東北大震災・名取市に地球のステージ・桑山医師に“心の危機”の役割をみる(2011.3.31)

2011-03-31 23:56:00 | Weblog

 *NHKクローズアップ現代(2011年3月31日放映)

 今夕(331日)午後8時のNHKクローズアップ現代を見ました。

 大津波の被害は、家屋の流失、多数の死者を出しただけでなく、無事だった人々の心にも深い傷を残しています。番組は、その心の危機とケアの課題を、被災地での医師の活動を通して掘り下げていきます。

 

 地球がステージ、全世界の被災地で活動する桑山医師が“ステージのスクリーン”と同じように映っています。

 しかし、テレビ画面のそこは日本です。地球のステージ“東北編”なのです。今まで長い間、海外各地の紛争地や被災地で培われた経験が、地元、東北で生かされています。
 言葉が間違っているかもしれませんが、間近で役立つという意味で“むくわれた”というべきかも知れません。桑山さんが名取市に、拠点病院“東北国際クリニック”を開いてすぐのことなのです。ほんとうに、不思議です。何かが、つながっているとしか思えないのです。

*東北国際クリニック(名取市)

 

 【おまけ】

*桑山紀彦医師

*桑山さんは、日々ブログを書いています。

 http://blog.e-stageone.org/

*ブログによると、桑山さんは、すでに「津波祈念資料館(Tsunami Memorial Library and Theater)」の建設を計画されています。津波被災という現実を記録するために、早くも動き出しているのです。そして、<新しく、この資料館には「治療の回廊」をいれ、遊戯療法、絵画療法、音楽療法、演劇療法を展開していきます。そう、大切な資料を活用して心のケアにつなげていくのです>と書いています。それには、応援できることもあるかもしれません。

*今日の“クローズアップ現代”のことは、昨夜、清里のプリメリアさんから久しぶりのメールで知ったのです。


西部劇“トゥルー グリット”を観に行きました。こんな時ですが。(2011.3.30)

2011-03-30 12:42:34 | Weblog

*保安官役はジェフ・ブリッジズ、少女マティ・ロス役はヘイリー・スタインフェルド

 昨日(329日)“映画でも観に行こうか”ということになって家人と出かけました。こんな時に、こんな時だから、です。
 たぶん、日本中が「自分にも何かできないか」と思っています。日本中が「がんばれニッポン」であることはいいとしても、“こんな時だから・・・”、“欲しがりません、勝つまでは”どうでしょうか。

 だから、映画にも“でも”行こうなのです。ワタシと家人さんの観たい映画は違います。もう合わせる年代でもありません。ただ最近は、ひとつの映画館でいくつもの映画をやっている複合館(シネマ・コンプレックス)があります。電車で30分ほどの“流山おおたかの森の駅前の映画館に行きました。

*TOHOシネマズ(おおたかの森S・C)

 ワタシは、アメリカ大好き少年だったのです。1960年代の大阪時代は、西部劇ばかり見ていました(その前、高校時代は日活ばかりです。同級生に映画館の息子がいたので毎週みていました)

 それで、西部劇“トゥルー グリット”を観たのです。むろんシルバー料金1000円。

 久しぶりの正統派西部劇です。日経の映画評(325日)は“西部劇に文芸映画の香気をはなっている”です。<1878年、開拓時代の西部で、14歳の少女が、父を殺した無法者を荒っぽいことで知られる保安官をやとって追跡する。そしてついに仇討ちをとげる>話です。

 1969年作品、ジョン・ウェインの“勇気ある追跡”のリメイク版です。もちろんワタシは見ています。ただ、“勇気ある追跡”の原題が、“トゥルー グリット(true Grit)”であることは知りませんでした。

トゥルーは、真の、ほんとの。グリットは、勇気です。

*このリーフレットは、ウチにもあるはずですが。

 少女の願いをかなえる、飲んだくれの老年寄りの男の話は、男は誰でも好みます。アメリカ人もそのようです。原作は、チャールス・ポーティス(Charles Portis)の1968年作品トゥルー グリットで早川書房から翻訳が出ているようです。

*左;原作本、中:新作、右:旧作

 ジョン・ウェインの“トゥルー グリット”を細かく覚えていませんが、新作は、服装、街なかのようす、風景が、絵空事でなく、よりリアルに、しかし詩情豊かに描かれています。

 むろん、ストリー、仇討行にはいくつかの危機がありますが、乗り切っていきます。そして念願の無法者を打ち倒すのです。

*旧作クライマックスのジョン・ウェイン

 終わり近くになって、ジョン・ウェインだった片目の保安官(新作では、ジェフ・ブリッジス)が、馬上にひとり、4人の相手と向かい合うシーンで、はっきり旧作を思い出します。

 そうして、すべてが終わったとき、少女がガラガラ蛇の穴に落ちるのです。思わず目をつむりたくなるのは、旧作も新作も同じです。

 

 そうして、西部開拓時代が終わった25年後、少女マティが、あの時の保安官を尋ねます。もう死んでしまっていました。土に埋められた棺をひきとっていったという、ラストシーンは胸をうちます。
 少女マティは、ガラガラヘビに噛まれた左手を失くしていました。

 

【おまけ】

*この映画には、カントリーソングのメロディーが流れます。単調なピアノのメロディーがぴたっりです。映画が終わって、キャスト、スタッフの名前が流れている時、女性シンガーの歌う歌が流れます。誰の何という歌か、プログラムに書いてありません。主役の保安官役のジェフ・ブリッジス(Jef Bridges)の娘さんジェーシーではないかと想像しています。

