春日部の麦わら帽子店の先代社長の話を聞きながら(2014.1.30)

2014-01-30 11:22:06 | Weblog

*麦わら帽子の田中帽子店の先代社長のお話を聞きました。昨日(1月29日)。春日部市市民活動センターで、3か月に一度開かれている文化講座です。毎回出かけています。
誰でも知ってる麦わら帽子です。♪少年時代!の麦わら帽子です。田んぼの案山子がかぶってる麦わら帽子です。
岡山の山地で育ったワタシ、都会では無縁の麦わら帽子です。田んぼは二期作、冬は麦で、5月ごろに収穫<麦秋>です。ほとんどが大麦。麦わら、お風呂を焚くのは麦わらの束です。祖母は内職、麦わらで<真田(さなだ)>を編んでいました。ワタシも<編めます>。麦わら3本使う<さんぴら>、5本の幅広の<ごべた>・・・・方言か・・・今の世では死語でしょう。

田中帽子店は、明治13年創業。春日部は真田の産地でした。・・・戦前は、中南米に輸出・・・(そうか、春日部産だったのか???トリオ・ロス・パンチョスのソンブレロ)・・・田中さん80歳のお話は、とても興味深いものでした。農作業用、労働者用の麦わら帽子の印象が強かったのですが。

春日部高校は昭和28年に燃えました、火事です。田中さんは、春日部高校出身、陸上部です。多くは進学でしたが、<ワタシは家業を継ぎました>。麦わら帽子を持って<クルマ>で湘南、房総に行きました。作っても作っても,売れました。海水浴=麦わら帽子の時代です。それから私立の幼稚園が麦わら帽子でした。

今や、東南アジア産が、メイドインジャパンを圧倒しています。これからは、女性のおしゃれ用の帽子、新しい企画をが必要です。どういうニーズがあるのか、よくわからないのです。帽子のオーダーもやっていきたい、と。ブレード(帯状のもの)の加工技術の取得には、5年から10年かかります。灯を消さないようにしていきます。今、アート志向の若い人も入ってきています、とのことでした。

 ・・・・伝統工芸品、と言われることは、<むしろ邪魔になることがあります>と言われたように感じました。春日部市の伝統工芸品、麦わら帽子です。
*これも同社の製品、麦わら帽子です。
 【おまけ】
*田中帽子店には、ホームページがあります。新しい、伝統工芸品ではない意気込みが強く感じられます。http://tanaka-hat.jp/
 そこに、麦わら帽子の二大産地は、春日部と岡山県と書いています。
*今、春日部で、<麦>をつくっている田んぼを見かけません。冬の田んぼは遊んでいます。大麦、小麦、ビール麦の違いもわからないでしょう。
*ワタシらの若い時代に、<貧乏人は麦を喰え>と言って辞めさせられた総理大臣がいました。ワタシは、子どもの頃、麦を食べていました。<世間に恥ずべき?麦入り飯>だったのです。
*今また、わが家の飯【ライス】は、麦入りです。いや・・・もっともっとひどい!雑穀入りです。


反戦反核を歌ったピート・シーガーの訃報にバンジョーのホコリを払う(2014.1.29)

2014-01-29 17:40:00 | Weblog

*今日1月29日の朝刊に、フォークシンガー・ピート・シーガーの訃報がありました。94歳でした。大げさにいえば、ワタシもまた、彼の歌、彼の生き方に多少なりとも影響を受けたでしょう、・・・・と書くのは、少々恥ずかしいのですが。
 新聞、たぶん若い記者は、<ボブ・ディラン、ジョーン・バエズ、PPM、ブルース・スプリングティーンらに影響を与えた>と書いています。60年代の公民権運動を象徴する<ウィ シャル オーバー カム>、ベトナム戦争に抗議する<花はどこへいった>・・・などなど、ワタシも道ばたで歌っていました。
 もう何年も弾いていない、バンジョーを出してきて、ホコリを払ってみました。*朝日の2段記事と日経(共同通信の配信)の1段記事を貼っています。
*ピート・シーガーの2度目の来日は1967年。
  10月11日の大阪・フェスティバル・ホールでの公演に行きました。大阪労音(懐かしいヒビキ、ロ―オン、労働者音楽・・・)の主催。これは、その時に買ったプログラム・・・まだ、持っている・・・・。ワタシ、いや私ら世代は皆、歌うことで<社会を変えていく>と思っていたころのことです。

