ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

ジュリアン

2019-01-23 23:40:05 | さ行

一度でも、こうした経験のある人は

その傷がうずくにちがいない。

 

「ジュリアン」71点★★★★

 

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離婚を申請中の

妻ミリアム(レア・ドリュッケール)と夫アントワーヌ(ドゥニ・メノーシェ)。

妻は夫からの一切の連絡を拒絶したいと訴えるが

夫は「妻はおかしいのだ」と訴える。

 

結果、裁判所は夫の言い分を採用し

子どもの共同親権を認めた。

 

18歳の長女は対象外となるが

11歳の息子ジュリアン(トーマス・ジオリア)は週末に

父と会うことになった。

 

会うたびに「母の新しい住まいは?連絡先は?」と聞いてくる父から

ジュリアンは必死に母を守ろうとするのだが――?!

 

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フランスの新鋭グザヴィエ・ルグラン監督の作品。

 

独特の語り口が新しいんですが

冒頭、家庭裁判所でのシーンが延々続くところなど

意図とリズムが掴めなくて、ちょっとのるのが遅くなった。

 

でも、その不思議なリズムにのると、ハマっていきます。

 

離婚調停中の夫と妻。

妻は夫のDVや、その危険性を訴え、

夫の側は妻のほうが異常なんだと訴える。

 

それぞれの言い分は食い違い、裁判所は結局、夫の言い分を取る。

 

実際、見ていて夫もまあ、まともそうな人物に見えるんです。

 

が、物語が進むと

結局、この判断が過ちだった――ということにつきるわけですね。

 

ストーカー夫の危険性を見極められなかった行政によって、

少年ジュリアンも、その母も、とんでもない恐怖を味わうことになる。

 

 

ピーピーと耳障りなシートベルト着用の警告音や、

深夜になり続けるドアの呼び鈴――

独特の語り口のリアリティによって、身近なモンスターの恐ろしさが際立ち、

その顛末は、けっこうなホラーとなっていく。

 

一度でも、こうした経験のある人は、その傷がうずくと思う。

それほどに怖いです。

 

監督は短編から、この「ドメスティックバイオレンス」というテーマを追っているそう。

自身の両親も離婚しており、監督自身は暴力を経験していないそうだけど

難しい家庭環境をよく知っているんだなあと思う。

 

どんな過去があるのか、

深く聞いてみたくなってしまうのでした。

 

★1/25(金)から新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開。

「ジュリアン」公式サイト

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天才作家の妻 40年目の真実

2019-01-22 23:17:59 | た行

祝!グレン・クローズ、ゴールデン・グローブ賞主演女優賞受賞!

 

「天才作家の妻 40年目の真実」71点★★★★

 

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現代文学の巨匠・作家ジョゼフ(ジョナサン・プライス)は

その朝、1本の電話を受け取る。

それは「ノーベル文学賞受賞」の知らせだった。

 

40年、苦節をともにしてきた妻ジョーン(グレン・クローズ)と

手を取って大喜び――!だったが

しかし、どこかジョーンの様子がおかしい。

 

そこには夫が隠してきた、ある「秘密」があった――。

 

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夫の「秘密」にまつわるミステリーかなと思うんですが

間に挟まる、妻ジョーンの回想シーンで

意外と、早々にネタがあがります。

 

事の発端は1958年。まだまだ女性作家は活躍できない時代。

そんな時代に夫は、教授として教え子だったジョーンに出会う。

ジョーンは、文才ある優秀な学生だったんですね。

で、二人は恋に落ち、結婚する。

で、その後、夫は妻の「支え」あって人気作家となるわけですが、

その「支え」って、いったい?――という。

 

ノーベル賞、という題材は特殊だけれど

長年のパートナー間には多かれ少なかれこういうことはあるよね、という

妙に共感できる話なんです。

 

夫婦間のパワーバランスというのでしょうかね、

「片方が片方を喰った」とか「犠牲になっている」という思いが

こういう状況を引き起こしているわけで。

 

では、ズバリ、妻は夫のゴーストライターだったのか?ってことなんですが

いやいや、

ノーベル賞という最高名誉を前に、妻の感覚も歪められているのかもしれない。

その真実こそが、最大の「秘密」というわけです。

 

