民俗断想

民俗学を中心に、学校教育や社会問題について論評します。

進路指導の誤り

2016-03-14 11:43:09 | 教育

 誤った万引きの指摘のために中学3年生が自殺するという、痛ましい事件が起きました。完全なる学校のミスですが、このニュースが報道されて疑問に感じたことが2つありました。

1 進路指導を学年・学校体制で行わなかったのかということです。おそらく担任は学年ごとに代わったのでしょう。だから、以前の学年の時のことは記録に頼るか、当時同じ学年だった先生に聞く以外に確認のしようがありません。この生徒は、こういう理由でどこそこの学校に推薦する、推薦しないということを、学年全体で合意して進路指導委員会なりに発表して了解を得るのが、通常の進路指導のありかただと思います。そうでなければ、担任の恣意的な判断が介入してしまいます。1,2年次の万引きが問題になる(このことは教育的でないと思いますが、それは後で述べます)とすれば、それを事前に討議すれば、当時の学年のときの関係者が誰かはいるはずですから、そこで間違いに気づいたはずです。万引きしたかどうかを、本人に確認して判断するなどということは、一番確かそうで一番いいたくない人に確認をとるという配慮に欠ける方法です。今回はやっていなかったのですが、やっていたとしても聞かれたくない情報です。「お前はやったのか」といわれて、「やっていません」といっても、「うそをつくな。記録に残っているじゃないか」といわれれば、生徒とすれば反論のしようがありません。教員は強権を有していることを肝に銘じていなければならないのです。

2 1・2年次の触法行為を3年になっての進路指導に持ち出すことが、教育的なのでしょうか。おそらく生徒指導の困難な学校であることが予想されます。厳しく対応しないと生徒になめられてしまうなどと教員の側が考えたのかもしれません。該当の万引きと校内暴力が同時に起きて、万引きの指導の扱いが軽率になったというのはよくわかります。万引きは、店から学校への連絡か本人からの申し出がなければ、学校としては把握できない事案です。警察では個人情報だということで、学校へは連絡をよこしません。今回の事件はこのことは報道されていませんが、万引きというのはその程度の扱いのものなのです。1,2年次に万引きをしたら推薦の対象からはずすというなら、学校ヘは黙っていたものの勝ちです。万引きへの対応というのは、どうしても差がでてしまうものなのです。親が正直に担任に告げて、今後の指導について相談などしたらアウトです。それは、とってもおかしなことです。成長途上の子どもだということで、今後二度と繰り返さないようにと、学校も親も指導し、反省文を書かせたり生活の立て直しを図らせたりします。それで立ち直ったとしても、推薦しないということは認めないということです。自殺事件の後にこの規定は撤回したそうですが、学校のとるべき措置ではなかったと私は思います。いくら大変な生徒だって、変わりますしそう思わなければ教育などできません。よほど生徒指導に不慣れな役人のような校長であったと思います。