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金正日の死による国家葬儀委員会の構成について(下)

2011-12-28 01:50:06 | 韓国・北朝鮮
(「上」はこちら

 金日成が死亡した際の国家葬儀委員会の序列は、党政治局常務委員、党政治局員、党政治局員候補の順であり、次に党中央委員会書記が位置し、そして副首相へと続いていた。
 しかし、昨年の党代表者会で選出された現在の党中央委書記は、全て政治局員または政治局員候補との兼任であり、専任の書記は存在しない。
 今回の国家葬儀委員会では、3名の軍人をはさんで5名の副首相が続いている(党政治局員または党政治局員候補を兼ねている副首相3名はより上位に位置している)。ただし、財政相を兼任していた朴寿吉副首相の名は、この名簿には見当たらない。

29 呉克烈 国防委副委員長 大将 43
30 金鉄萬 最高人民会議代議員 党中央委員 47
31 李乙雪 元帥 党中央委員 48
32 全河哲 党中央委員 副首相 121
33 康能洙 党中央委員 副首相 -
34 盧斗哲 党中央委員 副首相 国家計画委委員長 122
35 趙炳柱 党中央委員 副首相 機械工業相 124
36 韓光復 党中央委員 副首相 電子工業相 124
37 白世鳳 国防委員 44


 康能洙の名は趙明禄死亡時の国家葬儀委員会の序列には見当たらないが、他の4名の副首相の序列が大幅に上昇しているのは、趙明禄が軍人のトップであったために非軍人は低く抑えられていたのか、それとも単に金日成の時の前例を踏襲したのか。

 29位の呉克烈は、金正恩に近いと見られ近年台頭した李英鎬ら「新軍部」と比較して、「旧軍部」の代表格とされる。
 朝鮮日報は、次のように報じている。 

 軍部の中心にいる実力者、呉克烈(オ・グクリョル)国防委員会副委員長に従う勢力も注目対象だ。呉克烈グループは、張成沢氏の勢力に対する対抗軸であり、金正恩氏の異母兄の金正男(キム・ジョンナム)氏を支持しているとされる。韓国政府系シンクタンク、世宗研究所の鄭成長(チョン・ソンジャン)首席研究委員は「呉克烈氏は、金正恩氏による後継が確実となった昨年9月の党代表者会で、党政治局にも党中央軍事委にも加われないという屈辱を味わった。呉氏が金正恩後継体制の構築に消極的だったためだ」と分析した。呉氏は偽造紙幣や麻薬取引などを統括する「党39号室」の実質的管理者だったが、金正恩氏の最側近である金英哲偵察総局長が約2年前、その金づるを断ったとされる。そこには呉氏をけん制し、無力化する狙いがあったと受け止められている。


 30位の金鉄萬と31位の李乙雪は、金日成の抗日パルチザンに参加した、軍の元老格。
 37位の白世鳳は、前掲平井著によると、軍需産業などを統括する第二経済委員会の委員長を金鉄萬の後任として務めているという。

 このあとは、党・国家の各部門の責任者、党の地方組織の責任者が位置し、軍人がそれに続く。

38 李英秀 党中央委員 党勤労団体部長 128(平井著では李永秀と表記)
39 崔希正 党中央委員 党科学教育部長 129
40 呉日晶 党中央委員 党軍事部長 130
41 金正任 党中央委員 党中央委歴史研究所長 131
42 蔡喜正 党中央委員 党文書管理室長 132
43 金基龍 党中央委員 労働新聞責任主筆  163
44 張炳奎 党中央委員 最高検察所長 169
45 金炳律 党中央委員 最高裁判所長 168
46 洪仁範 党中央委員 党平安南道委責任書記 141
47 李萬建 党中央委員 党平安南道委責任書記 143
48 朱永植 党中央委員 党慈江道委責任書記 141(平井著では朱英植と表記)
49 郭範基 党中央委員 党咸鏡南道委責任書記 148
50 呉秀容 党中央委員 党咸鏡北道委責任書記 147
51 盧培権 党中央委員 党黄海南道委責任書記 144
52 朴太徳 党中央委員 党黄海北道委責任書記 145(平井著では朴泰徳と表記)
53 金煕沢 党中央委員 党両江道委責任書記 149
54 姜陽貌 党中央委員 党南浦市委責任書記 142(平井著では姜陽模と表記)
55 林景萬 党中央委員 党羅先市委責任書記 150
56 金京玉 党中央軍事委員 党組織指導部第一副部長 大将 34
57 金明国 党中央軍事委員 軍作戦局長 大将 33
58 金元弘 党中央軍事委員 軍保衛司令官 大将 35
59 玄哲海 国防委局長 大将 45
60 韓東根 党中央委員 軍総政治局宣伝部長 上将 54
61 趙慶 党中央委員 最高人民会議代議員 55(平井著では趙慶哲と表記)
62 朴在京 党中央委員 人民武力部副部長 大将 56
63 辺仁善 党中央委員 上将 57
64 尹正麟 党中央軍事委員 軍護衛司令官 大将 40
65 鄭明都 党中央軍事委員 軍海軍司令官 大将 36(平井著では鄭明道と表記)
66 李炳哲 党中央軍事委員 軍空軍司令官 大将 36(平井著では李炳鉄と表記)
67 崔相黎 党中央軍事委員 上将 41
68 金英哲 党中央軍事委員 軍偵察総局長 上将 39
69 姜杓永 党中央委員 中将 76(平井著では姜杓栄と表記)
70 金炯龍 党中央委員 上将 76(平井著では金亨龍と表記)
71 李勇煥 党中央委員 上将 79(平井著では李鎔煥と表記)
72 金春三 党中央委員 上将 最高人民会議代議員 80
73 崔京星 党中央軍事委員 大将 42
74 李明秀 国防委行政局長 大将 46


 趙明禄死亡時の国家葬儀委員会と比べ、やはり党幹部の順位が大幅に上昇し、軍人がそれに続いている。
 また、序列中、党中央委員と党中央軍事委員が混在している。
 金正日は、以前から党中央軍事委員ではあったが、2009年に初めて党中央軍事委員「長」の肩書きを用い、昨年の党代表者会では金正恩と李英鎬が党中央軍事委副委員長に、金永春、張成沢ら16名が党中央軍事委員に選出された(金正恩は、政治局及び書記局にはポストを得ていない)。さらに党規約改正により党中央軍事委員会の権限を強化した。これらは、国防委員会に代えて、党中央軍事委員会に軸足を置いた統治への動きとも考えられるが、にもかかわらず、今回の党中央軍事委員の序列が必ずしも高くないことは注目すべきだろう。

 なお、2007~2009年に軍総参謀長を務め、その後第4軍団長として昨年の延坪島砲撃事件の責任者とされる金格植は、趙明禄死亡時の国家葬儀委員会では78位だったが、今回の国家葬儀委員会には見当たらない。
 金格植については、先月更迭説も報じられている。

75 全煕正 党中央委員 -
76 李永吉 党中央委員 最高人民会議代議員 中将 81
77 玄永哲 党中央委員 中将 83
78 崔富一 党中央軍事委員 軍副総参謀長 大将 38(平井著では崔富日と表記)
79 楊東勲 党中央委員 少将 84
80 李鳳竹 党中央委員 上将 85(平井著では李峰竹と表記)
81 金松哲 党中央委員 最高人民会議代議員 少将 89
82 朴光徹 党中央委員 91(平井著では朴広徹と表記)
83 李炳三 党中央委員 朝鮮人民内務軍政治局長 70
84 全昌復 党中央委員 中将 62(平井著では全昌福と表記)
85 呉琴鉄 党中央委員 前軍空軍司令官 63
86 金仁植 党中央委員 67
87 金成徳 党中央委員 上将 71
88 呂春錫 党中央委員 -
89 朴勝源 党中央委員 上将 軍副総参謀総長 86
90 李容哲 ?


