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函館市とどほっけ村

法華宗の日持上人にまつわる伝説のムラ・椴法華。
目の前の太平洋からのメッセージです。

まだいけるぞ!

2009年06月17日 15時03分59秒 | えいこう語る
若者言葉で「きよぶた」とは、清水の舞台から飛び込むの、短語=略語だそうだ。
「きよぶたで、もう一軒いちゃおうか」というような、使い方をするのであろうか。
日本語が乱れるとなげく御仁も多いようだが、私はこれらの言葉を、発想すること自体を、感心する。
私も若い頃、酔っ払ってラーメン屋に入ると「みそらひばり」なんて、注文していたからだ。
「みそら」は味噌ラーメンのことだ。ついでだから、ひばりをつけたまでだ。私のはあまり感心しない短語だ。
最近「デコクロ」というの言葉を聞いた。
ユニクロの服を購入し、自分でフリルをつけたり、飾りを施し、個性的にして着ることだという。デコレーション・ユニクロという。
その装飾の小物を売る店が銀座にオープンし、繁盛しているとテレビで紹介していた。
不況下にあり、ユニクロは独自の販売方法で売り上げを伸ばしている。
しかし、皆がユニクロファッションだと没個性になるが、ちょっと手を加えてやると、すごく素敵になるということだ。
当たり前のことだけど、そこに立ち返れば、新たな可能性が生まれる。
北海道の老舗デパート、丸井今井が経営不振に陥って、大手の傘下になってしまった。道民にとって、さびしい限りである。
このデパートの「贈り物に真心をこめて」という、キャッチフレーズが好きだったが、真心もいつの間にか、使い慣れて、薄れてしまっていたのだろう。
この頃は、だめだめの日本の政治経済だが、奇抜で新たな発想を考えるより、今あるものに何かピュアーなものを少し付け加えることを心がけ、できれば「きよぶた」精神で前進すると、世の中もっと元気になるに違いない。


童謡「赤とんぼ」

2009年06月16日 15時21分32秒 | えいこう語る
「赤とんぼ」を作詩した三木露風(本名は操)は、明治23年兵庫県に生まれた。
父、節次郎の身持ちが悪く、母のかたが鳥取の実家に戻ったのは、露風5歳の時だった。幼い日に母は「万葉集」をかみくだいて聞かせたという。その後詩文に詳しい祖父に育てられ、詩への才能を開花させたようだ。
「赤蜻蛉 とまっているよ 竿の先」の句は、11・2歳の時、教師にすすめられて作った。13歳の頃には雑誌に散文や詩を投稿し、掲載されていたという。
16歳で詩集「夏姫」を出版、その頃には上京し、北原白秋・若山牧水・上田敏らと、交流していたという。
早稲田大学に入学、21歳で慶應義塾大学に転入するが、翌年退学。その頃すでに、詩人としての評価は高かった。
31歳から35歳まで、函館の隣、上磯町(現北斗市)の厳律シトー会トラピスト修道院の講師に着任、その時に「赤とんぼ」を作詩している。
39歳に東京三鷹に新居を構え、昭和39年12月、三鷹市内の郵便局から出たところ、タクシーにはねられ、76歳の生涯を終える。葬儀委員長は西条八十。
夕焼小焼けの赤とんぼ 負われて見たのは いつの日か
山の畑の桑の実を 小籠に摘んだは まぼろしか
十五で姐やは嫁に行き お里のたよりも 絶えはてた
夕やけ小やけの赤とんぼ とまっているよ 竿の先
この詩に、山田耕筰が作曲したのは、昭和2年といわれている。
露風の母は再婚し、昭和37年、享年90歳で亡くなっている。彼はその家人に頼み、母の遺体の隣に布団を敷き、眠ったという。
面倒を見てくれた、姐やの背中のぬくもり、幼くして離ればなれになった母への思慕が、この詩の中から、痛いように感じられてくる。
最近、子が親を殺し、親が子を殺す事件。
学校で、ぜひ「赤とんぼ」の話しをしてほしいものである。
先日、北斗市でおこなわれた「赤とんぼ」の講演会に行けませんでしたが、資料をいただいたので、そこから抜粋させてもらいました。


