2003年、SARSが世界的に脅威を与えていた頃に、私はタイやカンボジア、台湾を旅していた。
アンコールワットのあるシェムリアップという町で、現地で知り合った日本人の若者とSARSの危険性について語りながら屋台で食事をしたことを思い出す。
その頃、京都出身の友禅職人、森本喜久男さんはシェムリアップ郊外の土地を入手。
桑を栽培し、蚕を育て、高品質な伝統的絹織物を作るプロジェクトに取り組んでいたらしい。
2017年4月に「情熱大陸」で森本喜久男さんのことを初めて知ったけど、その年の7月に亡くなられていたようだ。
・「情熱大陸」 2017年4月9日(日)放送内容
『森本喜久男/カンボジアに世界一の“織物の村”作った京友禅職人』
2017年4月9日(日) 23:00~23:30 TBS
https://kakaku.com/tv/channel=6/programID=286/episodeID=1051799/
最近読んだ本、『カンボジアに村をつくった日本人』には、森本喜久男さんが友禅の工房を畳んで東南アジアに向かった経緯や、伝統的絹織物を積極的に復活させた様子が丹念に記されている。
非常に興味深い。
次にカンボジアを訪れる時はぜひシェムリアップの北にある7万坪の「伝統の森」を訪れ、IKTT(クメール伝統織物研究所)のゲストハウスに滞在してみたい。
日本人による草の根の援助は、お金持の貧者に対する「施し」ではなく、対等な立場での「支援」が多い気がする。
依存的な人が自立するためには、そういった姿勢が効果的だと感じる。
『カンボジアに村をつくった日本人』森本喜久男著、白水社、2015年
p114
――そうか、そういうことか。村のなかにセンターを作るということは、いわゆる「箱モノ」を作るということである。そこにはセンター管理の必要が生じ、そのための費用が発生しつつ、その責任はあいまいになりがちだ。それより、村びとが自分の責任において桑を育て、その桑で蚕を飼うことで各戸の家の利益につなげていくほうが、結果として村びとそれぞれの自立を促すとわたしたちは考えていた。だが、彼らは、将来的な生活の向上より、目先の管理費を期待していた。
援助とは、モノをあげることではない。貧しい人たちの自立を助けると言いながら、物資やお金をもらえて当たり前とばかりに口を開けて待っているだけの村びとを増やしていては意味がない。
人間の「欲」は大切である。それは、モチベーションそのもの、やる気につながる。しかし、貧しいことを理由に、手を動かさず口をあけて待っているだけの欲は、人間をダメにする。NGOなどが主催するセミナーや講習会のなかには、主催団体が参加者に参加費を支払うケースもある。しかし、それは参加者を多く集めるだけのことに思える。多くのプロジェクトは、そのプロジェクトの実施期間が過ぎると、消えてなくなることが多い。それとも関係するように思えるのだが、いったい誰のためのセミナーなのか、誰のためのプロジェクトなのか。
わたしたちは、小さな種を提供する。ときには、その種を植えるために必要な鍬も。しかし、そのあとは村びと自身の努力が基本。だから、本当にやる気のある村びとと出会うことが大切だと考えている。
p270
タイそしてカンボジアで、三十年近く自然染織に取り組んできた結果、わたしにはいい色を染めるためにはいい土が必要だという世界が見えてきた。そして、いい色を染めるためには、染め色が糸や布とゆっくりなじむだけの時間が必要だということも。
化学染料を混ぜていても、植物染料も使っているからと、平気でナチュラルダイ、草木染めと呼ぶ人がいる。そして「色落ちがするのも草木染めの特徴です」なんて平気で言ってしまう人たちもいる。そんなことはない。現代の、安易な染織による布作りの姿勢を誤魔化すために「自然染料は色落ちしやすい」と言いつくろってきただけのこと。七世紀、正倉院の布は今も美しく輝いている。そして三世紀、エジプトのコプト織の布は今も美しい。急いで染めた色は急いで落ちる、それだけのことなのである。
化学染料の歴史はわずかまだ一五〇年ほど、しかし自然染料の歴史は数百年数千年。長い間に蓄積された伝統の知恵を蘇らせ、そこに新しい風を吹き込みたい。
