波打ち際の考察

思ったこと感じたことのメモです。
コメント欄はほとんど見ていないので御用のある方はメールでご連絡を。
波屋山人

援助貴族

2010-08-28 00:39:04 | Weblog
世界各地で、献身的に人々のために働いている人がいる。
苦しい思いをしながらも、志高く、身を粉にして活動している。

ところが一方で、恵まれない人を助けるという大義名分のもとに大きな組織をつくり、その組織を維持することが目的になってしまっているような団体もある。

いろんな立場から、援助について疑問を抱く人は多い。

・From the Land of the Lagoon
「タダであげるということの功罪」2010年08月03日
http://bakunam.blog64.fc2.com/blog-entry-156.html
> 本来、モノを無料であげるという諸々の活動を含め、人道・緊急支援というものは、
> それがなければ人権や尊厳が侵されるという状況下でのみなされるべき性質のもの
> である。言わば強度の痛みにさらされた患者にモルヒネを注射する様なものだ。
> なぜなら、そうした活動は問題を作り出す原因そのものを何ら解決しないどころか、
> そうした問題に直面した人々の自主的な取り組みを阻害するものであるからである。

・マザーハウス 山口絵理子代表 -志をかたちに-
http://www.globis.jp/625
> 国際機関で働くことは大きな目標だ。山口氏もまた、「正職員になりたい」という
> 意気込みで渡米したという。
> だが、現実は理想とはかけ離れていた。「『心でなく頭で仕事をしている』と強く
> 感じました。支援金は驚くほど莫大な額だけれど、『それが本当に人々を幸せにして
> いるんだろうか』という想像力がない」。胸の中にもやもやした不満が募り、「自分の
> 目で確かめたい」との思いにかられた。

・ハーバードケネディ&スタンフォード MPA/MBA留学記
「援助貴族」2008/07/30
http://shanindonesia.blog94.fc2.com/blog-entry-5.html
> なんでも、UNDPの国際採用の職員たちは、ホテルのようなハイエンドな邸宅に
> 住んでいるらしい。
> 出発前から、「援助貴族」という言葉は聞いていた。いわく、発展途上国で一番豊かな
> 暮らしをしているのは、えてしてその国の開発援助に来ている援助機関の職員だと。
> でも、実際に見てみるとやっぱりなにか変だ。なんというか、ちくちく胸が痛む。

・発展途上国の子供を救え!小児外科医吉岡秀人の戦い
「悪貨を駆逐する」2010-07-15
http://japanheart.exblog.jp/12951653/
> おじさんおばさん達が、善意で行っている小さな規模のうちは、独断と
> ”のぼせ”はあっても、あまり悪く言う気にはなれない。なぜなら、
> 周りがどう思っているかはともかく、本人たちはいたって善意に満ちているからだ。
> しかし、組織が大きくなって、巨大化してくるとそうは簡単でなくなる。
> うそも悪いことも確信犯的になる。
> 今までいかに多くのうそを目撃してきたか。
> それをいちいちけなす気はない。まあ、言ってみても仕方ない。
> 否定しあえばはむしろ、自分の発展を妨げる結果を生む。今の政治を見るようだが。


思い出すのは、1992年に朝日新聞社から発行された『援助貴族は貧困に巣喰う』という本だ。
「エコノミスト」誌アフリカ特派員や「ニュー・インターナショナリスト」誌共同編集長を務めた後、1970年代初め第三世界の数か国でボランティアとして働いたグレアム・ハンコックは、国際援助について鋭い問題提起を行った。