 75位の全煕正は、ANN中国総局の特派員によると、金正日の「身の回りの世話を担当するトップ」だという。

 83位の李炳三が所属する朝鮮人民内務軍とは、昨年の聯合通信の報道によると、朝鮮人民警備隊を改称したものだという。ウィキペディアによると、朝鮮人民警備隊とは国境警備隊であり、正規軍と警察の中間に当たるものだという。
 一方、産経新聞は今年10月、秘密警察である「国家安全保衛部」や一般警察を管轄する「社会安全部」を取り締まる特殊治安機関「朝鮮人民内務軍」が新設され、金正恩が掌握しているとの情報があると報じている。

 90位の李容哲は、同名の党組織指導部第一副部長がいたが、2010年4月に死亡している。
 趙明禄の国家葬儀委員会序列167位にある李勇哲(党中央委員、金日成社会主義青年同盟第一書記)か?

 軍人に続いて閣僚が現れる。

91 朴宜春 党中央委員 外相 152
92 金亨植 党中央委員 石炭工業相 153
93 金泰峰 党中央委員 金属工業相 154
94 全吉寿 党中央委員 鉄道相 155
95 李務栄 党中央委員 化学工業相 156
96 安正秀 党中央委員 軽工業相 157
97 李龍男 党中央委員 貿易相 158
98 柳英燮 党中央委員 逓信相 160
99 朴明哲 党中央委員 体育相 161
100 金勇進 党中央委員 教育委委員長 159
101 張徹 党中央委員 国家科学院長 162
102 成自立 党中央委員 金日成総合大学総長 171
103 金貞淑 党中央委員 対外文化連絡委委員長 166
104 姜東允 ? -
105 金炳鎬 党中央委員 朝鮮中央通信社長 164
106 車承洙 党中央委員 朝鮮中央放送委員長 164
107 梁萬吉 平壌市人民委委員長 170


 108位以下は、趙明禄の国家葬儀委員会には見当たらない人物が大幅に増える。知名度も低い人物が多い。
 個々に役職を調べるのも大変なので省略し、私でも知っている若干の人物についてのみ触れておく。

121 朴奉珠 党軽工業部第一副部長 党中央委員候補 135


 前々首相。化学工業相を経て、洪成南に代わって2003年首相に就任。党中央委員ですらなく異例の起用だった。2007年解任、左遷されたが、昨年復権が伝えられた。経済改革派と評される。
 朴奉珠は化学工業相の前にも党軽工業部副部長を務めている。党軽工業部と言えば、金正日の実妹、金慶喜が長年部長を務めている。朴奉珠の復権(あるいは首相就任も?)はその人脈によるものなのかもしれない。
 ちなみに、朴奉珠の後任の首相を務め、昨年解任された金英逸(元陸海運相)は、趙明禄の国家葬儀委員会にも今回の国家葬儀委員会にも含まれていない。

163 金桂官 第一外務次官 -


 金桂寛、金桂冠とも表記される。いわゆる6か国協議の北朝鮮代表を務める。国際的な知名度は高いだろうが国内の序列はこのように低い。

 名簿の末尾は次の2名。


231 金永大 朝鮮社会民主党委員長 最高人民会議常任委副委員長 126
232 柳美英 天道教青友党委員長 朝鮮天道教会中央指導委員長 127


 朝鮮社会民主党と天道教青友党。この2党は、政治的な役割を何ら果たしていない、名目上だけの政党である。中国のいわゆる民主党派などと同様の存在である。
 金永大の前に社会民主党委員長を務めた金炳植は、もともと朝鮮総聯の幹部であった。副議長まで上り詰めたが問題を起こして本国に召還され、その消息は途絶えていたが、金日成政権の末期に突如国家副主席、社会民主党委員長として復権した。金日成の国家葬儀委員会では序列7位に位置した。
 金炳植の死後、同党の委員長となった金永大は、金炳植ほどの高位ではなかったものの、2003年の建国55周年閲兵式では33位、2008年の建国60周年閲兵式では23位であった。現在でも、葬儀委員会序列10位の楊亨燮と共に最高人民会議常任委副委員長を務めている。形式的な国家元首の役割は、序列2位の金永南・最高人民会議常任委委員長が果たしているのだから、金永大と楊亨燮は副大統領的立場にあると言えるはずである。
 柳美英は、韓国の朴正煕政権で外相を務めた崔徳新の妻である。1986年、崔とともに北朝鮮に入り、崔の死後、1993年から天道教青友党の委員長を務めている。金日成の国家葬儀委員会では39位、2003年の建国55周年閲兵式では34位、2008年の建国60周年閲兵式では24位であった。
 しかし、この両名の序列は、昨年の趙明禄の国家葬儀委員会において著しく低下し、さらに今回の国家葬儀委員会においては最下位に位置している。
 これは、現在の北朝鮮の実力者にとって、彼らの存在意義がもはやその程度のものでしかないことを示しているのだろう。


金正日の死による国家葬儀委員会の構成について(上)

2011-12-27 00:40:24 | 韓国・北朝鮮
 国家葬儀委員会の名簿が19日に発表された。これについて次のような報道があった。

国家葬儀委の序列、1位は金正恩氏 2位は金永南氏

 朝鮮中央テレビなどは19日、金正日総書記の葬儀を取り仕切る国家葬儀委員会の232人の名簿を発表した。ラヂオプレスによると、後継者とされる金正恩・朝鮮労働党中央軍事委員会副委員長が序列第1位。金永南・最高人民会議常任委員長、崔永林首相、李英浩・軍総参謀長、金永春・人民武力相らが続いた。


長男、次男の名前なし 北朝鮮の国家葬儀委名簿

 北朝鮮の金正日総書記の死去に関連し、朝鮮中央通信などが19日報じた国家葬儀委員会の名簿には、金総書記の長男、正男氏と次男、正哲氏の名前はなかった。金総書記の実妹で朝鮮労働党の金慶喜部長は14番目のメンバーに含まれていた。

 正男、正哲の両氏は金総書記の親族だが、後継者の金正恩氏や金部長のように党などで公式の要職にも就いていないとみられることから、名簿には記載されなかったもようだ。(共同)


