まずお知らせから。
当ブログに連動しているghostbuster's book web.のアドレスが、サーバ移転に伴い変更になりました。
お知らせしたばかりで、引っ越し通知を出すことになってしまって申し訳ありませんが、ブックマークしてくださった方、変更よろしくお願いいたします。
新アドレスhttp://f59.aaa.livedoor.jp/~walkinon/index.html
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今日から何回かに分けて、ジョン・アップダイクの『A&P』の翻訳を掲載します。
原作の全文は
http://www.tiger-town.com/whatnot/updike/
で読めます。
邦訳は新潮文庫で『アップダイク自選短編集』(訳 岩元巌)が出ているのですが、最近この本は新潮文庫のラインナップから外れました。まだamazonでは在庫が残ってるみたいなので、手に入れたい人は急げ!
いつものように、注意書きを。
これは当方があくまでも趣味的に訳したものです。
あくまでもそういうものとしてお読みください。
誤訳にお気づきの方はご一報ください。
なお、見やすいように原文にはない改行がしてあります。
冒頭一字下げしてあるところは原文の段落です。
それ以外のところは、原文にはない改行です。
A&Pというのは、アメリカのスーパーマーケット。
アメリカ最初の食料品店として19世紀半ばにオープンしたGreat Atlantic and Pacific Tea Company が、第一次世界大戦のころA&Pと改名して、いまに至ります。いわばスーパーマーケットチェーンの元祖のようなA&Pは、1960年代半ばにシアーズ・ローバック社に抜かれるまで、世界最大の小売業者でした。
イメージ検索してみたら、こんな写真がヒットしました。
http://www.shoppingcentermgmt.com/bloomfield%20a&p.jpg
関係ないけど、駐車場の車がいかにもアメリカ!って感じ。ちょっと古そうな写真ですよね。
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水着のほかはなにも身につけていない女の子が三人、入ってきた。ぼくは三番レジにいて、入り口に背を向けていたから、女の子たちがパンのコーナーに来るまで、気がつかなかったんだ。
最初に目に飛びこんできたのは、緑のチェックのセパレーツの女の子だった。ころころっとした子で、いい色に焼けていて、ステキに大きくて柔らかそうなお尻のすぐ下、たぶんそこは陽が当たらないんだろうな、ふともものつけねあたりに、三日月みたいな白い肌が見えている。
ぼくは突っ立ったまま、自分が手をのせている箱、ハイホー・クラッカーの値段を、もう打ちこんだかどうか、思いだそうとしていた。もう一回打ってみたら、客がぎゃぁぎゃぁ言い始める。客というのは、レジ監視人とでも呼びたいような手合いのひとりで、ほっぺたをまっかに塗りたくった、眉毛のない、50ぐらいの魔女みたいなおばさんで、ぼくのミスがうれしくてたまらないらしい。50年間、毎日毎日レジを見張り続けてきて、これまで一度も間違いを見つけたことがなかったにちがいない。
おばさんをなだめて品物を袋に入れる、と、おばさんときたら、ふんっ、と鼻を鳴らして行った。もうちょっと早く生まれてたら、セイラムの魔女裁判で火あぶりにされていただろうな。
ともかく、おばさんを送り出したころには、女の子たちはパン売場をぐるっとまわって、こっちへ戻ってくるところだった。カートも使わず、売場の棚に沿って、レジと特売コーナーの間の通路を、ぼくの方に向かってやってくる。靴さえはいていない。
まずは太めちゃん。セパレーツの水着は鮮やかな緑で、ブラの縫い目もくっきりとしているし、おなかもまだかなり白いから、買って(水着の話だよ)まだ間がないんだろう。その子は、よくいるだろ? ぽちゃぽちゃっと丸い顔をしていて、鼻の下にきゅっとつぼめたような口がついている。
それから背の高い子。黒い髪はなんだか中途半端に縮れてて、目の下に、くっきりと日焼けの跡がついていて、アゴが少し長すぎる。
ほかの女の子たちから、すっごく「目立ってる」とか「魅力的よ」なんて思われてるんだけど、でもほんとはそんなにモテてるわけでもなくて、それがわかってるからこそみんなにも好かれてる、っていうタイプだ。
そして、それほど背の高くない三番目の子。だけど、この子こそ女王様だった。みんなを言ってみれば引き連れて歩いている感じ。ほかのふたりは、あたりをきょろきょろ盗み見したり、肩を丸めたりしてる。でも、この女王様ときたら、周りには目もくれず、プリマドンナみたいな白くて長い脚を緩やかに運んで、ただまっすぐに歩いていらっしゃる。
はだしでなんてあんまり歩いたことがないみたいに、かかとのおろしかたが少し強いんだ。かかとからおろして、重心を爪先の方へ移していくのだが、ひとあしごとに床の感触を確かめているかのような、悠然としてるみたいなおもむきがあった。
女の子の頭のなかがどうなっているのか知らないけれど(ほんとうに考えてるんだろうか、それともガラスびんのなかのハチがたてるみたいな、ブンブンいうちっちゃな音がしているだけなんだろうか)、このことはよくわかった。この子がふたりを誘って店に来て、いまはふたりに背筋をピンとさせて優雅に歩くお手本を見せてやっているのだ。
(この項続く)