そのとき突きつけられた問題はいまだに解決されていない。
国連をはじめとする国際機関の腐敗が問題視され、巨大化した援助機関は組織の維持を目的にしがちだ。

『援助貴族は貧困に巣喰う』p323~324から少し引用しよう。
「結論にかえて-援助は助けない」という章の一部分だ。

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 この本でもう何度も詳しく論じたように、援助はしばしば貧しい人々にとって著しく危険であり、彼らの利益に有害である。援助は、環境を荒廃させ生活を破壊する高価で恐ろしいプロジェクトをお金で支えてきた。残虐な先生権力を支持し、合法化してきた。援助は、自分の利益のために働く偽善者たちの大群をスタッフとする幻想的でビサンチン風の官僚組織を生み出した。援助は、ふつうの民衆のイニシアチブ、創造性、企画力・実行力を破壊して、その代わりに、表面的で上滑りで見かけ倒しの外来の浅知恵を押し付けてきた。企業家や知識人になる能力のある第三世界の人々を非生産的な行政活動にからめとってしまった。援助は、国際問題に「道徳的音色」を導入したが、この「道徳的音色」なるものは富の想像という大仕事を否定し、自力更生の厳しさに代えて、安易な掴み金を持ち込んだ。そのうえ、第三世界全体を通じて、援助は勝手に権力を握った官僚が、民衆の選択と個人の自由を圧殺するのを許してきた。
 援助には支持者がいる。まず、雇用主である援助機関がこれからも存在することを合理化するため、毎年何百万ドルも使い続ける高給の男女のPR係がいる。こうした職業的コミュニケーション要員たちは、この本の自明な結論――援助は時と金の浪費であり、援助の結果は根本的に悪いものであり、増やせばいいどころか、これ以上損害を与えないようただちに停止されるべきだという結論――を頭から拒絶するだろう。
 こうしたことを提案すれば、ロビイストたちは、恐ろしがり、驚き、肩をすくめる。彼らは抗議する――いくつかの遺憾な出来事はあったにせよ、援助は成功もしているから正当であり、本質的には役に立つと。何より重要なことは貧乏な人々は援助なしでは生き残れないのだから援助を止めてはならない――ここで感情に訴え、心の琴線に触れようとする――と彼らは情熱をこめて論じる。ブラント委員会はこの考え方の古典的実例である。委員会の最終報告は悪びれもせずわれわれに告げる。「最貧国にとっては、援助は生き残るために不可欠である」と。
 だが、このような言い方は、貧しい国の民衆に保護者面をすることであり、彼らの価値を貶めるものである。さらに、こうした言葉が、「援助が役に立つ」とわれわれに信じさせようとしている人々の口から吐かれる場合は、論理的にも成り立たない。歴史を通じて、いや先史時代から、世界中のどの国も、どんな援助ももらわずに立派にやってきたのである。そのうえ、1950年代には、例えば1970年代より、ずっと少ない援助しかなかったのに、第三世界の国々はちゃんと生きていたし、援助が少ないからといってそれだけみじめだったわけでは決してなかったのだ。ところが、開発援助を50年近く続けてきたいまになって突然、このたくさんの同じ国々が、援助をますます増やしてもらわなければ一刻も生きていけない――生きていく能力を失った――というお話を聞かされるのだ。もし本当にそうであるなら――つまりもし開発の幾十年の唯一の目に見える影響が、したたかに生きていた人々をよるべない依存的な人々に変えたことであったとするなら、それは、いささかの疑問の余地なく、援助は役に立たないことを立証しているように私には思われる。
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さいしょはみんな善意からはじめた行動なのだろうけど、組織的に活動を行うと、組織の維持も重要な目的になる。人のために働くことよりも、自分たちの存在価値を高めるための活動に力が入ることもあるかもしれない。
ぼくはどう行動すればいいのかわからないけど、少なくとも現地で汗を流す人の姿が見える団体を応援したいと思う。

<参考>寄付をするなら、広告やDMで同情を買わせようとする団体は避けたい
http://blog.goo.ne.jp/ambiguousworld/e/0f9d4819fc09968943e9e8653f2fe5cc


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新宿ベティ

2010-08-26 00:14:25 | Weblog
夜10時、11時に乗り換えのために新宿駅を利用する。
JRの新宿駅西口を出てまっすぐ行った右手あたりに、ホームレスの人たちが集まっているスペースがある。
11時にシャッターが閉まるのを待ち、その周辺で雨風を防ごうとしてる。

夜をすごす準備をしている人たちの中に、一人異彩を放つ女性がいる。
細身で、金髪。
その人に気がついたのは初夏のことだっただろうか。
後ろから見ると若い女性のようだ。

時には太い円柱にもたれ、時には座り込み、シャッターの閉まる時間を待っている。
ある時ふと顔を見たら、かなり歳をとっているようだった。
金髪のウィグや細身のスタイルから感じる若さとアンバランスさを感じる。

