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人類の感染症のパンデミンクとの闘い -その3-

2021年02月27日 14時27分39秒 | 独り言・社会・ニュース

100年前のスペイン風邪をどのように克服したのでしょうか・・・

20世紀最悪のパンデミックとされ、世界中で2000万人~4500万人が死亡し日本国内でも45万人が死亡したといわれるスペイン風邪はどのように終息したのでしょうか・・・

      


スペイン風邪の発生は今から約100年前の1918年から1920年の2年間、アメリカの軍隊(アメリカ、カンザス州の陸軍基地)から発生したと言われて、当時は第一次世界大戦の最中、欧州に派遣されて世界中にばらまかれたと言われています。

なお、スペイン風邪と言われたのは、当時スペインは中立国であったため戦時報道管制外であり、”スペイン電”として世界に発信されたからで、スペインにすればいい迷惑だったことでしょう。

日本では、「スペインで奇病流行」と報道されたようです。

  

さて、問題は当時のパンデミングに日本政府や各自治体はどのように対処したのでしょうか・・・
結論的に言えば、「無策」だったと言わざるを得ないようです。
色々と対策は講じたようですが、病原体自体(H1N1型ウイルス)を見つけることができなかったからで、当時は電子顕微鏡がなく、細菌だと考えられていたが、ウイルスに対しては全くの無力だったようです。

しかし、ウイルスとはつかめなかった当時の人たちは、驚くべきことに、未知なる伝染病に対する一般的な対処方法は、現在の新型コロナ禍における対処、予防法とそっくりでした。

つまり、はやり風邪に対する方法として・・・
1、咳するものに近寄ってはならぬ。
2、たくさんの人が集まっているところに立ち入るな。
3、人の集まっているところや、電車、汽車などの内では必ずマスクをかけること。

そして、はやり風邪は人から人に伝染するもので咳やくしゃみをすると眼には見えない細かな泡沫が3,4尺(1メートル)周辺に吹き飛ばされ、それを吸い込んだものがこの病にかかる・・と。

このように考えると現在の状況と大して変わらないようです。
前述で無策といったのは、少し間違いだったかもしれません。
確かにウイルスに対する医学的解決(予防薬とかワクチンとか)は出来なかったのですが、政府や各自治体は広く、一般的な社会的な感染予防方法を喧伝したようです。

  

このスペイン風邪も1次、2次と感染の波があったようで、第2波の方が死者も多かったようです。

人口の6から7割が免疫を持てば、集団免疫が完成すると言われています。
結局、この集団免疫を待たなくてはならなかったようです。
つまり、大多数の人が免疫を持てば、それ以上広がらないということです。

当初は2年近くかかるとされたワクチンが、想像以上の速さで開発され、接種が始まりました。

残念ながら、医学先進国のはずの日本は、ワクチン開発に遅れをとっています。 人間の天敵の一つが「ウイルス」とすれば、今後ともこの「ウイルス」との共存に人類の英知が必要なようです。
と言っている間にまた新たな病原体が現れるかも知れませんが・・。

マスクなしの生活に戻るには、ワクチンの効果にもよるのでしょうが、2,3年はかかるのではないでしょうか・・・

                  (以上、古谷経衡氏の記事を参考にさせていただきました


人類の感染症のパンデミンクとの闘い -その2-

2021年02月13日 19時09分56秒 | 独り言・社会・ニュース

感染症は文明と切り離すことができない副作用だそうです。
つまり、多くの人間が密集して暮らす”都市化”、そして遠い地域や国との交流を持つ”グローバル化”という要素が、感染症の拡大被害という副作用をもたらすということなのです。

感染症に限らず、人類は自然災害が、それも人為災害といわれる被害が増大しています
それも二次的な被害も益々増大化し、同様に感染症の病原体もいつの間にか、人為的災害となり、増大化してきているのです。

感染症の歴史は、文明の成立するころから始まっており、紀元前3500年頃には既に都市化が始まっており、グローバル化という文明の要素も存在していました。

このことは、エジプトのミイラに天然痘や結核などの感染症の痕跡が残されていることからも分かります。

          

細菌学が成立するまで、特効薬もなく原因はわからず、当時の人達は、有毒な粒子や瘴気(ガス)などに接触して体内に入ることで病気が起こると考えられていました。

1800年代になると細菌学が成立し、ペスト菌が発見され、ネズミとノミが媒介することが突き止められました。
これが人類が感染症と戦うための画期的な出来事で、その後、人類は感染症と戦う武器を次第に増やしてゆきます。

まず、1700年代後半には、イギリスの医師ジェンナーによって発見された天然痘の予防法”種痘”です。
1800年代には、動物に抗体をつくらせ、その血清を体内に入れる血清療法が開発されました。
 

 

1920年代には最初の抗生物質”ペニシリン”が発見され、製剤が開発され、以降、40年代の結核の”ストレプトマイシン”などの抗生物質の薬が開発されました。

感染症の封じ込めは、インフラの整備もあります。
コレラの感染源は、汚染された水で、下水道の整備は、予防に有効で、その後コレラのまん延が収まったという歴史があります。

                 次回は、スペイン風邪以降の状況について述べます。

 


人類の感染症のパンデミックとの闘い・・・ーその1-

2021年02月03日 12時40分17秒 | 独り言・社会・ニュース

とうとう今年も2月に入り、あの新型インフルエンザから1年が過ぎました。
でも、まだ終息していません。

プロ野球もキャンプインしましたが、無観客となり、開幕は予定通り行われるのでしょうか・
緊急事態宣言は何時解除されるのでしょうか・・そして、ワクチンは・・・オリンピックは・・・ 問題は山積しています。

この感染症との戦いは、人類の共通の課題であり、過去の戦いはどうだったのでしょうか・・・

 

 

人類は、紀元前から感染症と戦った来ました。
感染症をもたらす病原体や対処方法が分かってきたのは19世紀後半になってからで、その後は感染症による死亡者は激減しました。

しかし、1970年頃より、新しい感染症である「新興感染症」や一時減少したものが再び出現した「再興感染症」が問題となっています。


紀元前ではエジプトのミイラからも天然痘の痕跡がみられ、6世紀には日本でも流行しました。
その後15世紀、コロンブスの新大陸上陸により、アメリカ大陸で大流行しました。

540年頃にはペストがヨーロッパで流行し、14世紀には「黒死病」とも呼ばれ再流行しました。

その後、新型インフルエンザとして1918年には「スペインかぜ」、1957年には「アジアかぜ」、1968年の「香港かぜ」、2009年の「A/M1N1」

また新興感染症として1982年の「エイズHIV」1996年の「プリオン病」、1997年の「高病原性鳥インフルエンザ」、2002年の「SARS」

再興感染病としては、「結核」「マラリア」など紀元前から現代に至るまで出現しており、多くの感染者や死者が出ています。

                

次回は、これら人類を脅かす感染症のパンデミック(世界的大流行)は、どのようにして人類は戦ってきたのか、少々述べてみます。

                 この記事は、大幸薬品の健康情報を参照しました