 しかし、国家葬儀委員会の名簿それ自体を示したものは見当たらなかった。

 韓国紙の日本語サイトを見ると、もう少し詳しい報道もあったが、やはり名簿自体は掲載されていない。

 ふと思いついて、朝鮮総聯の機関紙、朝鮮新報のサイトを見ると、232人全員のリストが次のように掲載されていた。

国家葬儀委員会を構成

国家葬儀委員会が17日に構成された。国家葬儀委員会のメンバーは次のとおり。



金正恩同志

金永南、崔永林、李英鎬、金永春、全秉浩、金国泰、金己男、崔泰福、楊亨燮、姜錫柱、辺英立、李勇武、金慶喜、金養建、金永日、朴道春、崔龍海、張成沢、朱奎昌、金洛姫、太宗秀、金平海、金正角、禹東則、金昌燮、文景徳、李泰男、呉克烈、金鉄萬、李乙雪、全河哲、康能洙、盧斗哲、趙炳柱、韓光復、白世鳳、李英秀、崔希正、呉日晶、金正任、蔡喜正、金基龍、張炳奎、金炳律、洪仁範、李萬建、朱永植、郭範基、呉秀容、盧培権、朴太徳、金煕沢、姜陽貌、林景萬、金京玉、金明国、金元弘、玄哲海、韓東根、趙慶、朴在京、辺仁善、尹正麟、鄭明都、李炳哲、崔相黎、金英哲、姜杓永、金炯龍、李勇煥、金春三、崔京星、李明秀、全煕正、李永吉、玄永哲、崔富一、楊東勲、李鳳竹、金松哲、朴光徹、李炳三、全昌復、呉琴鉄、金仁植、金成徳、呂春錫、朴勝源、李容哲、朴宜春、金亨植、金泰峰、全吉寿、李務栄、安正秀、李龍男、柳英燮、朴明哲、金勇進、張徹、成自立、金貞淑、姜東允、金炳鎬、車承洙、梁萬吉、尹東絃、高兵現、李奉徳、朴鍾根、崔英徳、鄭仁国、全龍国、李兄根、黄順姫、白桂龍、金銅日、金東二、李載逸、朴奉珠、鄭明鶴、姜寛一、黄炳誓、権赫奉、洪承武、金禹鎬、韓蒼純、李春日、李太燮、趙誠煥、董永日、李昌漢、高秀一、李国俊、申勝訓、李太鉄、楊仁国、李煕守、李哲、玄相主、李明吉、盧成実、董正浩、姜民哲、金煕栄、趙永哲、黄鶴源、安東春、白龍天、洪光淳、李洙?〔土へんに庸〕、金永浩、方利順、崔春植、李済善、李常根、李弘燮、車用明、姜官周、太亨徹、金秉勲、金桂官、韓蒼男、金昌明、全昌林、呉鉄山、孫清男、鄭雲学、車慶一、姜技燮、崔大日、崔永道、李用柱、田光緑、李燦火、徐東明、全成雄、池在龍、金英才、李容浩、洪瑞憲、金東日、金銅銀、金鳳龍、趙才英、崔燦健、廉仁允、金践豪、張虎賛、宋光鉄、李基洙、李鍾式、崔賢、張明学、姜炯峰、金忠傑、金龍光、崔冠峻、張永杰、金明植、許成吉、努光鉄、鄭峰根、朴昌範、崔奉湖、鄭夢必、全京鮮、李成権、崔、金泰文、金英淑、車進順、李民哲、李日男、金昌洙、朴明順、崔培進、金鉄、沈哲戸、呉龍一、桂永三、劉賢植、高明希、方用旭、張丁宙、許光旭、智東植、鄭鳳錫、崔権秀、金永大、柳美英


 「金正恩同志」だけ、一行空けて太字で記されている。

 この232人が、現時点での北朝鮮の最上位層ということになるのだろう。

 今年出版された、平井久志『北朝鮮の指導体制と後継』(岩波現代文庫)の巻末には、資料として、昨年11月に趙明禄国防委員会第一副委員長(当時の北朝鮮の軍事部門のナンバー2)が死亡した際に設けられた国家葬儀委員会のメンバー171人の名簿が収録されている。
 これと、今回の国家葬儀委員会のメンバーを比較して、現時点での北朝鮮の最上位層の構成について検討してみた。

 なお、役職の記載はもっぱら同書に拠る。その後の役職の異動については、私はそれほど北朝鮮についての報道をウォッチしているわけではないので、漏れがあるかもしれない。
 頭の数字は今回の国家葬儀委員会の序列、末尾の数字は趙明禄死亡時の国家葬儀委員会の序列である。

1 金正恩 党中央軍事委副委員長 党中央委員 大将 2
2 金永南 党政治局常務委員 最高人民会議常任委委員長 3
3 崔永林 首相 党政治局常務委員 4
4 李英鎬 党政治局常務委員 党中央軍事委副委員長 総参謀長 次帥 5
5 金永春 党政治局員 人民武力部長 党中央軍事委員 次帥 6
6 全秉浩 党政治局員 内閣政治局局長 内閣党委責任書記 国防委員 7
7 金国泰 党政治局員 党中央委検閲委員長 8
8 金己男 党政治局員 党中央委書記 党宣伝扇動部長 9
9 崔泰福 党政治局員 党中央委書記 最高人民会議議長 10
10 楊亨燮 党政治局員 党中央委書記 最高人民会議常任委副委員長 11
11 姜錫柱 党政治局員 副首相 12
12 辺英立 党政治局員 最高人民会議常任委書記長 13
13 李勇武 党政治局員 国防委副委員長 次帥 14


 ここまでは、趙明禄死亡時の国家葬儀委員会の序列と全く同じである。

 趙明禄死亡時に15位だった朱霜成(当時、党政治局員、国防委員、人民保安部長、大将、最高人民会議法制委員長)は、2011年3月に人民保安部長を解任されたと報じられた(リンク先の記事では朱相成と表記)。
 
 同じく16位だった洪石亨(当時、党政治局員、党中央委書記、党計画財政部長)は、2011年6月に書記を解任され、その後の消息は不明。中国式の改革開放を唱え粛清されたとも報じられている(リンク先の記事では洪錫亨と表記)。

14 金慶喜 党政治局員 党軽工業部長 大将 17
15 金養建 党政治局員候補 党中央委書記 党統一戦線部長 18
16 金永日 党政治局員候補 党中央委書記 党国際部長 19
17 朴道春 党政治局員候補 党中央委書記 20
18 崔龍海 党政治局員候補 党中央委書記 党中央軍事委員 大将 21
19 張成沢 党政治局員候補 国防委副委員長 党行政部長 党中央軍事委員 22


 14位の金慶喜は金正日の実妹、19位の張成沢はその夫である。金正恩の後見人的存在とされるが、序列はそれほど高くない。

 『週刊文春』2011.12.29号は、「実質的なナンバー2」であり、金正日の死後は最高位に上がるだろうとの「北朝鮮ウォッチャー」による観測もあった張成沢が19位にとどまったのは、金正日の死後、張成沢の権力が失墜したためである、序列4位の李英鎬総参謀長率いる「軍事部門が金正恩を完全に取り込んだという観測が、北朝鮮ウォッチャーの中に流れている」――との記事を載せているが、そんなウォッチャーがいるとは信じがたい。
 1年前に李英鎬は5位、張成沢は22位だったのだから、両者の序列はさほど変わっていない。張成沢がいかに「実質的なナンバー2」であれど、金永南をはじめとする老幹部たちをごぼう抜きにしてトップに躍り出るなど、近年の北朝鮮の権力構造をある程度観察していれば有り得ないことがわかるはずだからだ。
 
