Radio workshop & everyday.

自灯明法灯明

「自らを灯(ともしび)とし、拠り所として、他を灯とすることなかれ。」

庇護

2009年01月30日 | 日記
親の庇護の下ぬくぬくと育てられたものは、庇護の無い環境に晒されると、無残にも枯れてしまいます。

親の愛情とは可愛がり、怒った事も手を上げた事も無い、自由に育てています、だとさ。
まさに野生児そのまま、あつかましくて、ずうずうしくて、人の迷惑を顧みない。

自分の子供は、自分の愛玩用では無い。
将来子供が自分の力で困難に立ち向かうだけの知恵を、親は子供に教えなければ成らない。

そうしないと社会に出てから子供が苦労する事になる。

ころばぬ先の杖は躾には合わない。
たまには転ばせて、其の痛みを知り、二度転びたくないなら、自分はどうすれば良いのか考えるでしょう。

学生時代にビンタを食っても、親が、先生が悪いと思ったことは無い。
それは自分が悪い事をしたから叩かれる。
まあ、私の中学校の先生は、皮のスリッパでビンタしてました。
理由、自分の手が痛い。
これはやりすぎ。

でも言って聞かせれば分かるのじゃないの?

いや、人間はそのような物に対しては鈍感なのです、特に正義に反するが自分に取っては都合のよいものは、悪い方に転びやすい。
先生に何を言っても、先生は手を出す事は無いと知っている。

余に子供に優しさを優しいと勘違いして与えすぎると、取り返しの付かない事に成りますよー。







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一番ムッとする言葉

2009年01月29日 | 日記
皆さん経験が有りますか。

私はこの言葉です。

「価値観の相違」

この言葉は相手に対して、優越感を感じたい時に多く使われる様です。

ほんとに私の知っている言葉の中では最も嫌な言葉です。

くそーっ面白くもねー、そう言うあんたは、なんぼのものやねん、と言葉を返したくなるものです。

ふと思うことも有るのです。
あんたのように嫁さん働かしといて、自分は好き勝手に高価なものをバンバン買って。
そりゃーね、自分だって良い物は買いたい、でもね将来の事、家庭の事を考えたらワンランク、いや、ツーランク下で我慢しなきゃ成らない事だって有るんだよ。

こんな思いのとき、価値観の相違なんて言われた時にゃ、たまりません。




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蛍雪と仰げば尊し・・。

2009年01月25日 | 日記
もうすぐ巣立ちの頃に歌われる(歌われていた)蛍の光と仰げば尊しと言う歌が有ります。
私の学生時代は表面的な意味しか捉えておらず、至極当然の思いで歌っておりました。

蛍の光を紐解くと、中国の故事の(蛍雪の功)から取られていると(ウィキペディア)書いてあり、貧乏で灯りの油さえ買うことが出来なかったので、蛍を集めて灯りにしたり、雪を集めて灯りにして夜も一所懸命に努力し役人の試験に合格したと有ります。

ところが3番、4番の歌詞が時代を反映しお国の為・・・の意味が入り、「やはりいかん」、と言う事に成ったようです。
私も2番迄しか知らず3番以降は歌った事が有りません。

日教組方々が、この歌詞が軍国主義を反映しているとか・・・。

内容からすると、私は素晴らしい歌詞だと思っているのですが。

仰げば尊しも素晴らしい歌詞であります。
Netの解説によれば、身を立て、名を上げと有る様に、立身出世を勧めているので敬遠されているとか、無いとか。
「立身出世の何処がいかんの分からん。」
日教組の石頭の考える事だから。

名を上げる事は全ての仕事で言える事です、その道の達人、匠、その道に秀でるように励むことのどこが悪いのか?

どこかの漫画本ばかり読んでいて、漢字の読めない、センセイ、センセイとおだてられ、金持ちのボンボンの総理大臣や
どこかの局長級の役人で「ニギニギ」遊びを覚えるような人間には、成れと言われても成りたくない。

しかし、原点に立ち返ってみた時、教師の方々に、この歌の本当の意味が分かり教師冥利に尽きると思われる方が何人いらしゃるだろうか。




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今日は給料日でした。

2009年01月20日 | 日記
今日から残業規制がかかりました。
仕事がら、いつ機械は不具合を起こすかは分かりません、従って時間外の作業も有りました。
でも、使用する側としては、動かなければただのくず鉄に過ぎず、仕事の遂行上どうしても修理して、使えるようにしないと、いけない都合が有ります。

我々修理する側としては、全く時間外の付かない作業は、たまには仕方ないと思うことも有りますが、時間外手当が無いとはっきり分かっていると、正直な所したく有りませんね。

この様な事を工場長は、どの様に社長の意向を、我々従業員に告げるかですね。

工場長は立場上嫌でも、時間外であってもしなければならないことが多くなると思います。
肉体的とストレスに晒される中間管理職の悲哀です。

給料はこの会社では現金で渡してくれます、全て右から左へ家内へ直行です。

まえの会社の銀行振り込みシステム以前の現金支給の時代も全て家内へ直行でした。
今迄給与の封を切った事は有りません、
家内がご苦労様と言ってくれる事が救いです。
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会話

2009年01月19日 | 日記
会話はスピーチとは違い、話す人と聞く人の構成で成り立っている。
一方的な話しかけや聞き役だけでは会話は成り立たないと思いますね。

世の中には、話し上手や聞き上手といわれている方がおられます。

例えば聞く側に回った時に相手のお話に興味が湧き、もっともっと先を聞かせてと願うほど話につりこまれていく、でもそれが一方的に成ってしまうと、もう会話では有りません。

今度は聞く人が話し手が如何に気分良く話させる事が出来るかである。
それは相槌だったり、相手が話しし易いようにリードする事かも知れません。

話し手は自分の話で相手が知識を得たり、愉快な気分に成ったりとか、聞き手は話し手が気分良く話す事が出来る事で、楽しい会話が交わされる事に成る。
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