ひつじ草の挑戦状

色んな思いを綴ってます。

散華の如く~騒めき~

2012-12-22 | 散華の如く~天下出世の蝶~
「姫の、その心。殿にだけ向けよ」
殿の御心、手に入れようなど、愚かしい。
殿の心は天衣無縫。正絹より軽き衣成り。
さらに、容姿だけで嫌い嫌いと毛嫌いし、
その心と事情を知らず、傷付けるとは…、
「嫌い嫌いを、表に出してはならぬ。良いか?」
姫の嗜みとして、思い、感情を呑む事。忍耐と我慢と、
易々と心を読ませては思う壺。弱点を晒す結果を招く、と教えて、
市姫「…」
コクン、
意味が分かったか?
口を一文字に結び、
うん、確と頷いた。
帰蝶「姫は、本当に賢い子じゃ」
握った手を一つ振って褒めたら、
市姫「ん…」
また一つ、振り子が反応して、
クン、頭を上下に強く降った。
帰蝶「さて、美人が首を長くして待っておろう…行くぞ」
とりわけ…、
私は、ここの美人たちが嫌いだった。
ハイエナを使ってコソコソ嗅ぎ回り、
マムシの道三、我が父に因縁つけて、
下手モノ、腫れモノを見るかの如く、
私を見て、陰で負の噂を流して回る。
マムシ女から殿の御子が生まれては、
それこそ尾張、最大汚点とばかりに、
女中に我が腹を探らせ。私の心、気の休まる所がない。
はぁ…やれやれ、恐ろしき所に嫁に入ったものだ…と?
帰蝶「何やら、騒がしいな」私の部屋で、騒めき起こっていた。

散華の如く~殿の、射止め方~

2012-12-21 | 散華の如く~天下出世の蝶~
市姫「えぇ、困る?」
どうして?どうして?詰め寄る姫が、
その美の謎を解きに掛かる。しかし、
帰蝶「そう詰問するな」
市姫「き つ も ん?」
帰蝶「…」しまった。
大人びているが、相手は九つ。
言葉を選ばねば、自ら墓穴を掘る惨事となる。
さて、ここは起死回生。子供を黙らせようと、
「なぁ…、姫。生駒が嫌いと申したな」
市姫「え…」
唐突な詰問に、驚いたのであろう。
手がビクッと一瞬唸って固まった。
帰蝶「生駒と逢うた事、無かろう?」
市姫「…」
コクン、うな垂れた。
「だって…」
帰蝶「だって、出戻り…だからか?」
市姫「違う。だって、兄上…とってく…もん」
まぁ、あれだけの美人じゃ。
私も同じくヤキモチ妬いた。
しかし、
帰蝶「案ずるな。殿の御心、誰も獲れぬ」
生駒であろうと、姫であろうと…無論、この私であっても、
心清く働かねば、殿の心離れ、目障りとばかり捨てられる。
身分の上下関係、男女性別、子供だとしても例外ではなく、
心の働きの低き者は無能。注意御叱り程度で済むなら有り難い。
高き技術や能力、才能より礼儀礼節、さらには忠義を重んじる。
“優。要は、忠実なり”
(尾張に貢献するは能力優れた者よりも、忠実なヤツだ)

散華の如く~美し過ぎて…~

2012-12-20 | 散華の如く~天下出世の蝶~
市姫「ねぇねぇ」
私の手をぶんぶん振って、
「名は?な ま え?」
今度は、
帰蝶「私の、名か…。名は、」
一時の間を置き…少ぉし考えて、
「…蝶、帰蝶…」本名を告げた。
市姫「チョウ?ちょう?」
聞き慣れぬ名で、不思議に思ったのであろう、
やはり、可愛い。ぽやんとした表情を見せた。
帰蝶「キチョウとは…」
恐れ多くも天竺天女、迦陵頻伽(カリョウビンガ)、
仏の御霊を拾うか落とすか極楽鳥。その名を冠し、
“戦乱の世に、相応しい御名を、授かりましたな”
出来るなら、普通の御名を冠して生まれたかった。
天を仰ぎ、キッと空に睨みを利かせ、
亡き父に一つ二つ愚痴を想念したが、
キリリと冷たい風に想念が阻まれた。
「そなたの袿じゃ。蝶が無数おろうが」
市姫「キチョウ…蝶ぉ…」
わざわざ、細い眼を二倍に広げる義妹。
しげしげと袿に刺繍された銀蝶を見て、
私を見て、
帰蝶「そう見比べるな」
不愉快とばかりに、一つ睨み、窘めた。
市姫「わらわ、蝶々。好き。嫌いか?」
帰蝶「蛹は醜く…」嫌い。しかし、蝶…とりわけ黒蝶は殿の舞を見ているようで、
「美しく…好き」
殿のお守りと同じ正絹の、姫の袿を見て、
「ただ、美し過ぎて…少々、困る」