 もっとも、李英鎬は党政治局常務委員や次帥の中では比較的若く、その台頭は注目すべき要素ではある。だがこれも、軍のトップを序列の最高位クラスに取り込むという点では、金日成時代末期の呉振宇や金正日時代初期の崔光、そして崔光死後の趙明禄のポジションを継いだにすぎないのではないだろうか。

20 朱奎昌 党政治局員候補 国防委員 党機械工業部長 党中央軍事委員 23
21 金洛姫 党政治局員候補 副首相 25
22 太宗秀 党政治局員候補 党中央委書記 党総務部長 26
23 金平海 党政治局員候補 党中央委書記 党総務部長 27
24 金正角 党政治局員候補 国防委員 軍総政治局第一副局長 党中央軍事委員 大将 29
25 禹東則 党政治局員候補 国防委員 党中央軍事委員 国家安全保衛部第一副部長 大将 28
26 金昌燮 党政治局員候補 国家安全保衛部政治局長 31
27 文景徳 党政治局員候補 党中央委書記 党平壌市委責任書記 32
28 李泰男 党政治局員候補 副首相 24


 趙明禄死亡時の国家葬儀委員会で30位だった朴正順(党政治局員候補、党組織指導部第一副部長)は2011年1月に死亡。金正日が花輪を送ったと報じられた。

 ここまでは、トップの金正恩を除いて、党政治局常務委員→党政治局員→党政治局員候補という党幹部の序列に全く従っている。
 これは金日成が死亡した際の国家葬儀委員会の序列と同じでもある。
 金正日は、「先軍政治」を掲げ、国防委員長の職をもって国家を統治したが、北朝鮮は昨年の党代表者会による党指導部の再編により、金日成時代の党の指導する国家に形式的には復帰したと言えるだろう(党代表者会開催前は、政治局員や同候補、中央委書記はほぼ金日成時代に選出されたメンバーのままであり、死亡による減少が著しく、国政における機能も判然としなかった)。

 ここからの序列は、必ずしもそのような明確な基準には基づいていない。また、趙明禄死亡時の国家葬儀委員会の序列ともかなり異なるものとなっている。
続く

金正日の死に思ったこと

2011-12-22 01:20:51 | 韓国・北朝鮮
 人間、いつかは死ぬ。

 金正日も、私の目の黒いうちには死ぬのだろうと思っていた。
 脳卒中で倒れたこともあったし、そう遠くないことかもしれない。
 しかし、最高水準の医療を受けることも可能な男だ。
 まだしばらくは金正日体制が続くのだろうと、漠然と思っていた。

 だから、突然の訃報には強い衝撃を受けた。

 2006年の核実験の時だったか、テレビのニュース番組のインタビューで、大阪の生野区あたりの在日の老女が、「北朝鮮は地球の恥です!」と吐き捨てるように言っていたのが、未だに強く印象にのこっている。
 人民を飢えさせてでも、核兵器保有を強行した国家指導者。
 権力闘争や瀬戸際外交には長けていても、国を富ませるすべを知らなかった指導者。
 一度も戦ったことがないにもかかわらず、軍と連携して父の死後の体制を固めた「将軍様」。
 共産主義国の中でもまれに見る異常な個人崇拝を推し進め、国を一族の私物と化した男。
 ラングーン事件や大韓航空機事件のような大規模テロを起こし、日本人拉致をも指令したとされる男。

 その憎むべき人物が死んだ。
 これは慶事であるはずである。

 しかし、不思議と喜びの気持ちは湧いてこない。

 人の死を喜ぶということに慣れていないからだろうか。
 金正日が死んだといえど北朝鮮の体制にはまだ変わりなく、その行く末に不安を覚えるからかもしれない。
 また、彼の晩年の映像が、敵愾心を抱くにはあまりにも弱々しく、痛々しいものだったからかもしれない。

 これからあの国はどうなるのだろう。
 金正日は20代後半で党組織指導部長に就き、30過ぎで党書記、さらに政治局員を兼任し、金日成の後継者であると決定された。しかしそれは公式には明らかにされず、後継体制づくりが密かに進められ、公の場に姿を現したのは38歳の時、国防委員会委員長として軍の統帥権を父から譲り受けたのが51歳の時であった。
 これに対して金正恩が後継者として明らかにされたのはまだ昨年のことにすぎない。後継体制づくりはまだ始まったばかりだった。

 さすがに、現在28歳とされる金正恩が、これまで金正日体制を支えてきた老幹部たちをさしおいて、いきなり主導権を発揮できるとは思えない。
 おそらくは、後見人的立場とされる金正日の妹金敬姫とその夫の張成沢や、金正恩が基盤を置くとされる軍幹部らによる集団指導体制となるのだろう。当面は。
 金正恩後継に抵抗する動きも多少は出るかもしれないが、排除されて終わるだろう。

 金正恩にしろ、その後見人たちにしろ、これまでの政策を変更することは、必ずしも彼らの政権基盤を揺るがすことにはならない。
 彼らの下で、いわゆる改革開放政策が採られて、北朝鮮が経済的に軟着陸することに成功してもらいたいものだ。

 改革開放政策をとれば、いずれは国民からの自由化の要求に耐えられなくなり、結局は政権の座を失うことになるかもしれない。
 それでも、内乱や、韓国との戦争、周辺諸国の武力介入、難民の流出といった事態の発生に比べれば、よほどましだと言えるだろう。

 東欧のアルバニアは、戦後40年間、共産主義者エンヴェル・ホッジャが独裁者として君臨した。スターリン主義者であるホッジャは、スターリン批判に踏み切ったフルシチョフのソ連を批判して中国に接近し、中国が毛沢東の死後改革開放路線に転じるとこれをも批判して孤立した。アルバニアはほぼ鎖国状態にあり、経済は低調のまま推移し、ヨーロッパの最貧国であった。
 1985年にホッジャが死去すると、後継者に指名されていたラミズ・アリアが指導者の座についた。アリアは当初ホッジャ路線の継承を表明していたが、経済や言論の分野でゆるやかな改革を進めた。1989年のいわゆる東欧革命の影響を受け、複数政党制と自由選挙を導入し、1991年の初総選挙では連立により政権を維持し初代大統領に就任したが、1992年の総選挙で敗れ辞任した。

 金正恩、あるいはその後見人たちは、北朝鮮のアリアとなるだろうか。


「中国、北朝鮮崩壊を想定」との報道を読んで

2010-12-12 23:21:54 | 韓国・北朝鮮
 もう古いニュースですが。

 11月30日の朝日新聞夕刊の1面トップは、朝刊に引きつづいてウィキリークスが暴露した米公電についての記事だった。
 紙面での見出しは
 

 中国、北朝鮮崩壊を想定

「韓国管理下で統一を」「難民30万人受け入れ」ウィキリークス 米文書暴露


 リードにはこうある。

【ワシントン=村山祐介】「北朝鮮は駄々っ子だ」「難民30万人までなら受け入れ」――。民間告発サイト「ウィキリークス」が暴露した米国の公電によって、「後ろ盾」とみられている中国政府が北朝鮮の扱いに手を焼き、体制崩壊に危機感を募らせている実態が浮かび上がった。