「ノーベル賞、取っちゃった~!」とベッドで飛び跳ねる

無邪気な夫、ジョナサン・プライスも名演ですが

やっぱりグレン・クローズの芝居が圧巻。

夫が賞賛を浴びる横で「なんか、モヤモヤ!」という

心境の露出が見事であります。

せっかくのハレの旅行や食事なのに

夫「どうしたの?機嫌悪いの?(無邪気)」

妻「なんでもないわよ!(イライラ・・・)」みたいなの、これもあるよねえ!(笑)

 

そして

回想シーンで若き日の彼女を演じるアニー・スタークにも注目。

美人すぎるなあ、でもグレン・クローズも昔はこんなニュアンスもあったなあ

とか思いながら観ていたら

なんとグレン・クローズの実のお嬢さんなんですよ!

ううむ、これぞ、年輪。

 

映画com.さんにもレビュー、書いてます~

★1/26(土)新宿ピカデリー、角川シネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国で公開。

「天才作家の妻 40年目の真実」公式サイト

 

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バハールの涙

2019-01-18 00:33:20 | は行


美しい、ときに静謐ですらある。
戦闘真っただ中の話なのに・・・!



「バハールの涙」73点★★★★

 

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2016年。

ISと闘う兵士たちを取材する

女性記者マチルド(エマニュエル・ベルコ)は

女性戦闘員で構成された部隊に接触し、

リーダー格の美しい兵士バハール(ゴルシフテ・ファラハニ)に出会う。

 

彼女はISにさらわれた幼い息子を取り戻すために闘っていた。

 

バハールにくっついて戦場で取材を進めるうちに

マチルドは彼女の過去を知ることになる。

 

2014年8月。
突如、バハールの故郷の村はISに襲われた。

男たちは殺され、そしてバハールたち女は、性奴隷として売られたのだ――。

 

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2018年ノーベル平和賞を受賞した

ナディア・ムラドさんの体験でも話題になった

ISによる虐殺と非道を、女性記者の目線で描いたドラマ。


この女性記者にもモデルがいて(メリー・コルヴィン(wiki)
さらに監督自身も現地で取材し、女性兵士たちの声を聴いたそう。

 

そんなリアリズムを背負った作品だけど

まず驚いたのはその表現が
静かで、美しく、詩的ですらある、ということ。

バハールを演じるゴルシフテ・ファラハニ

「彼女が消えた浜辺」「パターソン」の彼女ね)の美しさも、もちろんあるけど、
女性監督ならではの「描き方、切り取り方」も多いにあると思う。

銃撃だけでなく、その合間の静けさ――
恐怖に荒くなる息遣い、爆風による砂塵に覆われて真っ白になる視界、

その静寂こそが恐怖であり
そしてその恐怖は、まだ終わっていないのだ、ということが怖かった。



ナディア・ムラド氏を追ったドキュメンタリー
「ナディアの誓い」(2/1公開)と併せて観るとより、この現実がリアルになると思う。

あちらには、逆に状況説明など
あまりなかったりするので
本当は2本立てでおすすめしたいくらいですわー(笑)。

さらにこれは
「ラジオ・コバニ」の発端にも通じているので

併せてチェックをぜひ!

 

★1/19(土)から新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほかで公開。

「バハールの涙」公式サイト

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夜明け

2019-01-16 23:53:51 | や行


是枝裕和×西川美和氏の愛弟子の初監督作。

力作と思う。



「夜明け」71点★★★★



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とある、郊外の田舎町。

朝、釣りをしにきた哲郎(小林薫)は

水際に倒れている青年(柳楽優弥)を見つける。

 

哲郎は青年を助け、自宅に連れ帰り、介抱する。

そして行く当てのなさそうな彼を、

哲郎は自身の経営する木工所で雇おうとする。

 

何しに来たのか、どこから来たのか
何もかもハッキリとしない青年をなぜ、そこまで?

そして青年には、何があったのか?


