ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

博士と狂人

2020-10-14 23:58:55 | は行

実話というのが凄すぎる。

 

「博士と狂人」71点★★★★

 

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1872年、ロンドン。

 

元アメリカの軍医にして、博学&聡明な

ウィリアム・チェスター・マイナー(ショーン・ペン)は

しかし、南北戦争での過酷な体験で幻覚を見るようになり

それがもとで、ある男を殺めてしまう。

 

法廷で、心の病により無罪となったマイナーは

精神病院に拘禁される。

 

同じころ、オックスフォード大学では

頓挫しまくっている「英語大辞典」の新たな責任者選びが行われていた。

 

新たに浮上したのが、ジェームズ・マレー博士(メル・ギブソン)。

苦学の末、独学で多くの言語をマスターした彼に

この大仕事の舵が任されることになった。

 

が、すべての単語とその変遷を収録することを目的とした辞典の作業は

あまりに膨大で

あっという間に、マレーは壁にぶつかる。

 

そんなマレーがとったある方法が、

精神病院にいる眠れる知の巨人・マイナーと

マイナーとをつなぐことになるのだが――?!

 

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第一版発行まで70年以上を費やした

オックスフォード英語大辞典(=つまり日本でいえば国語辞典ですね)の誕生秘話。

 

辞書作りは、マジで忍耐と狂気の沙汰だ!と

堪え性のない我が身からすると、つくづく感じるし

本当に、関わる全員が神でしかない(笑)

 

しかも、実話というのがスゴイなあ。

 

独学で言語学者になったマレー博士が

辞書編纂を任されて、思いついたのが

「市井の人々に協力してもらう!」という方法。

 

どんな方法かというと

マレー博士は出版されるあらゆる本に

「あなたが見つけた単語や出典を手紙で送って?

ぜひ世紀の辞書作りに協力を!」と呼びかける手紙を挟んだんですね。

 

で、いろんな人が、それに協力する。

そんななか、殺人犯にして精神病棟に収監されていた

マイナー(ショーン・ペン)もそれを手にする。

 

で、

彼の驚異的な記憶力と分類能力のおかげで

不可能、と言われていた辞書作りに光が見えてくる――!という展開なんですね。

 

しかし、話はそう簡単にハッピー!にはいかず

精神を病んでしまっているマイナー博士の苦しみも

しっかり描かれている。

 

もちろん主演の二人は素晴らしいのですが

(まあ、構想から20年かけたというメル・ギブソンさんは

毎度な感じですが、ちょっと力入りすぎな感じも・・・笑)

 

なにより、本作は脇役がいいんですよ。

マイナー氏の精神病院の看守は

「おみおくりの作法」(13年)のエディ・マーサンだし!

 

学士号も持たない、と当初鼻にもかけられなかったマレー博士を推し、

絶妙にサポートする大学側の要職者フレデリックを演じる

スティーヴ・クーガンもいい!

「メイジーの瞳」(12年)名作!とか、「あなたを抱きしめる日まで」(13年)とかにも出てます。

 

どちらも顔を見れば、あ、あの人!と思うはずです。

 

先日、朝日新聞の朝刊広告で

金田一秀穂さん×ロバート・キャンベルさんの対談をまとめさせていただきました。(これで読めるかしら?)

言語の達人たちが語る、本作への思い

すごーくおもしろいです。ちょっとショートバージョンですがぜひ!

 

★10/16(金)からヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国で公開。

「博士と狂人」公式サイト

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わたしは金正男を殺してない

2020-10-11 17:03:03 | わ行

このお二人、憶えてますよね?

 

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「わたしは金正男を殺してない」71点★★★★

 

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2017年2月13日、マレーシア・クアラルンプール空港で

白昼堂々、顔に猛毒のVXを塗られて殺された

北朝鮮の最高指導者、金正恩(キム・ジョンウン)の異母兄である

金正男(キム・ジョンナム)。

 

ロビーに入ってきた彼が、医務室に行くまでの一部始終が

監視カメラに写っていたこと、

さらに実行犯として逮捕されたのが二人の女性だったことなどで

あまりの堂々たる暗殺っぷりに、衝撃が走ったものです。

 

あれから3年。

あの事件は、逮捕されたあの二人はどうなった?のその後を追う

ドキュメンタリーです。

 

