夢かよふ

古典文学大好きな国語教師が、日々の悪戦苦闘ぶりと雑感を紹介しています。

1982年11月 デヴィッド・シルヴィアンインタビュー

2013-05-13 23:02:35 | JAPANの思い出・洋楽


先日紹介した『ミュージック・ライフ』1983年1月号。ジャパンの4度目にして最後の来日公演の直前に発売されたようだ。巻頭グラビアに1982年10~11月のヨーロッパツアーの模様が紹介され、また、記者による同行記や、11月のデヴィッド・シルヴィアンのインタビュー記事なども収められている。

 

グラビア頁には、「4度目の来日公演の前に行なわれたヨーロッパ及び、イギリス国内ツアーで大成功を収めたジャパン。ちまたでささやかれる解散説の中で、只今日本公演中だ。」「ロンドン・ハマースミスでの6回公演もソールド・アウトという熱狂の中で終えた国内ツアー。解散が噂されるジャパンだが、ツアー中の表情は意外に明るい。」などと書かれていて、当時、来日公演の直前まで、ジャパンの解散が日本のファンにとっては噂の段階であったことを知る。



気になるデヴィッドのインタビュー記事は、大見出しに「僕はジャパンに失望した‥デヴィッド・シルヴィアン爆弾発言!!」とあり、バンドの解散が既定路線であることを伝えている。
以下、特に印象に残ったところを紹介。

土屋昌巳について
彼のパフォーマンスやプレイに関して、僕は何も言う必要がない~彼は全部直感的なものでやっているから、僕と音楽の精神的な面で共通しているんだ。自分のやる事を感じるという事、自分の道を感じるということでね。僕は彼に多大な信頼をおいているし、パフォーマンスもグレイトだ。

ジャパン=デヴィッド・シルヴィアンであったことについて
ジャパンは常に僕のアイディア――僕の曲、僕のコンセプト等に基づいてきたから、僕の時間のほとんどはそれに費やされてきた。文字通り、僕は人生の何年間もをジャパンの事だけを考えて過ごしかねない。「錻力の太鼓」ツアーの最後の頃には、“これで終わる”と思って、本当にホッとしたよ。

解散について
僕はもうジャパンのことを話す時に、“僕らはこう考える、感じる”とは言えなくなってしまったよ。なぜってジャパンの殆どの人達は、僕と考え方が違ってしまっているから……。
~僕は失望したよ。僕が感じたのはそれだけさ。4人の人間が長い間一緒にやってきて最終的にはこんな風になってしまったなんて……、僕らが解散する理由は、僕が今感じている“意見の相違”からきているものなんだ。

読んでいて、土屋昌巳への高い評価を嬉しく思う一方、この時期の彼には、大切なものが見えなくなっていたのかな、と感じてしまった。
ジャパンのラストライブを聴けば、デヴィッドもたしかにすばらしいが、ミックやスティーヴがプレイヤーとしてどれだけ著しい成長を遂げたかは瞭然である。リチャードの貢献も大きい。デヴィッドがジャパンの核であったことは事実にしても、彼らなくしてジャパン・サウンドはありえなかったこともわかる。
このインタビュー時、もともと、コンサートは嫌いだと公言していたデヴィッドは、長期のツアー中でフラストレーションを抱えていたのかもしれないが、結成以来共に活動し、共に成長してきたメンバー達と、意志の疎隔がひどくなり、彼らの大切な価値がわからなくなっていたのではないかと悲しく感じた。
きっと当時のファンは、バンド解散の噂が事実であったことを、この記事を読んでデヴィッドの発言で確かめることになり、ショックを受けたに違いない。特に、インタビューの中でしばしば批判し、皮肉なもの言いをしているミックとの不和が、修復しがたいところまできていたことにはがっかりしたろう。
デヴィッドの言葉には、いつも感銘を受け、多くを学んできた私だが、正直、このインタビューにはそうした要素は少なかったのが残念だ。

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3 コメント

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スター (風の靴)
2013-05-14 10:36:47
おはようございます!

