それでも、信長を尾張に残した。
それは、将の器が備わっているからこそで、長可様もそれを認めた。
その証が、あの十文字槍だった。
殿は十文字槍の柄に『人間無骨』と名を刻み、可成様の思いを大切になさっていた。
※可成様は長良川の合戦後、正式に信長の家臣として迎え入れられます。二人の、この出会いから数年後、“森の鬼”と恐れられる森 長可(池田の娘婿)と、織田軍師にして小姓、信長の寵童 森 蘭丸が誕生します。信長は、
森家の家督を継いだ次男 長可に槍を譲っています。その槍を持ち、
森「刺す」
抜かずして「同時に、左に捻る」
グィと小さく腕を回して「致命傷…」表情一つ変えず、殿に殺陣(たて)を教えていた。
殿は、教わった事を感触が掴めるまで練習なさる方で、
そろそろ…と、可成様がチラリと日の傾きで刻限を量ったが、殿はそれを無視。
まだまだ…と、可成様を付き合わせてしまっている。
参ったな…という仕草で、私を見た。助け船が欲しいようだが、彼を引き止めた。
帰蝶「殿、夕餉の支度を調えてございます。可成様もご一緒に、」
私は、可成様の真意を伺いたかった。
森「…」
今宵泊まって頂こうと女中に長可様の膳を用意させ、寝所も整えた。
その夕餉の席で、
信長「美濃には戻れぬであろう」
しばらく、尾張で持て成すおつもりのようだ。
だが、可成様は数日中にここを立つと申された。
森「三河の動きが気に成ります故」三河を探りに行くと申された。
信長「三河?」
森「戦は尾張に留まらず、飛火しております」
可成様の仰る通り、義兄 義龍の手は三河まで及んでいた。
三河は尾張が動くのを待っていた。
殿が美濃に援軍を送る。手薄になった隙を突き、尾張清州城を攻め落とす、そういう算段だと言う。しかし、それは…。