そこには、お互いの、ある過ちの過去があった――。



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是枝裕和×西川美和氏が立ち上げた

制作者集団「分福」の新人、広瀬奈々子監督のデビュー作。


全てにおいて、もそもそ、モゾモゾ、はっきりしない青年(柳楽優弥)の
会話にならない遠慮や恐縮、
ときどき爆発する不安定さ。

観ていてかなりイラッとするんですけど(苦笑)

その「居かた」は
若者らしく、かなりリアル。



手持ちカメラの手ぶれ、
日暮れ、夜明け前など「暗さ」を生かした映像も

ドキュメンタリーとリリカルのはざまを切り取るようで、印象に残りました。

 


見ず知らずの青年の面倒を見るおっさん(小林薫)も

青年が働くことになる木工所の従業員たちも

優しすぎるほどにやさしく

青年は
やさしさ、にくるまれてはいる。

なのに、どうしても、それをそのままに受け入れられない。

 

そのモゾモゾ。

 

なぜ、おっさんがそこまで彼にやさしいのか。

そこには自身が息子を亡くした経験をしている、という背景があり

彼は青年に、亡き息子を投影するわけですね。

 

父と子のぶきっちょな関係、青年が犯した過ち……

核となるもの自体には微妙に既視感があり、話の甘さも気になりはする。

 

ただ、その描写の「空気」に「いま」があり、
目を離せずに見入ったのはたしかです。

 

そして、たまたまなのですが

昨日、試写で観た

スティーブ・カレル×ティモシー・シャラメ主演の「ビューティフル・ボーイ」(4月公開)

この映画にすごく通じるものを感じたのです。

やさしさに包まれているのに、そこに居られない青年。

なぜ、何が苦しいのか。

もがく若者をそのままに、なところが「いま」の叫びなのかもしれない。

 

★1/18(金)から新宿ピカデリーほか全国で公開。

「夜明け」公式サイト

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ヒューマン・フロー 大地漂流

2019-01-10 23:34:00 | は行


ユーモラスにひょっこりと
世界の「現場」に表れ、斬り込む。

彼は静かに怒れる中国のマイケル・ムーアだ!

 

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「ヒューマン・フロー 大地漂流」75点★★★★

 

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闘う現代美術家アイ・ウェイウェイが

世界の難民を写したドキュメンタリー。



美術家にして、社会活動家であり
中国当局からマークされ、しかしそれをユーモアとアートに昇華する、彼の波乱の人生は

ぜひ映画「アイ・ウェイウェイは謝らない」を参考にしていただきたいのですが

今回はそんな彼が「難民」問題に焦点を当てて
世界23カ国、40カ所の難民キャンプや現場を取材したドキュメンタリー。

 


ギリシャに流れつくシリア難民に、バングラディシュに逃れたロヒンギャ、

パレスチナ難民にアフリカ難民――

世界にこんなに難民がいるとは!とあ然。

2018年、世界の難民は6850万人にのぼるそうですから、さもありなん。

 

ただ、ニュースなテーマだけど、描き方は独特。

まず冒頭から
ドローンを巧みに使った映像の美しさに圧倒されます。

美術作品のようなフレームワークのなかで
祖国を追われ、寄る辺なき悲しき人々の現実が
ニュースとは別の視座から描かれていく。


特に解説もなく、合間にピリッと辛い詩が挟まり、

アイ・ウェイウェイ本人も画面に積極的に登場し、
彼らの内側に入り込み、ユーモアを忘れず、会話を交わし、心を沿わせていく。

 

この視点とスタイルは

故郷・中国を追われ、いまはベルリンに暮らし、

安全を脅かされる身だからこその、

共感と距離感から生まれていると思う。



アキ・カウリスマキ監督が

難民を「人」の物語として描くことで、問題を提起し、彼らに「顔」を与えているように、

アイ・ウェイウェイはまた別のやり方で、彼らの「顔」を描き

この問題へ想いをはせるよう、我々を導いているのかなと思います。



「受け入れてくれたら、必ず、恩を返す」――

カメラに向かってそう話す難民の「生きようとする力」に

何度も熱いものがこみ上げました。

 

そして

1/12発売の「AERA」で

闘う美術家としての側面からアイ・ウェイウェイを紹介する記事を書きました。

都内でいま見られる彼の美術作品もあります。

「カタストロフと美術のちから」展(六本木、森美術館で1/20まで開催中)

 

ぜひ映画と合わせてご一読くださいませ!

 

★1/12(土)からシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開。

「ヒューマン・フロー 大地漂流」公式サイト

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