 29日付の英紙ガーディアン(電子版)などが報じた。公電には、韓国の管理下での朝鮮半島再統一を望ましいとする中国高官の私的見解や、中国が北朝鮮の体制崩壊時に軍事的な国境封鎖を検討している、といった内容も含まれていた。中国政府内で、北朝鮮の体制崩壊に備えた議論があったことを示唆するもので、挑発的姿勢を強める北朝鮮をさらに刺激する可能性もある。


 しかし、記事全文を読んで、報じられた内容だけで果たしてこのように評価できるものなのか、疑問に思った。

 以下に記事の続きを引用するが、太字、色文字で加工しているので、できればアサヒ・コムの記事本体を一読した上でお読みいただきたい。
 
 ガーディアンがネット上に掲載した今年2月22日付のソウルの米国大使館発の公電によると、韓国外交通商省の第2次官だった千英宇(チョン・ヨンウ)氏(現・大統領府外交安保首席秘書官)が同17日、米国のスティーブンス駐韓大使と昼食をとった際、6者協議の韓国首席代表当時の中国側との私的会話のなかで、中国政府高官2人が「朝鮮は韓国の管理下で統一されるべきだと信じていた」と説明。千氏は、北朝鮮が米国の影響力を緩和する「緩衝国」としての価値をほとんど持たなくなったという「新しい現実」に中国は向き合う用意がある、とも語った。


 「韓国の管理下で統一されるべき」と語ったのは中国高官とされているが、それを米国の駐韓大使に伝えたのは韓国の高官である千英宇だ。
 また、中国にとって北朝鮮が緩衝国としての価値をほとんど持たなくなったとは、千英宇の見解であって中国側の発言ではない。


 また、千氏は、北朝鮮が崩壊した際には、中国が韓国と北朝鮮との軍事境界線近くの非武装地帯(DMZ)の北朝鮮側での米軍の存在を歓迎しないことは明らかだ、と指摘。韓国が中国に敵対的な姿勢をとらない限り、統一朝鮮はソウルが管理し、米国はその「無害な同盟国」になる状態が中国にとっても「心地よい」との見方も示した。


 これも全て千英宇の見解である。


 さらに、千氏は北朝鮮が経済的にはすでに崩壊しており、金正日(キム・ジョンイル)総書記の死後、「2、3年で体制が崩壊するだろう」と指摘。中国も金総書記の死後の北朝鮮崩壊は止められない、と指摘し、北朝鮮に対する影響力は「おおかたの人が信じているよりずっと弱い」とも述べた。「中国の戦略的、経済的な利益は今や北朝鮮ではなく、米日韓にある」とも指摘した。


 これもまた全てが千英宇の見解である。


 スティーブンス氏が日韓関係強化が日本の統一朝鮮受け入れの助けになる、と指摘したのに対し、千氏は「日本は朝鮮の分裂状態を望んでいる」とし、「日本に統一を止める影響力はない」と語ったという。


 これも。
 それにしても、韓国ではこうした見方が一般的なのだろうか。
 一日本人としては、北朝鮮のような危なっかしい国がいつまでも近隣に存在するよりは、韓国主導で統一してもらった方がはるかにましではないかと思うが。


 一方、北朝鮮による弾道ミサイル発射実験後の昨年4月30日付の米国の北京大使館発の公電では、中国外務省の何亜非次官が米国の代理公使との昼食時、「北朝鮮は大人の注意を得るために『駄々っ子』のように振る舞っている」と表現したという。


 これは中国側の発言。


 ガーディアンは、入手した米国の複数の公電を分析した結果として、中国が北朝鮮の体制が不安定化するリスクを考慮していた、と指摘。ある公電は、複数の中国政府当局者が北朝鮮から中国への人口流入について「30万人までなら外部の支援なしで吸収することができる」と考えている、との国際機関の代表の発言に言及。流入が一気に起きた場合には、中朝国境を軍事的に封鎖し、人道支援のための一時的な滞在区域を設定し、他国に支援を求める可能性も触れられていたという。


 「30万人までなら」については一見中国側の発言のようだが、実は「国際機関の代表」の発言。この代表が中国人なのかそうでないのかは不明。30万人という数字には何かしらの根拠はあるのだろうが、それが中国側から発せられたのかどうかは不明。
 軍事封鎖についても、誰が「触れ」ていたのか不明。そりゃあ流入が一気に起きればそうした行動に出るだろう。それがどうしたというのだろう。


 結局のところ、中国側の発言として明らかなのは、
・中国政府高官が千英宇に指摘に語ったという「朝鮮は韓国の管理下で統一されるべきだと信じていた」
・中国外務省の何亜非次官が米国の代理公使に語ったという「北朝鮮は大人の注意を得るために『駄々っ子』のように振る舞っている」との表現
の2点のみでしかない。
 記事の多くは千英宇の見解が占めている。

 千英宇の見解や「国際機関の代表」の発言にもそれなりの根拠はあるのだろう。しかしそれをもって直ちに、中国においてそうした見解が主流となっているかのようにとらえるのはいかがなものだろうか。

 中国が、実のところ北朝鮮のふるまいに手を焼いている、中国は本音では北朝鮮を決して支持していない、また北朝鮮に対する中国の影響力は実際はそれほど大きくないといった見方は、わが国においても既に、
・欧陽善『対北朝鮮・中国機密ファイル』文藝春秋、2007
・綾野『中国が予測する“北朝鮮崩壊の日”』文春新書、2008
といった一般書で明らかにされており(編者はどちらも富坂聰)、特に目新しいものとは思えない。
 全国紙の1面トップを飾るほどのニュースだとは思えない。

 確かにそうした見方を採る中国の高官はいるのだろう。
 しかし、中国の実際の外交政策が必ずしもそうした見方を反映していないことがむしろ問題ではないのか。今回の砲撃事件ですら、中国の政策を変えるには至っていないようだ。
 中国が本音ではどう考えているかといったことはさして重要ではない。中国が実際にどう動くかが重要ではないか。
 そして、中国が日米韓と北朝鮮との仲介者としての役割を果たしえないのであれば、6か国協議の枠組みに意味はないだろう。

 以前から6か国協議など無意味だとする見解もあったが、私はこれまでずっと6か国協議の枠組みを維持すべきだと考えていた(そのことはこの記事この記事でも暗に触れている)。
 それは、日米韓のみがいかに北朝鮮に対決姿勢を示し、圧力をかけたとしても、中国とロシアを抜きにしては効果がないこと、歴史的経緯や大国のメンツを考えても中国とロシアを組み込んだ方が得策であること、かつてのソ連や毛沢東の中国と異なり、現在のロシアや中国は必ずしも北朝鮮の異常な体制や核開発を支持せず、日米韓に歩み寄る余地があると思われたこと、そして何より、北朝鮮に対し、対話による妥協を図ったという実績が残ることを考えたからだった。
 しかし、2003年の6か国協議の開始以来7年余りが経過したが、結局のところ、北朝鮮の核開発を阻止することはできなかった。中国やロシアの北朝鮮に対する影響力行使は期待できそうにない。
 そろそろ、この枠組みを放棄してもよい時期だろう。