*ついでに、家人の観たのは、アカデミー賞の“英国王のスピーチ”です。ほぼ同じ時間帯でした。

*映画の開始は、ともに3時過ぎでした。子どもたちがいっぱいいました。学校は春休み、どうもドラえもんの映画をやっているようでした。別世界でした。


日本破壊計画(朝日ジャーナルの復活2号)、マイ・バック・ページの時代(2011.3.28)

2011-03-28 12:27:00 | Weblog

*大震災の後しばらく、朝日新聞一面下に書籍広告はありませんでした。この新聞は、3月15日付け日本経済新聞朝刊。

 

 今朝は5時過ぎに目が覚めてベッドの中で、朝日ジャーナル復活2号をめくっていました。ベッドの中で本を読むのも久しぶりです。311からようやく普通の気分に戻ったのでしょう。

 朝日ジャーナル復活2号の発売日は315日でした。大震災後の状況でしたがすぐに売り切れると思って、近所のツタヤ(南桜井店)に出かけました。レジの娘さんは、パソコンをたたいてくれて“当店には入ることにはなっていません”の返事でした。ちょっと困って、朝日新聞の販売店から配達してもらいました。

 たぶん翌日に配達されました。
 驚きました。
大きな文字で<日本破壊計画>と印刷されています。ここ終日、新聞もテレビも、破壊された日本の現実を報じているのです。朝日ジャーナル、やるなあ、でした。

 だからといって、買った朝日ジャーナルをめくる気にはなりませんでした。

*あまりにタイミングの良いネーミング。

 

 今朝、めくってみましたが、まあベッドで寝起きに読んでみようと思える内容はありません。推敲しすぎた言葉遊びの原稿が多い。<知の逆襲>のタイトルですが、研究室の机の上だけの世界のようにも感じます。このような世界は<自然の逆襲>にあっては、ひとたまりもないでしょう。311大震災、原発障害のさなかの今、書き直した改訂版を期待したい。

 まあ、それでもゆっくり読んでみるつもりです。

 

 朝日ジャーナルの時代を歩いてきたワタシは、復活1号<怒りの復活、崩壊寸前の「日本型社会システム」、いま問われているのは、私たちの「知性」、そして「感性」――>(2009430日発行)、そして、2号<知の逆襲 第2弾、日本破壊計画、未来の扉を開くために>(今年3月15日発行)に飛びつくのです。

 私ら世代が、社会から遠く離れてしまって、今のどうしようもない気分がそうさせるのでしょう。
そういうワタシには<「朝日ジャーナル」の歴史的使命(内田樹)>がうなづけました。

 往復1時間30分の“往きの通勤電車”で読む週刊誌だったのです。

 

【おまけ】

*今日の新聞です。3月28日付の朝日2面下の平凡社の広告。左は、マイ・バック・ページ=ある60年代の物語(川本三郎著)河出書房、1988年12月10日発行。これを原作にした映画ができたようで、ことし5月28日からの上映らしい。

*朝日ジャーナルに重なるのは、川本三郎さんです。ここでも対談<時を越えて蘇った青春―「マイ・バック・ページ」の時代>が載っています。

*「マイ・バック・ページ」はもちろん読んでいます。けっこう入れ込んで読んでいました。書棚から出してみました。<1988.1216 yokohama>、<12.20 finished>と書いています。読みきった日付を書いています。ワタシは、普通そんなことを書き込むことはありません。

*あとがきに、こうありました。<本書の文章は雑誌「SWITCH」に発表したものである。私はこの雑誌と、二人の若い編集者、新井敏記さんと角取明子さんに出会ったことを本当に幸福だったと思っている>と。

*これは、昨日(3月27日)の朝日新聞の書評です。
*昨日の春日部市立図書館駐車場で。満開は、桜でなくアンズです。

*「マイ・バック・ページ」のあとがきの最後には、こうあります。<本書の題名は、ボブ・ディランの曲からとった。私はこの曲のリフレインの歌詞が好きだ。「あのころの僕はいまより年をとっていた。いまの僕はあのころよりずっと若い」>。
("my back page” は、ディラン1964年のレコード"another side bob dylan"
にあります)

 

*"I'm yonger than that now"「今、ワタシはあのころよりずっと若い」・・・いいですねえ。


“ソングス フォー ジャパン”=日本大震災被災地支援アルバムが出たようです(2011.3.27)

2011-03-27 17:28:02 | Weblog

 *SONGS FOR JAPAN、日本がんばれのアルバム

 今日もまた、“ワタシが何をすべきか”と鬱々としています。がんばって、としか言えませんが、これさえ、この頃は、言ってはいけない言葉のようです。“がんばらなくてもいいからね”らしい。
 それでも、がんばれ東北、がんばれ日本、と、日本中で叫ばれます。

*朝日新聞2011.3.26夕刊3面

 新聞に、ときどき外国の著名人のメッセージが載ります。
 昨日(326日)の夕刊には、“世界を代表するアーティスト38組が共同してチャリティ―アルバム「ソングス・フォー・ジャパン」を作製し、25日に世界で同時に発売された。日本での価格は1500円。収益金はすべて日本赤十字社に寄付される”とありました。

 1980年代は、エイド(AID)の時代、支援コンサートのニュースを時々聞いていました。世界中で起こる悲しいことへの支援であり、時に抗議でありました。ワタシも、その気持ちに共鳴して、ライブレコードが出ると、一部が義援金や活動資金に使われるレコードを買ってきました。

