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函館市とどほっけ村

法華宗の日持上人にまつわる伝説のムラ・椴法華。
目の前の太平洋からのメッセージです。

「よそ見」と「目移り」

2019年08月13日 10時26分42秒 | えいこう語る

▼子供の頃に「よそ見をしない」、「目移りをしてはダメ」とよく大人に言われたことを思い出す。集中心を身につけ、落ち着いた人になれという意味ではないかと考えていた。

▼だが、インターネット社会になり、好むと好まざるにかかわらず、世界的視野を持たなければならない環境になった来た。つまり「多重的な処理能力」が必要とされていて、そこで混乱が生じてきたので、目の前のこと「まずは集中すること」が必要だというのを、作家の吉田篤弘さんが、8月12日の北海道新聞に記載している。

▼私自身、子供の頃から集中能力に欠けていた。いろんなことに興味を持つといえば聞こえがいいが、最後まできっちりと成し遂げず、別の方に興味を持つ「浮気性」?が、子供の頃から養われていたようだ。

▼今でも本を読む時は、3冊程同時に読んでいる。一冊を読みこなしてから次の本へ進めばいいのだが、一冊に集中すると、視野が狭くなってしまう気がするからだ。

▼途中で別な本に読みかえ、さらに別な本へと進むうちに、眠くなってしまうという繰り返しだ。だが、3冊を同時に読めば、その中に共通した考えが出てきて、3作者が同じ考えを主張するなら、それはたぶんより正しいことなのだろうと思い、それを頭の中で整理しようとする癖がある。

▼「よそ見」や「目移り」ということでいえば、それが吉田篤弘が言う【多重的な処理能力】ではないかと、自分でもとても納得したので、今日のブログに取り上げた次第です。

▼我が国の政治とメディアへの最近の傾向は、多くの情報をまき散らし、国民を混乱させている。つまり「よそ見と目移り」だけの政治とメディアになっている。

▼何が重要なのかという「本筋」を見えなくさせているからだ。つまり、結論が出ないまま、次に目移りさせてしてしまうからだ。この「本筋」を見る目を失わないように説いたのが、福沢諭吉の「学問のすすめ」のようだ。

▼真の学問とは、真実の追及にあるのではないかと私でも思うのだが、特にアベ総理は、憲法解釈が間違っていると憲法学者から指摘されている人物だ。福沢諭吉先生に言わせれば「学問が進んでいない」総理なのだ。 

▼「憲法は国の基本秩序」といわれる。我が国の憲法に貫かれている真実とは【戦争放棄】という、崇高な精神だ。それが我が国の「基本秩序」を構成する、最大の要素ではないか。

▼そうであれば【積極的平和破壊主義者】としてのアベ総理を糾弾することこそが、メディアの最大の使命ではないか。メディアに一言いいたい。「よそ見をせず、目移りしてはならない」と。

▼「本筋」を報道しないメディアは、もはや【大本営化】しているのではないか。来年の五輪に向けてのメディアに、国民は「よそ見させられてはならない」と思うのだが。