 ワタシ、1970年6月30日、つまり7月1日(特別な日です)の前の日の夜行列車で、大阪を離れます。当時は外国のように思っていた北海道、札幌に住むようになります。ギターもバンジョーも、持ち続けてはいましたが、・・・・もう遠くのことと、思っていました。

 ピート・シーガーの3回目の来日は、1986年(昭和61年)です。8月6日の平和式典への参加です。8月5日夜からオールナイトで<ヒロシマ・ピース・コンサート>、国際平和年で、国連広報部や外務省も後援という、今では、ゼッタイに考えられないコンサートだったのです。東京・新宿でも、8月1日に<ノー・モア・ヒロシマ・コンサート86>がありました。むろん出かけたわけではありません。

 ピート・シーガーは、<志>を持ち続けます。9.11<すぐ後>も集会で歌います。ときどき新聞が、小さく報道します。拾って切り抜いていましたが、その中のひとつ。朝日新聞2002年10月10日、ニューヨークのセントラル・パークに2万人が集まって<アメリカのイラク侵攻に抗議>しました。中心に、ピート・シーガーです。


娘が亡き父の詩集、春日部・越谷のロジカデザインから出版(2014.1.26)

2014-01-26 23:17:38 | Weblog

*先日、知人の中妻祐子さんが、亡くなったお父さんの詩集を出版したことを知りました。出版元は、ロジカデザイン。春日部・越谷を中心に事業展開している<紙媒体広報の編集制作会社>です。新事業として個人出版を始めるとのことです。

<娘さんが亡き父が遺した詩を詩集にする>と聞けば、高齢者のワタシには、それだけで、ぐっときてしまいます。詩集を編んだ娘さんのブログに載っている写真から、お父さんの詩の少しを、拾い読みすればなおさらです。

  中妻 昇詩集<声は曠野に>
  <父は、10年前に亡くなっているのですが、
    若いころから書きためていた詩の原稿がゴチャっと残されてまして、
    最近やっと編集し、本の形にまとめました。36篇の詩、72ページです>
      *    *    *
   <私がまだ10代のころ、詩作をしている父から
    よく原稿を見せられ、感想を求められたものです。
    正直、そのころの私にはよくわかりませんでした。
    ところが中年になった今では、言葉が、行間が、胸に響いてくるのです>

      子たちよ
      大きくなったら
      私の中に「友」を見出しておくれ
              (我が子よ;46ページ)

雪降りぬ 雪降りぬ この朝け
野も山も 野も山も 真白にぞ
音も無く 音も無く 敷き並(な)べて
新しき 雪降りぬ 雪降りぬ

音も無く 音も無く 天地(あめつち)に
あめつちに 我が思ひ 敷き並べて
わが思ひ 敷き並べて 征(ゆ)く朝に
新しき 新しき 雪降りぬ
         岩手縣釜石にて 出征の朝
         (新雪;9ページ)

   <最初に掲載した詩は、20歳のときに作った「雪降りぬ」。
    父は昭和20年1月に召集されました。
    勤め先の岩手県釜石から出征で東京に向かうため、
    花巻駅まで60キロ以上を歩いたそうです。
    雪のふりしきる真冬の山越え。
    その時に生まれた短い詩です。>

 【おまけ】
*ネットからの無断引用です。中妻さんは、福島県の人。ワタシ、岡山県生まれ、若いころ、70年代初に札幌で三冬、トシとってから長野市で二冬暮した経験はありますが、東北の冬、東北の、このような雪は知りません。20歳の若者が出征する朝の雪は悲しい。戦争はすべての人を悲しませます。<バンザイ バンザイ>のない、雪の朝です。
*ロジカデザインは、中妻祐子さんと小守谷律子さんの合同会社。詩集<声は曠野に>は、データ化DTP作業は中妻さん、ブックデザイン・装丁は小守谷さん。二人は、市民活動センターで、月に一度、<市民活動のための広報相談>をやっています。2月12日、3月12日。


