ダウンワード・パラダイス

「ニッポンって何?」を隠しテーマに、純文学やら物語やら、色んな本をせっせと読む。

宇宙よりも遠い場所・論 65 言い残したこと。ハグ(hug)

2019-06-03 | 宇宙よりも遠い場所
 宇野常寛さんが、たしか『ゼロ年代の想像力』(ハヤカワ文庫)の中で、「近代の物語が男(男の子)を主人公にして綴ってきた物語を、ポストモダンだといって、改めて女性(女の子)を主人公にして語り直しても、つまらない。」という意味のことをいっていた。
 言いたいことはわからぬでもないが、たんに機械的に置換するわけではなく、女性(女の子)を主人公にすることにより、これまでにはない関係性がひらけていくことはあると思う。
 「hug(ハグ。抱擁。抱きしめること)」というのもそのひとつだ。男性(男子)のキャラ同士だと、これはなかなか描きにくいのである。


 報瀬と結月が「一人っ子」なのは間違いないだろう。日向については定かではないが、少なくとも作中では「きょうだいがいる」ことを示唆するくだりはない(そもそも家族についての言及がない)。
 めぐっちゃんもまた一人っ子であり、メインキャラ5名のうち、明らかにそうじゃないのはキマリだけだ。
 キマリ(本名・玉木マリ)には妹がいる。名前はリン。ふたり合わせて「マリリン」になるのは、スタッフの遊び心だろう(2話Bパートの「歌舞伎町鬼ごっこ」のさい、キマリが「マリリン」という看板のまえでモンローの真似をするシーンがある)。



玉木リン(CV・本渡楓)
1話より


 「ちょっと頼りなさそうな姉」と「しっかり者の妹」というキャラ類型はよくあって、マリ・リン姉妹もその文脈のうちにある。そんな妹が、そんな姉のことをほんとは誰より大好きで、心から慕っているのも微笑ましきパターンのひとつだ。
 延々と書き連ねた「宇宙よりも遠い場所・論」のなかで、ぼくはほとんどリンについてふれなかったけど、キマリがじつは「お姉さん」であり、しかも姉妹の仲がすこぶる良いということは、キマリの性格を形づくるうえでとても大きかったろう、と思うわけである。


 マリリン姉妹の仲の良さは、5話の「旅立ちの朝」のさいに端的に表れている。


「お姉ちゃん!」



「なんで起こしてくれないの……」
「や……でも朝早いし。」
「心配……」


「はっ……」


「心配しないでいいようにがんばる。」
5話より


 このあとすぐ、めぐっちゃんとの例のシーンがやってくるため、つい印象が薄くなってしまうが、あらためて見れば、これはこれで名場面ではないか。


 13話(最終話)で帰宅した際にも、リンはキマリに飛びついている。2人はこれまで、生い立ちのなかで、こういった抱擁を繰り返しながら成長してきたんだろうなあと思う。


13話より


 キマリが年下の結月に対してしぜんとあんなふうに接することができるのも、きっとそのせいなんだろう。


「な、なんですか!?」


「なんか、抱きしめたくなった!」
3話より


 ところで、抱擁(ハグ)といえば、じつは作中における初のハグシーンでは、キマリはするほうではなくされるほうなのだった。ぼくはこれをうっかりしていて、コメントでのご指摘で気がついたのだが、虎の子の「しゃくまんえん」を返してもらったさい、報瀬がキマリを抱きしめている。これが作中初のハグシーンなのだ。


1話より


 だから1話で報瀬→キマリ。3話でキマリ→結月(横から)。5話でのキマリ→めぐっちゃん(背中から)をはさんで、10話でもういちどキマリ→結月(こんどは正面から)。



「絶交、無効。」
5話より


「ごめん……ごめんね。」
10話より


 それから11話、ルンドボークスヘッタの「地上でいちばんきれいな水」のほとりにて、日向→報瀬。


「連れて来てくれてありがとう。」
11話より


 そのあと大晦日、日本との中継を繋いでのレポート直前に、例のあの報瀬の啖呵があって、結月→日向。


「報瀬ぇ……」
11話より

 わずかに順序が前後するが、報瀬→キマリ→結月→日向→報瀬と、きっちりサイクルになっている。


 むろんこれもスタッフの計算のうちなんだろうけど、ただ、報瀬と結月のラインだけが弱い。キマリと日向は「強盗ごっこ」なんかでじゃれあったりしてるが、報瀬と結月だけは、お互いの性格もあってか、いくぶん距離があるようにもみえる。
 じっさい、この2人のツーショットといえば10話で弓子さんを手伝うところくらいだし、2人だけが絡む印象的なエピソードもない。
 ぼくの考えだけど、12話のあの「宇宙(そら)よりも遠い場所」において、貴子の遺品を探す際、結月だけが手袋を脱ぎ捨てるのはそのせいではなかろうか。
 報瀬本人と触れ合うことがなかったぶん、報瀬にとってのいちばん大切な物を、3人のうちで一人だけ、手袋ごしでなく直にじぶんの肌で掴んだ。そういうことではなかったのかなァ……と思ったりもする。