 話は報道に戻るが、「韓国の管理下で統一」発言など、韓国にそう思わせておくことが中国側の目論見であるということにすぎないのではないか。中国にとっては中国主導による統一こそが当然望ましいであろうから。北朝鮮が崩壊し統一が論議されるとなれば米国はもちろん、ロシアだって当然黙ってはいまい。そうした事態に備えて韓国を中国側に引きつけておきたいということではないのか。

ガーディアンは、入手した米国の複数の公電を分析した結果として、中国が北朝鮮の体制が不安定化するリスクを考慮していた、と指摘。


と言うが、そんなリスクはどの国でも考慮しているのではないか。米国だって当然そうだろう。

 いや、わが国に限ってはどうだろうか。
 ボートピープルが押し寄せた場合、どの程度までなら受け入れて、どの程度に至ったら拒絶するのか。
 また、ボートピープルでなくとも、いわゆる帰国者やその家族が、血縁を頼ってわが国への入国を図る可能性がある(既に現在でも脱北者の中にそうしたケースが見られる)。
 そうした事態への備えはなされているのだろうか。
 こんなことはいわゆる政治主導ではなく、官僚レベルで想定しておくべきことだろう。
 備えがなされているものと信じたい。

『現代コリア』が終刊

2007-12-03 23:18:07 | 韓国・北朝鮮
 特定失踪者問題調査会会長、荒木和博のブログで、雑誌『現代コリア』が終刊したことを知る。

 昔、定期購読していたことがある。
 まだ南北対立が著しい時代、どちらにも片寄らずに言いたいことを言う独立系の朝鮮問題専門誌として、魅力ある存在だった。
 特に面白く読ませてもらったのが田中明のエッセイだった。どこか単行本化してくれないものだろうか。

 やがて、「救う会」結成の頃だったろうか、記事の内容がやや薄くなってきたと感じだしたことや、朝鮮半島情勢に対する関心をそれほどもたなくなっていたことなどから、定期購読は中断したが、それでも書店で見かけると時々は買っていた。

 その雑誌が提起していた問題意識が社会に定着したが、肝心の雑誌自体は終刊してしまったという点で、ジャンルは違うが、安東仁兵衛の『現代の理論』を思い起こした。
 使い古された言葉だが、時代に果たす役割を終えたということだろう。

 関係者の方々、お疲れ様でした。

安明進に懲役4年6箇月の実刑判決

2007-08-18 13:21:37 | 韓国・北朝鮮
 北朝鮮から亡命した元工作員であり、横田めぐみさん生存の証言者である安明進が、北朝鮮製覚醒剤の密輸や使用などの罪で、ソウル地裁で懲役4年6箇月の実刑判決を言い渡された(ウェブ魚拓)。

 求刑は懲役3年だったという。わが国の裁判では、これほど求刑を上回る判決はまれだと思われるが、韓国ではどうなのだろう。

 安明進を疎ましく思う現政権側の謀略といった説もあったが、本人は「とても恥ずかしいことをした」と述べているというから、事実はあったのだろう。


《05年6月、北朝鮮に住む知人から人を介して覚せい剤75グラムを韓国に密輸するなどした。本人も05年4月から今年7月まで計16回にわたり、覚せい剤を使った。07年2月にソウル市内で覚せい剤約5グラムを100万ウォン(約12万円)で販売するなどしたという。》

《亡命後、韓国情報機関の国家情報院(国情院)の指示で対北朝鮮関係の仕事をしていたという。国情院から紹介を受けた情報提供者から覚せい剤を見せられ、好奇心からその場で使用。国情院に報告したところ、「覚せい剤には触れないように」と指示されたが、北朝鮮情報を収集する一環として密輸したという。》


 何だか国情院が関与しているように見えないこともないが、わざわざハメるかなあという気もする。
 『朝鮮日報』のサイトを見たらもう少し詳しい記事があるかと思ったが、なかった。韓国ではそれほど重大事件ではないのか?

 評論家の河信基は、

《私は「精神病院に入院した人物が、金正日の息子の家庭教師をすることはありえない」と、安証言に信憑性が欠けることを指摘してきたが、これでほぼ決着が付いたと言えよう。
 日朝間でこじれにこじれた拉致問題解決のためには、まず事実関係を客観的に検証することが不可欠だが、横田めぐみの生存情報など安明進情報に過度に依存してきた基本認識を根本から見直す必要があろう。》


と評しているが、今回の実刑判決をもって、安証言に信憑性が欠けることの「決着が付いた」と何故断定できるのかわからない。
 犯罪者は犯罪者であるが故にその証言は信憑性に欠けるのか? そんなことはあるまい。
 安証言にいくつもの疑問があることは私も知っているし、何も安証言を絶対視すべきだとも思わない。
 しかし、今回の事件を安証言否定の根拠とする見方もまたおかしいだろう。

 『産経新聞』のサイトならもう少し詳しい情報があるかと思ったが、こちらにも今のところ全くない。
 救出運動の妨げになると判断されたのだろうか。しかし、全く取り上げないというのもあまりにあからさまでどうかと思うが。

河信基の重村智計批判を批判する

2007-06-18 23:58:42 | 韓国・北朝鮮
 在日コリアンの評論家である河信基が、総聯中央本部の売却問題に関連して、自身のブログで、重村智計を次のように批判している


《冷静に事態を把握することが求められる中、悪戯に混乱と対立を煽る発言が繰り返されるのは問題である。
 例えば、今日の日本テレビのザ・ワイドで、“北朝鮮問題に詳しい”重村智計氏が、「北朝鮮は朝鮮総連を大使館とは思っていない。在日朝鮮人も朝鮮総連を見限っている。緒方氏は何も知らないのじゃないか」と、人を小バカにしたようなコメントをしている。
 これは嘘である。個人の意見ならともかく、「北朝鮮は・・・」「在日は・・・」とあたかも北朝鮮や在日を代弁する口調は、意図的に誤解と偏見を広めるもので、悪質と言える。

 「朝鮮総連は在日朝鮮人の権利を擁護する海外公民団体」というのが北朝鮮の定義であり、日本との国交がない中、事実上の大使館、領事館として北朝鮮への入国ビザを発給していることは、知る人ぞ知ることである。
 また、朝鮮総連を支持する在日朝鮮人が減っているとはいえ、それを拠り所にしている人々が数万はいる。決して少ない数字ではない。

 朝鮮総連中央本部の売却問題は杜撰な経理を重ねてきた自業自得であり、責任の所在は明確にする必要がある。また、北朝鮮本国の特定勢力に追随し、拉致問題などとの不透明な関連も明確にするべきである。
 そうした問題を抱えているとはいえ、朝鮮総連が、強制連行という歴史を背負った在日朝鮮人の権利擁護団体としての存在意義を失ったわけではない。
 朝鮮労働党統一戦線部や対外連絡部など特定の政治勢力との関係を清算し、日本の内政不干渉、法律遵守に基づき在日の民主主義的民族権利を擁護する、本来の設立精神に立ち戻る必要があろう。》


 私は、河信基の単行本できちんと読んだものは『代議士の自決―新井将敬の真実』(三一書房、1999)しかないが、その他の北朝鮮に関する著書も立ち読みしたことはあるし、雑誌の記事もしばしば目にしたことがある。
 それらを読んでの印象は、事実に立脚したジャーナリストというよりは、自分の主張を押しつけたがるタイプの著述家だというものだった。

