一寸の虫に五寸釘

だから一言余計なんだって・・・

『日本語が亡びるとき』

2008-12-30 | 乱読日記
斎藤美奈子が朝日新聞の夕刊に書いている文芸時評のコーナーで「2008年の批評」で取り上げられていた本。
ネット上でも大論争になっていたそうです(知りませんでした・・・)

著者の水村美苗氏は夏目漱石の『明暗』の続編の『續明暗』を書いた人で経済学者の岩井克人氏の夫人、という程度の知識しかなく、一度新聞か雑誌のエッセイで読んだときにちょっと自分に合あわなそうな感じがしたので今まで食わず嫌いできていました。

まあ、斎藤美奈子が読めというなら読まざるを得まい、ということで読んでみたところ、確かに面白く、また問題提起の書でありました。

最初に「食わず嫌い」の件から言うと、導入部の第一章で語り口はけっこう気に入ってしまったので、あとは抵抗なく入れました。


本書の内容をまとめると

昔から世界のそれぞれの地域では「母語」=日常使っている言語があったが、文化や技術を継承するための言語として母語とは別にギリシャ語やラテン語のような「普遍語」があった。
文化的な後進国では先進国に留学し普遍語で学んだ者がそれぞれの国に帰り、学んだものを自分の国の「母語」に翻訳した。
そのとき普遍語を「母語」しか読めない人によめるように翻訳したことで「現地語」ができ、現地語で書く人間が増える、現地語での文化の蓄積が増える=現地語を通して文化(その蓄積を筆者は「図書館」と言います)にアクセスできることで「国語」が成立した。

「日本語」は明治維新後に西洋文明を大量に翻訳し蓄積されたなかで成立したが、それはかつて中国から漢語を翻訳した経験と江戸時代の出版文化があいまってできた非西洋文明における奇跡である。

しかし一方国語として成立した日本語だが、西洋語(現在では普遍語になった英語)からの翻訳は多いが日本語の文献が西洋語に翻訳されることは極めて稀である。
したがって、日本文化、日本文学が普遍語の「図書館」に入れられることは極めて稀である。
今後インターネットの普及などでますます文化へのアクセスが普遍語である英語で蓄積された「図書館」に集中する中で「叡智を求める人々」は英語へと流れてゆく。

今後とも日本語が「国語」としての魅力を持ち続けるためには、
①世界に向かって英語で発言力を持てるバイリンガルのエリートを育てること
②日本の国語教育は日本語が「国語」として成立した原点である近代日本文学を読み継がせることを主眼とすべき

ということになります。

最後の段落までの部分、普遍語が文化の伝播・承継の中心として機能するというあたりは、夫の岩井克人氏の貨幣論を髣髴とさせるテンポのいい語り口で説得力があります。
貨幣でいえば、基軸通貨と現地通貨のようなものですね。
実際に自然科学の分野では論文も先端の研究は英語で発表して評価を得ないと意味がない時代になっています。


論争になっているのは最後の段落の部分だと思います。

①については育てようと育てなかろうと、研究者やビジネスマンは英語での発言力を磨く必要に迫られています。それを学校教育特に選抜された「エリート」に叩き込む、ということが必要かどうかは議論のあるところだと思います。
「エリート教育」という言葉自身に抵抗があるのかもしれませんが、僕自身は「エリートに限定する必要はないんじゃない?」と思います。エリートでなくても必要に応じて意味のある発言をする必要は出てきますので(たとえば「ジャパニメーション」について「エリート」が代弁しても意味や影響力のある発言が出来るとは思えません)。

より問題は②。
そこまで「近代日本文学」に特権的地位を与えないといけないものなのでしょうか。
日本語の「図書館」を充実させる中で、文学は近代文学以外の蔵書を入れない、というのは理屈に合わないのではないかと思います。
著者は最近(というか戦後以来)の日本文学は価値がない、とものすごく大胆に切り捨てています。
まあ、それも一つの意見ではあると思うのですが、『ニッポンの小説-百年の孤独』で高橋源一郎は逆に現代小説は近代日本文学の呪縛から逃れられていないのではないか、という問題提起をしています。
それはある意味近代日本文学以外はクズ、という水村氏の主張と表裏でもあるのですが、高橋氏はそこを突破することこそが「文学」である、と、その先を信じています。

僕としては高橋源一郎の考えの方が好きです。

近代日本文学が「聖書」になってしまい、後はその解釈や伝承だけ、というのなら、あえて守る必要もないんじゃないかな、と思います。


<追記>
関連したエントリはこちら参照




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