2015年8月11日(火) 世界遺産の保護・保全
この7月5日に、ユネスコの世界遺産として、「明治日本の産業革命遺産」が登録されたことから、当ブログに、以下の記事
明治日本の産業革命遺産 (2015/7/8 )
を投稿したところだ。
本稿は、その続編にあたるもので、前稿で予告したように、世界遺産の保護や課題等について話題としたい。
◇世界遺産登録の狙いと保護責任
我が国で初めて、世界遺産として、法隆寺、姫路城、白神山地、屋久島の4件が登録されたのは、20年以上前の、平成5年(1993年)で、それ以降、関係者の努力により、今回で、自然遺産が4件、文化遺産が15件と、計、19件に上っている。
ユネスコの「世界遺産条約」は、1972年/75年に、成立/発効し、日本は1992年に締約国になったが、現在の締約国数は、191カ国になっているようだ。
登録された、世界遺産の総件数は、今回で、1031件となり、その内訳は、
文化遺産 802
自然遺産 197
複合遺産 32
となっているようだ。
世界遺産として登録する国際的な制度の狙いは、改めて言う迄もなく、世界遺産条約にあるように、全人類に普遍的な価値を持つ遺産を、保護・保存し、将来の世代への伝達を行うことだが、このために、国際的な管理・援助体制が整えられている。
世界遺産には、大きく、文化遺産、自然遺産の2種があり、以下のように定義している。
文化遺産の定義の基本:歴史上、学術上、芸術上、顕著な普遍的価値を有するもの
自然遺産の定義の基本:鑑賞上、学術上、景観上、保存上、顕著な普遍的価値を有するもの
提案元の国が中心となって、登録遺産を、適正に保護・保全していく事を、世界に約束するもので、その責任は極めて重いと言えよう。(以上 世界遺産条約 - Wikipedia等より)
でも、この目的は、建前上でのことだ。
世界遺産として登録されると、広く世界に名前が知られ、観光資源としても大いに価値が上がり、訪問者が増えることが見込まれる。
このように、当該地域の発展と活性化のために役立たせることこそが、当事国としての具体的な登録目的であろう。
この所は、我が国を訪れる観光客数も増加しているようだが、国内各地の世界遺産も関係しているだろうか。
◇登録後の遺産の保護・保全
*共通の問題
観光資源として、多くの人が訪れるようになれば、それに伴う共通的な問題として、ゴミの問題、トイレの問題、交通渋滞と排気ガスの問題、等が、当然起こってくる。
これらの問題に対しどの施設でも、工夫をこらして取り組んでいるのは言う迄もない。
この関連で、特に、富士山について簡単に触れたい。
富士山が登録される時は、ゴミやトイレが大きな問題となり、自然遺産としての環境保全が難しいことから、文化遺産に切り替えた経緯があるが、これらの問題は、その後、解決しているのだろうか。
山小屋等の施設のトイレについては、そのまま放出する方式から、環境配慮型に改善されているようだが、ゴミの問題の根は深く、未だに、ゴミを持ち帰らず不法投棄する登山者が多いと言う。
これらの共通問題の解決や、登山の安全対策等のための資金として、昨年から本格的に始まった入山料(富士山保全協力金 1000円)の徴収だが、その徴収率は、2014年の年間実績で、55.8%と、目標を下回り、今年は、7月末時点で、43.7%と更に低調というのは、残念なことだ。(素通りされショック…富士入山料、協力率43% : 社会 : 読売新聞)
実は、富士山の世界遺産登録の時に、ユネスコとしては異例の事になるようだが、条件付きで登録が認められていたようだ。
この条件とは、富士山全体の環境保全状況や、受け入れ容量と適正来訪者数、来訪者の安全確保等に関する、「保全状況報告書」を、2016.2・1迄に、日本政府として、ユネスコ事務局へ提出することとなっていたようで、筆者としては、今般、初めて知った事である。
報告される内容によっては、後述する危機遺産になる可能性もあるという。(世界遺産富士山 ごみ問題、トイレ問題で世界遺産取り消し危機!)