*9・11アメリカがんばれアルバムの一枚

 2001年の911米国集中テロの時もそうです。

 今度は、日本のためのチャリティ・アルバムです。自分たちのために、日本人が支援されるアルバムです。

 短い新聞記事なので、詳しくはわかりませんが、チャリティ・コンサート・ライブではないようです。アフリカ飢餓支援 We are the World のように、ミュージシャンが集まって、声を合わせたのでもなさそうです。ミュージシャンが歌の提供をもうしでて、集めたコンピレーション・アルバムのようです。

 Ituneからのダウンロード販売だそうです。

www.itunes.com/songsforjapan が購入サイトです。

 でも、きっと4月になったら、CDが売り出されるでしょう。そのときに協力することにします。

 どういうミュージシャンが参加したのでしょう。レコード会社の枠もあったでしょうか、よく知りません。でも、この世にいない、ジョン・レノンはイマジン(Imagine)で参加しています。ボブ・ディランはShelter from the Storm(嵐を防ぐシェルター)です。1976年のアルバム Blood on the tracksの曲です。1978年の武道館公演でも歌いました。大津波あるいは放射能嵐の今の日本にふさわしい選曲と思います。ただ、歌いっぷりがいつも変わるボブ・ディランです。どんな風に歌っているでしょうか。

 ワタシは、こんな時だから、ポール・サイモンの明日に架ける橋(Bridge Over Troubled Water)がほしかった。911の支援コンサートでは、放送自粛騒ぎがあった中で歌っていました。

 それより今こそ、日本のミュージシャンの東北大震災支援コンサートを期待したいのです。

*春日部ロビンソン・デパートのレコード屋さんで。

 

【おまけ】

SONGS FOR JAPANの収録曲は、次のとおりです。

1."Imagine" (remastered) John Lennon
2."Walk On" (radio edit)
 U2
3."Shelter from the Storm"
 Bob Dylan
4."Around the World" (live)
 Red Hot Chili Peppers
5."Born This Way" (Starsmith remix)
 Lady Gaga
6."Irreplaceable"
 Beyoncé
7."Talking to the Moon" (acoustic piano version)
 Bruno Mars
8."Firework"
 Katy Perry
9."Only Girl (In the World)"
 Rihanna
10."Like I Love You"
 Justin Timberlake
11."Miles Away" (live)
 Madonna
12."When Love Takes Over"
 David Guetta featuring Kelly Rowland
13."Love the Way You Lie" (clean version)
 Eminem featuring Rihanna
14."Human Touch"
 Bruce Springsteen
15."Awake" (live)
 Josh Groban
16."Better Life"
 Keith Urban
17."One Tribe"
 The Black Eyed Peas
18."Sober"
 Pink
19."It's OK"
 Cee Lo Green
20."I Run to You"
 Lady Antebellum
21."What Do You Got?"
 Bon Jovi
22."My Hero"
 Foo Fighters
23."Man on the Moon" (live)
 R.E.M.
24."Save Me" (clean version)
 Nicki Minaj
25."By Your Side"
 Sade
26."Hold On" (radio mix)
 Michael Bublé
27."Pray" (acoustic)
 Justin Bieber
28."Make You Feel My Love"
 Adele
29."If I Could Be Where You Are"
 Enya
30."Don't Let the Sun Go Down on Me"
 Elton John
31."Waiting on the World to Change"
 John Mayer
32."Teo Torriatte (Let Us Cling Together)" (remastered)
 Queen
33."Use Somebody"
 Kings of Leon
34."Fragile" (live in Berlin)
 Sting, Steven Mercurio, and the Royal Philharmonic Orchestra
35."Better in Time"
 Leona Lewis
36."One in a Million"
 Ne-Yo
37."Whenever, Wherever"
 Shakira
38."Sunrise"
 Norah Jones


春日部市立図書館にも原発の危険警告・震災関連本が特設棚に並んでいます(2011.3.26)

2011-03-26 18:05:26 | Weblog

*真ん中に、検証=東電原発のトラブル隠し

 今日(24日)当地、春日部の空は春の日で雲一つなく真っ青です。が冷たい風は強く桜はまだまだ遠い。311大震災から2週間、テレビには少々へきえきで気がしずんでいます。気分転換にクルマをだして春日部市立図書館に出かけます。

*ここでも“私たちが今できること”です

 入口を入ったとたんに<私たちが今できること>です。ああ、大震災か、日本中同じセリフです!

<あなたにできることをやっていますか>と迫られます。ワタシにできることなんか、ありゃあしません。

 せいぜい<原発ハンタイ>とつぶやいてみるだけです。今ごろ言ってもなんにもなりません。

*瀬戸内海にも原子力発電所の計画が進んでいます。

 大震災直後から思っていたことです。東北電力の女川原子力発電所の方がぐっと震源地に近い、大津波に洗われた宮城県にあります。女川は正常に停止していて問題はなそうです。それなのに、なぜ福島第一原子力発電所は、こんな大騒ぎをおこしたのでしょう。

 そんなことを今、議論してもなんにもならない、今の問題を解決することが先決です。そのとおりでしょう。

 その理由は、ワタシにも想像できます。今日は、営業運転開始からちょうど40年目の日だといいます。
 東京電力だからです。東京電力の会社の体質、伝統なのです。
新聞、朝日新聞も2週間たって“そのことに、そう言及する記事、識者の意見”を載せ始めました。例えば、昨日25日の朝日には2つも3つもあります。

 図書館の入り口にあった“大震災関連特設書棚”に、3冊の原発の危険を警告する本が並んでいました。

“東電原発のトラブル隠し”“チェルノブイリから何を学んだか”です。

 ワタシは借りません。誰かが借りて読んでくれる方がよいでしょう。

*のんびり図書館に来て小説に浸れる日が待ち遠しいです。

 


岡倉天心ゆかりの五浦六角堂が3・11大震災津波で流失(2011.3.25)