春日部のまちバル=weバルのチケット2800円を買いました(2014.1.21)

2014-01-21 09:40:59 | Weblog

先週、春日部のまちバルのチケットを買いました。2月6・7・8日の<かすかべweバル>です。売り切れることはないでしょうが、はやばやと買いました。
春日部の商店街活性、<元気な街なか>への応援です。

春日部駅西口(w)と東口(e)の、地元飲食店を中心に、ほとんどのお店が参加しています。
つまり、6日、7日、8日の3日の中で、700円チケット4枚を使うことになります。参加店マップを広げて、<どう使おうか>と思案中です。ワタシ、3レンチャンで飲み歩くことは、まずありませんが、お昼は、ほぼ外食です。・・・・行ったことのない、ちょっと敷居の高そうなお店で、<weバル・サービスメニュー>を手始めにやってみよう・・・・、いつもランチに寄るお店は、どこでも使えるから無駄は生じません。残れば、後日使うことできるお店もあります。

バルは、<はしご酒>の<はしご>の意味だそうです。・・・もう一軒、もう一軒・・・・と帰りの電車を気にしていた・・・はしご・・・です。それが、やはり商店街活性化の基本です・・・。

越谷も、宮代も、杉戸も・・・埼玉全県各市で、街バルをやります、やりました。全国的な、流行りというか、オカミの施策なんでしょう・・・、まあ、なんでもいいですが。
ワタシ、2800円のチケットを買いました。

 【おまけ】
*三輪さん、かすなびの三輪祐子さんが、ひとりで、やっていた<まちコン>と、同じだな、と思ったりしています


春日部でシンシュン・シャンソン・ショー 早乙女弘枝さん(2014.1.19)

2014-01-19 23:55:03 | Weblog

*早口ことば、シンシュンシャンソンショーです。新春シャンソン・ショーがあります。歌うは、知人の早乙女弘枝さん。ピアノ伴奏、庄和の加集希世子さん。1月26日(日)夕刻6時30分~、会場;レストラン・カフェ 花ちる里。(写真は、昨秋 街角コンサートのおり、シャンソンを歌う早乙女弘枝さん)。夕刻、たそがれどきのお酒にピッタリのシャンソンです。
*これは、別のチラシ。早乙女さんは、春日部平和フェスティバルで、いつも歌ってくれる人でもあります。そのポスターいつも、たぶん20年以上作っている、知人・村上さんが描いた早乙女さん。

*こちら、2月22日(土)午後2時~4時の<春をよび平和を願うコンサート>。会場は、さいたま市民会館うらわ8階コンサート室。1500円。

 【おまけ】
*今日、市民活動センターで4時過ぎまで、会合があって、終わってお茶に、近くの<
花ちる里>に寄りました。ピアノ伴奏さんのお母さんと一緒です。ケーキ・テラミス付きになりました。

 


春日部の中学生が、現在の<放射線量徹底分析>を発表(2014.1.17)

2014-01-17 11:29:41 | Weblog


春日部市の庄和総合支所ロビーに豊春中学校科学部7人による、地震研究(放射線の徹底分析)PartⅢが、展示してありました。見ておこうとずっと思いながら、結局、展示最終日の1月14日に読んでみました。
まず、中学生の結論です。<・・・すなわち、震災直後には、福島第一原発事故の影響が春日部周辺にあったが、現在ほとんどないということが言える>・・・・よかった、よかった。

この展示は、小中学生の夏休みの宿題<自由研究>の、優秀作品のひとつでしょう。春日部中心部では、ふれあいキューブで、11月ごろ大々的にやっていたものの一部でしょうか。
春日部の放射線の観測・研究です。中学生の観察とはいえ、春日部市の放射線実測データを、市民が目にすることは、ほとんどありません。
<昨年度から引き続き、24年度~25年9月の放射線量を、春日部市立豊春中学校の校内で、屋内8か所、屋外6か所、計14か所の測定を行った>