 重村には時々不適切な言動が見られるとは私も思うが、上記のテレビでのコメントは、妥当なものではないだろうか。

《日本との国交がない中、事実上の大使館、領事館として北朝鮮への入国ビザを発給していることは、知る人ぞ知ることである。》
と言うが(「知る人ぞ知る」というのは、あまり知られていないことを指すものだが、総聯がビザを発給していることは、ちょっと北朝鮮や在日に関心のある人なら誰でも知っているのではないか?)、ビザを発給しているからといって、北朝鮮が総聯を大使館とみなしていると言えるだろうか。
 例えば、ウィキペディアで「大使館」を引いてみると、
《通常、派遣された国の首都に置かれ、派遣元の国を代表して、派遣先国での外交活動の拠点となるほか、ビザの発給や、滞在先での自国民の保護といった援助などの領事サービス、広報・文化交流活動、情報収集活動などの業務を行う。》
とある。
 総聯は、北朝鮮にとって、このような機関として扱われているだろうか。
 そもそも、総聯と北朝鮮外務省は何の関係もあるまい。

《在日朝鮮人も朝鮮総連を見限っている。》
という点についても、そうした傾向があることは、事実ではないだろうか。
 『朝鮮を知る事典』(平凡社)の古い版(1986年版)によると、1985年現在、総聯の構成員は約20万人とある。それが、河信基の記事によると、「拠り所にしている人々が数万はいる。」という。自然死による減少を考慮に入れても、20万から数万への減少は多すぎる。これが「見限っている」のでなくて何だというのか。

 河信基の記事の
強制連行という歴史を背負った在日朝鮮人の権利擁護団体としての存在意義を失ったわけではない。》
という文言が気になる。
 総聯に、「在日朝鮮人の権利擁護団体としての存在意義」があることを、私も否定するものではない。
 しかし、未だに、「強制連行という歴史」という「神話」にすがらないと、総聯の正統性を主張することすらできないのか。
 河信基は、本人が自覚しているかどうかは別として、結局は北朝鮮の別働隊としての役割を果たしているにすぎないのではないだろうか。

 ついでに言うと、河信基は総聯が
《日本の内政不干渉、法律遵守に基づき在日の民主主義的民族権利を擁護する、本来の設立精神に立ち戻る必要があろう。》
と述べるが、総聯が設立時に「日本の内政不干渉、法律遵守」をどこまで重視していたかは疑わしい。
 手元の高峻石『在日朝鮮人革命運動史』(柘植書房、1985)に収録されている「朝鮮総連結成大会宣言」(要旨)及び「朝鮮総連綱領」(全文)を読む限り、「日本の内政不干渉、法律遵守」といった趣旨の言葉は見当たらない。
 「朝鮮総連結成大会一般〔活動〕方針」(要旨)の「六 在日同胞の総団結」の中には、
《朝鮮総連と傘下各団体は、外国のいかなる政党・社会団体にも加入してはいけないし、外国の政治的紛争に介入してはならない。》
との文言がある。しかし、「法律遵守」についてはやはり見当たらない。
 「政治的紛争に介入してはならない」は「内政不干渉」とはやや違うだろう。

脱北者のニュース評について

2007-06-04 23:13:46 | 韓国・北朝鮮
脱北の4人、韓国移送へ…両親・兄弟と確認(読売新聞) - goo ニュース

 この脱北者に関するニュースについて、私が普段見ている複数のブログで、

・どうぞ、韓国へ行ってください
・進路、目的地は工作員に聞いてきたんじゃないかな。
・あんなボロ船でよくたどりつけましたね。哨戒レベルの調査にきた工作員だったりして(笑)
・まさかと思うけど・・・見つかった工作員じゃないよね?
・僕は工作員の可能性が高い、と思っています。日本語が話せる時点で、普通ではありませんし、一般市民なら日本帝国には来ないでしょう。
・どうにも怪しいところはいっぱい有りますからね・・・高齢の女性が含まれているようですが、工作員ではない事を示す為の偽装工作ではないかとすら疑ってしまいます。大体、一般市民がこんな船をもてるんですかね・・・

といった、脱北者に対する冷淡な記事やコメントが載っていることに大変驚いた。

 これらのブログの管理人さんやコメンターさんは政治的には概して保守系の人たちだと思っていたのだが、そういった方々にしてこの感覚とは。
 かの国の体制への嫌悪感がなせる業なのかもしれないが、それにしても、脱北者に罪はないだろうに。
 それとも、韓国・朝鮮人一般に対する嫌悪感なのだろうか。

 今回の亡命成功(まだ完全に成功したわけではないけど)により、日本海ルートが脱北手段の一つとして定着しないものだろうか。
 大規模な脱北により、体制を揺るがせないものかと夢想したりする。東独のように。
 北朝鮮に攻め入ることができないわが国は、むしろそうした面に助力すべきではないだろうか。

 しかし、ベトナムのようなケースもあるからなあ・・・・。


拉致問題に正面から取り組んでいる国は日本のみ

2007-03-14 00:42:14 | 韓国・北朝鮮
 今月発売の『文藝春秋』4月号に掲載された、「乱世こそおれの出番」と題する、手嶋龍一による麻生太郎へのインタビューで、麻生が興味深いことを述べている。

《政府が正面切って拉致問題に取り組んでいる国は、国連加盟百九十二カ国の中で日本だけ。国連決議に拉致を念頭に置く文言(人道上の懸念)を書き込ませた国は、ほかにはない。じゃ拉致は日本だけで起きているのかといえば、いろんな人の証言では、韓国はじめ、結構な数の国で起きている。にもかかわらず、みなこの問題には触りたがらない。日本だけが正面切っている。それは、国民の安全と安心を脅かされるような事態は、真っ当な国家として決して許されないという基本姿勢があるからです。》

 たしかに、韓国をはじめ、いくつかの国で北朝鮮による拉致が報じられているが、正面切って取り組んでいるのは日本だけのように思う。タイやルーマニアなどの動きが全く報じられない。
 これは、現職の外相による、言わば自画自賛である点、そしてタイやルーマニアなどとは被害者の人数が異なるという点を差し引いても、重要な指摘ではないだろうか。
 つまり、他国と比較する限りでは、日本政府は一応やるべきことはやっていると言えるのではないだろうか。
 もちろん、被害者やその家族からすれば、日本政府の対応は十分とは言えないかもしれない。
 だが、まず憎むべきは北朝鮮であり、昨今一部に見られるような、拉致問題を解決できなかった日本政府の責任を問うといった論調はどうかと思う。

 世論調査でも、拉致を理由に、北朝鮮への強硬策が支持されている。
 これは、国は自国民の保護に力を尽くすべきだという点で、国民的合意が形成されているということだろう。
 そして、おそらくタイなどでは、そういったことはあまり重視されていないのではないだろうか。
 そういう意味では、日本は人権意識が高い国だと評価してもいいように思うのだが、ほめすぎだろうか。

 太陽政策をとっている韓国の廬武鉉政権や金大中前政権が自国民の拉致問題に消極的だったのは当然だろうが、それ以前の政権はどうだったのだろうか。
 特に、反共色を鮮明にしていた、全斗煥、朴正煕、さらに李承晩政権はどうだったのだろうか。
 これらの政権が拉致問題で北朝鮮を批判していたといった話は聞いた記憶がないが・・・。
 詳しい方がおられたら、御教示いただけたら幸いです。

