Retriever Legend's blog

散歩好き、本好き、惰眠好き、犬大好きの彼(旦那)の戯言を僕が代弁します。

ちょっと一服 NO.129

2016-06-10 09:51:24 | 走り書き

アヘ首相の消費税再延期、G7で経済危機同意を得られず、苦肉の策として「新しい判断」を理由としていますが、「古い判断」なんてありません。

「判断」は常に新たな営為です。
「破綻したアホノミクス」を糊塗していると見透かされることに気付かないのでしょうかね。


スタンドプレー大好物の枡添ケチジは、ヤメ検のお粗末過ぎる調査書で「逃げ切り」できるのかな?

 

朝日(6/3夕刊)、「羽田闘争 命落とした友へ」で「10・8山崎博昭プロジェクト」が結成されたことが報じられました。

1967年10月8日、佐藤栄作首相の南ベトナム訪問を阻止するため反戦を訴える学生数千人が羽田空港に通じる弁天橋で機動隊と激しく衝突、京都大生の山崎博昭さんが亡くなりました。

この羽田闘争は、全共闘などの学生運動が活発化・過激化の要因のひとつと言えます。

高校や京大の同窓生らが「10・8山崎博昭プロジェクト」を結成、山崎さんの追悼碑を建て、60~70年代の反戦運動の資料展を開く計画を進めています。

これは、半世紀あまり新左翼の学生運動を単に引き摺っているだけのことです。

 


6月3日朝日新聞夕刊より(2015.11.7講演会の様子 右 三田誠広 左 山本義隆)


アヘ政権は日本会議の影響をダイレクトに受けていますが、「成長の家」に出自がある椛島有三グループ(日本青年協議会、日本会議)、伊藤哲夫グループ(日本政策研究センター)、中島省治・教団グループ(谷口雅春先生を学ぶ会)及び周辺の団体が支援・協力しています。

椛島有三、伊藤哲夫、中島省治を束ねているのが「天才的オルガナイザー」と評される安東巌です。

そもそもこれらのグループは、長崎大学紛争(1966年全共闘(反帝学評)が学生会館占拠に端を発し、1969年5月に長崎大学学生協議会(椛島有三議長・生長の家の学生組織が主体)がバリケード封鎖を実力排除した民族派学生運動が出自(後の全国学協へ)となっています。

学園正常化の運動の組織化は「長崎学協方式」と言われ、「自治会とサークルと一般ノンポリ学生を組織化する」手法でした。

これは現在の「国会(議員)、日本会議、国民を組織化」と同じ戦略で、安東巌、椛島有三、伊藤哲夫、中島省治は50年近く今なお民族派の学生運動を続けていることになります。

民族派は強かに、新左翼は線香花火?

 

* 日本会議から出版停止の申し入れのあった「日本会議の研究」(菅野完 扶桑社)、朝日新聞6/3夕刊、Wikipedia等を参照。


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