2011-03-25 16:55:28 | Weblog

*五浦海岸六角堂

*津波で流された六角堂(asahi.comから転載) 

 大震災、津波の後、早い時間に“崩れただろうな”と思っていました。五浦海岸は、茨城県の北の端です。ずっと行こう行こうと思っていたところです。NHKテレビは見続けていましたが、五浦海岸にある岡倉天心の思索の場、六角堂が流失したとの話は、朝日新聞の322日の記事が初めてでした。完全に跡形もなくなっている写真がついていました。

*2011年3月22日付朝日新聞23面

 3月25日現在、NHKテレビには登場しません、人間の被災がそれほど大きいということです。

 

 ワタシは、禅とか茶道という日本独自の世界に関心をもっていますが、どちらかというと、アメリカ逆輸入されたものでしょうか。5060年代、アメリカ若者文化に魅かれていましたが、米国でビートと呼ばれた若者たちが、老子や禅といった東洋文化に魅かれていたということに起因する逆輸入なのです。米国で禅を教えたのは、鈴木大拙ですし、米国で、英文の茶の本(The book of Tea)を出したのは、岡倉天心です。

 岡倉天心が東京を離れ、移り住んだのが、五浦海岸です。深い入り江と岬が交差するあたりに、海と岬に溶け込むような思索の場をもったのです。自然の中で、自分を見つめていたことでしょう。

 一度行こう行こうと思い、そこに座って海を見たいと思いながら、ついに見ずじまいになってしまったのです。

 

【おまけ】

*茶の本:右は英文と日本文を収録している(埼玉県立図書館廃棄本)、左は“茶の本”鑑賞、立木智子著:淡交社平成10年10月22日発行、茶の本の米欧での読まれ方が詳しい。

*岡倉天心のことは、2010514日にも、このブログに書いています。

 http://blog.goo.ne.jp/geibunkyou/d/20100415

*“老子や禅に魅かれるのはアメリカ逆輸入です”と、このブログに書いたのは、200754日です。

 http://blog.goo.ne.jp/geibunkyou/d/20070514


沈黙の春、レイチェル・カーソンに立ち返ろう、今だからこそ(2011.3.24)

2011-03-24 23:38:33 | Weblog

*Rachel Louise Carson (1907.5.24-1964.4.14)

 ウチの水道の水は大丈夫だろうか。東京都は金町浄水場の水は放射能汚染で乳児の飲料には禁止と発表しました。同じ江戸川、しかもより福島原発に近い上流から取水している、わが町にある埼玉県の庄和浄水場の放射能汚染の有無について、何ら発表されません。

 まあ私ら世代への影響はともかく、まだ人生の長い若者のことを考えると、どうしたことでしょうと言わざるをえません。早く問題なしと発表してほしいのです。

 そんなことを、ぼんやり思っていたら、野山に生き物がいなくなった春、死の春<沈黙の春=Silent Spring>の世界を思い出しました。化学汚染を鋭く告発したレイチェル・カースンの業績・生涯のことです。

<沈黙の春>は1962年の発表です。農薬など化学汚染の問題を鋭く指摘しました。

 私ら世代は、殺虫剤DDTを頭からかけられた世代です。DDTをはじめとする化学汚染により、生物は死に絶えるという警告です。

 レイチェル・カースンの警告に、当時の社会、産業界、学界、政界から激しい反発を受けました。しかし、米国ケネディ大統領の他、多くの国民は、環境破壊に目を向けます。市民は行動を起こします。その後始まった毎年4のアースデーの精神的支柱になります。
(今年2011年の東京でのアースデーは4月23、24日です)

 日本でも、田んぼの溝(用水路)の生物の多くは絶えてしまったかもしれませんが、1960年代から比べ、川や海の汚れはしだいにひどさは解消してきました。美しさを取り戻しつつあります。今は、地球環境、自然環境の保護は、誰もの常識のように認識されています。その先導者が、レイチェル・カースンです。

 また今や、食べ物の安全にも誰もが気にかけます。無農薬野菜、有機栽培野菜を手にとる時代になっています。
 そうした中での、今日の福島原発事故です。放射能汚染がそこに来ているのです。

 私ら世代の多くは、原子力発電には危惧を覚えていました。国内外あちこちに反対運動もありました。それが、核の平和利用、地球環境保護、温暖化防止の決め手としての原子力発電というスローガンに許容してしまったのです。安全への技術の確立、進歩もあろうとも思ってきました。
 しかし原子力・核の危険性、被害・影響の膨大さは解消されていたわけではなかったのです。

 さあどうしますか。私らの子や孫の世代に、危険を先送りしたらいけません。安全な世界を、次の世代に引き渡さなければいけません。放射能汚染の水を、赤ん坊や子どもに飲ませたらいけないのです。

【おまけ】
*ウチの書棚のレイチェル・カースン

*このブログで、レイチェル・カースン生誕100年の時、20075月に書いています。http://blog.goo.ne.jp/geibunkyou/d/20070522

*ほんとに偶然です。今、<レイチェル・カーソンの感性の森>という新作映画の上映が始まったようです。レイチェル・カーソンの最後の著作は<センス オブ ワンダー>です。<センス オブ ワンダー>の世界を映像化しているようです。

 http://www.uplink.co.jp/kansei/

*わが庄和町の埼玉県の庄和浄水場の水のこと
 
今朝(324日)の朝日新聞の記事“埼玉県生活衛生課は、23日午後、金町浄水場と同じ江戸川から取水している庄和浄水場(春日部市)からの水道水を越谷市の公共施設の蛇口で採取し、検査に回した(25面、埼玉面)”の情報しかありません。