*この研究課題にそって、報告されています。

ワタシは、フクシマ原発事故の影響が、春日部で、今(観測期間)どうなっているのか、だけが知りたかったのです。

*各月の平均の放射線量のグラフ(一部)です。
緑は、2010年(原発事故前)のさいたま市のデータ。青(2012年)、赤(2013年)の観測データで、結論部分には、
<今年度と昨年度の月ごと放射線量、さらに2010年(さいたま市)・・・・・以下次の写真のとおりです。
*<・・・すなわち、震災直後には、福島第一原発事故の影響が春日部周辺にあったが、現在ほとんどないということが言える。・・・・・・さいたま市でも震災直後に震災前と比べて放射線量が一気に上昇し、時間が経つにつれ、放射線量が減少していることがわかった。>、
*観測データは、0.2~0.05マイクロ・シーベルト/時あたりでしょうか。。

チェルノブイリの経験だったか、ひまわり畑が除染に効果的だといわれてきたが、この研究では<効果はない>と結論しています。

*この研究の最後に書かれている結論には、<・・・・・震災後の放射線量データも季節的な影響などを受けると思われるが、時間がたつにつれて放射線量が低下するなどの傾向はあまり見られなかった。>
そして・・・・・
このことから元々春日部が放射物質がたまりやすい地形であることが推測でき、震災事故の影響もあまり受けていないことがいえる>
う~~~ん、そうだったのか。


【おまけ】

*この会場には、中学生3,4点が掲示されていた。この豊春中学の研究には、<金紙>はもらえなかった。

*事故直後、市民が測定・発表するデータは、測定器の精度により正確さが問われることが多かったのですが、どうだったのでしょうね。事故発生時には、埼玉県全中学校には、教材として<放射線測定器が配備されていた>ようです。それを使って、事故直後に測定をされていた理科の先生も、きっといらっしゃるでしょう、その時期にこそ、発表してほしかったですね。

<のど元過ぎれば熱さも忘れる>です。久しぶりの、マイクロシーベルトです。その数値の意味合いも、<ぼんやり>です。だから、時には、最近の、公式発表値を新聞で確認する必要があるでしょう。

*日本経済新聞2014年1月8日付、


初釜のお料理はフードコーディネーターをめざす若い知人の作品(2014.1.13)

2014-01-13 19:59:18 | Weblog


昨日(1月12日)、家人社中の初釜のお祝い膳は若い知人が作りました。フードコーディネーターをめざしている知人です。お料理はそもそもアートですが、お料理の器、しつらいから、それをつつむ空間全体をアートにしたいと考えているようです。
<パーティなどのお料理を引き受けるお仕事をしたい>と思っている<計画中>さん、です。見事なアート作品になりました。


こちら、吸い物と八寸です。


本日のお料理の<おしながき>です。こだわりの食材をはじめ、ひとつひとつの意味合いが、ワタシの理解をはるかに超えているから<解説・コメント>はできません。
  【おまけ】
*前日からやって来て仕込みます。たぶん、あまり眠っていないでしょう。

*朝も、お昼もほとんど食べていないでしょう。終わって、ウチに戻って、<味見してないから>と、残ったものを山盛りにして食べていました。・・・おいしそう、です。お疲れ様でした。


知人の初釜の野田市旧茂木佐邸で、今年も道具運搬係(2014.1.12)

2014-01-13 12:50:53 | Weblog

1月12日(日)茶の湯好きの家人の初点(初釜)。お席は、隣のまち、千葉県野田市の旧茂木佐邸です。キッコーマン醤油本家のお屋敷でしょうか。国の登録有形文化財で、大林宣彦監督の映画ロケ地でもあります。
濃茶席は、茶室<松樹庵>。掛け軸は、帰馬干華山之陽 <馬を崋山の陽(みなみ)に帰す>=<この国も平和をとり戻せたので>今まで戦争に借り出されていた馬も不要になったので、山野に帰す、です。

濃茶席を、にじり口から出て、広間に戻ります。

*茂木佐邸のお庭から、お屋敷です。広間で、祝い膳(天心)をいただきます。


そうして薄茶。員茶(かずちゃ)で、みんなが、順番にお茶を点てます。

*新年が、いい年になりますように。おわりに記念写真です。

 【おまけ】

*裏方がいます。祝い膳は、知人の友人が、ほとんど寝ずにやったのでしょう。ワタシは、今年も道具運搬係、終わって、いつもの楽器運搬車で、これから帰ります。


春日部のまち映画ができるかもしれないな、と思った(2014,1.12)

