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自分の身の回りで起こったことの記録であったり、横浜での生活日記であったり・・・です。

船で天津へー4-

2007-06-08 17:54:49 | Weblog
船で天津へー4-                2007年6月3日

今日は天津上陸の日だが、外はまだ一面の大海原で何も見えない。
時々漁船とおぼしき船と遭遇するので、中国は近いのかなと思う。
今朝は無料の朝食を食べた。一口大の万頭が2個。1個は中身無し。
1個は中に白い餡が入って居たが正体不明。それに根菜の角切りの
漬物、ソーセージ(ウインナーよりやや大きい)1本、それにあわ
(粟)粥と西瓜一切れだ。粟粥は天津で仕事をしていた時、寮の
小母さんが毎朝作ってくれた懐かしい味だ。

昼と夜の食事の時に、日本定食と言うのがある。飯1椀、スープ
1椀、おかず2品と缶ビール1本付いて850円である。そしてその
おかずがメインがトンカツであったり、コロッケであったりで、
サブが中華の小品の中から日本人に会うようなのが1品となって
いる。これが日本定食?って感じだが、船の調理室でできる、
中国人コックにもできるからでしょうか。ただ、私の見た限り、
それを食べてる人は、私も含めて誰も居なかった。

昼飯が終わると船の中全体がそわそわしてくる。皆が下船を待ち
兼ねて居るのが判る。だが船はゆっくり走る。なんでこんなに
ゆっくりなの?と言うくらいに遅い。港が見えてきてからも、か
なりの距離を走る。午後1時半を過ぎたころ、お忘れ物の無いよう
下船の準備をしてくださいの放送があった。へー、定刻より早い
んだなと思いつつ出てみると、港はまだだいぶ先だ。

騙された、と言うのではなく、彼らは部屋の清掃と、明日天津
から乗るお客さんのためにセットアップしなくてはいけない。
だから仕方が無いのだろう。だがここからが長い。椅子は数が
限られているから、立って待つのだ。全員が荷物を持って出て
きているから、様子が判る。それで気が付いたのだが、船を利用
する人の理由はさまざまだ。私のように、時間を使う楽しみも
ある。いろんな人々との交流を楽しむのも有る。大部屋に居る
日本人同士、船を下りるまでに仲良しになっている。運賃が安い
のも大きな理由だろう。もう一つ大きな荷物を持ち帰ると言う
のが有った。

手荷物で、事務所で使うようなプリンター(hp製)を持ってる人
が居る。楽器のアルトサックス(ヤマハ製)の箱を持ってる人が
居る。そしてその他に持ち込み荷物の大きな、重いものを積める。
殆ど料金はかからないらしい。飛行機だと高い超過料金を払わな
ければならない(これの差は大きい)。なるほど納得。

結局下船を開始したのは14時40分。ほぼ定刻どおり。その前に
検疫官が数名乗り込んできた。もし誰かが下痢嘔吐高熱を発症
してたら下船指し止めになるのだろうか。船側からわずかな距離
だがバスで通関所に向かう。私は入国管理官にNo VISA?と聞か
れた。No VISA,I will stay only one week.と答えて,通過した。
その後、X線での荷物のチェックがあって、無事、外へ出た。

今度はお迎え車の歓迎だ。最前列は遠くに連れて行きたいtaxiら
しい。どこへ行く?開発区だ。無言なので通過。開発区と天津市
中心部では、60kmほど差がある。運転手もそっちから来てる
だろうから、私はお呼びでない。2-3人それを繰り返すと一人の
運転手が、後ろに向かって、オーイ開発区だーと叫ぶ。すると
後方に立っていた運転手がこっちに向かって手を振っている。
そこまで行って、開発区と叫ぶとトランクルームを開けてくれる。
荷物をそこに入れて、助手席に座る(これがここでのやりかた)。

車は懐かしい新港路を通って、開発区に向かう。デジタルのメー
ターが付いていて、領収書がプリントアウトされる仕組みの車だ。
これだと値段の交渉は無くなったのかな。黄海路、第三大街を右へ
と指示する。運転手はOKと答えた。やっぱり外国人と思われてる。
今日は会社に寄らずにホテルに入って、ゆっくり寝たい。それに
昔一緒に仕事をしていた製造部長は、新しくできた南の工場に常
駐してる。現在の責任者は、今日は出張で、夜まで戻ってこない。
部屋でインターネットができるホテル(以前に確認済み)にcheck
in した。


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