【おまけー2;3月25日に追加】

*3月25日、庄和浄水場の水のこと続報
 朝日新聞(3月25日朝刊25面);<埼玉県企業局は、新三郷から約18キロ上流の県庄和浄水場(春日部市)からの水を23日に採取し、24日の検査で放射性ヨウ素は35ベクレルだったと発表した>
 乳児の飲み水の基準値は100ベクレル。
・・・・・問題なしのようです。

 

*埼玉県の発表(新聞記事の元データ)は、次の通りです。
 
水道水における放射性物質測定結果報告-平成23年3月23日(水)採水分-
 
江戸川から取水している埼玉県庄和浄水場(春日部市)の水道水の放射性物質の測定結果
は下表のとおりです。この数値は、国の指標を大幅に下回っておりますので、現時点では健
康への心配ありません。
 なお、同じく江戸川から取水している新三郷浄水場(三郷市)から水道水を送っている
川口市の検査(3月22日12時採水)によると市の浄水場4か所のうち1か所で120Bq/kgの放
射性ヨウ素が測定されました。しかし、24日午前6時に採水した水道水の検査によると、
46Bq/kgに低下したとのことであり、川口市としては今後の推移を見守ることとしています。
 県では、昨日の15時から開始した浄水処理過程での活性炭投入を本日から強化しまし
たが、当分の間これを継続するとともに、庄和浄水場に加えて新三郷浄水場、行田浄水場
の放射性物質の監視を継続して行い推移を見守って参ります。
また、検査結果につきましては、速やかに公表して参ります。
 
〈庄和浄水場測定結果〉
  採水日時:平成23年3月23日16時
  採水場所:越谷市千間台地内

         測定結果  食品衛生法に基づく乳児の飲  原子力安全委員会が定めた飲
               用に関する暫定的な指標値   食物摂取制限に関する指標値
放射性ヨウ素    Bq/kg           Bq/kg            Bq/kg
(ヨウ素131)  35        100              300
放射性セシウム                               Bq/kg
(セシウム134  0.59       -               200
 及び137)
                            (測定機関:埼玉県衛生研究所)


“もやし”の袋の中国産を見て安心だと思った笑えない話(2011.3.23)

2011-03-23 21:07:50 | Weblog

*今日のお昼は、もやしだけラーメン。

 朝一番、7時のNHKラジオニュースで、福島県と周辺県の野菜から放射性物質を検出、首相が摂取制限を指示したと伝えていました。23日前から、ホウレンソウの汚染のニュースもありました。予想していましたが、いよいよだなと感じました。

 

 それでというわけではありませんが、今日の買物当番のワタシは開店の10時ちょっとすぎに、近くのcoopに行きました。しばらく食べられなくなるかもしれない、となんとなく思い、ホウレンソウ2束をカゴに入れました。埼玉県産です

*このもやし、原材料の緑豆が中国産です。

 お昼はワタシだけ、こういう時には決まってラーメンです。もやし一袋を炒めてどさっとのせる“もやしだけラーメン”です。

 もやしを袋から取り出すとき、<中国産>だから心配いらないとひとり言がでたのです。

 そして何かおかしいなと思ったのですが笑えません。これからは、中国産の食材を選ぶべきかと笑えない話です。あれほど中国産を避け国産にこだわっていたのですが。

 

【おまけ】

*これは、風評ではありません。お上の発表です。

*実は、この発表でなんとなく信用ができないのは、<どれだけ調査して、悪かったのはこれ>という前提条件が発表されていないことです。<どこの、なんやら>は問題なしでした、というのがないのです。埼玉県の野菜は調査してOKなのか、調査していないのか、はっきりしないのです。“無用の不安をあおらないため”という逃げの常套手段が聞こえてきそうです。

 

*暗い話がつづきますので、少し明るく玄関先の水仙です。

*このごろ続く暗いブログを読んだ“宮崎県のまゆみさん”がメールで、“食料を宮崎から送りましょうか?”と。宮崎に避難するというのもあり、だなあ。

 

 


春日部ブックオフで150冊を3360円で売って、1冊“楼蘭探検”を700円で買った(2011.3.22)

2011-03-22 18:27:55 | Weblog

 *向かって左の山は買い取りません。“のだめのカンタービレ”があります。右の山が3360円。

 

 一昨日の息子が引っ越し時に、時間がなくて処分に困った本200冊ほどをウチに持ち帰えりました。

*息子の処分本のうち、ちょっと見てから処分を考えた分です。むろん即処分のマンガもありました。

 

 処分を依頼されていたこともあって、そのうちの小説や文庫本、マンガの計150冊ほどを、春日部ロビンソン近くのブックオフに持ち込みました。値付けに40分ほどかかるということです。
 ここのブックオフには、
3か月に1度くらい覗きます。もっぱら105円コーナーを見るだけです。

 半年前の芥川賞“乙女の密告”もきれいな本でしたが、105円でした。アンネ・フランクの話で、出てすぐ1200円で買って、このブログにも書きました。半年たって105円です。芥川賞純文学なんて売れないのでしょう。

 

*村上春樹の本が何冊かあって、ここらは定価の半額で売られるだろうと思っていましたが。

 持ち込んだ150冊ほどのうち120冊が計3360円でした。1冊平均で28円です。残りの30冊程は買いとってくれず処分してもらいました。つまり0円です。

 予想はしていました。だから息子のデザイン関係の本には、むろん私自身がおいておきたいものもありますし、価値のわかってくれる古本屋で売ろうと30冊ほどは持って来なかったのです。千駄木の古本屋に持ち込むつもりです。