2014-01-12 07:27:29 | Weblog


昨日(1月11日)、春日部で市民サロン・第18回ウィークエンドブランチがありました。 話題は、映画。<春日部で映画をみる、春日部で映画をつくる>です。*参加者は、ざっと40人。新春の初夢らしいお話でした。ゲストの藤橋さん(春日部高校から早稲田へ、38歳)が提唱している、まちで映画をつくる方法が、具体的に話され、・・・できそうだな、できるかもしれないな、実感しました。
・・・・しばらく、なんのために、何を目的にするのか・・・を考えてみよう。

*藤橋さんを紹介していただいたのは、ララガーデンのユナイテッド・シネマにおられれた、松尾未希さんです。ウィークエンド・ブランチに、駆けつけてくれました。不思議なつながりを生む、<ウィークエンドブランチ>です。

【おまけ】
*会場の、春日部市民活動センター(ぽぽら春日部)に、<藤橋さんと監督作品を紹介>と<春日部親と子の良い映画をみる会47年を紹介>したパネル展示をやっています。一週間延長し、1月20日まで展示します。ぜひ、ご覧下さい。
*藤橋さんの最新作、<グラス☆ホッパー>の東京での上映会が、今日(1月12日)、開かれます。会場は光塾です。昼夜5回上映。参加者の何人かは出かけるようです。<グラス☆ホッパー>は、こどもたちのラグビーのお話です。藤橋さんは、春日部高校では、<ラグビー部>でした・・・・昨日のお話にはなかったのですが

 


春日部で映画を語り合うサロンが1月11日に、ウィークエンドブランチ(2014.1.9)

2014-01-09 23:57:19 | Weblog


1月11日(土)10時~、映画を語り合う市民サロンが開かれます。会場は、春日部市市民活動センター(ララガーデン隣)。市民グループ・春日部まちづくり応援団が、月一回開催しているサロン<ウィークエンドブランチ>です。予約不要、ふらりと出かけ、コーヒー片手に楽しみながら、刺激をもらう、気楽なサロンです。

今月の話題は、<映画を観る楽しみ、映画を創る楽しみ>、<まちで映画を観る、まちで映画をつくる>
ゲストは、藤橋 誠さん。春日部高校OBさんで、映像ディレクターで、映画監督、です。<まち映画>を提唱しています。<まち映画>は、地域住民が、発案・出資し、出演者を主にオーディションで選び、その地域で撮影する映画です。
藤橋さんが手がけた映画を上映しながら、まち映画の実践を話していただきます。

*今、市民活動センター(ぽぽら春日部)の交流スペースでは、ウィークエンドブランンチに連動して、<藤橋 誠さん世界の紹介>展示が始まっています。

ゲストは、もうひとり。<春日部親と子のよい映画をみる会>活動、実に47年続けている川島みつ子さん。映画の自主上映活動です。
春日部で映画をみるという環境もすっかり変わりました。映画館はなくなりました・・・・が、シネコンプレックスがふたつもできました。コーヒー片手に、春日部で映画をみる今昔を思うもよし、映画をみる楽しみ、創る楽しみ・・・を思うのもよしです。
*こちらは、<春日部親と子のよい映画をみる会>の展示。47年間の上映映画リスト、ポスターが掲示されています。

 【おまけ】
*皆さん、ぜひお出かけ下さい。参加費200円、美味しいコーヒー・手作りクッキーも楽しめます。


新年は、助け合い、の年にしようと誓う?(2014,1.7)

2014-01-07 23:40:26 | Weblog

今日は、正月も7日。昨日から、ウチに来ている5年生の孫が、書き初め、いや宿題をやっていきました、
越谷市の5年生の御題は、<助け合い>です。
<助け合い>、いいね、です。
よし、今年の目標は、助け合いでいこう、と、ジージは思いました。
昨年の流行語<おもてなし>=表無し・裏ばかり、よりいいね、です。。
・・・・どうにか、提出の5枚を書き上げて、戻っていきました。
明日から、学校が始まります。
ワタシも、始動しなければ、いかんでしょう。


