Retriever Legend's blog

散歩好き、本好き、惰眠好き、犬大好きの彼(旦那)の戯言を僕が代弁します。

共・有時試論 補遺その10

2011-12-19 21:40:35 | 異形の滓
自 由(freedom、liberty)その1

言葉が与えられていない事象から、言葉をすくい上げると次第に劣化(腐敗)し、果てにはそもそもの事象を異化させます。

愛犬と愛猫は一日中したいことをして過ごしています、そこに「自由」の認識はありません。(と思われます。)
愛猫は、ベランダのガラス越しに、庭に来る野鳥を見続け、また野鳥がやってくるのを待ち続けて半日過ごすこともあります。

商いに従事していると自分と対極にあると考えます。
ですから、朝晩の食事、オヤツ、散歩は飼い主に管理されているのですが、「不自由」の認識はありません。(と思われます。)

「自由」という語彙についても、以前取り上げましたが仏典の「自ずからに由る」と。
「自らによりなさい」の「自ら」そのものが手強く先哲(現在も)のテーマ(命題)になっています。

今回のメモは、「自ら」そのものではなく、また、己の「自由」と他者の「自由」の関係(衝突)をメモするものではありません。
初めに書きましたように「事象の異化」となる例をひとつメモするものです。



フリーダム(freedom)は、遡れば、好ましい、愛おしい、温和で、優しいなどの意味で、またリバティ(liberty)は、解放する、しなくてよいなどの意味であり、現在の自由(気ままさ、傲慢さ、自由奔放、自己決定の権利等)とは異なる語彙でした。

また、freedom、libertyともに、「高貴なる者の特権」と定義されていた時代もありました。

つづく

*金正日が病死しました、陰謀説はないのでせうか。


*周辺国にとっては、絶好とも言える機会だと考えるのですが。