ダンボールハウスを整えながら雑談している人たちは多いけど、彼女はいつも一人だ。
ホームレスの人たちから見ても独特の存在感があるのだろうか。

いつかぼくは彼女のことを新宿ベティと名付けていた。
横浜にいたという白塗りのホームレス、横浜メリーさんのことを思い出しながら。

彼女も、横浜メリーさんや新宿西口の志集売りの女性のように注目を集めるようになるかもしれない。


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旅のお供に高野秀行

2010-08-25 22:20:41 | Weblog
ホーチミンから200キロほど北上したところに気軽なリゾート“ムイネー”がある。
数年前、ビーチフロントのコテージの前にあるハンモックにゆられてのんびりしていると、日本人旅行者に声をかけられた。

20代後半のようにも見える快活なその男は、「読み終えたからどうぞ」と言って手にした文庫本をくれた。
それが、高野秀行さんの著書との出会いだった。

波打ち際で知ったその本のタイトルは「幻獣ムベンベを追え」。
なんだか安っぽいSF小説のタイトルみたいだ。
著者の名前も聞いたことがない。印象的な名前でもない。

自分では購入することのない本だなと思いながら読みすすめると、これが意外におもしろかった。

旅先で読むのにちょうどいい。
好奇心を刺激する異国の香り。
読みやすい文体。
軽妙な話の流れ。
暇つぶしには最高の本だ。

この著書に魅力を感じたぼくは次から次へと高野さんの本を購入した。
「怪しいシンドバッド」★★★★
タイトルからは何のことかわからなかったけど刺激的な冒険話。
「アヘン王国潜入記」★★★★★
なぜこの本で大宅荘一ノンフィクション賞を受賞できないのか理解できない。
高野秀行さんはエンタメ・ノンフィクションを標榜しているらしいけど、おちゃらけているわけではない。
読者に疲労を感じさせない文体を工夫し、楽しく読んでもらえるように努力している。
そのことによってノンフィクションとしての価値が下がったりはしない。
「ミャンマーの柳生一族」★★★★
時代劇みたいなタイトルだけど、中身は時代劇と全然違う。
タイトルで損してるかも。
「西南シルクロードは密林に消える」★★★★
これも大作。この本を読んで、ミャンマー北部に長期滞在した吉田敏弘さんの本を知ったが、文章の読みやすさという点では高野さんのすごさを再認識。
「ワセダ三畳青春記」★★★★★
名作。読むべき。
「怪魚ウオモッカ格闘記」★★★
ちょっと羊頭狗肉。インドに行ってないし、釣る体勢にすら入ってないし。
「極楽タイ暮らし」★★★★
これは文化論。あいまいな日本以上にあいまいな国があることをはじめて知った。
「神に頼って走れ!」★★
片手間に書いたのかなといった印象。
「アジア新聞屋台村」★★★★★
青春物語。タイトルだけだと何のことかわからないけど、各国語版の新聞を発行している台湾出身女性とその仲間たち&高野氏のにぎやかな話。
モデルとなった会社はどこなんだろうとちょっと調べてしまった。
高田馬場の「ニューコム」に行ってみたくなる。
http://www.paonetwork.co.jp/sakuhin-data/sakuhin2000/00-07/hn.htm

まだ何冊か読んでいない高野さんの本が部屋にあるはずだ。
だけど、あと何冊か購入すると、著作をほとんど読み尽くしてしまいそうでこわい。
読み終えるのがもったいないと感じさせてくれる作家はそんなに多くない。

タイトルはおもしろくないのに、読んでみるととてもおもしろい。くせになる。
この作家はもっとその作品を高く評価されるべきだと思う。

秋に2週間くらい休みをとってしまおうかと考えながら、旅先を検討中。
バックパックに入れる高野さんの本も物色中だ。


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HMV渋谷2008年8月22日(日)閉店

2010-08-22 19:11:15 | Weblog
渋谷HMVが今日で閉店だ。
さっき行くと各フロアとも混み合っていた。
HMVと若い時代を並走してきたような人たちが、名残惜しく最後のときを共有しようとしているのだろう。
90年代半ばに一世を風靡した渋谷系という言葉はもう耳にしないし、音楽業界自体が停滞気味だ。
だけど、新しい音楽の発信源としてのHMVの功績は大きかったし、そのセンスは広く人々の中に今も息づいている。

