ダウンワード・パラダイス

「ニッポンって何?」を隠しテーマに、純文学やら物語やら、色んな本をせっせと読む。

宇宙よりも遠い場所・論 04 日向(ひなた)と闇

2018-11-27 | 宇宙よりも遠い場所
 キマリは何しろ「表の主人公」なので、芯は一本通っているし、ストーリーラインのなかで「ここぞ。」という場面ではしっかり仕事をする。
 ただ、ふだんはいかにも子供っぽい。CVの水瀬いのりさんも、ふにゃふにゃした、甘えた感じの喋り方をしている。そういうキャラづくりをしているわけだ。
 キマリが子供っぽいのは、まだ高2なんだから当然といえば当然だけど、これまで「世間(共同体)」や「他人」の悪意にまともに晒されたことがないからだ。
 彼女が初めて「闇」に向き合った(向き合うことを余儀なくされた)のは第5話のクライマックスシーン、南極へと旅立つ朝のことで、この件についてはいずれまた扱うことになる。
 ともあれ、キマリという子はずっと天真爛漫に日々を送ってきた。いっぽう報瀬は真逆である。
 キマリのほかに友達らしい友達はおらず、学校の中では敬遠、ないし軽侮をもって遇されている。そして自分のほうからも、突っ張れるだけ突っ張って、全力でそれに対抗している。「私は性格悪いよ、悪い?」と開き直ってるくらいだ(キマリは笑って「いい!」と受け入れるのだが)。
 だからキマリは、彼女にとって無二の同志であり朋友(とも)ではあるのだが、本当に寄り添い合える相手かというと、すこし微妙なところがある。兼好法師も『徒然草』のなかでいっている。「病気をしたことのない者に、病人の気持ちはわからない」
 そこで物語のなかに、もうひとり大切なキャラクターが招聘される。三宅日向(みやけ ひなた CV・井口裕香)だ。


 彼女がストーリーに(ということはつまりキマリと報瀬に)絡んでくるのは第2話からだが、第1話ですでに、キマリたちがよく立ち寄るコンビニの店員として顔を出している。「南極行きがどうこう」という会話に耳をそばだて、エンドカットでは地球儀を下から覗き込んだりもしている。
 第2話の前半でキマリは、渡航費用を稼ぐべくコンビニでバイトを始める。そこで初めて日向を知るのだが、日向のほうは、キマリが報瀬とふたりで南極を目指してるのをすでによく知っているわけだ。
 日向の第一印象は、その名の通りとにかく明るい。「よろしくぅー」と自分から握手をもとめ、仕事の合間にあれこれ話して終業までにはすっかりキマリと打ち解け、さらに報瀬を呼び出して、自分も仲間に加えてほしいと持ち掛ける。ばつぐんのコミュ力といっていいだろう。
 3人が初めて一堂に会するこの舞台は、狸の置物で知られる舘林の茂林寺公園である。辺りはもう暗いが、ここでも日向は朗らかで、その闊達さが周囲の景物と相まって楽しいシーンになっている。


 だが、「学校を休むことになるけど、いいの?」と報瀬に問い質されて、「平気だよ、高校は行ってないし」と答え、さらに「そんなに驚くことないだろ、中にはいるんだよ、高校行ってない16歳だって……」と続けた時の声音が、ふいに陰りを帯びる。声優さんの凄みを感じさせられるところだ。詳しいことは語られないが、彼女は最初から高校に行かなかったのではなく、ある事件をきっかけに中退に追い込まれたのだった。


 暗いムードは束の間で、バックには軽妙な音楽が流れ、日向もすぐ笑顔をみせる。大学には行くつもりだし、もう高卒認定も取っている。それで受験勉強を本格的に始める前に、なにかひとつ大きなことをしてみたい、という。
 しかしこのあと、自転車で帰る報瀬と別れてキマリとふたりで駅の構内に入ったとき、もういちど彼女がまじめな口調になる。
「……でもよかったよ」
「ふぇ?」
「あたし、あなたたちふたりのこと、嫌いじゃなかったんだよね。ほら、あのコンビニ、たにし(多々良西高校)近いから、生徒いっぱい来るじゃん?」
「うん」
「でも、ふたりだけはなんか別だなァって。空気が違うっていうか」
「そんなこと言われたの……はじめて」
「私さあ、集団の中でぐちゃぐちゃ~みたいなの苦手でさあ、だから高校ムリだったんだけど…………ふたりは、いいなあって」
「いいって、何が?」
「う~ん、なんだろ? 嘘、ついてない、感じ?」
 この会話のあいだに挟み込まれる日向目線の回想シーンが美しい。



 しかし日向はオトナなので、こんなこと言われてちょっとキマリがぽーっとなっているのを見ると、「こうして日向ちゃんはひとの心に取り入るのだよォ。うひひっ。じゃあね~」と軽口を叩いて階段を駆けあがってしまう(キマリとは家の方向が逆なのだ)。
 つまり日向は、南極行きもさることながら、まずはキマリと報瀬の関係性に、ふたりの醸し出す空気の清潔さに惹かれたのだった。
 この「嘘、ついてない、感じ?」という言葉の真意は、第11話まで来て視聴者にようやくわかるのだけれど、「それぞれに輝きの異なる13粒の宝石」とも評される全13話のなかで、第11話はとりわけ多くのティーンエイジャーから支持されている回である。それだけ切実で、若い世代の心に響いたわけだ。
 第11話は日向の回であり、同時に報瀬の回でもあった。日向と報瀬の回だった。その前哨というべき第6話ともども、報瀬×日向ペアはことのほか熱いドラマをうむ。
 この第2話での駅のシーン以降、キマリと日向との純粋なツーショット場面はそんなにない。いっぽう、報瀬と日向とのツーショットは枚挙にいとまがない。このあとで加わる結月もふくめて、もちろん全員仲良しだし、親友には違いないのだが、報瀬×日向ペアはとりわけ強い絆で結ばれている。キマリ×報瀬は別格としても、それに勝るとも劣らない。けだし、報瀬と日向とが「闇」を知る者どうしだからだ。



参考画像。3話より



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