アンコールワットのあるシェムリアップという町で、現地で知り合った日本人の若者とSARSの危険性について語りながら屋台で食事をしたことを思い出す。
その頃、京都出身の友禅職人、森本喜久男さんはシェムリアップ郊外の土地を入手。
桑を栽培し、蚕を育て、高品質な伝統的絹織物を作るプロジェクトに取り組んでいたらしい。
2017年4月に「情熱大陸」で森本喜久男さんのことを初めて知ったけど、その年の7月に亡くなられていたようだ。
・「情熱大陸」 2017年4月9日(日)放送内容
『森本喜久男/カンボジアに世界一の“織物の村”作った京友禅職人』
2017年4月9日(日) 23:00~23:30 TBS
https://kakaku.com/tv/channel=6/programID=286/episodeID=1051799/
最近読んだ本、『カンボジアに村をつくった日本人』には、森本喜久男さんが友禅の工房を畳んで東南アジアに向かった経緯や、伝統的絹織物を積極的に復活させた様子が丹念に記されている。
非常に興味深い。
次にカンボジアを訪れる時はぜひシェムリアップの北にある7万坪の「伝統の森」を訪れ、IKTT(クメール伝統織物研究所)のゲストハウスに滞在してみたい。
日本人による草の根の援助は、お金持の貧者に対する「施し」ではなく、対等な立場での「支援」が多い気がする。
依存的な人が自立するためには、そういった姿勢が効果的だと感じる。
『カンボジアに村をつくった日本人』森本喜久男著、白水社、2015年
p114
――そうか、そういうことか。村のなかにセンターを作るということは、いわゆる「箱モノ」を作るということである。そこにはセンター管理の必要が生じ、そのための費用が発生しつつ、その責任はあいまいになりがちだ。それより、村びとが自分の責任において桑を育て、その桑で蚕を飼うことで各戸の家の利益につなげていくほうが、結果として村びとそれぞれの自立を促すとわたしたちは考えていた。だが、彼らは、将来的な生活の向上より、目先の管理費を期待していた。
援助とは、モノをあげることではない。貧しい人たちの自立を助けると言いながら、物資やお金をもらえて当たり前とばかりに口を開けて待っているだけの村びとを増やしていては意味がない。
人間の「欲」は大切である。それは、モチベーションそのもの、やる気につながる。しかし、貧しいことを理由に、手を動かさず口をあけて待っているだけの欲は、人間をダメにする。NGOなどが主催するセミナーや講習会のなかには、主催団体が参加者に参加費を支払うケースもある。しかし、それは参加者を多く集めるだけのことに思える。多くのプロジェクトは、そのプロジェクトの実施期間が過ぎると、消えてなくなることが多い。それとも関係するように思えるのだが、いったい誰のためのセミナーなのか、誰のためのプロジェクトなのか。
わたしたちは、小さな種を提供する。ときには、その種を植えるために必要な鍬も。しかし、そのあとは村びと自身の努力が基本。だから、本当にやる気のある村びとと出会うことが大切だと考えている。
p270
タイそしてカンボジアで、三十年近く自然染織に取り組んできた結果、わたしにはいい色を染めるためにはいい土が必要だという世界が見えてきた。そして、いい色を染めるためには、染め色が糸や布とゆっくりなじむだけの時間が必要だということも。
化学染料を混ぜていても、植物染料も使っているからと、平気でナチュラルダイ、草木染めと呼ぶ人がいる。そして「色落ちがするのも草木染めの特徴です」なんて平気で言ってしまう人たちもいる。そんなことはない。現代の、安易な染織による布作りの姿勢を誤魔化すために「自然染料は色落ちしやすい」と言いつくろってきただけのこと。七世紀、正倉院の布は今も美しく輝いている。そして三世紀、エジプトのコプト織の布は今も美しい。急いで染めた色は急いで落ちる、それだけのことなのである。
化学染料の歴史はわずかまだ一五〇年ほど、しかし自然染料の歴史は数百年数千年。長い間に蓄積された伝統の知恵を蘇らせ、そこに新しい風を吹き込みたい。
Nice Post..keep sharing.
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Thank You