2 コメント

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Unknown (qrye)
2019-06-25 18:26:54
お久し振り(^^)/

> 「hug(ハグ。抱擁。抱きしめること)」というのもそのひとつだ。男性(男子)のキャラ同士だと、これはなかなか描きにくいのである。
日本が舞台だと Cool が格好いいとされる昨今では男同士のハグは暑苦しいと嫌われる傾向にありますが、
熱血青春ものが流行っていた頃にはドラマもアニメも男泣きで抱き合うシーンは珍しくなかったです。
最近はスポーツドラマ・アニメは見ていないのですが、抱き合うシーンはあまりないのでしょうか。
抱き合ってもさらりと流す感じなのでしょうか。
まあ、狙ってるんで無ければBL系認定されかねないですからね。(笑)

> 日向については定かではないが、少なくとも作中では「きょうだいがいる」ことを示唆するくだりはない(そもそも家族についての言及がない)。
南極からの年賀状の送り先が店長だけでしたよね。
もしや天涯孤独の身の上で部活の苛めもそんな背景もあってなのだろうかと妄想を膨らませていました。
ただ よりもい という作品は表現しない部分をすっぱり切り捨てる事で濃度を上げて尺を間に合わせていた部分も有るので、単純に設定されていないだけかもしれません。
# この よりもい でも切り捨てられた部分が何かというのも物語論としては面白そうですが。

> ふたり合わせて「マリリン」
…まるで思い付かなかったよ。orz

> 報瀬と結月のラインだけが弱い。
確かにこの二人を繋ぐエピソードがありませんよね。
報瀬これまで目的を共有できない友達を切り捨ててきたほうだから結月の悩みに共感し辛いでしょう。
結月にとって友情の形を示した(ドリアンショー&年の瀬放送)のが報瀬なので憧れではあるのでしょうが、報瀬個人を見ると基本ポンコツなので尊敬は出来ないかんじでしょうか。
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お久し振りです。 (eminus)
2019-06-26 06:50:17
 このところ更新サボっておりますが……。
 今年の1月でしたっけ、qryeさんのコメントをうけて、1話での報瀬→キマリのハグシーンに気づき、そこから4人のラインというか、「サークル」に思い至りました。
 たしかに70年代から、ぎりぎり80年代の初頭くらいまでは、スポーツもののドラマなんかで青年どうしの抱き合う場面をよく見ましたね。
 ラグビーなんて、競技のありようそのものが既にして抱擁(絡み合い、という表現のほうが相応しい気もしますが)を前提としてますもんね。
 ぼくもほとんど昨今のドラマやアニメをみないので、ほんとは断言できないんですが、印象としては、やはり激減しているし、あったとしても、ご指摘のとおり、「さらりと流す」感じになってるように思います。
 「熱血」から「cool」への嗜好の変化ということでしょうか。成人男性にせよ未成年にせよ、そういった表現は、これもまたご指摘のとおり、涼しげで、さらさらで、汗の臭いのしない「BL系」的なものへと収斂されているように感じています。


 日向の家族の件については、ここに書かれたことそのままを、ぼくも考えておりました。
 例えばだけど、2クール(26話)分の尺があったら、スタッフも、日向の家族について設定したかもしれないし、報瀬の父親についての詳しい言及もあったかもしれない。
 でも、もしそうだったら、この作品はここまでの密度をもたず、あれだけの訴求力をもちえなかったかもしれない。
 これは続編うんぬんについてもいえることだけど、「2クール(26話)分のよりもい」というのは、「想像したくもあり、したくもなし……。」という感じですね。


 報瀬と結月。この黒髪ぱっつん美少女ふたりの共通点は、根が生真面目というか、カタいところでしょうね。
 結月→報瀬のハグってものはちょっとありえないだろうし、報瀬→結月のハグも、よほど条件が揃わなければ難しそうです。
 でも、こんな記事を書いといてアレなんですが(まあ、この記事を書いてから改めて考えたんですが)、雪上車という密閉空間で生死を共にして、4人いっしょに「宇宙よりも遠い場所」を目指し、
 あれだけのドラマを分かち持って、
 報瀬のいうとおり、「恥ずかしいことも、隠したいことも、ぜんぶ曝け出して/一緒に、ひとつひとつ乗り越えて」きたわけだから、
 キマリのいうとおり「『私』たちは、もう『私たち』」になっていて、
 誰が誰をハグしたか、ということは、ひょっとしたら、もはや彼女たちの中では、さほどたいした違いではない……のかもしれません。



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