散華の如く~慈しみ愛でる心と、秀子~

2012-12-19 | 散華の如く~天下出世の蝶~
ほぉ…。姫はよう観察しておいでで、
殿方らの愛刀それぞれ名があり、それを愛でる事を知っていた。
「それは、皐月菖蒲(五月雨江)…」
市姫「さつきあやめぇ」どうやら、
剣、その名の響きに惚れたようで、剣を「さつき、さつき」と呼び掛けた。
帰蝶「左様。大事大事成され、皐月も喜んで働きましょう」というと、
ふ…と姫の可愛らしいお顔から、笑みが消えた。
市姫「…良いな…わらわ、…嫌い」
帰蝶「え?」
市姫「秀子…嫌い」
一秀、市姫とは渾名(あだな)で、
本名は、父信秀様の一字を賜り、
織田 秀子(ひでこ)といわれる。
帰蝶「嫌い…?」
私と同じく、名に悩みを持つとは…。
市姫「…秀のじぃ…、嫌い」
帰蝶「御父上様の御名を…」
市姫「わらわ、父など、知らぬッ」
母と引き離されたは、四つ五つ。
父信秀が逝去したは、一つ二つ。
父に抱かれた記憶が無いと見た。
だから、
一番上の兄信長を慕い、その寂しさを埋めていた。
兄を父に重ね、思い焦がれる心が痛いほど伝わり、
ぎゅ…、私は小さなお手々に力を込めた。すると、
ぎゅぎゅっと握り返す小さな手が冷たく硬かった。
鳴けぬ恋 泣かずに思う ホトトギス…
親の愛に飢えた小鳥が可哀そうに思えた。
帰蝶「ずっと、寒かったな…」
私はこの小鳥を母に代わり、慈しみ、そして、愛でた。

散華の如く~名工名刀、その名~

2012-12-18 | 散華の如く~天下出世の蝶~
市姫「きれいになりたいと、わらわと同じくありたいと申しておる」
流石は、殿の妹。良い感性。しかし、
伸ばしお育てしなければ、ここまで。
帰蝶「このモノの声、聞こえたようじゃな」
姫の頭に手を置き、一つ、黒髪を撫でて褒めた。
市姫「きれいが好き」
ここも、兄信長と同じ。
所作、身なりには煩い。
帰蝶「そうじゃな」
市姫「では、美しく参る」
帰蝶「はいはい」やれやれ、
姫様のお手を取り、切磋琢磨。
我ながら説教臭く、苦笑した。
私、あの坊主(沢彦)に似て来た。
“何とならないかと…”
面倒に首を突っ込み、口挟み、
我関せずを通せば良いものを、
心働かせずに居られなくなる。
殿の影響か、沢彦様の洗脳か。
こうして姫のお手を取り、つらつらぁと考えて、
沢彦様の殿との出会いは、今の私二十五と同じ。
殿も九つか十、今の姫様と同じ。何かの因縁か。
市姫「ねぇ、名は?」
こちらに目を向け、不意打ちの質問に、
帰蝶「え?」戸惑った。
市姫「な ま え」
帰蝶「名前…」
市姫「この子の、名前」
帰蝶「あぁ、剣の名…」驚いた。
私の本名を尋ねたのかと思った。

