2011年9月に精米工業会におられた先輩の勧めで発表した原稿です。
ある外資系会社に勤めていたころの話です。
会社を特定する具体的な資料は、割愛しました。
いただいた原稿料をもって、日頃お世話になっている同僚を誘って飲みに行きました。
任せておけと言ったものの原稿料だけでは不足でした。
素晴らしい思い出です。ご一読ください。
ビジネスKnow-howについて
食品産業に限らず多くの産業において、1990年代半ばより長い時間をかけて、大量生産方式から注文生産方式に切り替わりつつあります。まだ一次産業においては、大量生産と備蓄の方針が強く残っていると思われます。自然が相手の産業故に生産側の論理がとおる傾向にあります。但し世界的な規模では、生産拠点(適地)から、消費地に直接供給する体制が構築されてきております。特に生鮮物(青果、鮮魚、生花)の流通が盛んです。それを可能にしたのは、物流の効率化であり、冷蔵/冷凍技術の進化です。食品産業において、注文生産を可能にするのは、ソフトの進化でありハードの開発です。「ビジネスノーハウ」とは、ソフトの進化の過程で蓄積された工夫の集積のことを言います。現場に即した「ビジネスノーハウ」を支えているのは、技術の伝承であり、シミュレーションから始めるチャレンジです。
今回は、「注文生産対応への工夫」と「技術の展開と伝承」について、私が体験した「ビジネスノーハウ」を紹介しながら、述べたいと考えます。
1.注文生産の実現と求められる事項
注文生産方式が、なぜ求められるか。物が不足、次に大量消費の時代を経て、必要なものを必要な時に供給するのが中間ストックの無駄を省くと考えられました。
(1)注文生産とは
注文生産とは、消費者(二次産業も含む)が欲しいもの(安全、安心、新鮮、おいしい、安価等)を欲しい時に(数回/日)提供することです。賞味期限、消費期限、表示等の関係から、今までの作りだめ方式では、対応できなくなりました。食品産業の利益標準は、巨大な製粉産業から飲料、OEM(Original Equipment Manufacturing)まで2-3%が、標準的利益です。OEMは販売者の要求に応じ、注文側のブランドで販売される商品の受託生産を意味します。コンビニエンスストアーや大手スーパーマーケット等で、PB(Private Brand)商品として売られています。注文生産を可能にする条件として、大別すると原料の調達と物流を含む生産方式が確立されていることです。原料には、主原料と副原料があります。原料は注文側の欲しいもの(安全、安心、新鮮、おいしい、安価等)をすべて備えておかなければなりません。トレーサビリティーが重要なキーワードとなります。原料は、使う側が生産するものではありません。原料のチェックは、「表示」が中心となります。「偽装表示」は、すべてのビジネスを根底から失う事態につながります。
(2)注文生産へのチャレンジ
ここでの注文生産とは、まず日配ものを中心とした注文生産方式を説明します。注文生産のネックは、毎日アイテム(一商品)ごとの注文数量が異なることです。次に、プロセスタイム(工場内生産開始から出荷までの時間)が長いことです。例えば、パン工場の場合、一般にプロセスタイムは約8時間で、アイテム数は、30~40アイテムです。出荷時間に間に合わせるためには、「見込み生産」をしなくてはなりません。日配商品の生産現場での悩みの種は、「ロス」率です。通常、ロス率を2%以下にしなければ、採算があいません。
最近では、大型精米工場でも注文生産方式を採用する会社がでてきました。原料準備は、注文締め切り後包装前日に処理をし、精米と包装を当日(精米年月日)に処理します。精米は、単一米の場合、プロセスタイムは短く、玄米タンク切り出しから包装用待ちタンクまで約10~20分で到達可能です。但し、精米工場において注文生産対応への難点は精米年月日であり、表示の問題です。包装ジョブごとに計量タンクを一本ずつ当てる生産方式で、100品種の玄米、300アイテムの製品の包装ジョブをこなすため、包装工程に合わせた原料切り出しとなります。よって、注文生産ではあるが、精米年月日に余裕のある売り先確保と残米の処理先(前日精米で販売、飯米)の組み合わせが重要となります。このような平均ロットの拡大を工夫することで、多品種少量生産を緩和することができます。
(3)注文生産のボトルネック キーワードは「生産数量の変化への対応」です。毎日変化する注文数量は、シミュレーションすることは、不可能です。季節、天候、イベントと地域ごとの要求はさまざまです。その要求の合算が、結果として1個もあれば、10,000個もあります。来た注文への対応を迅速に決定することに価値が発生します。現場への生産指示書が遅れるほど、「見込み生産」の山(ロス)が大きくなります。