そしてちかさださん・・・ありがとうございました。

成功や富は人を変える・・・
(良くも悪くも・・・)(笑)

成功を手にした人物の中にはその栄光を味わいながら・・・
生活の中で、何故か・・・人間(生物)が感じ取る事が出来る味覚が全く無くなってしまった・・・

食味と言った物が感じられなくなった人も・・・

栄光と転落・・・
光と影・・・明と暗

マイケル・ジャクソン然り・・・

その度合い大きければ大きい程・・・

人生に於いて何と言うか・・・
対比が・・・コントラストがより強く出るように感じます

う~ん・・・ちかさださんがおっしゃるように何か大切な物をそれと引換えに何処かに置き忘れて来てしまうのかも知れません・・・悲しい事です・・・

これは多忙過ぎる事に因るのか・・・
価値観が全く変わってしまうのかは分かりませんが・・・

唯・・・ああ言った世界は・・・何かを犠牲にしながら、情やあらゆる物を捨てながら登り詰めるのですよね。

無情に感じる事も・・・何か大切な物が見えなくなっているのか・・・断ち切るのか・・・

と言うか・・・
そうするより仕方が無かった?ない?世界・・・なのか
でないと・・・自分を見失ってしまう・・・強かさがないと生き残れない・・・

デリケートな人には難しい世界かも(苦笑)

有名になった人物が全てそうだとまでは申しませんが・・・多いのかな?という気もします。

多くの大スターを育てた某大手プロダクションの社長様曰く・・・
「スターになる為に必要なものは?」と問われて多くの人は容姿や才能だと答えるだろう・・・

しかしスターになる為に”最も重要”なものは・・・

「容姿でも才能でもない・・・総てを忘れることが出来る人間である・・・」とこれは興味深かったです。

話が大きく逸れてしまいましたが・・・デイヴィッドのインタヴューに話を戻しますと・・・

当時、不遇な時期が長かった彼らが、突然世間の注目を浴びる事になってしまって正直戸惑いと「自分自身」「謙虚さ」や「方向性」をデビもメンバーも見失っていた様に感じます。

懐かしみながら色々と考えさせられました。(笑)



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風の靴さんへ (ちかさだ)
2013-05-16 08:18:09
コメントありがとうございます。

確かに、音楽業界で生き残れるのは、ほんの一握りなのですよね。また、デヴィッド自身が「常に変わり続け、いい意味での期待を裏切る存在であり続ける」ことをジャパンに課していた以上、今後のジャパンにその展望が見出しがたいと感じ、終止符を打つ決意をしたという面もあるのですよね。

ただ、デヴィッドが「同じような体験をし、同じように成長してきた僕らは、精神構造さえも共有しているんだ」という内容のことを話していたのに、バンドも人間関係だから、時と共に変わるのだ、と感じたのが少し寂しかったもので…。

ありがとうございました。
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共有 (風の靴)
2013-05-16 11:01:38
私も同じ気持ちです・・・(笑)

おっしゃるように・・・

どうなんでしょう・・・(苦笑)

異なる複数の人格同士が全く同じ方向を向いて進むと言った事はなかなか難しいように感じます・・・

ただ「ジャパン」は初めからある「コンセプットによって」スタートしたバンドだったのでしょう・・・

バンドのカラーが他のバンドとかなり一線を画していた異色の存在でしたよね・・・

特にデヴィッドはイメージと実像とのジレンマはあっただろうし、だから彼は放棄したのでしょう・・・

あの有名な音楽ジャーナリストのベティ・ペイジ嬢の話で・・・

当時、「成功に対して比較的他のメンバーはオープンだったのに対して」彼は・・・

「デイヴィッドはイギリスのレコード会社からも”謎めいたキャラクター”としてのペルソナを与えられていた・・」
で在ることを・・・

(今はどうか分かりません・・・)と・・・

それとデヴィッド自身が非常にアーティスト思考(嗜好?)(笑)が強い人ですからね。
(コンプレックスゆえでしょうか?)

その言葉からみても・・・ファンとしては残念ですが・・・その時が潮時だったのかと・・・

・・・上手くまとまらなくてスミマセン・・・(苦笑)


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