hiyamizu's blog

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『更級日記』を読む

2018年11月02日 | 読書2

 

原田文子訳注『更級日記 現代語訳付き』(角川ソフィア文庫47、角川文庫13196、2003年12月25日発行)を読んだ。

 

裏表紙にはこうある。

夢見がちな感性をもって描かれた平安時代の日記文学。作者13歳の時、上総介の任期を終えた父に伴われての上京に記事は始まる。東国に育った作者が京へ上り、恋い焦がれていた物語を読みふけった少女時代、晩い結婚、夫との死別、その後の侘しい生活と、ついに少女期の憧れを結実させることのなかった一生の回想録である。平凡な人生の中に描かれる、作者の人生の断片の輝きが、今なお、われわれを惹きつけてやまない。有名な作品にもかかわらず、ごく一部しか一般に知られていなかった古典を、懇切な注と自然な現代語訳で手軽に読み解く。

 

あの名前だけは有名な「更級日記」の原文と現代語訳。

作者・菅原孝標女((たかすえの娘)の10歳ごろから50歳ごろまでの大きな出来事に記録。現代語訳も文庫本で約100頁の小品で、とびとびの回顧録。

 

原文には丁寧な脚注、補注がり、現代語訳に続き、解説(関連地図・系図付き)、年表、索引(和歌、語句)、充実の参考文献リストも付いている。

 

父の菅原孝標(菅原道真のやしゃご(孫の孫))は、著者が13歳の時、東国の任地から京都へ帰る。東国で生れ育った作者は、胸膨らませてあこがれの京都への旅を語る。京都では引きこもってが恋い焦がれていた物語を読みふける。33歳で39歳の橘俊通との結婚、51歳で夫と死別。寂しい生活の中で、過去を振り返りながらこの物語を書く。平凡な人生の中に、少女期の憧れが折に触れ現れ、抑えた筆致から作者の人生の中の静かな輝きが感じられる。

 

 

原岡文子(はらおか・ふみこ)

1947年東京生まれ。東京女子大学文理学部卒、東京大学大学院人文科学研究科博士課程(国文学)単位取得。

1993年聖心女子大学教授、

 

 

私の評価としては、★★★☆☆(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)

 

名前や数行の概要は昔から知っているが実物はまったく読んだことがなかった。
読んでみて、なんでこの作品が有名なのかがわからなくなった。ほとんどドラマがない。田舎育ちの女の子が憧れの京都へ向かう旅の景色に期待をして読んだが、京では引きこもって物語を読みふけるだけとあるだけで、我々には何も伝わってこない。

有名だという遠国へ赴任する父との別れも、心配する父の様子で書かれていて、作者に気持ちはさらりと述べているだけなのだ。遅い結婚も「物語の貴公子などを夢見ていたにしても、現実の結婚はあまりに期待はずれの始末であったことだ。」としか書かれておらず、夫とのこともほとんど触れていない。、姉との死別、子供の誕生、両親の死、夫の死も、ほとんど触れていない。感情を強く表現しないこともあるのだろうが、大げさな表現に慣れっこな私の心に響いてこない。

 

日記とは言え、何年も、何十年も飛んで書かれていて、夢見がちな少女から、寂しい晩年への流れが感じ取れない。

 

 

富士山の「山の頂上の少し平たくなっている所から、煙が立ち上がっている。夕暮れ時は火が燃え立つのも見える」

千年前には富士山頂上も噴火していたのだ。

 

「物語にばかり夢中のなって、私は今のところまだ器量が良くないのだ、でも年頃になったら、顔かたちもこの上なく美しくなって、髪もすばらしく長くなるに違いない、そして光源氏の寵愛した……、とそんなふうに思っていた私の心は、今考えてみると何ともたわいなく、あきれかえったことである。」

 

 

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