奥泉光「バナールな現象」 集英社
もしかしたら賛否両論あるかもしれないけれど、ぼくはこれ傑作だと思う。強制された暴力が覆う世界で生きること、そこで子供を作ること、ありふれた行為の奥にグロテスクな仮面が隠されていること、そうしたテーマが重層し、言葉がつもり、イメージが舞う。神話的暴力が人間化され(つまり歴史化され)たあとの暴力をどう考えるのか、わたしたちにとって、非常に意味のあるテーマであると思う。
中沢新一「森のバロック」 講談社学術文庫
読むのにものすごく時間がかかった。400pほどの本なのに(もちろん、これだけを読んでいるわけではないけれど)、10日間ほどかかった。ゆっくり読む上、頭に入れるために少し休息をとる。トーテミズムや民俗学に関する部分は非常に興味深いのだが、南方マンダラについては、言葉が頭を素通りして行ってしまう。ああ、だめだ、だめだ、と何度引き返したことだろう。
エコロジーの問題などにおいても、南方熊楠の思想はアクチュアルなヒントに満ちている。
ゴーゴリ「鼻・外套・査察官」 光文社古典新訳文庫
読んでいて、思わず、本にツッコミ入れてしまった。
「鼻」。
あるとき床屋が朝パンを食べていたら、そこから鼻が出てきたって場面から始まる。で、なぜかその鼻はコワリョフ八等官のもんだとわかる。当のコワリョフは鼻が急になくなって困ってしまい、外を彷徨う内に、鼻と出会う。鼻は五等官の格好をして、つまり持ち主本人より階級が上の格好をして、馬車に乗ってる。
「この奇妙な出来事をどう理解すればいいのか、てんでわかりゃあしません。だってそうでしょう、きのうまで自分の顔にくっ付いていて、馬車を乗り回したり歩いたりできようはずもない鼻ですよ、それがあろうことか、制服を着てのし歩いているんですから!」
てんでわかりゃあしません、って、こっちの台詞だよ、と。
追っかけて行くと、鼻は教会に入っていく。
「鼻野郎は高い襟にすっぽり顔をかくして、信心深い顔つきでお祈りをあげております」
顔つきって? 鼻に顔があるのか?
これ、すごい小説だよね。アニメでも実写でも表現するのに困惑することを、言葉でしゃあしゃあと書いてる。制服着た鼻。しかも顔つきだって、鼻の。なんだよ、それ。顔つきって、お前が、顔の一部だろう、と。
で、すったもんだあった挙げ句、終いにはこう。
「いやあ、どう考えたってわからない、もうチンプンカンプンです。それにしても、一等不思議で、わけがわからないのは、世の物書きが、よりもよってどうしてこんな話をこしらえるのかってことです」
お前が言うなあっ!
ジャン・エシュノーズ「ぼくは行くよ」 集英社
女なくてはいられない美術商フェレールのおかしな半年間。難破船から骨董美術品を発掘しに砕氷船に乗って北極へ。心臓の持病を抱えながらも、なんだかんだ言いながらも、不思議なヒロイックさを発揮して、細かな冒険をこなしていく。
なんということのない話のようでいて、ときおり見せるディテールの妙がいい。
もしかしたら賛否両論あるかもしれないけれど、ぼくはこれ傑作だと思う。強制された暴力が覆う世界で生きること、そこで子供を作ること、ありふれた行為の奥にグロテスクな仮面が隠されていること、そうしたテーマが重層し、言葉がつもり、イメージが舞う。神話的暴力が人間化され(つまり歴史化され)たあとの暴力をどう考えるのか、わたしたちにとって、非常に意味のあるテーマであると思う。
中沢新一「森のバロック」 講談社学術文庫
読むのにものすごく時間がかかった。400pほどの本なのに(もちろん、これだけを読んでいるわけではないけれど)、10日間ほどかかった。ゆっくり読む上、頭に入れるために少し休息をとる。トーテミズムや民俗学に関する部分は非常に興味深いのだが、南方マンダラについては、言葉が頭を素通りして行ってしまう。ああ、だめだ、だめだ、と何度引き返したことだろう。
エコロジーの問題などにおいても、南方熊楠の思想はアクチュアルなヒントに満ちている。
ゴーゴリ「鼻・外套・査察官」 光文社古典新訳文庫
読んでいて、思わず、本にツッコミ入れてしまった。
「鼻」。
あるとき床屋が朝パンを食べていたら、そこから鼻が出てきたって場面から始まる。で、なぜかその鼻はコワリョフ八等官のもんだとわかる。当のコワリョフは鼻が急になくなって困ってしまい、外を彷徨う内に、鼻と出会う。鼻は五等官の格好をして、つまり持ち主本人より階級が上の格好をして、馬車に乗ってる。
「この奇妙な出来事をどう理解すればいいのか、てんでわかりゃあしません。だってそうでしょう、きのうまで自分の顔にくっ付いていて、馬車を乗り回したり歩いたりできようはずもない鼻ですよ、それがあろうことか、制服を着てのし歩いているんですから!」
てんでわかりゃあしません、って、こっちの台詞だよ、と。
追っかけて行くと、鼻は教会に入っていく。
「鼻野郎は高い襟にすっぽり顔をかくして、信心深い顔つきでお祈りをあげております」
顔つきって? 鼻に顔があるのか?
これ、すごい小説だよね。アニメでも実写でも表現するのに困惑することを、言葉でしゃあしゃあと書いてる。制服着た鼻。しかも顔つきだって、鼻の。なんだよ、それ。顔つきって、お前が、顔の一部だろう、と。
で、すったもんだあった挙げ句、終いにはこう。
「いやあ、どう考えたってわからない、もうチンプンカンプンです。それにしても、一等不思議で、わけがわからないのは、世の物書きが、よりもよってどうしてこんな話をこしらえるのかってことです」
お前が言うなあっ!
ジャン・エシュノーズ「ぼくは行くよ」 集英社
女なくてはいられない美術商フェレールのおかしな半年間。難破船から骨董美術品を発掘しに砕氷船に乗って北極へ。心臓の持病を抱えながらも、なんだかんだ言いながらも、不思議なヒロイックさを発揮して、細かな冒険をこなしていく。
なんということのない話のようでいて、ときおり見せるディテールの妙がいい。