あの事件は日本でも大きく報道されたし

実行させた北朝鮮の男たちがすぐに出国し、とんずらしたことも知ってた。

彼女たちだけの犯罪でないだろうとは、みんな思っていたと思う。

しかし彼女たちが何も知らなかったとは、当時は信じがたく

逮捕後、彼女たちが

「日本のやらせ(ドッキリ)番組だと聞かされていた」と供述し、

「んなバカな!」「すげえ言い訳」と、正直、思ってました。

日本の名前が出たことに、拒否反応もあったのかもと思う。

 

で、その後、どうなったかはまったく知らなかった。

本作を観る前も、「殺してない?」と、やや懐疑的でした。

 

さて、真実は?――をぜひ観ていただきたいのですが

ここでは、結論を言ってしまってもよいかなと思う。

 

事件で逮捕されたのは

インドネシア人のシティ・アイシャと

ベトナム人のドアン・ティ・フォン。

 

映画では二人の弁護団やジャーナリストたちが

監視カメラや、二人がSNSに残してきた足跡、

あらゆる証拠を集め、

さらに田舎から都会に働きにきていた彼女たちの苦境や

これまでの人生をもつまびらかにしていく。

 

さらに、金正恩(キム・ジョンウン)と金正男(キム・ジョンナム)の間になにがあったのか、

どういう関係だったのか――なども、専門家が教えてくれる。

 

そして、

彼女たちが「何も知らずにやらされていた」ことを明らかにしていくんです。

 

しかし、そのことが自明となっても

マレーシアという国と北朝鮮の関係や利権、政治的判断などが絡み

裁判所でも

「彼女たちを死刑にしてしまった方が、都合がいい」という空気が満々なんですよ。

 

弱い立場の女性2人が、利用され、スケープゴートになり、

本当に死刑になるかもしれない――

実に恐ろしい話です。

 

しかし考えてみれば

あれだけの事件も、すっかり忘れ、

この二人のこともすっかり忘れていた

ワシも、その片棒を担いでいたんじゃないか?

 

どんなに衝撃的なニュースも、あっという間に消費し、

関心を失ってしまう。

そんな我々こそが、刃を手にしているのではないか?

そのことが真に恐ろしく、

反省をするのであります。

 

そんななかで、真実を追い続ける

心ある弁護士やジャーナリスト、ドキュメンタリストには

リスペクトしかありません。

 

彼女たちがどうなったかを、ぜひ直視していただきたいと思います。

 

★10/10(土)シアターイメージフォーラム、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開。

「わたしは金正男を殺してない」公式サイト

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ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ

2020-10-10 18:44:19 | ら行

じわじわと来る、「あとじわ」系。

 

「ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ」73点★★★★

 

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サンフランシスコで生まれ育ったジミー(ジミー・フェイルズ)は

祖父が建て、かつて家族と暮らし

しかし、すでに人手に渡ってしまった

思い出の宿る家を愛している。

 

ある日、現在の家主が

その家を手放すと知ったジミーは


友人モント(ジョナサン・メジャース)の助けを借りながら

再びこの家を取り戻すべく

奔走するのだが――?!

 

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祖父が建て、いまは人手に渡った実家に

こだわり続ける青年と、その親友のつながりを描く物語。

 

新しいのに、懐かしく

どこか文学的で、静かなSFのような雰囲気もある

不思議におもしろい作品です。

 

おなじみ気鋭のA24×ブラピ率いるプランB作品だそうで

ああ、なるほど!

 

ハッとさせるカメラワークや音楽、

独特の語り口とリズムをもつ、映画文体。

そこにある空気を味わう・・・という感じなんですよね。

 

いつもどおり、予備知識ナシで観て

「若者が撮ったとしたら、どんだけ渋い、いい趣味なんだ!」と思ったんですが

実際、若者が撮ってた(笑)

 

主人公ジミー演じるジミー・フェイルズと

ジョー・タルボット監督は10代からの友人だそうで

センスよく、いい意味で老成してる感ありあり。

 

ジミーの実家があるサンフランシスコの街は

かつて日系人たちが住み、1941年のパール・ハーバー攻撃で彼らが収容所へ強制移住させられ

その後、ジミーの祖父らの世代の黒人たちが住み、

やがて家賃が高騰し、黒人たちは出て行かざるを得なくなり、

いまはリッチピープルたちが暮らし、

かつての住人はワゴン車で暮らしていたりする――という歴史の変遷と事情がある。

 

いくら、その家を愛していても

しがない暮らしをしているジミーに、手が届くわけないんです。

でも、あきらめられない。

 

そもそも、なんで世の中は、こんな状況になっちまったのか。

そんな叫びも内包していて、

ちゃんと深い。

 

