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自分の身の回りで起こったことの記録であったり、横浜での生活日記であったり・・・です。

最初の記憶

2010-05-03 08:52:46 | Weblog
最初の記憶              2010-05-03

人間の最初の記憶はいつ頃なんでしょうか?作家三島
由紀夫は生まれた時の産湯の記憶が有ると言ったそう
ですが、どうなんでしょうか。

私の記憶は、3歳頃、東京は江戸川の近くのものです。
私は1938年上海で、長男として生まれました。イギリス
租界を日本が接収した虹口です。勿論、生まれたばか
りの上海の記憶は有りません。

私を産んだ母はやがて結核にかかり、父は親戚の一人
も居ない上海での母の療養を諦めて、母の実家の小岩
での療養を決意しました。父一人上海に残り、私は母と
一緒に行く訳ですが、病が結核であるため、私は同じ家
に住みながら、母からは遠ざけられていました。

私の最初の記憶は、その頃のものです。だからいつも
祖父がいました。ごくたまに、母の病床の近くへ行った
ことを覚えています。その頃の記憶は、所々、点で存在
し、線では繋がりません。母の顔は、全く覚えて無いの
ですが、後年、20歳過ぎた頃、母の親戚が持っていた
母の写真を見たときに、それが私の脳裏に刷り込まれ
まるで3歳の頃に母の顔を覚えていたかのように思い
出します。

祖父の顔も同様で、成人する頃にはぼんやりとしたもの
でしたが、その後に再会し、祖父の希望で父の実家の
墓にお参りすることになるのですが、そこで認識した顔
が、まるで幼児の頃から覚えていたように、記憶の中に
侵入しています。親戚の伯母さんから「お前は、おばあ
ちゃんに猫っかわいがりされていた」と教わりましたが、
その祖母は終戦直後に死んでいたために、私は大人に
なってから会っていません。そのためか全く記憶に有り
ません。

やがて母が死んで、野辺の送りをしたことを覚えていま
す。誰が居て、どんな所に行ったかは全く無く、ただ何も
無い野っぱらに居た。そんな記憶です。悲しいとか寂しい
とかの感情も覚えていません。幸か不幸か、私は母の
愛情を感受することが出来なかったのかしなかったのか
記憶が無いのです。病が2人を離れさせていたからでし
ょう。でもきっと、25歳でこの世を去らなければならなか
った母は、思い切り我が子を傍に置いて愛することが
出来なくて残念だったと思います。子供の私としてはそう
信じたいです。


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