どの世界遺産も、日本や日本人にとって、大事なものばかりだが、とりわけ富士山は、別格であろう。それだけに、富士山に、この種の問題でクレームが付くのは、何としても避けたいところだ。
細やかな心遣いは、日本人の美徳の一つと言われ、おもてなしの原点でもあるが、一方で、思考が内向き(Private)になりやすく、外向き(Public)の自覚が弱い、という国民性も、よく言われて来たことである。この事から、公共的なマナーの低さも指摘されて来たことだ。
でも、喫煙マナーや、乗り物内での携帯の自粛などに見るように、マナーも定着して来ていることから、ゴミ問題もクリアできるようになる、と思っている。 オリンピック開催を大きな切っ掛けとして、マナーアップが図られることを期待したいものだ。
*自然遺産の難しさ
これらの問題に加えて、自然遺産の場合は、更に、遺産自体の自然環境を守る、という課題がある。自然遺産には、来訪者が少ないほど自然環境が守られる、という、基本的なジレンマがある訳で、言う迄もなく、観光客を受け入れながら、環境破壊をいかに押さえるかがポイントである。
国内で登録されている自然遺産は、白神山地、屋久島、知床半島、小笠原の4件だが、環境保護と観光との両立という、難しい課題と、今後も、継続的に取り組んで行かねばならない。
最近の気になるニュースだが、2011年に、最も新しく世界自然遺産に登録された小笠原諸島で、同地域だけという固有種のカタツムリが、この所、絶滅の危機にあるという。(固有種のカタツムリ激減 世界遺産・小笠原諸島 - 47NEWS(よんななニュース))
このカタツムリは、陸貝類に属する固有種7属の1つの、カタマイマイ属といわれ、小笠原諸島の兄島等に生息し、自然遺産となるための重要な生物種のひとつという。
固有種のカタマイマイ
このカタツムリが、島の外来種であるクマネズミに、食い荒らされているようで、このままでは、絶滅のおそれがあるという。管理する環境省や都の関係者は、ネズミの駆除を行っているが、追いつかないようだ。
このネズミは、登録後に、人や物の往来が増えた事に由来するものと思ったのだが、自然遺産に登録される以前から島にいたようだ。
小笠原諸島は、残念ながら、筆者は訪れた事は無いが、日本では珍しく、亜熱帯に属し、東洋のガラパゴスとも言われる程、固有種が多いようだ。もし、このカタツムリが絶滅するなどしたら、危機遺産となり、引いては、世界遺産としての登録が取り消されるという、不名誉な事態もありうるだろうか。
世界遺産に登録後に、自然界の変化や災害、地域紛争による遺産破壊、密漁等による自然破壊、管理不十分による崩落、等々による状況変化で、遺産として維持する事が厳しくなって、危機遺産にリストアップされ、ついには、世界遺産の登録が抹消された事例もあるようだ。中には、ピンチを克服して復活した遺産もあるようだがーー。(世界遺産の一覧 (危機遺産リスト) - Wikipedia )
*建造物の維持・保全
我が国の文化遺産には、多くの建造物があるが、これらの維持・保全は、重要な課題だ。
その中で、社寺仏閣は、信仰の対象や修行の場として、時代時代を通して、実際に使われたことで、当事者の努力によって、絶えず、保護、保全が行われて来たと言えだろうか。 また、登録されることによって、保護・保全もしやすくなる側面もあろうか。
建造物の維持保全の関連で、国内で最初に登録された姫路城について取り上げたい。
5年間に及んだ、総工費24億円をかけた「平成の大改修」が行われ、この平成27年3月に完成し、再び、一般公開が行われているようだ。(【世界遺産】姫路城「平成の大修理」完成 期間5年半!費用24億円!職人15000人! | しらべぇ)
姫路城は、愛称で白鷺城とも呼ばれるが、その名にふさわしく、今回の改修による白さが、まぶしいと言う。今回改修した大天守の白さと、改修対象外だった小天守とを、対比できる図がネットで見つかった。(下図)
小天守閣 大天守閣
