ダウンワード・パラダイス

「ニッポンって何?」を隠しテーマに、純文学やら物語やら、色んな本をせっせと読む。

「宇宙よりも遠い場所」のためのメモ。02 トリビア(もちろんほんの一部)。

2018-09-29 | 宇宙よりも遠い場所

 トリビアと、忘れがたい演出。
 もちろんほんの一部です。

 01話。「青春しゃくまんえん」
 学校をサボって小旅行をするために、いつもより早起きして早めに家を出たキマリは、自転車に乗って新聞配達から戻る報瀬と、家の前ですれ違っている……という説があるが、真偽は微妙。
 


 合羽を着こんでいるため顔はわからない。ただその下に多々良西高校のジャージを着ているのは確かで、報瀬がジャージ姿で新聞配達をしていることは、EDの映像からわかる。そして、これが報瀬の自転車ではないことも、同じEDの映像からわかる。しかし販売店の自転車ならば前カゴに雨除けのカバーが付いているはずだが、それはない。いっぽう、背後の腰の辺りに通学用のカバンらしき膨らみがみえる。判断はきわめて難しい。
 こんな一瞬のカットでさえ、あれこれ議論を呼ぶくらい、ていねいに作り込まれたアニメなのである(なおぼく自身は、これはやはり報瀬だろうと思っている)。


 02話。「歌舞伎町フリーマントル」
 報瀬と別れて駅舎に入り、改札機を通るさい、日向のICカードの残高は4562円。キマリのほう(名称は「soiya」)は152円。ふたりの懐具合と、性格の違いを示唆しているのだろう。

 03話。「フォローバックが止まらない」
 結月の「軽く死ねますね。」でオープニングが始まり、ラストもまた彼女の「軽く死ねますね。」で締めくくられるが、字面はまったく同じながら、込められた感情は正反対。


 04話。「四匹のイモムシ」
 キマリがはつらつと教室を出て行ったあと、「いつもの席にひとり取り残されている」めぐっちゃんの構図が印象的(バックの二つ並んだ巾着袋が効いている)。めぐっちゃんの心情を仄めかす秀逸なカットは、04話05話において、ほかにもたくさん散見される。


 山頂の岩の上で藤堂と向き合ったキマリが、「ここではない何処か、に行きたいとずっと思ってました。でも、みんなと出会って思いました。何処か、じゃなくて、“南極”だって!」と述べたとき、一陣の風が彼女の髪を揺らして吹き抜ける演出は鳥肌モノ。

 05話。「Dear my friend」
 旅立ちの朝、思わず涙にくれるキマリの父親に母が差し出すタオルが、01話の冒頭でキマリの顔にかぶせたタオルと同じ……だったら凄いと思ったが、さすがにそうではないようだ(色が違う)。ただ、目的もなくダラダラしていたキマリと、生気あふれる今の彼女との対比において、ここで「タオル」という小道具が出るのはたぶん偶然ではない。

 06話。「ようこそドリアンショーへ」
 「ペンギン饅頭号」に乗り込むまで(つまり、まだ「こちら側」にいるあいだ)、日向には「靴(スニーカー)」にまつわるシーンが多い。もちろん陸上部員だった過去を思い起こさせるアイテムとしてだ。出立のまえに汚れたスニーカーを見つめるカット。空港でたまたま部員たちを見かけ、動く歩道でつまずくカット。「アレ」を報瀬に預けるきっかけになったのも、ほどけた靴紐だった。

 07話。「宇宙を見る船」
 冒頭の回想シーン。かなえは、藤堂の緊張をほぐすためにおかしな顔をしていただけだが、貴子は本気で笑わせようとしている。
 中盤の回想シーンで、高校時代の貴子(報瀬の母)が、藤堂吟(のちの隊長)に「南極行こう!」と誘う場所(舘林、つつじが岡公園)は、01話で報瀬がキマリに「じゃあ一緒に行く? 南極!」と誘いかける場所と同じ(02話でも出てくる)。なお、04話で隊長との関係をキマリに問われた報瀬は、「あの人は、おかあさんが高校の頃の知り合い。」と素っ気なく答えている(「友達」ではなく)。

 08話。「吠えて、狂って、絶叫して」
 リアリズムの見地からして、「他はともかくこれだけはさすがに……」と言われそうな例のアレ。夜、暴風と荒波の中で扉を開け、4人一緒に甲板に出ていくシーン。船は傾き、床を滑って手すりにぶつかる4人。頭上から「洗礼」のように降りそそぐ海水。ひとつ間違えば海中に放り出されている。この作品は「リアル・ファンタジー」なんだと弁えて観ていたぼくでさえ、思わず「ああーっ。」と声が出たが、彼女たちがこの夜に得た一体感と覚悟、そして「南極」に向けての高揚感を表現するうえで、「ここはこれしかない。」とスタッフは腹をくくったのだろう。いわば確信犯的な名演出による名シーン。
 なお、次の食堂のシーンはこの翌朝ではなく、日向の「昨日クジラも見ましたから」という発言から、何日か経過した後だとわかる。

