中野京子の「花つむひとの部屋」

本と映画と音楽と。絵画の中の歴史と。

ベラスケスと『アラトリステ』

2009年01月20日 | 映画
 スペインで大ベストセラーになったペレス・レベルテの『アラトリステ』(日本でもイン・ロック社から翻訳がでている)が、ヴィゴ・モーテンセン主演で映画化された。

 春休みになったら見に行こうと思っていると、なんともう終わりだという。それで先週末(この日が最後の上演だった)あわてて日比谷シャンテへ駆け込んだ。

 舞台は十七世紀初頭のスペイン。残念ながらマルガリータ王女誕生少し前という設定なので、彼女も王妃も登場しないが、肖像画に似せたフェリペ四世やらオリバレス伯爵、チャールズ一世などは脇役として出てくる。

 主人公のアラトリステは架空の人物。戦争のときには傭兵として戦い、戦争のないときには『リゴレット』のスパラフチーレみたいに暗殺を請け負っている。

 ごく少数の富める者が、多くの貧者を搾取していた殺伐たる世界が克明に描かれ、決して勝者にはなれないヒーロー、アラトリステの孤高とロマンティシズムに胸が痛くなる。

 見どころ満載の映画だが、とりわけ当時の絵画をうまく使った画面作りに、「お!」と目が惹きつけられる。宮廷の移動の際、着飾って先頭を歩く小人症の「慰み者」たちの姿。スペイン男らしいマントの着こなし・・・

 ベラスケスの『セビーリャの水売り』も出てくる。画布に描かれた水滴の迫真の描写に、アラトリステがほんとうの水滴かと思わず触ってみる、というシーンだった。

 巨大な歴史画『ブレダ開城』は、スペイン軍がオランダのブレダを叩き潰した記念として描かれたものだが、敗戦国側が腰をかがめて戦勝国司令官に城の鍵を手渡す一瞬が、スクリーンで静止し、そのままベラスケスの絵を思い起こさせるという巧みさだ。

 2時間半、たっぷり流血の十七世紀スペインに浸りきったため、映画館を出て銀座を歩いている自分が何だか信じられないような、不思議な気分になった。


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