 この際、ウチの本も大処分を決行してライトバンいっぱいにして売りに行くつもりです。

 

 40分ほど待っている間に、105円でない書棚も細かく見ていました。定価の半額です。もっと高い価値の本が持ち込まれたら、別の店に転売するのでしょう。23冊買ってもいいかなと思う本がありました。

 “楼蘭探検(朝日新聞楼蘭探検隊編)”;朝日新聞社198812月発行の2刷本を買いました。一般的には105円棚でもいいでしょうが、私は定価1300円でも買ったでしょう。

 つまり、150冊も持ち込んで3360円で売って、たったの1冊を700円で買ってしまったのです。

 

【おまけ】

*楼蘭探検というのは、朝日新聞東京創刊100周年、テレビ朝日開局30周年、日中平和友好条約締結10周年を祝う記念行事です。日本側29名、中国側140名。三菱パジェロ20台、三菱キャンタ2台、中国軍用車10台で、中国内陸部タクマクラン砂漠を走破、1988年10月2日に楼蘭に到達したのです。探検隊は、海事通信衛星インマルサットを陸上で使うという方法で、動静は日々、新聞・テレビで写真・音声で伝えられました。この通信方式には、ワタシも関わっていた、いや応援していたのです。

*これが700円で買った“楼蘭探検”です。朝日新聞社の報告書に相当する出版物です。持っていなかったので探していた時期もありました。1988年12月30日、朝日新聞社発行。

 

*左;テレビ朝日のディレクター・原一郎さんの“楼蘭からの手紙=楼蘭テレビ探検隊の記録”1989年1月20日発行。右;同行した椎名誠さんの“砂の海=楼蘭・タクマクラン砂漠探検記”1998年3月3月30日、新潮社発行。

 

*こちらは、それとは別の、朝日新聞第2次楼蘭探検の記録=はるかなる楼蘭;1991年9月20日、連合出版発行。団長は平山郁夫さん、夫人の平山美知子さん、椎名誠夫人の渡辺一枝さんも参加している。

 

*半年前の芥川賞“乙女の密告”を買って読んだ話は、ここに書いています。半年前に1200円は、今105円です。

 

http://blog.goo.ne.jp/geibunkyou/d/20101019

 


若者世代は都心に定住がベター。私ら世代の3時間通勤往復は生涯の無駄だった(2011.3.21)

2011-03-21 10:41:05 | Weblog

*東京スカイツリーの脇を通過(首都高速、3月20日午前7時30分頃)

 311大地震後の一週間、ガソリンを満タンにするために並んだと、このブログに書き続け“付和雷同型買いだめ”と思われたかもしれません。20日にクルマで遠出の予定があったのです。息子の引っ越し支援です。

 そもそも20日には越谷でのビッグバンド大会にでる予定があったのですが、大震災で主催者の越谷“市”のイベント自粛方針で中止になったのです。

 

 引っ越しは東京・馬込から独身1人分ですが業者を頼まず自力引っ越しです。クルマは、ワタシがいつも楽器運搬に使っているライトバン一台。引っ越し先は、渋谷駅に歩いても20分のワンルームのマンションです。

 独身ひとり分といっても6年も暮らせば、かなりの沈殿物でした。最後に雑多の物をライトバンいっぱいにして、春日部のウチにとりあえず、とりあえず運びます。運転は上の息子です。

*支援隊員BとCさん

 ワタシは引っ越しした下の息子と、渋谷>地下鉄半蔵門線>東武伊勢崎線>野田線で帰りました。電車の中の会話は、職住間の距離と時間のことになりました。息子から“毎日、片道1時間半って、大変だったねえ”と。

 ・・・・“なぜ、そんな遠くに住んだの?”と聞かれたように思い沈黙しました。前夜に徹夜で荷物を作った息子は眠りに落ちました。ワタシも眠ったら寝過ごします。

 

 この町、埼玉県郡部旧庄和町(現春日部市)に越してきたのは、たぶん1974年です。37年前です。30年間は、ここから東京・大手町に、往復3時間かけて通っていました。

 なぜ、この地を買ったのかと言われても、たいした理由はありません。出しても出しても“憧れの夢の公団住宅の抽選に落ちる時代”だったのです。超インフレ時代で“土地付き一戸建て幻想”もあったのでしょう。

“遠いとか、通勤ラッシュが苦痛だとか”思ったことはありませんが、なんにもない、図書館もない町でした。たぶん・・それもあって、帰宅は深夜、夕食不要がデフォルトの埼玉都民生活でした。

 

 引っ越しした下の息子の仕事は青山だから自転車で20分、上の息子は蒲田からお台場へ電車30分、の生活になります。

 30年間×往復3時間、一日24時間の中の3時間です。大きな無駄であったようにも思います。もっとも取り返しがつきません。若者世代が、この町を出て仕事に近い場所で住んで、時間を有効に使うことはいいことです。

 

 そうそう、ワタシもこの町に来る前、1970年~72年の3年間は、札幌の大通り公園直近(北一条西7丁目)に職住密接で住んでいました。4階の住居から2階の仕事場に通勤していました。通勤時間ゼロ。一緒に住んでいた、まだ若かった家人さんは、三越デパートで夕食材料を買っていました。

 

【おまけ】

*この町に住む知人のブロガーさんが、大地震・計画停電騒動による電車不通で、東京できれいなカプセルホテル(一泊3450円)に泊まって、“日々24時間分の4時間の無駄です。考え直さなきゃあと思った”と書いています。それで、わが生涯にも“ものすごく大きな無駄があった”と感じたのです。