渋谷センター街の奥に開店したのが1990年。現在マルハンタワーになっているあたりだ。足しげく通っては、試聴コーナーで洋楽のギターロックや歌謡曲臭さを払拭した日本のバンドの音に触れていた。
あのころ一緒に聴いていた人の事とともに、なつかしく、フレッシュで切ない思い出だ。

当時は、商業主義的なイメージもある歌謡曲っぽい音楽に飽き足らない人たちが、ちょっと先鋭的な、ありふれていない音をつむぎだすフリッパーズギターとかオリジナルラブだとかピチカートファイブとか高野寛とかラブタンバリンズなどの音楽に目を向けていた。
彼らを熱心に取り上げて広めていたのが、渋谷HMVの人たちだった。

力んでいないのに強い。格好つけていないのに魅力的。
雑踏の中を軽やかに渡っていく。轟音の中を楚々とくぐり過ぎていく、
そんなたたずまいに魅力を感じる人を先導する一人が、HMVだった。

1998年にセンター街入り口近くの大型店舗に移転した時は、小さなライブハウスが大きな箱に変わったときのようになじめない感じがあって数年間足が遠のいたけど、最近は渋谷に行く時はいつもHMVに足を運んでいた。
近年も、ズットズレテルズ(解散、再結成してokamoto’sに)とか相対性理論とかFACTとか注目に値するミュージシャンを知る機会になったのも全部HMVだった。

最近は、海外も日本も音楽シーンの強さが失われてきている。
オアシスやレディオヘッドやスマッシングパンプキンズなどはともかく、ラッシュやスリーパーやシーシェルズを超えるギターポップバンドもなかなか出て来ない。
ベースボールベアーもサカナクションも毛皮のマリーズも物足りない。
やっぱり90年代が黄金時代だったのだろうか。

ブランキージェットシティーやスーパーカー以後、くるりは今もがんばってるけどなかなかこれはすごいというバンドは少ない。ガリレオガリレイには期待してるけど。
テレビによると、1990年に比べ、現在はCDの売り上げが半減しているという。
音楽配信に追われて売り上げが減少し、都心に大きなテナントを維持することがむずかしくなっているらしい。

2階ではライブスペースが作られていて、多くの人が集まっていた。テレビカメラも入っていた。
午後3時からはワイヨリカ(Wyolica)のライブ。
来月、7年ぶりにフルアルバムを発売するらしい。

ボーカルのアズミさんは美形。威勢がいい。場が明るくなる。
こういうのを、オーラがあるっていうのだろうか。
ぼくの知っている一番きれいな編集者とちょっと顔が似ている。
知り合いも札幌出身だ。札幌って整った顔の人が多いのか?

ギターのソートさんはすばらしい曲を作ってえらい。
だけど顔はちょっと次長課長の河本準一に似ている。
西日本にはあのような顔が多いのか?

ソートさんもHMVには甘酸っぱい思い出があると言っていた。
デートでの待ち合わせとか。
試聴して、バイトして毎月何万円もCDを買ったとか。

アズミさんはバイオレット系の大きな髪飾りに黒っぽいすずしげな衣装。
ブーツ(サンダル?)はピンク系というかバイオレット系というか。HMV色だ。

アズミさんの美形には思わず見入ってしまう。
ちょっと涙ぐんでいるようにも見える。
ミュージシャンにとっても思いの詰まった場所なのだ。
デビュー間もない彼らをプッシュしてくれたのもHMVだったという。

・wyolica - さあいこう
http://www.youtube.com/watch?v=p7tLx5G-g1o&NR=1

なんだか切ない。
そろそろぼくも自分のいる場所を変化させる時だろうか。

渋谷とその衛星都市である下北沢には数多くのライブハウスとクラブがあり、居心地のいい居酒屋も気軽なカフェもたくさんある。

ミュージシャンもたくさん住んでいて、渋谷から西に延びる淡島通りはいろんな人が歩いている。
なじみの美容師さんもさまざまなミュージシャンの髪を切っている。

居心地のいい町だけど、いいお酒を置いた酒屋さんがちょっと離れたところに移転したし、HMV渋谷がなくなるし、ぼくもこの町を離れることを検討してもいいのかもしれない。

