教育格差を正す時は今だ! (012.03.30.)
毎日新聞に元世界銀行の副総裁を23年間も遣られた西水美恵子さんの「マンドの奇跡」と言うのが紹介されている。
彼女が世界銀行での23年間、色んな職務に付いてきた人生の中で、強烈なショックを受けた物に、パキスタンでの「マンド女学院の偉業に感動した」と言う話が出ている。
パキスタンと言う国は、非人間的な貧困生活を送っており、想像を絶する貧富の差に強いショックを受けたと言う事である。特に南西の片隅にあるバルチスタン地域は貧しい地域で、そのまた、片隅に「マンド村」があると言う事です。そして、その一帯は、半砂漠地帯で粘板岩のゆるやかな起伏と砂丘に覆われ、とても人間の住むには適さない所であると言う。
そこに住んでいる人たちはローマー帝国時代に、迫害を逃れてきた民族がすみ付いた人達と言う事である。
その村に、一つの学校が「マンド女学院」なのである。創立は1981年に土地の長老、ジャラル氏とその家族一同によって、開校したのが始まりで、当時は「一人の男子に受ける教育は、一人の人間を教育する。一人の女子に受ける教育は、未来の世代をも教育する」と言われ、ジャラル氏は女子の教育に「先ずは、良母は千の教師に勝る」と女学院の創立に家財を投じて開塾したのである。
西水さんはその後96年に訪れ学齢期の女子全員が通学する一貫校にまで発展しており、ヨーロッパ諸国の援助をうけ、奨学金制度も整い、大学に進学する卒業生も増えて、中には無医村に行く夢を持って、医大で学ぶ人もいると言う。
マンド女子学院の効果は、村の識字率を高め、栄養不良の改善を伴い、労働生産性の向上にも大きな力を発揮したと言う事で、今では「マンドの奇跡」と言われているそうである。
ジャラル氏は、「こんな国でも金さえあれば、子供に良い教育を与える事が出来る。しかし、大枚を積んで、買う教育を良い教育とは考えない。教育は国家社会のもの、個人のみのものではない・・・」といっている。
西水さんは、「日本の教育において、悪化し続ける経済格差に教育格差が重なって、人生の選択域を狭められた2世代目が、育ちつつある。今こそ教育格差を正すべき時である。50年先の国の姿は、今日の子供たちに宿るのだから」と述べておられる。
全くその通りであり、国難も救えない今の政治は大局を見逃しているとしか思えない、なさけの無い話である。
(えびなたろう)
毎日新聞に元世界銀行の副総裁を23年間も遣られた西水美恵子さんの「マンドの奇跡」と言うのが紹介されている。
彼女が世界銀行での23年間、色んな職務に付いてきた人生の中で、強烈なショックを受けた物に、パキスタンでの「マンド女学院の偉業に感動した」と言う話が出ている。
パキスタンと言う国は、非人間的な貧困生活を送っており、想像を絶する貧富の差に強いショックを受けたと言う事である。特に南西の片隅にあるバルチスタン地域は貧しい地域で、そのまた、片隅に「マンド村」があると言う事です。そして、その一帯は、半砂漠地帯で粘板岩のゆるやかな起伏と砂丘に覆われ、とても人間の住むには適さない所であると言う。
そこに住んでいる人たちはローマー帝国時代に、迫害を逃れてきた民族がすみ付いた人達と言う事である。
その村に、一つの学校が「マンド女学院」なのである。創立は1981年に土地の長老、ジャラル氏とその家族一同によって、開校したのが始まりで、当時は「一人の男子に受ける教育は、一人の人間を教育する。一人の女子に受ける教育は、未来の世代をも教育する」と言われ、ジャラル氏は女子の教育に「先ずは、良母は千の教師に勝る」と女学院の創立に家財を投じて開塾したのである。
西水さんはその後96年に訪れ学齢期の女子全員が通学する一貫校にまで発展しており、ヨーロッパ諸国の援助をうけ、奨学金制度も整い、大学に進学する卒業生も増えて、中には無医村に行く夢を持って、医大で学ぶ人もいると言う。
マンド女子学院の効果は、村の識字率を高め、栄養不良の改善を伴い、労働生産性の向上にも大きな力を発揮したと言う事で、今では「マンドの奇跡」と言われているそうである。
ジャラル氏は、「こんな国でも金さえあれば、子供に良い教育を与える事が出来る。しかし、大枚を積んで、買う教育を良い教育とは考えない。教育は国家社会のもの、個人のみのものではない・・・」といっている。
西水さんは、「日本の教育において、悪化し続ける経済格差に教育格差が重なって、人生の選択域を狭められた2世代目が、育ちつつある。今こそ教育格差を正すべき時である。50年先の国の姿は、今日の子供たちに宿るのだから」と述べておられる。
全くその通りであり、国難も救えない今の政治は大局を見逃しているとしか思えない、なさけの無い話である。
(えびなたろう)