散華の如く~玉が磨かざれば、光無し~

2012-12-17 | 散華の如く~天下出世の蝶~
市姫「えぇ!」
まぁ、目を爛々とさせて、可愛いモノだ。
女の、その化粧に憧れる年齢でもあるし、
帰蝶「お正月、粧(めか)し込んでみるか」
爛々とした、その瞳を覗き込み、
きれいにしたかろ?と尋ねたら、
市姫「おめかし、するする」
案の定。おませが誘いに乗って来た。
帰蝶「さて、御召し物は如何なさいますか?新調なさいますか?」
市姫「気に入ったモノがあって、それを着たい」
帰蝶「仰せのままに…」
キャッキャ、キャッキャと黄色い声を上げ、
腕をバサバサ上下させて嬉しさを表現した。
「まぁ、そんなはしゃいで。まるで、不如帰(ホトトギス)…」
可愛いモノよ、まんまと罠に引っ掛かり、
チョッチョチョチョ…
我が意にまま、高らかに鳴いてみせたわ。
「美しく成るは幸燿、剣も同じ」
市姫「これも?」
え?と懐剣を思い出したように見ていた。
帰蝶「左様。全てのモノに魂有り。目に見えずとも、そこに見えぬモノが在る」
色即是空、空即是色、
「それぞれが美しく、そう或るべきにして、この世に存在する」
市姫「ふぅ…ん?」ぽやとした顔が、また可愛い。しかし、ちと難しかったようで、
濃紺瑠璃に装飾された白の螺鈿を不思議そうに見つめていた
帰蝶「瑠璃の光も磨きから…と申します。そのモノ、如何したいか耳を傾け成され」
市姫「うぅ…ん?」
耳の裏に手を当てて、声無き声を懸命に聞こう聴こうしていた。
帰蝶「そのモノの声が、心に響きましょう」
静寂の中に響く声、剣の声が聞こえるはず…。

散華の如く~女の御霊と、磨き方~

2012-12-16 | 散華の如く~天下出世の蝶~
濃紺にあやめを螺鈿貝細工で彩り、
艶やかに優しく輝く懐剣の柄模様。
左脇に差す懐剣のそれを見つめて、
「これの事?」
首を傾げる姫に、美しきを教えた。
帰蝶「職人の手により、美しく仕上げられておろう?」
市姫「珠(宝石)のようにキレイ…」
帰蝶「一つを成し得るに、複数のモノたちが魂を使う」
美しきが人の手に渡り、それをどう使うか?
モノを扱う者の心により、それは変化する。
欲に走れば、美しさ欠き、職人の御霊穢す。
悪しきに使えば、そのモノ穢れ、品位欠く。
「複数の御霊、その思いを汚しては成らぬ」
市姫「もし、汚れたら?」
帰蝶「汚れを祓い、磨くのです」
譲られた御魂を汚さぬ様、常に美しさを保つ、その術を…、
「今度、磨き方をお教え致しましょう」
市姫「難しいか?」
面倒は、イヤ。でも、美しきは好き。
全く矛盾した姫様で、困ったものだ。
帰蝶「難しいと思うから、難しく、面倒と思うから、イヤになる」
人は難しいと面倒から離れては、何も成し遂げられぬ。
「行(毎日の仕事)を好きになるために、やってみる事です」
やって生く内、何がイヤで何が好きか分かる。
磨きを身に付ければ、やらぬ事がイヤになる。
「身に付く(体が覚える)まで、私がご一緒致します」
市姫「キレイは、大変ね…」
ふぅ…とおませが目を閉じて、一つ、ため息を付いた。
帰蝶「それは、そなたにも言える事…」
私は、姫の御口に指でなぞり…「そろそろ、紅でも注(さ)すか?」