東京に住んで3か所目のここは住みついてもうすぐ10年になる。
もう、若い時代は終わりなのかもしれない。

七五三に行ったこともなく、成人式もすっぽかし、大学の卒業式も途中で友人とプリクラを撮りに行き、通過儀礼といったものにまったく関心がないぼくだけど、HMVの閉店は、何かひとつの儀礼を突きつけられた気になる。

9時過ぎからはラヴタンバリンズのエリさんも来る。入場制限になりそうだけど。
10時からはさまざまなミュージシャンのセッションだとか。
夜、また行ってみようかな。
アジやアワビの刺身を食べながら日本酒を飲みすぎたけど。


追記
午後9時からHMVに行っていた。
多くの人が名残を惜しんで詰めかけていた。
11時半にすべてが終了。
2階のライブスペースに、HMV渋谷ありがとう!の声が響いた。
ジャムセッションでは、ラヴタンバリンズのエリとか、コーザノストラのボーカルの人とか、
スガシカオとか椎名純平とか、すごいメンバーが集結。
目の前で生エリを見ることができてぞくぞくした。ソウルフルでキレてて、かっこいい。

このイベントは沖野修也さんの呼びかけではじまったらしい。
キーボードのSWING-Oさんの仕切りは安定していて回転が速くてすばらしかった。

英語の曲を歌う人が多かったので、“渋谷系”もそんな傾向があったかなと懐かしく思った。
楽しい時をありがとう。

http://ameblo.jp/rootsoul
>沖野修也さんの呼びかけにより
>HMV渋谷 店内で 音楽を愛する、そしてHMV渋谷にゆかりある
>アーティストが集結します!!!
(略)
>なんと!ROOT SOULは 最終日の最後という大役をつとめさして頂きます!
>そして、なんと言ってもすごいのは元ラブ・タンバリンズのEliさんが
>ずっと封印していた 名曲 Cherish Our Love を この日のためだけに歌ってくれます。
>演奏はROOT SOUL がします!!!!! 

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共生が大事って簡単に言うな

2010-08-07 23:28:31 | Weblog
共生社会とか多文化共生という言葉は耳あたりよく聞こえる。
だけど、そのような社会を成立させるには、人々の思考パターンや行動パターンまでも入れ替わるような、大きな変化が必要だ。

共生社会が大事だと言っている人の多くは、共生社会で生活しているわけではない。
自分と異なる価値判断基準を持つ人といっしょに行動することや、自分と感性のまったく違う人を肯定的に認識することはむずかしい。

信仰や習慣の異なる人たちが生活を共にすると、さまざまな問題が生じる。
ある人にとって大事なことが、ほかの人にとっては罪とされる可能性があるのだ。
罪に感じることを受け入れてしまえば、自分たちの世界観の崩壊につながる。そこに軋轢が生じる。
(習慣の違う人を見下したり排除したりすることを「差別だ」と言って問題視する人がいるけど、それは「差別的行為」をなくせば解決するという単純な問題ではない)

人体もそれに似た仕組みを持っている。
体に良いものと悪いものを免疫系が判断する。
身体組織の維持に不適切な病原菌やウイルスは排除される。
病原菌などが体の組織に入り込むと、生命の維持がむずかしくなるおそれがあるから、病原菌と免疫系は共存することができない。
免疫系は病原菌の存在価値を否定し、排除する。

世の中のあらゆる生物が、自分の生命を維持する組織を守ろうとしている。
身体組織に限らず、宗教団体でも国家でも会社でも、自分の所属する組織や価値観を守るために、それに反するものを、汚い物扱いして疎外する行為はいたるところに存在する。
そういった反応が、心理的差別や差別的社会構造の元にもなっている。

だから、自分と意見の違う人に対して汚いとかガンだとか言って否定して自分を守ろうとする人が、共生社会の実現を目指すことはむずかしい。
何かを規制したり否定したりすることによって維持発展を試みようとする組織や思考では、差別の解消や共生の実現といったことを実現できないのだ。

雰囲気で共生社会について語る人たちは、実現にはどのような手順が必要なのか深く考えることをせず、理想を安易に口にしていないだろうか。
「良いこと」をしたい人は、まずなぜそれを良いことだと肯定的に認識しているのか、分析すべきではないだろうか。
自分の価値観に合う気持ちのいい言葉を受け止め、発信してもいいけど、実現のためには何が必要なのか、全体的な仕組みを考える必要がある。