この城は、昨年のNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」でもよく登場した、天下の名城の一つだが、筆者には、特別な思いがある。
実は、NTTの現役当時、縁あって、姫路城が在る管内を受け持つこととなり、自身は勿論の事だが、多くの来訪者をこの城に案内し登城したのは、数えきれないほど。
東西2本の心柱に支えられた大天守閣の階段を、一段づつ、息を弾ませながら、足で上って行くのだが、最上階のやや小さな窓から、姫路駅方面に通じる、大きな通り(大手前通り)を見下ろし、遠く、播磨灘を眺めると、天下人になった気分である。
姫路城の大天守閣の見事さは、言を俟たないが、取り巻くように周辺を形作る、小天守閣や櫓(やぐら)類等が、ほぼ完全な形で残っているのも、この城の大きな魅力で、他には例が無いのではないか。
明治期の混乱の中にあって、よくぞ、残してくれたものと、深い敬意を表したい。
約50年程前、この城の「昭和の大改修」(8年間 昭和39年完了)が行われたが、当時、九州へ行く山陽線の電車の窓から見た、黒っぽく覆われた様子が、印象に残っている。
定期的に、改修を行い保全する手間と資金等は、並大抵のものではないだろう。
*産業遺産の維持・保全
産業遺産の維持保全はどうだろうか。これらは、ある一時代、花形として実際に活躍した後、時代の流れの中で、その後は、お役御免で使われなくなり、施設の一部が、産業遺産として、現在に残っている訳だ。いずれにしても、それらを維持保全していくことは容易なことではない。
日本での産業遺産は、石見銀山と、富岡製紙場と、今回の明治遺産群である。
数年前に、産業遺産として、初めて登録された、石見銀山に関しては、坑道などの施設の保全等はどうなっているだろうか。
また、昨年の富岡製紙場関連では、工場等の施設の保全は十分と思われるが、養蚕関連の登録遺産の保全等が気になるところだ。
そして、今回の登録遺産では、八幡製鉄所関連の施設のように、現役で、今も稼働している所もあるようだ。
一方、今回の登録遺産の中の、三重津造船所(佐賀市)は、発掘後埋め戻されたようで、現在は、何もない、広い空き地になっているという。でも、現地で貸し出される専用のメガネを掛けて、その風景を見ると、当時の建物の様子が、実際の風景の中に、重なって写し出されると言う、素晴らしい工夫があるようだ。
今回で最も気になるのは、端島炭鉱(軍艦島)であり、以下に、少しく取り上げたい。(端島 (長崎県) - Wikipedia 等より)
端島炭鉱は、明治初期に採掘がはじまり、その後、地下350mもある地下炭鉱からの採炭量も増え、狭い島に、従業員や家族、関係者が、最大で、5000人もの人が住んでいたという賑わいだったようだ。
住居用敷地等を増やすために、小さな島の周辺を、下図のように、6度も埋め立てたようだ。(図の、1893年大きさが、当初の埋め立て前の端島)
端島の埋め立て拡張図
時代の流れで、1974年(S47年)の炭鉱閉山以降、炭鉱施設の大半は、廃棄され、住宅等は、特別な保全はされずに、荒廃するままにされてきたようで、今にも、崩壊しそうと言う。登録された当時、荒廃した建物の状況が、TV等でも報道された。
皮肉たっぷりに、コンクリート建造物の径年劣化を調査する格好の見本とも言われる。
報道等では、軍艦島全体が、遺産として登録されている様に言われている。この島に現在残されている住宅などの建造物の崩壊を防ぎ、今後保存していくには、最大で150億円もの資金が必要という。(【世界遺産登録へ】産業革命遺産、老朽施設の保全に課題 軍艦島の補修には最大150億円も(1/2ページ) - 産経ニュース)
一方で、今回の登録対象になった構成遺産は、港湾施設や、数度の埋め立て関連の遺構などだけで、炭鉱施設そのものや、住宅等は含まれていない、との、未確認情報もある。
軍艦島全体としては、国の指定遺跡になっているという。
いずれにしろ、施設の維持保全を巡って、地元自治体や国で、今後、どの様な取り組みが行われていくのだろうか、注目したい。