散華の如く~美しきモノ~

2012-12-15 | 散華の如く~天下出世の蝶~
市姫「母は、わらわを、思ってはくれぬ。守ってはくれぬ…わらわを捨てたのじゃ」
帰蝶「母上様の、母としての、女の運命をお考えなさい」
市姫「さだめ?」
帰蝶「いずれ、そなたも妻と成り、母と成り、子や夫の誇りを考える時が訪れましょう」
市姫「わらわ、信長の兄上の妻となる。誰の妻にも、どこにも行かぬ」
ずっと、ずっと恋敵だよね?そんな目で私を見た。
ふぅと、我が母、小見方の姿が脳裏に浮かんで、
私は、頭を、ゆっくり二度振って、掻き消した。
尾張嫁ぐ十四の時、父の決定に涙を呑む母の姿。
夫に従う妻の忍耐がそこにあった。
今なら、母の涙、その心が分かる。
私が嫁ぐ前、母から教わった全てを姫に伝えようと、
あやめ象った懐剣の柄を、姫の左小さき手に握らせ、
帰蝶「剣を懐に差すは、信念の貫き。守るべきは、女の、妻として、母としての誇り」
そっと、私は姫の細い首に手を当て、
一本、青く太い血の通り道を押した。
トクン、トクン、
姫の頸、経脈が規則正しく強く、激しく鼓動した。
「誇り汚された時、足開かぬ様縛り、死に顔、他に見せず…」
この生きる証を懐剣で一気に掻っ切り、前に伏す。
そう、美濃で教わった事をそのまま、姫に伝えた。
市姫「…痛いの、嫌」
帰蝶「折れて垂れる南天を見て、痛々しく思いませんでしたか?」
私がなぜ、南天の枝を斜めに切り落とされたか、その意味を教えた。
市姫「これは、痛そうに見えない」
姫は右手に握られた南天の枝の切り口を見つめていた。
折れた枝は挫かれた信念に等しく、見苦しい。しかし、
鋭く切られた枝はさらに美しく、生きる誇り損なわぬ。
帰蝶「美しきモノを持つ、その意味を常々想念なさいませ」
市姫「美しきモノ…」

散華の如く~盾の母、犠牲の子~

2012-12-14 | 散華の如く~天下出世の蝶~
市姫「痛い、痛い」
つい殿の影に苛立ち、行動が荒くなってしまった。
帰蝶「すまぬ…、私を許せ」
姫様に淋しい思いをさせたのは、私。
五年前の長良の合戦、我が兄が原因。
小さな姫を肩から優しく抱き寄せて、
私の袿で彼女の頭からすっぽり覆い、
強く深くしかと、思いを抱き止めた。
市姫「母の中は、かよう温かいものなのか…」
帰蝶「え?」
十月過ぎたお腹に、手を当て、
なでなで、腹のややを撫でた。
市姫「…いいな…」
私は、彼女の黒髪を、一つ、
ゆっくり上から下へ撫でた。
そして、
「母は、私を嫌っておる…」
本音が一つ、零れて落ちた。
母に抱かれた記憶が無いのであろう。
母と引き離された五年前、姫は四つ。
義龍の命により、実兄に反旗を翻す実弟。
“已む得ず”
殿は義弟に暗殺令を出し、そして、誅殺。
謀反首謀者たる母は命こそ免れたが隠居。
確か、家臣柴田、縁の寺でいると聞いた。
御母上様も事を後悔し、淋しいかろうに。
帰蝶「子を嫌う母はおらず。ただ…」
子を思うが故の謀反。
わが身安泰故の反旗。
「子を守りたい、その一念であった…」

散華の如く~兄の幻影と、マント~

2012-12-13 | 散華の如く~天下出世の蝶~
市姫「ねぇ。持たせて持たせて。持つだけだから」
我を通される姫様で、
帰蝶「困った姫様…」
絶対、鞘から抜かない、と約束させて、
市姫「わぁ」
私は小さなお姫様に、大切な形見を譲った。
何も知らず無邪気にあやめを見つめる姫が、
ひらり、
「どう?」
こちら向いて、ニッと笑った。
Manta
姫の真紅の袿がマントのように翻った。
その御姿が、殿の、若い幻影と重なり、
帰蝶「よう…似…おて、」
キリリとした聡明な御顔立ち、兄似の目が細く鋭く。
真紅の袿に映える濃紺、姫の美しさがさらに際立ち、
九つという年齢よりも、少しばかり大人びて見えた。
姫の、この立派なお姿を殿が拝見しようものなら…、
ゾクリと嫌な予感が背筋をすぅと通り抜けて行った。
市姫「出陣ッ」
赤い実の南天を右手にしっかと握り、左の脇に懐剣。
南天を天に掲げ、殿の御姿を、御出陣を真似られた。
子供だとて侮れぬ、観察眼。恐ろしい程、似ている。
帰蝶「さ…」
姫の、その御姿を隠す様に、左の手を握り、
「早く、参りますよ」
ぐい、強引に、小さな手から、
そのか細い腕を引っ張ったら、
市姫「イタ、痛いッ」
帰蝶「す…、すまぬ。大事無いか?」