波打ち際の考察

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波屋山人

朝日新聞メモ

2015-10-16 22:20:45 | Weblog
知り合いが何人か朝日新聞で働いている。記者もいれば技術者もいる。
優秀な人が多い。

ただ、記者は実名で人気政治家を批判するような記事を書くと、反発が大きい。
知り合いの名前を検索すると記者を揶揄するようなコメントが出てくる。
記者もつらい仕事だな、と感じる。

そういえば、先日、朝日新聞が部数を大きく減らしていることが話題になっていた。
半年で30万部も部数が減ったらしい。

http://www.garbagenews.net/archives/2141038.html
> 一番の下げ幅となった朝日新聞はマイナス4.27%。前半期はマイナス4.47%だった
> ことから、わずかではあるが状況の加速的悪化は免れていることになる。もっとも部数
> が大きく減少していることに変わりはない。

購読者は高齢者が多いから、高齢者が亡くなると購読者も減る、という傾向はあるだろう。
ネットを日常的に使っている人は各種のニュースをチェックすることができるので、あえて新聞を買う必要を感じない。
また、新聞の報道姿勢が、一般市民から疑いの目でみられるようになったことも影響しているかもしれない。


私は30年に渡って新聞を定期購読していた。
そのうち20年近くは、朝刊も夕刊も読んでいた。
新聞が大好きで、毎日朝も夜も隅から隅まで目を通していた。

偏った思考パターンに陥ってしまわないように、定期的に購読紙を変えていた。(景品目的ではない!)
朝日新聞、東京新聞、読売新聞、産経新聞、日経新聞。
(毎日新聞だけは定期購読した記憶がないけど、ネットで見られる「毎日かあさんち」は楽しみにしている)

だけど、そんな新聞大好きな私ですら、2年くらい前に定期購読をやめた。
禁断症状が出たらどうしようかとも思ったが、まったく困ることはなかった。
それが現実だ。。。


それはともかく、今年読んだ中でベスト3に入る2冊の本には、朝日新聞についての記述があった。メモしておこう。

『ブンヤ暮らし三十六年』(永栄潔著、草思社、2015年3月)と『日本国最後の帰還兵深谷義治とその家族』(深谷敏雄著、集英社、2014年12月)の内容はすごい。信じられない事実に驚かされる。

『ブンヤ暮らし三十六年』は副題に「回想の朝日新聞」とあるくらいだから、朝日新聞の元記者が朝日新聞について書いた内容だとわかる。

だが、朝日新聞と関係なさそうな『日本国最後の帰還兵深谷義治とその家族』にも朝日新聞に関する記述がある。
旧制中学を中退し、憲兵の学校を出て中国で工作活動を行った深谷義治氏は、中国の獄中にいるとき、朝日新聞に「(スパイ養成の)中野学校出身」と報じられてしまった。中国政府は深谷氏をスパイと断定し、帰国を認めなかった。

朝日新聞の誤報によって、深谷氏や家族の塗炭の苦しみは長引くことになった。
深谷義治氏は2015年4月に亡くなったが、中国出身の奥さんや、息子・娘たちは健在だ。

朝日新聞の責任ある立場の人は、深谷家に謝罪し、奥さんの生活を助けてあげてもいいのではないだろうか。
政党関係者を縁故採用するのもいいけど、優秀なお孫さんを朝日新聞に迎え入れてもいいのではないだろうか。
そんなことを夢想する。


<参考>
『日本国最後の帰還兵深谷義治とその家族』p334~335
(略)
 ただ、中国政府は「憶測」のみでは私を断罪できないため、日本で私に関する情報を収集し続けたに違いない。
 また、帰国後に私は、昭和四十八年(1973年)三月十四日の『朝日新聞』に載った「『釈放して』待ちわびる老母ら 反革命罪で十五年間」という見出しの記事を読んだ。その時、思わず目を疑わずにはいられなかった。「義治さんが出征したのは昭和十二年、二十一歳の時。中野学校で訓練をうけ、経済事情調査室の特殊任務についていた。第二次世界大戦後、『これからは日中友好につくす』と遺言のような手紙を寄せたまま、消息が途絶えてしまった」と書かれていた。
 中野学校とは、陸軍によるスパイ養成のための学校である。ここの教育方針は、任務を遂行するためなら、たとえ虜囚の辱めを受けてもなお生き残れといったものであった。(略)
 だから、この学校を卒業した者がたとえ「日中友好につくす」と書いても、世間からすればそれは心からのものではなく、偽装しているととられても不思議ではない。となると、「中野学校卒」のスパイである深谷義治も、「反省・謝罪の気持ちなどなく、戦後になっても引き続いて決死の戦いを遂行する」というつもりで中国でスパイ活動を続けていたと疑われてもおかしくはない。
 だが問題は、私が中野学校卒業ではないことだ。私は北京の日本憲兵教習隊を卒業して、東京の陸軍憲兵学校を出たが、その憲兵学校が中野にあり、近所に陸軍の中野学校があったのだ。それは、言うまでもなく別の組織である。要は、新聞記事が誤報だったのだ。
 もちろん、日本の大手新聞に載せられた記事なので、中国政府の目に入らないわけはない。それゆえに、私の経歴に誤報に基づいた「中野学校の出身」という要素が加わった。スパイ機密費という「憶測」に、大手新聞での「誤報」が加えられ、中国政府は私を戦後の日本のスパイと断定することになったのだ。
 中国政府が私に対して十六年間も判決を下すことができなかった原因は、ひとえに、確たる証拠を得られなかったからに違いない。結局、中国で得られなかった証拠は日本から入手された。すなわち、身も心も捧げた祖国から私に致命的な打撃を与える“証拠”が提供されてしまうことになったのだ。
(略)
 これらの「推測」と「誤報」に基づき私に「中国の安全に対し重大な危害を与えた罪」で無期懲役の判決が下されたのが翌年の昭和四十九年で、因果関係のタイミングとしてはぴったり成り立っている。
 もし、「スパイ機密費」という「憶測」と「中野学校卒」という「誤報」がなければ、私は絶対に存命中の最愛の母に会えたはずだった。



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普通においしい

2015-10-14 22:11:43 | Weblog
「普通においしい」とか「普通にかわいい」などという表現を耳にすることがある。

「おいしい」「かわいい」と高く評価しているものに対し、ありふれた印象の「普通に」という表現を並べることに違和感を覚える人の気持ちもわかる。

だが、「普通に」という表現を、「違和感なく」の意味にとらえてみるとどうだろう。
「違和感なく、ひっかかることなく、普通に受け入れられる」という意味での「普通」。

「違和感なくおいしい」という意味で、「普通においしい」と言っているのだと想像すると、違和感が解消されないだろうか。

「普通にいいリゾート」というのは、違和感なくくつろげる居心地のいいリゾートのことだろう。

「普通に賢い子」というのは、さしずめたいして努力しなくてもあたりまえのようにいい成績をとっている子のことだろうか。

まあ、あまりにも「普通に」を多用していると語彙力がないと思われてしまうかもしれないから、たまには「違和感なく」という表現を使ってもいいのではないかと思う。

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