故郷へ恩返し

故郷を離れて早40年。私は、故郷に何かの恩返しをしたい。

移住の自由

2019-03-28 06:35:36 | プロジェクトエンジニアー

タイトルは、果てなき乙女心です。
豆のつるが、なにかにつかまろうとしています。
捕捉されたいのか。風にさまよい自由を謳歌しているのか。


今日のタイトルは、「移住の自由」です。
まずは、この記事から
米国で天才賞とも言われるマッカーサー・フェローシップ賞を2011年に受賞し、
ネイチャー誌をはじめとする様々な著名科学雑誌で発生生物学に関する研究成果を相次いで発表する
ミシガン大学の山下由起子教授。
(記事抜粋)
米国は決して完璧な国だとは思いませんが、自分が移民になったことはとても良かったと思います。
移民になると言葉も通じないですし、もちろん大変です。
しかし、自分がよそ者になると、ステレオタイプの期待をされなくなります。
私は何も期待されていない、ああしろ、こうしろ誰にも言われない。
ものすごく自由になりました。それが良かったです。
(記事Forbes JAPAN 編集部 2019/03/27 18:00より)

時々、課長になりたくないと係長に留まる方がいらっしゃいます。
最初は、係長は残業手当がついて課長の手当てよりはるかに高いからだと思っていました。
課長(部下のいない担当課長ではない)になると、現場からはずされ管理が主たる仕事になります。
ここだったのかと気づきました。
私は、転職を繰り返したため、肩書は部長でも部下のいない仕事を続けることができました。
現場(プロジェクトエンジニアー、技術開発、営業、地域おこし)を渡り歩くことができた。

今日は、「移住の自由」(地域おこし協力隊の自由)がテーマです。
山下由紀子さんが、アメリカに移住した時に感じた自由の意味について考えました。
私は、この地域に来て、まず感じたのは「よそ者に期待しない」でした。
ある意味、偏見で排他的であったかと思います。
生涯初めて、山下さんの言われる「ステレオタイプの期待をされなくなります」と感じました。
何をしても自由でした。
その点は、この地域に感謝します。
同時に、私の管理者であった市役所の庁舎に感謝します。
とりわけ、理解のあった一人の課長に感謝します。

本当のところは、市役所の職員は、管理したがります。
若い人は、ミッション型にはめ込もうとします。
ここが間違いで、ミッション型にするほど地域おこし協力隊を卒業後の移住率は低くなります。
地域では、多くの人(若者、年寄)がステレオタイプの期待の
仕事(消防団、PTA、商工会、地域の役員など)をされます。
移住者には、それがないのです。理由は、地縁血縁がないからです。
仕事縁(地域おこし)だって、よくわからない仕事です。部下もいなけりゃ上司もいない。

ここにきて、会社のため、家族のため、自分のために働かなくても良いと感じました。
それが、私にとってステレオタイプの期待の一つだったのです。
心の赴くまま、自由な発想で仕事ができる。
助けがない、組織がない分だけ仕事は進みませんでした。
しかし、発想に関する部分はとても自由でした。
地域の誰もが、これだという意識も方針もないからです。
好きにやってよい。
これほどの幸せはないのです。

私は、年齢が上だっただけに同僚(県内の協力隊隊員)からも疎んじられていました。
それに、私のキャリア(一流会社、国際的な仕事)も邪魔していたのでしょう。
これもよかった。孤独だったけど、組織(群れる仲間)に煩わされなかった。

三年も過ぎると、何か(カフェの存続など)を期待されることになるでしょう。
それは、自由度(注文生産、無給で儲けなし、お任せ料理、何とか教室など)が高いものであり、
すべてオリジナリティーのあるものです。
依然として、何をしても良い。
しかし三年が過ぎました。
私は、貴重な税金を使いました。
評価される立場です。
「あなたはいても良いんだよ」以外の存在感です。
私は引き続き、「聞き役」を続けます。
聞いている間に、話している人が自らヒントを見つけ自立する手助けをしたい。
話す人は、赤んぼから年寄りまで。
地域の若者が、国際感覚を持ち活躍できる人材になるための手助けをしたい。
私には、多くのやりたいことが残っています。
期待されないから、自由な発想で仕事ができる。

全国にいる協力隊員に送る私のメッセージです。

日陰花 一筋ひかり 明日も見る

2019年3月28日
コメント
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