南茅部ひろめ祭り

2009年06月14日 13時35分05秒 | えいこう語る
私の村の北側にある、長いトンネルを抜けると、縄文の遺跡が多く出土する、南茅部(みなみかやべ)という町に入る。
そこの漁港で、昨夜、ひろめ祭りが開催された。
「ひろめ」とは、昆布の古い呼び名である。「め」というのは海草のことだ。
幅の広い「め」で昆布という。「ひろめ」という名前は、万葉集に出ていると、町の要覧に書いてある。
築港の会場では、民謡の伊藤多喜雄さんのエネルギッシュなステージが繰り広げられていた。
私も何度か大きなイベントを企画したことがあるので、天候が気になる。
朝、降っていた雨は止み、どうやら持ちこたえられそうで、他人事ながらも、ほっとする。
音響を担当するテントをのぞくと、以前、私も何度かお願いしたことのある、函館市内の音響会社の、I社長さんがいた。
Iさんは私より一つ年上だが、高校時代はエレキギターをぶんぶん鳴らし、学校では一目置かれた存在だったという。
社員のきびきびした仕事ぶりを見ても、親分肌の雰囲気が伝わってくる。
Iさんのことで、こんな思い出がある。
イベントには酔っ払いがつき物だが、その処理も見たことがあるが、なかなか腹の据わっている人物だ。だがとてもやさしい。
前夜祭が終わり、翌早朝のイベントのため、私たちスタッフとI さんと社員2人が、会場近くの家で宿泊した。
酒も入るとIさんが得意のギターを持ち出し、深夜まで盛り上がった。
午前4時、Iさんが起きた。私も雨が心配で同時に目が覚めた。Iさんは会場を見回り、音響を点検した。私はみんなをお起こしますかというと、まだ早いし疲れているので、もう少し寝かせておいてくださいといった。
女の優しさもいいが、男の優しさも“ぐっと”来る。
昨日は、この頃自治体も予算が厳しいので、イベントが少なくなってと嘆いていたが、仕事中の目つきには、昔と変わらず厳しいものを感じさせていた。
歌が終わった後、今年の前浜の大漁と、町民の健康を祈るかのように、電飾と大漁旗を飾った大型漁船が、湾内を航行し、花火が打ち上がった。
我が村と一緒に、函館市に吸収合併された南茅部町だが、日本一の昆布の町、南茅部の魂は健在だと思わせた、故郷の祭りだった。


鳩山総務大臣の辞任

2009年06月13日 15時11分04秒 | えいこう語る
家に帰り、テレビをつけると、鳩山総務大臣が涙目で会見している。
日本郵政社長の人事をめぐり、認可権限を持つ大臣のほうが、詰め腹を切らされたという。
どうなっているんだこの国はと、思わずテレビに向かい罵声を浴びせてしまう。
昨日聞いた話だが(私の村は隣の3町と一緒に、4年前函館市に吸収合併された)その旧4町村で、昨年1年間に商工会を脱退したのが、20数件もあるという。
不況による倒産、お客の減少により、商工会に加盟してもメリットがないというのが、主な理由らしい。
昔の商工会といえば、お金持ちが多く、地域発展のために貢献し、自民党の集票の役割も果たしていた。規制緩和による郊外型の大型店舗の進出で、その役割も崩壊の一途だ。
さらに市町村合併は、コミニティ―の枠組みが崩れたため、町内会組織も連帯意識が希薄になり、地域の祭りも消えてしまった。
今朝、隣町に買い物に出かけたが、山の中の国道沿いに、鹿の絵の看板が設置され、「動物注意」と書いた標識が、設置されていた。
鹿が悪いのではない、鹿の歩く道を国道が走っているだけだ。
むしろ「運転注意」ではないかと、看板までに腹が立つ。
地方も国も、もはや形がすっかり崩れてしまった。
こうなれば、酒を飲むときじゃないが「とりあえず政権交代」でいくしか手はなさそうだ。
鳩山さんもあんなでかい体格で涙目じゃ様にならない。総理の頭に歯を立てて、北海の熊のように暴れまくってほしいものだ。
離党するにしても新党を立ち上げるにしても、その前にまず改名をしてほしい。
邦夫改め、鳩山熊男というのはいかがだろうか。
正義の旗を掲げる男である。自民を震え上がらせてもらいたいものだ。
ここまで言いたい放題言うと、なんだかすっきりしてきた。
今夜は隣町に民謡歌手の伊藤多喜雄さんがやってくる。
海は荒れているが、港のステージでは、多喜男さんの迫力に波も収まるに違いない。
民謡会の異端児といわれた、多喜雄さんのステージを見ながら、明日への鋭気を養うことにしたい。
開演前にとりあえずビール、いや、とりあえず「政権交代」と言いながら、ビールをいただくことにする。


奥尻ワイン

2009年06月12日 15時49分41秒 | えいこう語る
大津波に襲われ、多くの人々が犠牲になった奥尻島。
その島で今年、ワインが誕生した。
なかなかの評判のようだ。昨夜、函館市内で、その赤をいただいた。
島にある「鍋つる岩」のラベルも、なかなか洒落ている。
色は明るい赤だ。香りもすこぶる良い。味はさわやかで、上品さがある。
昨日のメインの料理は、甘海老だったが、魚介類に合う赤だ。
奥尻島はウニ、アワビの宝庫だ。それにワインがあれば、離島観光にも新たな光が差し込むに違いない。
ワイングラスの中に、小さな島を思い浮かばせながら、奥尻復活の願いをこめた、ワインを味わった。ワイン好きの方には、ぜひおすすめします。