 

なにより

ジミーがこだわっている家が

「プール付き豪邸」とかではなく、

レトロな祖父の家っていうのが、いいんですよね。

 

美しいヴィクトリアン様式の家だけど

いまどきの趣味からいうと、ちょっとテーマパーク風で、キッチュともいえる。

こういう家にこだわる、ってのが、じわじわとツボる。わかる。

 

ワシも子ども時代に行った

渋谷の裏手にあった、おじさんちが忘れられない。

 

レトロな一軒家の

使い込まれた板の間、台所の灯り、雑多な空間――

取り壊される、と聞いて見に行ったときも

アパートになってしまったあとも

ついつい見に行ってしまうんですよ。忘れられないの。

 

もちろん、そんな一等地、手に届くわけもないじゃん!って

ああノスタルジー。

 

そういうのあるある、って感じる方、ぜひ!

 

★10/9(金)から全国で公開。

「ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ」公式サイト

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異端の鳥

2020-10-07 20:22:41 | あ行

これは究極のトラウマ映画!

すさまじい強度なので気をつけて。

 

「異端の鳥」72点★★★★

 

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第二次大戦中、東欧のどこか。

ホロコーストを逃れ、一人田舎に逃れた少年は

いつか両親が迎えに来てくれることを夢見ながら

老婆と孤独に暮らしている。

 

周囲の子どもたちはそんな少年を

「異物」として扱い、残酷ないじめを加えていた。

 

が、老婆が亡くなったことで身寄りをなくした彼は

大人たちからも「異物」と見なされ、

袋だたきにされる。

 

そして村から追い出された少年は

なんとか生き延びようと歩き出す。

 

そして、さまざまな人に出会うが――。

 

**********************************

 

ホロコーストから逃れるために

たった一人で田舎に疎開した少年が

想像を絶する差別と迫害を生き抜こうとする物語。

 

原作は、自身もホロコーストを生き延びた

ポーランドの作家イェジー・コシンスキが1965年に発表した小説で

しかしあまりの内容に

ポーランドで発禁になり作者は自殺――という

ものすごい話なんですが

 

で、そんな話をこれ以上ないほど、陰鬱に黒く暗く

完璧に映像化したのが本作です。

 

モノクロームの映像の容赦ない強度、美しさは

「サタンタンゴ」(94年)「ニーチェの馬」(11年)

タル・ベーラ監督を思わせもするのですが

 

うう・・・これは・・・

観ながら、マジで心が石になっていく感じ。

 

 

あまりにも、いや〜なイジメの連続。

しかも全てに動物が絡んでくる、という

心に傷を塗りたくる、念の入りよう。

 

3時間目を離させないものすごい強度を持ってはいるんですが

陰鬱な気持ちになることは間違いなく、

ぜひおすすめ!とはとても言えません。

 

何の罪もない少年が

ホロコーストを逃れ、田舎に疎開する。

しかし子どもたち、そして大人たちも

彼を「異質」な存在として徹底的にいたぶり、排除する。

 

村を追い出された少年は、それからさまざまな人々と出会ってゆくのですが

ようやく一息つけたり、かすかに巡りあえたにみえる平穏も

監督は容赦なく、あっという間に一切合切奪ってゆく。

 

その繰り返しのなかで、少しの希望が見えても

「どうせ、また・・・」と思ってしまう。

酷い仕打ちに、心が慣れてしまい

だんだん感覚がにぶり、麻痺していく。

それが一番、まずいことなんだと、わかってはいるのだけど・・・

 

すべてのエピソードが強烈に心に残るのですが

「異端の鳥」のタイトルになった

ペンキを塗られた鳥が、仲間たちにいたぶられ、殺されるエピソードが

やはり端的に、核心をついてくる。

 

人間だけでなく、動物も、異質なものを忌み嫌い、排除する。

これもすべて自然の摂理なのか――

ホントに生きていることがいやになってくるぜ!(泣)

 

特にこんなご時世、

とことんダウナーになるので、

むやみに観るのは気をつけていただきたいのですが

 

じゃあ、なぜ、いま、この話がこんなに痛いのか。

そこが壮絶に重要なポイントなわけですよね。

自身の経験を、歴史を、

ワシなどは想像もできないような苦痛を耐えて物語に昇華し、亡くなった

作者の思いを、受け止めなければ

愚かな人間は、何も学ばないのだと。

 

あらゆることが歯がゆすぎて、ニュースを観るのもうんざりして

思考停止に陥りそうな自分に

カンフル剤としては、ものすごく効きました。

 

★10/9(金)からTOHOシネマズ シャンテほか全国で公開。

「異端の鳥」公式サイト

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本気のしるし 劇場版

2020-10-06 23:20:57 | は行

やられた!えぐられた!