 09話。「南極恋物語(ブリザード編)」
 サブタイトルの「恋」は、ストーリーの表面に描かれていたもの(だけ)ではなくて、やはり報瀬と藤堂吟がそれぞれの「母」と「親友」に寄せる感情のことなんだろうなあ……。固い氷を砕いて前へ前へと進む船が、キャラの心情にかぶさるあたり、「物語」ってものは、シンプルであればあるほど深い意味を帯びるってことがよくわかる。
 11話のアレといい、今話の「ざまあみろ」と言い、小淵沢報瀬、生真面目な性格なのに、荒い罵言がこんなにもサマになるキャラクターは他にないだろう。

 10話。「パーシャル友情」
 「ね」「ね」「ねー」は、03話で、3人が結月と初めて話した際に出ている。そう言い合う彼女たちを、結月は目を輝かせて見つめていた。ちなみに、キマリが彼女を抱きしめるのはその時いらい2度目。
 「(ゴミを)焼却するとこんなに少なくなるんだねー。」のくだりは、基地内での生活を織り込みながら、思いを「ね」に集約させる比喩ともなっている。

 11話。「ドラム缶でぶっ飛ばせ!」
 中継カメラの向こうにいる、日向のかつての部活仲間は、前髪を気にしたりして、あきらかにへらへら、ちゃらちゃらしており、報瀬はその様子をちゃんと見ている。さらに、横にいる日向に対して「ふざけんな?(っていう気持なの?)」と問いかけ、「……だな」という彼女の答を確かめたうえで、あの挙に出た。けっして暴走したわけではない。なお、途中で言葉に詰まった報瀬を、うしろから的確に援護射撃するキマリは、やはり主人公である。

 12話。「宇宙よりも遠い場所」
 凍結したパソコンの中身は、実際けっこう大丈夫らしい。ただ、昭和基地に持ち帰ったあと、隊員(たぶん敏夫)に頼んで、念入りにメンテはしたはず。
 パスワードは、最初が母(貴子)じしんの誕生日。次が報瀬の誕生日。誕生日がキーになるのは、前の10話からのつながり。それが1101で、受信トレイがちょうど1101になったとき、画面が報瀬の顔のアップに切り替わり、ついで扉の外の3人へと移る。絶妙の演出。最終的な総数は1483通で、それは13話で藤堂隊長が開いたときに視聴者にわかる。
 堰を切ったように流れ出すメールが、「決壊」のイメージと重なり、3年のあいだ鬱積していた報瀬の感情の暗喩になっていることはいうまでもない。
 間違いなくアニメ史に残る名シーン。


 13話。「きっとまた旅に出る」
 最後に送られてきた(藤堂が貴子の代わりに3年を隔てて送った)メールは、かつて貴子が内陸基地(あるいは雪上車の中か?)でつくったもの。その辺りには電波が届かないため送信はできず、そのままパソコンの中に眠っていた。貴子の遭難は、そのパソコンを取りに帰ったため。メールをつくったとき、貴子は傍らの藤堂と笑い合っており、そのときの様子を、12話の半ば、内陸基地へと向かう雪上車の中で、報瀬が幻視している。
 3年前、藤堂がレシーバー越しに聞いた貴子の最後のことば「きれい……きれいだよ……とても。」が、どの場所で発せられたものかはわからない。ブリザードのさなかにオーロラが見えるとは考えにくいので、実際に見たわけではないだろう。おそらく藤堂と一緒に見た(そして写真を撮って娘に送った)あのオーロラを幻視していたのではないか。
 なお、南極と北極で、オーロラはほぼ同時にみえる。めぐっちゃんがメールに添付していた画像のオーロラは、キマリたちが南極でみたのと同じものなのだろう。



 追記)貴子の末期のことば「きれい、きれいだよ、とても」については、2019年1月19日の記事「宇宙よりも遠い場所・論 53 宇宙よりも遠い場所 11」に対するコメントで、「ZAP」さんから貴重なご意見をいただいた。「ブリザードがやんだあとの星空」をみての言葉だったのではないかという見解である。たしかにそのほうが無理がないし、藤堂たちの「天文台建設」の悲願にもつながる。今はぼくもこちらのほうが有力だと考えている。





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