hiyamizu's blog

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高田郁『駅の名は夜明』を読む

2024年03月07日 | 読書2

 

高田郁著『駅の名は夜明 軌道春秋Ⅱ』(双葉文庫た39-02、2022年10月16日双葉社発行)を読んだ。

 

裏表紙にはこうある。

妻の介護に疲れ、行政の支援からも見放された夫は、長年連れ添った愛妻を連れ、死に場所を求めて旅に出る(表題作「駅の名は夜明」)。幼い娘を病で失った母親が、娘と一緒に行くと約束したウィーンの街に足を運ぶ。そこで起きた奇跡とは?(「トラムに乗って」)。病で余命いくばくもない父親に、実家を飛び出し音信不通だった息子が会いにいくと…(「背中を押すひと」)。鉄道を舞台に困難や悲しみに直面する人たちの再生を描く九つの物語。大ベストセラー『ふるさと銀河線 軌道春秋』の感動が蘇る。

 

鉄道を舞台にした感動の家族ドラマの最新作。時代小説の名手が贈る、苦難の時代に家族の絆に寄り添う9つの物語。『ふるさと銀河線 軌道春秋』の続編。

 

 

「トラムに乗って」

「ともかく戻って欲しい」という夫・徹の懇願に対し、7歳の娘・由希を亡くした真由子は「この一年、自分を責めるしかなかった私には目もくれず、あなたは仕事に逃げたじゃない」と言い捨てて、一人でウィーンに旅立った。そこで出会った夫を亡くした老女は「夢枕には立ってくれなくても、今、確かに傍に居る。そうとしか思えない瞬間があるの」と語る。

 

「黄昏時のモカ」

夫の遺影とともに異国を旅する72歳の美津子は、日本語の勉強のために無料でウィーンの案内をさせて欲しいとのクラウスの依頼を、そんなうまい話がと、疑いを持ったまま受け入れた。まず、シェーンブルン宮殿では足の悪い美津子を車椅子に乗せて案内した。また半信半疑の美津子に対し、クラウスはお礼はカフェでの熱い一杯で十分、一期一会なのだと語る。ウィーンでは、モカとはブラックコーヒーのこと。

 

「途中下車」

いじめにあって転校を決意した高1の亜希がひとりで新しい学校へ向かう。途中で乗り込んで来た二人の女子高校生の「え?転校生?」の声を聞き、突然吐き気がして発車寸前でホームへ降りてしまった。オホーツク海にもっとも近く、流氷が見られる「浜小清水」駅だった。「レストラン駅舎」のおじさんが言う。「次の列車は、必ず来るからね」

 

「子どもの世界 大人の事情」

圭介は朝のラジオのお気に入りコーナー「私の旅」を聞いていた。パーソナリティが手紙を読み上げる。「ぼくはかわかみ・けいすけ、もうすぐ小学四年生。僕を北海道に行かせてください」「いつか流ひょうを見につれていってくれるとパパは言っていたけれど、きょねん、パパとママがりこんしました。だからぼくひとりで行きます」。こうして圭介の不安だらけの一人だけの北帰行が始まった。
あの夜、母が言った。「ふたりの心の中に氷が張ってしまって、もう前みたいには暮らせないの」

「子どもは大人の事情を受け容れて生きていくしかない。大人がそれを償う方法なんてないんだ。ありったけの愛情を示す以外は」

 

「駅の名は夜明」

妻・富有子の介護に疲れてしまい、慢性心不全を患っている夫・俊三は死に場所を求めて汽車に乗る。人生最後の終着駅をこの駅にしようと、ふと見ると、その駅の名前は「夜明」だった。

 

夜明の鐘

7歳下の夫に別れを切り出され、怒りを抱えたまま翠は、十年ぶりだが気の置けない親友杏子と九州に旅をする。

 

「ミニシアター」

その車両には6人が乗り合わせていた。「クサい!」若い娘が思った。「…クサイ」次に気づいたのは30代の女性。電車内の異臭に始まる珍騒動。

 

「約束」

駅の改札外にある蕎麦屋の店員、今月50歳になる久仁子は、図書館で、200人以上の予約待ちで半年目にして、ようやく人気作家・南條拓海の最新刊を手に入れた。仕事を中座してサイン会へ行った久仁子は「なんで蕎麦汁の匂いがするの?」と話す参加者に場違いさを感じ取って逃げ出した。そして、踏切でたたずむ男性を助け出す。

 

背中を押すひと

時彦は俳優になるんだと父親と喧嘩して東京へ出て行った。新宿ゴールデン街のショットバーでバーテンダーとして働く時彦は、20年来の友人・秀治から、妹の路が医者になったと聞いた。訪ねてきた路は「すい臓がんになった父に会って欲しい。でも、それだけでもなくて…」と頼む。

 

あとがき (長ったらしくてすみません。私、高田さんのファンなもので)

30年前、高田さんの父親は危篤状態で病院の集中治療室に入っていた。当時高田さんは塾講師をしながら司法試験を受けては落ちる、を繰り返していた。病院前のホテルに詰めていた高田さんは漫画原作募集の記事を見つけ、現実から逃げてしまいたい、父親の愛情を何らかの形で残したい、と生まれて初めて小説を、人物設定も、何もかも自分とは異なるものにして書きあげ、「背中を押すひと」と題をつけ、まったく手元にコピーも覚書も残さずに、投函した。
その作品で漫画原作者となり、その後、時代小説に転身した。

最初の担当だった編集者から定年退職の挨拶と共に古びた原稿を手渡された。30年近くも手元で保管してくれていた「背中を押すひと」の原稿だった。加筆訂正してこの本に加えさせてもらった。

 

初出:「小説推理」2020年8月号~2022年8月号、「GINGER L」2015年WINTER 21

 

 

私の評価としては、★★★★★(五つ星:読むべき、 最大は五つ星)

 

ラジオでタモリと井上陽水が話していた。「年取ると涙もろくなって困る。こんなことでと思うことで、涙ぐむんだから情けない」。年取って枝を柱で支えられる枝生えの松を見て、けなげだなあと涙が出てくるんだからと、二人で笑っていた。

高田さんのこの人情噺も、ひねくれ者だった若い頃ならさらりと読み飛ばしただろう。八十路を過ぎて、私も人並に感受性が豊かになった。この本には参った。一つ一つの話に、過去のあれこれが思い浮かび、それとなく涙を拭うのに困った。あとがきを読んでいて、泣きそうになったのは初めてだ。

 

どの話にも、我が事のように心を締め付ける悲しみ、痛みが読む者を覆ってくる。同時に、どの話にも偶然の出会いがあって、結果として主人公の心を救う。人生が過酷であればあるほど、思いがけない小さな出会いが大きな救いになることがあるのだと信じられるようになる。

そんな話が続き、人生捨てたものじゃないかもと思えてくる。

 

辛い現実の中、かすかな灯りが見え、辛い分、灯りの温かさが身に染みる。高田さんの文章はしつこいところがなく、さわやかで、ほっこりする。漫画の原作からスタートしたからだろうか、私なりの映像イメージが浮かんでくる。

 

なお、北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線は2006年に廃止され、観光鉄道「ふるさと銀河線りくべつ鉄道」として陸別駅周辺で運転・乗車体験できる。

 

 

 

高田郁(かおる)の略歴と既読本リスト

 

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