間違いなく今年No.1の「泥沼映画」です!(笑)

 

「本気のしるし 劇場版」90点★★★★

 

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おもちゃを販売する中小企業に勤める辻(森崎ウィン)は

誠実で、社内の評判もよい青年。

 

お人好しで、NOといえない性格ゆえか

はたまた「考えなし」なのか

実は社内で人気の社員・美奈子(福永朱梨)や

お局様扱いされている細川先輩(石橋けい)と

関係を持っている。

 

そんなある夜、彼はコンビニで

不思議な女性・浮世(土村芳)を助ける。

 

トラブルメーカーの浮世を、なぜか放っておけない辻は

彼女と関わったばかりに

次々とトラブルに巻き込まれてゆき――?!

 

********************************

 

「淵に立つ」(16年)そして最近では「よこがお」(18年)も素晴らしかった

深田晃司監督の新作。

 

最初は19年10月からドラマとして放送されたもので

大反響を受けて、ディレクターズカット版として映画化。

そして今年、カンヌ国際映画祭オフィシャルセレクション2020に選ばれた、という

まあ期待度満点な作品です。

 

ドラマは未見で

上映時間が4時間?!と思ったけれど、そんなものものともせず。

えぐられた! ぶちのめされました。

間違いなく、今年No.1の泥沼映画。

 

善とは?人の本質とは?――を考えつつ

予測不能の悲喜劇の渦に巻き込まれる。

深田監督は本気で天才だと思います(マジで。笑)

 

 

まず冒頭、主人公・辻(森崎ウィン)を一瞬の描写で

「この人は誠実な人だな」と思わせておいて、

実は、深い考えもなく、テキトーに会社の女を喰ってることを明らかにし

あっさり裏切る(笑)

いや、たしかに、悪いヤツではなく

とことんお人好し。

 

 

そんな彼が、謎でヘンな女(土村芳)に出会い、

おかしな状況に、巻き込まれていく。

 

「なんで、こんな女を?」「もう、放っておきなよ!」とイライラしつつも

目が離せない(苦笑)

 

めくるめくミステリーでありサスペンスであり、

善意とは何か? 人がいいとはなにか?――と、人間の根源を問うてくるんですよ。

 

ヘンな女・浮世は

ゆらゆらとフラフラとしていて、スキだらけの

一番たちの悪いタイプの女なのですが

しかし「ああ!いる!○○に似てる!」と、友人を思い浮かべさせる苦いリアルさ(笑)

 

そして、浮世の数少ない友人である女性の言葉がハッとさせる。

「スキがあることはそんなに悪いことなんですか。

そこを突いてくる人がいるから、こういうことになってしまうのではないですか」

 

――ぐっ。・・・・・・そのとおりですよね、世間!男子!

 

そのほか

ヤクザ者の脇田(北村有起哉)、

頼れそうで実は繊細な細川先輩(石橋けい)など、

脇役含め、4時間のなかで

「え、この人、こういう人だったんだ」と

人間の多面性を自然に、鮮やかに切り取る。

 

ちっちゃな街の、ちっちゃな世界で起こるそれは

「世紀の大事件!」ではないかもしれないけれど

しかし日常のなかでは相当な事件である恋愛や転職――などが劇的に展開して

その壮絶なアップダウンに見入ってしまうんです。

 

 

そこで起こる、復讐や因果応報の皮肉。

エンディングも一筋縄ではいかない。

 

どんだけ人間観察力と洞察力あるのか?

 

人と人が関わり生きるこの世は

それだけでホラーで奇跡だ!と思わされるのでありました。

 

監督が掘っているものは

それこそシェイクスピアや O・ヘンリ、バルザックなど

人間の行いを見つめ、業や皮肉を描いてきた古典につながると思う。

 

人の営みが続く限り、深田監督は

己が吸収してきたものを、消化し、

まだまだやり続けてくれるだろうな。

AERA「現代の肖像」で深田監督を取材させていただいたのが2018年。

 

いやあ、本当に

光栄だったなあと、いま思うのです。

 

★10/9(金)からシネ・リーブル池袋ほか全国順次公開。

「本気のしるし 劇場版」公式サイト

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