共生社会が大事だと言う人は、異文化に育った知り合いもいたりして、共生に意識的なのかもしれない。
ただ、趣味とか信仰とか教養レベルが似ている人なら、育った環境が違っても付き合うことはむずかしくない。
ほんとうに共生社会に興味があるのなら、自分とまったく趣味とか信仰とか教養レベルが違う人と付き合えるようになる必要があるのではないだろうか。

渋谷のギャルのことなんか理解できないと言う人や日本の法律に従わないものは犯罪者として疎外されて当然だと考えている人は、共生社会にたどり着くことは困難だろう。

人権とか平和とか非暴力とか民主主義とか、弱者を尊重するといった価値観のもとに人々をまとめあげ、一種の共生社会を作り上げるのもいい。
だけど、そのような社会では、その価値観に拘束されない人々は、犯罪者として疎外される可能性がある。
かつて芸能民や屠畜者や放浪者など、社会秩序の維持発展に役立たない存在はときとして蔑視され、被差別民と見なされた。

犯罪者や、犯罪者になりかねない思考をもつ人々と付き合うことができるようにならなければ、共生社会について語ることはむずかしい。

ぜひ、多文化共生に興味のある人は、差別されてきた人たちの歴史や価値観について、興味をもっていただければと思う。
日本でもっとも多文化が共生し、自分と異なる価値観の人たちを受け入れていたのは、差別されていた芸能民の人たちであり、ヤクザの人たちの世界であったかもしれない。


<参考>
http://www.kisc.meiji.ac.jp/~yamawaki/vision/about.htm
多文化共生社会の構想
http://www.jiam.jp/melmaga/newcontents2/newcontents1.html
多文化共生とは、「国籍や民族などの異なる人々が、互いの文化的ちがいを認め合い、対等な関係を築こうとしながら、地域社会の構成員として共に生きていくこと」


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地球温暖化で砂漠の緑化

2010-08-07 22:16:39 | Weblog
アラブの人たちにとって、地球温暖化は良いことなのかもしれない。
気温が上がれば、地球の大気の循環が変化する。
中近東や北アフリカはかつてのように緑があふれる土地になるかもしれない。

イスラム教徒の人たちにとって、天国は緑にあふれたイメージらしいけど、地球温暖化によって、その風景を手に入れることができる可能性がある。

地球の北緯20~30度付近に砂漠が多いのは、亜熱帯高圧帯の形成により雨雲が集まらないことが原因だ。
世界の平均気温が高くなったり低くなったりすれば、高圧帯の地域が移動し、アラブ地域にも緑が戻ってくるかもしれない。

石油をどんどん消費して地球温暖化ガスを排出すれば、ヨーロッパやアメリカの砂漠化を加速させ、アラブの緑化を実現することができる。
そう考える人が増加すれば、アラブの人は意図的に石油を大量に消費するかもしれない。

気温が高くなった世界では、砂漠の民が豊かな緑を手に入れ、砂漠化が進む欧米の人々が援助を求めてくる。
海面が上昇した世界では、豊かな平野の農民や海岸部の高所得者は住むところを失い、貧しい山の人々に助けを求めてくる。
寒い地域が穀倉地帯に変化したり、温暖な土地が熱帯化して伝染病に悩まされたり。
地球温暖化は山の民の復権にもつながる可能性もあるだろう。

強者は弱者に転落することをなんとかして避けようとするだろうけど、弱者と強者が逆転する世界では未来的な思考を学べるようになるかもしれない。

強いとか賢いとか豊かだということは、権力者だけの占有物ではない。


<参考>ヒプシサーマル期:7000~5000年前、アフリカから中近東は現在より多雨で、現在のサハラ砂漠は森林に覆われていた。日本では年平均気温が2℃程度高かった。
http://www2u.biglobe.ne.jp/~KAIGUCCI/weatherG.htm

<参考>砂漠域の広がりと地球の大気の大循環
http://www.riam.kyushu-u.ac.jp/taikai/lab/uno/CLASS2006/LECT060524.pdf


8/23追記
昨年のNational Geographic Newsに、地球温暖化によるサハラ砂漠の緑化について記事があったみたい。
http://news.nationalgeographic.com/news/2009/07/090731-green-sahara.html
Sahara Desert Greening Due to Climate Change?
James Owen
for National Geographic News
July 31, 2009
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