徒然なるまま”僕の趣味と遊ぶ”

タイガース、水彩画、鉄道などの、僕の気ままな”独り言”

虎、3試合連続二桁得点。

2005年09月13日 22時14分39秒 | 野球・タイガース
今日もタイガースが16対1で巨人を降しました。
中日も勝ちましたので、マジックは、勝率での13のまま

井川が7回1失点の12勝目をあげ、藤川は9回に肩慣らし登板しました。



これでも井川は、髪を切ったそうですが・・・
2回に出た金本満塁ホームランで、ほぼ勝敗は決まりました。



金本の満塁の打率は6割と高打率ですが、5回の満塁では、力みすぎでファーストゴロに終わりました。
でも、三冠王にを取れる位置にいますので、これからの金本の打棒に注目したいと思いますが打点王はやっぱり今岡でしょうね。


今岡も5回の安打で8打席連続ヒットが11日の広島戦から続いていましたが、途切れました。



又、矢野は、今日の試合で1260試合出場し、999安打を放つが、1000安打は、次の試合に持ち越した。

赤星も好調で、今日も56個目の盗塁を決めました。


鉄道は、正確が当たり前!!!-その8-

2005年09月13日 10時38分59秒 | 鉄道は正確が当たり前!!
今までは、日本の鉄道が世界に類をみない正確なのは、鉄道の引かれる前、つまり江戸時代からその環境が整っていたことを述べました。
でも、それだけでは、このように正確に運行する条件では、ありません。

鉄道を飛躍的に正確にした人物が、即ちキーマンがいた事も忘れてはなりません。

明治39年~40年の鉄道国有化に伴って、この時期にそれと思しき人物が現れています。
その人は、結城弘毅で、明治41年、国有化の下で長野機関庫主任となり、当時鉄道省詰めの新聞記者として活躍した青木槐三が「鉄道を育てたひとびと」の中で結城氏を「鉄道の神様」と述べています。

当時は、列車も相当遅れており、それが当然視されていました。
正確さを期すべく機関手と一緒に研究し、機関手もこの青年技師の理想にもろ手を挙げて賛同し、この運動を日本中に広げようと誓いました。

それは、沿線の風物のうち、夜でも目印になる物体を選び、そこを通る時、時計とにらめっこして目印を通過する時刻とあわせ、正確さを期し、石炭のくべ方、炊き方、蒸気の上げ方を研究しました。

その甲斐あって正確運転が実現し、全国の機関庫も同調して、正確運転をすることに成功しました。

結城氏の創意は、これだけでなく、お召し列車の運行にも利用され、昭和4年に日本中の列車の運行の改革をまかされ、本省の運転課長となり、昭和5年には、超特急「つばめ」をつくりました。
当時としては、画期的なもので東京~神戸間を2時間40分短縮し「国鉄運転技術の一つの山」とも言うべきものでした。
その後、満鉄の運転課長の時には、スピード列車「あじあ」号を実現させました。



勿論、結城氏一人の力だけではありませんが、鉄道を正確に運行させる契機になったことは間違いありません。