私が使ってきたザックの話 (2006.9.28)

2006-09-28 20:03:28 | Weblog

ブログの先輩“やさしい時間”のRさんが、来週“グレゴリー”のバッグを持って北海道旅行するらしい。
ブログ・ネタに困っていたので、北海道とザック(リュックサック)の話にします。また古いお話しになってしまいます。

よく山に行ってました。リュックサックは、1960年ぐらいまでは、皆、横長で帆布(キャンバス)製のキスリングでした。ちょっと先鋭的なクライマーは、小さなアタック・ザックをかっこよく背負っていました。1970年に札幌に移住し、北海道の山を歩くようなって、キスリングを捨て、ちょっと大き目のアタック・ザックを買った。その頃、道具は、ほとんど国産でしたね。札幌・北海道大学前の通りから一本東の通りにあった“秀岳荘”という山道具屋で買いました。秀岳荘には、ほんとよく出かけていたのです。このザックは、ただのズタ袋(写真①)です。キスリングもそうですが、詰め方(パッキング)が重要なのです。最近のザックは、パッキングを考えなくても、バランスよく、背負いやすくなりますが、昔のザックは違うのです。 パッキング技術と経験が必要だったのです。

米国では、1960年代から、若者革命といっていいほど文化・生き方に変化があらわれました。物質から自然・精神尊重への変化なのです。Whole Earth Catalog に代表されるカタログ文化も発生しました。日本では、70年代初めから、芦澤一洋さんらによって雑誌メディアで盛んに紹介されるようになりました。芦澤一洋さんが訳したコリン・フレッチャーのThe Complete Walker(遊歩大全)は、バイブルになったのです。それまでの日本の、ヨーロッパ・アルプス流の登山スタイルが、一気にアメリカン・スタイルに変わっていったのです。登山、山登り、“山をやる”と言う言葉は、アウトドアという言葉にとって代わりました。山の道具、すなわちアウトドア用品もアメリカ製品が、カタログと一緒にどっと入ってきた。リュックサックも、ザックからバック・パックと呼ばれるようになりました。

私も東京に移住し、ザックを新調しました。スペイン(アメリカ製ではなく)のアルピナ社製のザックです。私は重いものが担げないので60ℓの中型。この後20年ぐらい、このザックを使っています。もちろん現在も保有しています。

 

今日のブログのために、アルピナのザックの写真を探しました。山の写真はたくさん撮ってきたのですが、ザックを背負っている自分なんて、撮らない、ない。・・・・しかもブログの秘密性(?)から、自分がわかる写真はまずいらしい? しかし・・・・いい写真がありました。

1980年頃の写真、槍ヶ岳をめざす尾根の中で、最もきびしいルートの北鎌尾根での写真です。北鎌尾根は、単独行にこそ意味があります。自分の写真なんて撮れない。別の知らない単独登山者が、知らないうちに撮ってくれていたのです。
この荷物の大きさで、テントも持っている山中3泊のスタイルです。尾根に上がったら2日間、水の補給ができない。水が最も重い荷物です。むろん夏山です。

その後、娘・息子・息子と家族5人で、北アルプスを歩くようになって、それぞれにザックが必要になりました。だから、ずいぶんたくさんあります。ミレー(Millet)(フランス)のザックも、たぶん2つあります。
しかし息子は、ひとりで出歩くようになってからは、そんなザックは目もくれず、自分で選んで買いました。米国のグレゴリー(Gregory)のザック、街歩き用には、英国のカリマー(Karrimor)のデイパックなのです。

  【おまけ】

*もう私が、新しい山の道具を買うことはないでしょうが、カタログ雑誌を見ることは大好きです。この5月頃には、“遊歩用具大全”と名付けた山の道具ガイドブック(山と渓谷社)を買っています。最初のページがこの写真です。70年代の古典“The Complete Walker(遊歩大全)”を雑木林に並べた写真。編集者も私と同じ時代を通ってきたのでしょう。
このブログの頭の写真も、同じように“The Complete Walker(遊歩大全)”を並べてみたのです。

*秀岳荘のズタ袋を山に持っていくことはさすがになくなったが、出張旅行のカバンの中に入れていくことがありました。買った本なんかで重くなったバックをそっくり入れて、背負うのです。背負うのは楽ですね。