次なるキーワードは「商品開発への対応」です。定番化商品は一般には全体の15%程度が普通です。商品開発の目的は、消費者ニーズの先取りです。商品開発ごとに機械(機器)を替えることはできません。商品寿命は極端(3ケ月以下)に短いからです。消費者に受け入れられる、常に新しいものを出し続けなければならないからです。よって、半自動(手作業)化のライン構成となり、パート比率を上げコスト削減のためには、作業の平準化が求められます。三番目はプロセスの安定化です。スーパーマシーンは必要ありません。全体最適が優先で、部分最適は、前後に在庫の山(動脈硬化)を築くことになります。常に一定の基準で商品を加工できるプロセスが求められ、各プロセス間のクロスしない動線が確保されなければなりません。
(4)ソリューション1:生産工程支援システムの開発
受注後、15分で生産現場に生産指示書が発行されます。すべての「ワーク(商品)」が、プロセス(工程)ごとに分刻み(JRの時刻表のごとく)で指示されています。作業者は、単純化された作業手順に従うことでプロフェッショナルの仕事をこなすことができる仕組みとなっています。生産工程支援システムは、アイテムごとに作業標準とレシピーが付属されています。指示書には、作業者の人数、必要な副原料と副資材がひも付きになっており、作業者のピークカットと副資材の準備書に利用されます。副資材の準備書は、注文数量のデータとしても活用されます。アイテム変更(新商品の入れ替え、一週間ごと)時に、シミュレーションでどのように組み入れていくか事前に検討、導入が可能です。
(5)ソリューション2:プロセスの安定とフレキシビリティー パンを焼くオーブンは、各パンの焼成温度に対応するため、短時間で冷却/昇温が可能な機能を備えていなければなりません。そうしないとアイテム間の時間間隔が開くことになり、プロセスの稼働率が下がり、品質に影響がでます。同様に解凍庫は、重要なファクターで、解凍するワークがラック内に分散されており、上下、奥手前と左右が均一に解凍されなければなりません。生産が開始されると職人的な目は排除し、ひたすらワークをスケジュール通りに流すことに専念することになります。このように生産工程支援システムで計算されるスケジュールどおり、安定して追随するプロセスの確保が必要不可欠となります。
2.技術の伝承と市場変化への対応
「技術の伝承が難しい、何か良い方策はないか。」と私と同年輩の方々から質問と要請を受けることがあります。技術の伝承の対象が機械なのか、作業者なのか混同されているように思うことがよくあります。弊社の機械があって、その機械は20年以上使用されています。営業という立場としては、もうそろそろ機械を買い換えてとは思うのですが、ぐっとこらえてその一助を担うことがあります。相談者は、機械のいたみとパフォーマンスの低下を嘆いておられるのです。機械とソリューションはどんどん陳腐になります。次から次に新技術が開発され、素晴らしいアイデアを具現化したと思いきや、もう少しなんとかなったかなと思うのが、各プロジェクトの完成後の反省点です。施主には、当然のことながらお知らせできません。よって、技術、開発など我々の世界では何も隠す必要はないのです。但し、その絶妙な組み合わせは、当事者でないと発見できません。部分最適は、全員が模倣可能ですが、全体最適はなかなか具現化できにくいのです。
(1)技術伝承への営業的な介入 外資系の企業は、サービスとアフターメンテナンスに難があると良く言われます。つまり売りっぱなしです。あるビール会社で、古い機械のメンテナンス方法と新品の時の操作方法について講義してほしい、機械の状態を見てほしいなどの要望が寄せられました。そこで、新技術のプレゼンテーションと機械の状態チェックを合わせて無償で実施する方法を提案しました。機械の状態チェックはサービスサイドからは、無償ではできません。但し、新技術にからめた新商品の紹介は営業の仕事で、無償です。成果は、サービスの仕事が格段に増えて顧客の信頼度があがったことです。顧客には、表向きは新技術の紹介のプレゼンテーションを組みます。内容は、なぜこのような開発が必要だったか。基礎技術はどうであったか、などの説明に終始します。この先20年も売れない機械の新商品の説明は、単に話の種です。作業者が、判断者がどうすればパフォーマンスを維持できるか、そのために日頃のメンテナンスはこうでなければなりません。と現場で可動部を中心に説明します。皆さん、機械か電気の基礎技術を必ず持っておられます。その昔の記憶に少し火を灯すだけで十分なのです。それから、自由に質問が出ます。その機械に特化する必要がなくなると話は建物から設備まで際限なく広がります。技術の伝承は、人に考えるきっかけを与え続けることです。