重村智計『朝鮮半島「核」外交』(講談社現代新書、2006)

2007-01-02 01:05:30 | 韓国・北朝鮮
 北朝鮮問題のコメンテーターとして近年テレビでよく見る著者の新刊。
 著者は、毎日新聞の元ソウル特派員。その後同紙ワシントン特派員、拓殖大学教授を経て、現在早稲田大学教授。新聞記者の前にはシェル石油に勤務していたという。つまり、根っからの学者ではない。そのためか、著書や、テレビでのコメントを見ていると、言葉がやや軽いような印象がある。そのへんがテレビで重宝される理由だろうか。一昔前なら、北朝鮮問題のコメンテーターとしては慶應義塾大学の小此木政夫や、静岡県立大学の伊豆見元の姿をよく見たものだが、最近では重村を見ることが大変多いと思う。

 本書は、核問題を中心に北朝鮮の現状を解説したもの。要領良くまとまっていて、全体を俯瞰するのに便利。ただ、やや記述が散漫な印象がある。

 94年に金日成が死んだ時、多くの専門家が北朝鮮の体制は早期に崩壊する、あるいは、北朝鮮が戦争を起こすと予測したという。その中で重村は崩壊も戦争もないと唱えていたという。そして、実際に重村の言うとおりとなった。
《なぜ、専門家は判断を間違えたのか。経済と文化についての知識が不足していた、と私は考えている》(p.149)
 実際に重村が正しかったわけだから、そうかもしれない。私は専門家でも何でもないが、やはり当時、北朝鮮は早期に崩壊すると考えていた。それは予測と言うよりも、そうあってほしいという願望が混じっていたのだろう。そして政治的要素のみを考え、経済・文化的要素を軽視していたように、今となってみると思える。その点自戒したい。

 さて、重村は、北朝鮮には当時も今も石油がないとし、
《北朝鮮は、中国とソ連が石油を無制限に供給してくれたから、朝鮮戦争を戦えたのである。北朝鮮には、当初から独自に全面戦争を継続できる石油は、なかった》(p.152)
として、暴発は不可能だと述べている。
 しかし、物理的に近代戦を遂行する能力がないからといって、北朝鮮が暴発しないと言い切れるだろうか。私は、そこまで北朝鮮指導部の理性を信用する気にはなれない。だからといって、何らかの援助によって北朝鮮の暴発を阻止するべきだとも思わないが。暴発には備えつつ、より徹底した封じ込めを計るべきだろう。

 また、重村は、北朝鮮が改革できない理由として、その体制が金日成無謬説の上に成り立っていることと、子が父に絶対服従であるという儒教の伝統を挙げている(p.123。なお、重村は、北朝鮮を「儒教社会主義」の国と呼ぶ)。
 しかし、金日成は晩年、金正日をパージし、国民生活を重視して、農業・軽工業・貿易第一主義を提唱していたはずだ。それに、朝鮮半島の非核化が金日成の遺訓であるとは、現在も北朝鮮が用いる表現である。金正日が本当に金日成に絶対服従ならば、こうした方針を実行すればよいのである。それをしないのは、金日成を崇拝の対象として利用しつつも、結局は金日成ではなく金正日の方針に基づいて政権を運営しているからにほかならない。つまり、重村の挙げている理由は、金正日の心づもり一つでどうにでもなることであり、それ故に改革が不可能であるというほどの問題ではないと思う。

 そういった疑問もあるが、おおむね、北朝鮮に関する記述は正しいものと思われるし、参考になる箇所も多い。
 ただ、それ以外の分野に関する記述に、一部奇妙なものが見られる。

 例えば、かつて韓国経済について、従属理論に基づく批判が展開されたという。そして、
《こうした従属理論は、もともとイマニュエル・ウォーラーステイン教授らの理論に依拠している》(p.102)
という。しかし、ウォーラーステインは従属理論の提唱者ではない。ウォーラーステインは世界システム論の提唱者である。重村は何か勘違いしているのではないか。
 
 朝鮮における儒教の官僚主義と日本を比較して、こう述べる。
《日本では幸いなことに、科挙の制度がなかった。この結果、官僚制が採用されなかった。これが、明治維新を実現させ、近代化を推進できた理由である。ところが、いまや官僚制につきまとう腐敗と「抵抗勢力」に悩まされている。日本は、科挙の制度による官僚制がなかったから発展したという歴史の教訓を、もう一度学びなおすべきであろう》(p.185)
 学びなおしてどうするのか。福沢諭吉が「親のかたき」と言った門閥制度を復活させるのか。
 
《官僚主義は、試験に受かりさえすれば絶大な権限を入手できる封建的制度である。現代国家の民主主義は、選挙で選ばれた人物に権限を与えるのが、基本である。米国の民主主義は、これを徹底している。米国では、選挙で選ばれない官僚には必要最低限の権限しか与えていない》(p.187)
 よく、こうした話題に米国の例が挙げられる。私は諸外国の官僚制に全く詳しくないが、たしかに米国では高級官僚は政治的に任用されると聞く。ではヨーロッパ諸国はどうなのか。おおむね日本と似たり寄ったりではないのか。そして政治的任用がベストとは限らないことは、先の本間正明の問題がまさに示しているのではないか。
 「官僚主義」を「封建的制度」と言い切るのもなんだかなあ。現代日本の公務員試験に中国の科挙と相通ずる部分があることは事実だろうが、官僚制自体は封建制とは関係ないだろう。現代の国家、いや企業でも、主要な組織ならどこでも採用されている制度だ。

 歴史の流れの中で北朝鮮の核実験をどうとらえるべきかという話で、
《新聞は、大きな事件について、その歴史的意味と歴史の方向を、読者に示さなければならない。私は、新聞記者時代に先輩からそう教えられてきた。そうした記事を「(歴史の)流れを書く記事」と、呼ぶ。
 「流れを書く記事」を掲載しない新聞は、報道の責任を放棄している。新聞記者の教養と歴史観、取材力が試される記事だ。》
 と述べている。
 大きなお世話だと思う。新聞は、事実を正確に、また中立公平に伝えることを第一の使命とすべきだ。記者の歴史観を記事に組み込んで、読者を誘導すべきではない。
 共産主義への道こそが正しい歴史の流れだと、あるいはそこまでいかなくても、社会主義陣営に不利な報道は日本社会の進歩を妨げると錯覚した記者たちによって、戦後長い間、北朝鮮の惨状や拉致問題などについて新聞でほとんど報道されてこなかったのではなかったのか。
 新聞やテレビは公器なのだから、雑誌やブログに記事を書くのと同様の感覚でいてもらっては困る。

 先に述べた「言葉がやや軽いような印象」は上記の点にも見られる。
 そういったところが、さして熱烈な反北朝鮮派ではなかったのに、和田春樹から抗議を受けたりする原因なのだろう。
 先の『週刊現代』の蓮池薫氏=拉致未遂犯報道では、早速テレビでこれをあっさり否定しており、物を見る目はたしかなようなのだが・・・。