浄心庵・長尾弘先生「垂訓」

八正道と作善止悪

「ブッダのことば」より。

2017-03-05 00:07:36 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

        ~ 恩師の御講演「ブッダのことば」より ~

    
               第三 大なる章 

              12、二種の観察

わたくしが聞いたところによると、―――或る時尊師はサーヴァッティーの
〔郊外にある〕東園にあるミガーラ(長者)の母の宮殿のうちにとどまっておられた。
そのとき尊師(ブッダ)はその定期的集会(布薩)の日、十五日、満月の夜に、
修行僧(比丘)の仲間に囲まれて屋外に住しておられた。
さて尊師は修行僧の仲間が沈黙しているのを見まわして、かれらに告げていわれた、
―――
「修行僧たちよ。善にして、尊く、出離を得させ、さとりにみちびく諸々の真理がある。
そなたたちが、
『善にして、尊く、出離を得させ、さとりにみちびく諸々の真理を聞くのは、何故であるか』と、
もしもだれかに問われたならば、かれらに対しては次のように答えねばならぬ。
―――『二種ずつの真理を如実に知るためである』と。

しからば、そなたたちのいう二種とは何であるか、というならば、
『これは苦しみである。これは苦しみの原因である』というのが、一つの観察〔法〕である。
『これは苦しみの消滅である。これは苦しみの消滅に至る道である』というのが、第二の観察〔法〕である。
修行僧たちよ。このように二種〔の観察法〕を正しく観察して、怠らず、つとめ励んで、
専心している修行僧にとっては、二つの果報のうちのいずれか一つの果報が期待され得る。
―――すなわち現世における〈さとり〉か、あるいは煩悩の残りがあるならば、
この迷いの生存に戻らないこと(不還)である。―――
尊師はこのように告げられた。
そうして、幸せな師(ブッダ)は、さらにまた次のように説かれた。


               ~ 感謝・合掌 ~ 

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