 【おまけ】
*今年は、賀状の一枚も書かずに年を越しました。体調不良であったわけでもなく、そうなってしまったのです。元日から、受け取った賀状に、お詫びを書きながら返信。なんと、正月7日、今日やっと終わりました。だから、いただいた人だけに書いたことになります来年は、年に一度の、安否確認、消息確認はなくなり、ぐ~んと少なくなるでしょう。


春日部小渕の観音院で仁王さんに睨まれて山門の修復を考えます(2014.1.2)

2014-01-02 23:50:12 | Weblog

*正月2日、わが家も静けさをとり戻し、一日遅れの元朝参り。小渕の観音院に参りました。12月の円空仏にも来てもらったウィークエンド・ブランチの縁で、次の住職さんを知り、初参りを決めていたのです。
国道4号線を北へ、16号線との交差点を超えるとすぐです。左方向に見えてきます。

*観音院の山門(仁王門)です。春日部市最古の建物です。クルマも10台ぐらいは、停められるでしょう。

*東北大震災の揺れで、損傷がひどく、山門を通りぬけることはできません。春日部市の大事な文化財です。修復に、市民であるワタシも応援したいと、住職さんと話しながら思っていました。

*観音院は、地域の観音霊場です。正賢寺というお寺ですが、それは、明治になってからのこと。本来は、神仏混淆の修験寺院だったようです。

 【おまけ】
*ここは、松尾芭蕉が<奥の細道>第一夜を過ごしたとの伝説のある所でもあります。芭蕉の句碑があります。<毛のいへば 唇さむし 秋の風>とかろうじて読み取れます。もの言えば、唇寒し、秋の風・・・・・・。数ある芭蕉の句の中から、句碑にこの句を選んだのは、なぜだろうと思いながら、帰途につきました。

 


正月らしさは新聞の厚さだけ、新春恒例の各紙トップ記事比較(2014.1.1)

2014-01-01 12:19:52 | Weblog

 
2014年が明けました。昨日から孫3人を預かっているので、奔放な孫だけのお泊りで、昨日から大騒動つづきの元日です。快晴、暖かいのですが、元朝一番の初参り、・・・中止、今年は、ご近所の香取神社のご加護は期待できそうにありません。
それでも、新春恒例のコンビニへ。<今年も・・・>と最初の挨拶は、コンビニのオヤジからです。・・・・・このところ、コンビニ依存を高めているので、しょうがないか。

新聞各紙を買います。
元日の新聞のページ建てを比較したくなるのも、30年以上しみついた習慣です。
広告がどれだけ、とれたかは、景気をの状態をあらわします。

日経;48+16+8+20+16      =108ページ
朝日;40+40+4+8+8+8+8+8=124ペ―ジ
読売;40+28+16+4+12+4   =104ページ
東京;32+16+8             =56ページ
埼玉;20+20+20+20         =80ページ

一面トップ記事は、各新聞社の姿勢・主張を表しています。並べてみると一目瞭然といえるかもしれません。
ついでに、社説の<見出し>だけ拾っておきます。
日経;飛躍の条件を伸ばす。変わる世界に長期の国家戦略を
朝日;政治と市民。 にぎやかな民主主義に
読売;日本浮上へ総力を結集せよ。「経済」と「中国」に万全の備えを
東京;人間中心の国づくりへ
埼玉;(社長の年頭のあいさつ)

もう、いつものことですが、毎日新聞は、コンビニに置いていません。
新聞はどれでも同じ・・・・ということはありません。
メディア・リテラシイだったかなあ、この頃、こんな言葉も流行らなくなったなあ。

【おまけ】
*年賀状の配達は、この頃早い、今朝も7時過ぎには配られたようです。その中の一通です。

*今年、年賀状を一通も書かずに、年越してしまいました。この頃、ブログを書かなくなって、<心配してくれる>人が、ここにもいます。大丈夫ですよ、とは思ってはいるのですが。
*それに年賀状も、家人の方が多くなってきました。それでも、賀状の返事を書かねばなりません。