陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

ジョン・アップダイク 『A&P』 その3.

2004-11-11 18:17:31 | 翻訳


 女の子たちは肉のカウンターのところまで進んでいて、マクマホンに何か聞いている。マクマホンが指さし、女の子たちも指さし、それからダイエット・ディライト・ピーチ缶でできたピラミッドの陰に消えていった。ぼくらの視界に残るのは、口元をなでながら、女の子たちの“肉片”を品定めするマクマホンのおやじの姿だけ。かわいそうに。ぼくは女の子たちが気の毒になってしまった。あの子たちにはどうしようもないのに。

 さて、ここから話の嘆かわしいところに入っていく。少なくとも、ぼくの家族は嘆かわしい、って言うんだけど、ぼく自身は嘆かわしいと思ってるわけじゃない。店はガラガラで、その日は木曜日の昼下がりだったからなんだけど、レジによりかかって女の子たちが現れるのを待つ以外にたいしてやることもなかった。店全体がピンボールマシーンみたいなもので、あの子たちがどのトンネルから出てくるのか見当もつかないんだ。

しばらくして一番端の通路に女の子たちが現れた。電球とか、“カリビアン・シックス”だの“トニー・マーティン・シングス”だの、レコードにするだけムダなんじゃないの、なんて思っちゃうような連中の廉価盤レコードとか、チョコ・バーの6個パックとか、セロファンで包装されてるけど、子どもが中味を見ただけでバラバラになっちゃいそうなプラスチックのおもちゃとかが並んでいるところだ。やってきた女の子たちの先頭は相変わらず女王様、手にはグレーの小びんを持っている。四番レジから七番まではだれもいないので、ストークシーのところか、ぼくのところか迷ってるのがわかった。

だけどいつもどおりついてないストークシーが引いたのは、だぶだぶのグレーのズボンをはいた年寄り。じいさんがパイナップルジュースの巨大な缶を四つ抱えて(ぼくはよく不思議に思ってたんだけど、こんなものを買う連中って、パイナップルジュースをそんなにたくさんどうしてるんだろう)ふらふらしながらそっちへ入ってしまったので、女の子たちはぼくの方に来ることになった。女王様がびんを置き、ぼくが氷のように冷たい指で取り上げる。キングフィッシュ極上おつまみニシンのサワークリーム漬け、49セント。いまあの子の手にはなにもない、指輪もブレスレットもない、神様がお作りになったそのままだ。お金はどこにあるんだろう、とぼくは思った。するとあのつんとすました表情のまま、折りたたんだ1ドル札を、こぶこぶのついたピンクの水着の胸元の谷間からつまみ上げたのだ。手のなかのびんが急にズシッときた。ホント、すっごく、かわいい。

 そこからみんな、ツキに見放されるんだ。駐車場でトラック山盛りのキャベツを値切り倒して店に入ってきたレンゲルが、一日中こもりきりの「店長室」に大急ぎで戻ろうとしたまさにそのとき、女の子たちの姿を目に留めた。レンゲルってのはおっそろしく退屈なやつで、日曜学校で教えたりやなんかしてるんだけど、そんな女の子たちを見過ごすはずがない。つかつかとこっちへ来るやこう言い出した。
「お嬢さんたち、ここはビーチじゃないんだが」


(この項続く)