*春日部市は、じりじりと人口が減っています。さもあらんと思います。それに伴って減っていく税収に対して、活気ある、魅力あるまちづくり、と行政はいっています。難しいでしょう。別のこと“何もないけど、静かな空気のきれいな春日部市”をうたう方がいいかもしれません。30年前の不動産屋の宣伝文句みたいです。


3.11大震災から一週間を越えて通常の日常に、NHKテレビも通常番組に(2011.3.19)

2011-03-19 18:29:34 | Weblog

 *“てっぱん”も再開です。

 連続テレビ小説“てっぱん”もはじまりました。“いいとこ、クライマックスで延期されていて、今日見ましたがしらけました”。
 計画停電の予定もなし。散歩に出ても、東武野田線が普通に走っています。スーパー・ヤオコーも賑わっていますが、これは通常の賑わいです。

 もう、この町の皆さんも、通常の顔を取り戻しているのでしょう。春の青空、暖かい陽気の一日でした。

 

【おまけ】

*×・×・×が続くワタシの予定表。この一週間は、家人以外の誰とも口を聞かない正真正銘の<引きこもり老人>でした。町に普通の賑わいがほしいのですね。

 

*この一週間、空白の一週間でした。私の持っていた予定、すなわち家人以外と話す機会は、すべてとりやめでした。

*春日部市役所は、早々に、公共施設、公民館の夜間の開館を中止しました。越谷市役所もそうでしょう。越谷で、学童保育・保育所を頼りに働くウチの娘から“給食がなくなったから、毎朝のお弁当作りが大変”とのメールが届きます。仕事を終わってスーパーに駆け込んでも、棚は空っぽで、牛乳はなし、だったでしょう。

 

*新聞の広告も散々です。自粛自粛です。公共団体主催のイベントは当分の間は自粛でしょう。5月の連休明けまではやれないでしょう。市民レベルでやりましょう。歌舞音曲のたぐいは、不謹慎と言われた<昭和から平成に変わった時>を思い出します。社会が縮んで暗くなっていかなければいいのですが。


3月20日に草加で大震災支援・元気を出そうジャズ・ライブを若い知人らが開きます(2011.3.18)

2011-03-19 12:17:36 | Weblog

*ピアノは明仁愛子さん

 

 若いジャズ好きやミュージシャンが、元気を出そうとジャズ・セッション・ライブを開きます。

 320日(日)オープン 13:00 スタート 13:30 クローズ 16:00

 会場;シュガーヒル(草加市住吉149tel;048-927-7489

 出演;鈴木正夫;トロンボーン

    明仁愛子;ピアノ

    桜井 理;ベース

   *楽器持参歓迎とのことで、飛び入りセッション参加も多そうです。

 ミュージック・チャージ1000円+オーダー

 売り上げの一部は、大震災支援にあてられます。

 シュガーヒルのホームページ;http://sugarhilljazz.jp/

 地図は、http://30min.jp/place/65083 にあります。支援ライブは、夜ではありません、昼です。

 

 【おまけ】

*ピアノの明神愛子さんは、私らスウィング・ベアーズのピアノさんです。わが家から徒歩5分ほどの所で育った“庄和っこ”さんです。

*今年(3月20日)は中止です。

*実は、越谷・春日部4ビッグバンド・ジャズ大会(0296 Music Fes.)が、320日に予定され中止になってしまいました。明仁さんのピアノが、この地域での最後の演奏になる予定だったので、私らスウィング・ベアーズもいつにも増して熱を入れていたのです。中止になってワタシ、意気消沈なのです。

*しばらくのお別れです。お元気で。また合いましょう(f)

*明仁愛子さんからのメールです。

 <もしよければ、サンシティでやるはずだった20日に、草加シュガーヒルで別のライブをドリキンの鈴木さんが企画してくれたので、いらっしゃることはできますか?ベースは越谷の櫻井さん(彼も三重にお引越し)が、お別れ会&元気だすためのライブ&セッションという趣旨、チャージは義援金に当てますオープン13:00スタート13:30~16:30チャージ1000円。セッションの楽器もってきてください。ということで、ご都合いかがでしょう?この状況ですから、実現できるか100パーセントのお約束はできないのですが>

*トロンボーンの鈴木さんは、ドリーム・スウィング・キングダム(春日部)、ベースの桜井さんは、オール・スウィング・ジャズ・オールスターズ(越谷)、そして、明仁愛子さんは、スウィング・ベアーズ(春日部庄和)。いずれも若手の腕利きメンバーです。さすが若者がすぐに立ち上がりました。いい話です。

*皆さん、ぜひお出かけ下さい。


大震災から一週間。ひとり一人が持ち場もち場でベストを尽くすだけです(2011.3.18)

2011-03-18 22:41:01 | Weblog

*並んだ、この先のENEOSの営業していませんでした(午前9時ごろ)

 311日(311)から1週間です。被災地から遠く離れた地では、すべてが止まったように感じます。襲われた悲惨にも、少しずつ回復への動きがでてきているようです。

 わが家から見つめているだけですが、やれることをやろうと思い始めています。

 

 まず、ウチのクルマのガソリンを満タンにすることです。朝早すぎてもダメです。根拠はありませんが、8時をターゲットに、16号沿い町内近場のスタンドをめざします。1分も走って車列の後尾につけます。ここで入れることができると感じながら、たらたら進んで30分。<売り切れ>です。そのまま16号を西へだらだら進んで、すぐに待ち車列の後尾につけます。ここでも30分ならんで<営業終了>。お先真っ暗の気持ちで、3つ目のスタンドへ。過去に2日、2000円分、1000円分と入れることができた小さなスタンドです。並んでいる、並んでいます。どこまでも走って、最後尾につけます。

