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浄心庵・長尾弘先生「垂訓」

恩師の歌集「愛」より

得るものも失うものも無き我れに
何を恐れん我れ神の中

「心行の解説」より。

2013-12-07 06:29:26 | 浄心庵 長尾弘先生垂訓

                              ~ 恩師の「心行の解説」より ~


                    先日の続き・・・

                    先々月の「道」の中に
                           満開や春の嵐に散る桜 我も散りたし朽ち果てぬ間に
                    この歌を載せていただいて、お叱りを受けました。
                    「先生は死ぬというようなことを言ったらあきませんよ」と叱られてしまったのですが、
                    まあ今朝も朝食も戴かずに飛んで出まして、先程やっと家に着きお茶漬けを少し戴き、
                    満腹になるとしゃべるのがしんどいですから、食事を控えてここへかけつけました。
                    帰って来る時、近鉄線に乗って私の肉体のふるさとである国分を通過しました。
                    特急ですから国分駅には止まってくれません。「ああ、お母さんが国分にいてくれるのに、
                    ちょっと挨拶ぐらいできたらなあ」と思いならが実家の側を通りました。
                    自分の時間があれば自分の母親の顔も見に行きたいですし、また私の顔を見て戴いたら
                    喜んでも戴けます。
                    しかしそれさえ許されない今の自分に与えられた環境を思いました時、
                    ああ辛いことだなあと思います。

                    またしんどい目をしてフラフラになりながら、体の悪い方の癒しをさせてもらい、
                    その数があまりにも多くなってきますとエネルギーがなくなりまして、
                    お尻を持ち上げることもできないから、今度は私が皆さんの周りを這いずり回って
                    治さなくてはいけないことになります。
                    エネルギーの限界、命の限界まで挑戦しまして、
                    「もうこんなにしんどいことがずっと続くのだったら、朽ち果ててしまわない間に、
                    いい加減に卒業できるといいのになあ」と思うのです。
                    今はお陰様でこうして元気に飛び回っておりますが、やがて腰が曲がり杖をついて
                    歩くようになった姿を皆様に見て戴くのでしたら、今、花と惜しまれる間に散りたいと
                    思うのも人情かと思います。


                                    ~ 感謝・合掌 ~










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