ところどころ、モルタルのところまで穿たれていた。
けれど、そんなことはたいしたことではない。問題は、壁紙なのだ。
向こうにジョンの妹が帰ってきたのが見える。とても優しい子、おまけにわたしをとても大切にしてくれるのだ。書いているところを見られないようにしなくては。
あの子は家事を完璧に、しかも情熱をこめてやってのけ、それ以上の仕事は望んでいない。わたしが病気なのは書き物のせいだ、と思っているにちがいない。
それでも、あの子が出かけているうちは書くことができるし、それにこの窓からは、ずっと遠くの姿も見つけることができる。
窓の一方からは小径、木陰に彩られ、くねくねとうねる美しい小径が見えるし、もう一方からは、田園風景が見渡せる。こちらも美しい、楡の大木が続きヴェルヴェットのような草地が拡がっている。
薄暗くなってくると、この壁紙には、もうひとつの模様が現れるのだが、それはさらに神経を逆撫でするようなものだ。ある一定の明るさの下でしか見ることができず、しかも、そのときでもはっきりとはしていないのだ。
けれども、ある場所ではその模様は溶けていかず、日の光がちょうどよい加減のとき――奇妙な、人を焦らすような、形も定かでない姿が、みっともなく場違いな表面のデザインの下から、こっそりと現れてくるのだ。
ジョンの妹が階段を上がってきた!
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ふう。やっと七月四日が終わろうとしている。みんな帰ってしまい、わたしは疲れ切っている。ジョンは、それほど多くない数の人に会うのは、わたしにとっても悪いことではない、と考えて、お義母さまとネリーと子どもたちを、一週間ほど招待したのだった。
もちろんわたしは何もしなかったけれど。いまではジェニーがなにもかも取り仕切っているのだ。
それでも疲れてしまうことには変わりはない。
ジョンは、きみの調子がはかばかしく良くならないようなら、秋にはウィア・ミッチェルのところへ行ったほうがいいな、と言っている。
そんなところなんて、金輪際ごめんだ。以前、ミッチェルにかかっていた友だちがいたけれど、彼女はミッチェルはジョンやわたしの兄と似たりよったり、まったくどちらにかかっても同じこと、と言う。
おまけにそんなに遠くまでいくのはひと仕事だ。
何かで気分転換すれば良くなるとはとうてい思えず、いよいよ、ちょっとしたことで気持ちが動転しやすくなり、怒りっぽくなっている。
なんでもないことで涙を流し、ほとんどいつも、泣いてばかり。
もちろんジョンやほかのだれかがいるときではなく、泣くのはひとりのときだけだけれど。
いまは、思う存分、ひとりでいられる。ジョンは重病の患者を大勢抱えているので、街に行ったきりだし、ジェニーは優しくて、わたしがひとりにしてほしい、と言うと、いつでもそうしてくれる。
だからしばらく、美しい小径を辿って庭を散歩したり、バラを戴くポーチに腰を下ろしてみたり、この部屋に上がってきてしばらく横になってみたりしているのだ。
(この項つづく)