 気分は<もう、どうでもいいや>です。朝食べずに出てきていて<おなかがすいたなあ>、クルマで待つことは何もすることができません。ラジオを点けます。ラジオは被災地への、全国からのメッセージを、次から次へと読み上げます。聞いていて涙ボロボロで沈鬱な気分になります。

 それでも時間さえたてば、少しずつ前には進みます。

*4時間並んでガソリンにたどり着きました(12時ごろ)

 入れてもらったガソリンは、2000円分。油量メーターが“Full”を指しています。力を取り戻します。これで動ける足は確保できました。

 

 ウチに戻ったら“甘いものが食べたくなって”、アンパン2個食べて、そのまま眠ってしまう。夕食の声を聞くまでぐっすり寝てしまいました、午後は熟睡してしまいました

 

【おまけ】

*今日、配達食品に入っていたCOOPのお知らせ。

*今日、金曜日はさいたま生協の配達日です。ウチは共同購入の荷受け場です。<入荷が少ないの理由で、欠品も多い>ようです。特に冷凍食品の欠品が目立ちます。昨日、木曜日は、生活クラブ生協の配達日でした。問題なかったのです。ビン入りの牛乳も問題なく配達されています。

*生活クラブ生協から玉子もビン入り牛乳もOKでした(昨日3月17日のウチのガレージ)

 

*ジャズの知人が、<元気を出そう、“義援金募集”ジャズ・セッション>を320日(日)午後に草加市のシュガーヒルで予定しています。詳しくは、このブログで別途お知らせします。


大震災7日目。春日部市庄和地域には停電なし、元の生活に戻ったのか(2011.3.17)

2011-03-17 17:36:01 | Weblog

*東武野田線に“電車が走っています”南桜井駅で。

 日ごろから引きこもり気味の高年者のワタシですが、電車動かず、クルマにガソリン問題という“動かないことがベター”という外圧があると、ちょっと落ち着きません。自由を奪われた感じです。

 朝からテレビを点けず、心穏やかにと、いい聞かせつつ、本を開きます。読書生活です。

 春日部市庄和地域は、第2ブロック。計画停電の予定は、1220分~16時。が、やっぱり停電はありません。

 15時頃、それでも散歩にでます。“お~~~っ、電車が走っています”。一週間ぶりにみる電車です。

 南桜井駅の掲示板をみると“歯抜け”の電車運行です。明日は?と聞いても、ちゃんとした返事がありません。これでは、電車で出かける予定もたちません。 

*ヤオコー駐車場はガラガラです(15時) 

*ヤオコーの棚にないもの、納豆、豆腐。 

*ホームセンターVIVAは、停電しなかったのに計画通りに閉店します。 

*超ご近所の調剤薬局です。 

 ウチに戻って、即テレビをON1630分頃です。海江田大臣が、この寒さの中、暖房使用が増加で大規模停電もさけられない・・とかなんとか。鉄道各社に“もっと間引け”と指示したとか。動かなくてもいい、私ら隠居爺さんは平気ですが、働かなきゃいけない現役さんは大変だろう、と思います。

 

【おまけ】 

*2011年3月17日日経夕刊一面。

*日本の社会はどうなっていくのでしょうね。国債という借金まみれの経済はどうなっていくんでしょうね。またまた非正規で働く人から順番に大きな影響が出てくるんでしょうね。引きこもっている間に、今後の動き方を考えてみたい。

 

*先のことなんかわからない。先のことを考えながら進めていくことなんかできないでしょう。もう私ら世代には、行き当たりばったりで問題なしでしょう。先の長い若者世代はそういうわけにはいきません。

 

*けっこう体力も残っているし、被災地ボランティア活動に行く方がいいな、とも思ってはみますが、現地に行けるガソリンがありません。まず明朝、ガソリンを探しにでかけるぞ。


大震災6日目。計画停電はあるのかないのか。予定の停電は今日も昨日もなかった(2011.3.16)

2011-03-16 23:42:49 | Weblog

*夜明け前に雨、ウチの近所の道路の水たまりに紅梅の花びら。

 今日も、昨日も、第2グループの当地、春日部市庄和地区に予定されていた計画停電はありません。予定の時間帯に予定のグループ全ての地域が計画されているわけではないようです。停電時刻は予定時間帯のどこかで、予定地域のどこかで、停電するぞという<予告だけのこと>のようです。
 リアルタイム・テレビででも、東京電力は、実際を、詳細に発表してほしい。

 やると言ったらやれよ、気分です。

 ボツボツ、計画停電はどうせないよ、“オオカミ少年”気分になります。

*計画停電予定時刻の15時には閉店します。停電はなかったが閉店(VIVAホーム)

 

 まあ、こんなこと、被災各地の実情や、原発をかかえる東京電力社内にしたら、まあ我慢領域のことでしょう。

 計画停電の予定がある限り、電車は動きません。わが町、春日部市庄和地域の陸の孤島状態は続きます。

 

【おまけ】

*ウチの近所で道路補修工事。“年度末だけど役所の仕事がなかったのですが・・・”と現場監督さん。

*実は、私の住むごく近くで、アスファルト下が、20センチほど陥没していたのです。たまたまご近所でクルマのタイヤが沈んで発見、今日、けっこう大規模に補修に入っていました。

*3月15日付け日経の相場面。太字の数字が並んで全面安です。

*原発事故が気にはなっていたのですが、テレビを点けないように過ごしました。今朝の新聞、相場面は真っ黒、全面安の展開です。一日中、日本経済、日本社会の先行きをぼんやり考えていました。

 

*3月17日(木)計画停電時刻;春日部市庄和地区>12時20分~16時