(2)JAS法「表示」に関する対応 大型精米工場をとりまく環境が激変した一つとして、2001年(平成13年)のJAS法に基づく表示への移行が挙げられています。精米年月日の厳格な表示、いわゆるコンタミ対策が精米ビジネスに大きく影響したと思われます。作り置きの精米は売れなくなりました。併せて物流サイド(大手物流業者)のビジネス手法で精米販売はより定番化されるようになりました。生鮮食品の扱いです。多くの大型精米工場では精米タンクが余り始め、包装前の計量タンクが不足するようになりました。原料タンクを増設するだけでは足りず、低温倉庫が作られました。このため、提案は生産データに基づくプロセスの過不足の検証です。生産普通月と繁忙月の全生産データをコンピューターのソフト(各精米工場ごとに個別ソフト)にインプットし、シミュレーションする提案です。対象工場のボトルネックの発見と解消方法の提案です。また、精米年月日の規制に合わせたフレキシブルな最適運転方法の作成。遊んでいる精米機を100%稼働させ、工場の全体稼働時間を削減するのがもう一つの提案でした。省エネのために、コジェネレーション設備やインバーター付きのモーターに変更された工場もありました。現在、15時間稼働している工場を12時間稼働で同じパフォーマンスを確保する提案です。省人化、省エネも合わせて実現できるのではないかと提案いたしました。これは、製粉工場のサイロの最適化に関するプログラムの応用でした。サイロは、フレキシビリティーを求めると際限がない本数となります。生産計画の最適化で、必要最小限のサイロで運用できることが確認できました。結果として、安心してサイロ本数を当初計画の60-70%で実現できました。
(3)Just do it(行動あるのみ) 当社では、世界中の事務所で、「Just do it」活動を行っています。朝の15分間、現場の全員が一つの紙切れ(ジョブごとに複数)に書かれた「仕事」の内容を確認し、「それまでの」また「これからの」仕事の動きを確認します。トヨタ看板方式の逆輸入です。変わったことで象徴的なことは生産現場にハイウェーと称する幅広い道が通ったことです。それまでは、通路は曲がり、仕掛かり品が通路にはみ出して、通路を狭くしておりました。また、必要に応じて生産(組み立てライン、生産ライン)ブースを拡長/縮小してきました。部分最適の連続と言えます。大きなハイウェーができることで、物品及び機械の搬出入が容易となり、マーケットの変化(売れ筋の変化)に対応して生産現場の拡長/縮小が容易にできるようになりました。全体最適の実現に近づいたと言えるでしょう。併せて仕事の流れと不具合を共通認識できることで待ちの時間がなくなり、正確な納期の設定と不自然な在庫の山(部品及び製品)が消えたことで、生産現場はシンプルで働きやすい環境となりました。日本支社(横浜)では、受注(ジョブごとに複数)した仕事が、適切に発注、輸入、据付、試運転、引き渡しが納期どおり確実に実行されているか関係部署の全員(代表)が確認できるようになりました。苦情(クレーム)も当然表に出てきて、その解決策が実施されいつ終了するか、全員で確認することができるようになりました。何もかも表に出てきて、やりにくい場面もありますが、抜け落ちがなくなり、Kaizen(改善)としての効果を認識でき、社内では定着しつつあります。
<<あとがき>>
東日本大震災、福島第一原子力発電所事故と放射能漏れは、予想をはるかに超える甚大な被害をもたらした。被災された皆様には、心よりお見舞いを申し上げます。米穀業界においても大きな被害を受けて、その復旧・復興に御苦労されてこられました。今も取り巻く状況は厳しく地震、津波、塩害、放射能及び風評被害の五重苦に加えて夏期には節電対策を実施しました。東京・東北管内では15%の節電を7~9月の3カ月間実施してきました。業種によっては、一工場だけでなくグループ企業全体で対応し、そのようなグループ企業ではない会社は同業社グループで対応されました。バーチャルファクトリー(仮想工場)の考え方が、ありますが、まさにこのような事態で実現されるとは思いもしませんでした。
一方、注文生産に代表される生産方式の悪い点が出てきたのも事実です。生産拠点、物流網の破壊分断によって、物不足が瞬時に発生しました。中間ストックがないのがその理由のひとつに挙げられます。我々を取り巻く環境は、決して容易ではありません。目的意識のしっかりしたリーダーシップが今こそ求められています。会社経営においても現場でも、目的意識のしっかりした創意工夫が必要です。そのチャンスはいつでもどこでも発見できます。日頃から自分なりに不具合と改善のシミュレーションを繰り返すことで工夫のチャンスはひろがり、精度はあがります。閉塞した集団のなかだけでなく、幅広い人的交流を通して、お互いの知恵に触れることが、技術革新を優しく力強く実現するために、遠いようですけど近道と考えます。
2019年3月4日