波打ち際の考察

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波屋山人

「世界の民族」超入門

2022-09-26 21:21:00 | Weblog
いくつかのメディアで紹介されていておもしろそうだったので、『世界96カ国で学んだ元外交官が教える ビジネスエリートの必須教養 「世界の民族」超入門』(ダイヤモンド社、2022年2月発行)という本を読んだ。

著者の山中俊之さんは、1968年兵庫県西宮市生まれ。東大法学部卒、外務省を経て日本総合研究所へ。大阪府特別顧問を経て芸術文化観光専門職大学と神戸情報大学院大学の教授。

とても読みやすい本で、知らなかった話も多く参考になった。
ざっと世界の概要を見るにはよい本なのではないだろうか。
海外に行ったり、海外の人とやりとりをしたりする機会のある人は読んでおいて損はないと思う。

ただ、世界の民族については、人によってとらえ方はさまざま。見ている角度が違ったり、重視しているところが違ったり。
他の人が書けばまたかなり違った本になるのではないかと感じた。
この本はひとつの見方を提供してくれているけど、まるごと全部正確なことが書かれているとは思わない方がいいだろう。

読んでいるうちに、いくつかあやしい記述も目についた。
編集者や校正者はこれらの記述に違和感を覚えなかったのだろうか。
高校の時に地理を学んだ者としては、流し読みしていても引っかかってしまう。


p87-88
>(略)マレーシアは人口の7割がマレー系。残り1割が中華系、1割弱がインド系というのが大まかな分布です。シンガポールは7割強が中華系、1.5割がマレー人、1割弱がインド系です。

p202
> イスラム教国に旅をすると、時間ごとにモスクから流れる祈りの言葉「アザーン」が聞こえてきますが、確かに優しく、耳に心地良いものです。

p296
> ミクロネシア・ポリネシアはまた、第二次世界大戦の際に日本軍が激しく攻撃した場所です。その過去も、日本人が忘れてはいけないことです。

p301
> アイヌはおよそ3万年前からオホーツク海で暮らす民族。現在の日本の本州北部、北海道、北方四島、千島列島、樺太のあたりで漁業や狩猟を主として行っていました。つまり、現在の日本の領土には、和人とアイヌが住んでいたということです。

p302
> アイヌは先住民ですが、製鉄技術が発達していなかったため、狩りに欠かせない武器を安東一族から購入するしかありませんでした。


ある程度地理の知識のある人が読めば、上記のような記述には違和感を覚えるのではないだろうか。
順番に見て行こう。


■p87-88
>(略)マレーシアは人口の7割がマレー系。残り1割が中華系、1割弱がインド系というのが大まかな分布です。シンガポールは7割強が中華系、1.5割がマレー人、1割弱がインド系です。

→ 1割が中華系? さまざまな種類の統計があるのかもしれないが、一般的にマレーシアの中華系は2割を超え存在感が大きい。1割ということはない。何のデータを元に書かれたのだろか。

外務省のサイトによると、マレーシアの民族構成は以下の通り。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/malaysia/data.html
> マレー系(69.6%)、中国系(22.6%)、インド系(6.8%)、その他(1%)(2020年マレーシア統計局)

JTBマレーシア支店によると、下記の通り。マレーシアの中華系は何十年も前から2割を超えている。
https://www.jtb.co.jp/kaigai_guide/report/MY/2015/03/ancient.html
> マレーシアの民族は、単純な人口比で言うと、マレー系(約65%)、華人系(約24%)、インド系(約8%)


■p202
> イスラム教国に旅をすると、時間ごとにモスクから流れる祈りの言葉「アザーン」が聞こえてきますが、確かに優しく、耳に心地良いものです。

→ 祈りの言葉? アザーンは、礼拝を呼び掛ける言葉だ。ついでに言うと、アザーンは落ち着きと抑揚のあるいい声なのだが、イスラム圏の田舎町を旅していると、安っぽいスピーカーから大音量で流されることもあり、うるさく感じてしまうこともしばしば。

アザーンが祈りの言葉ではなくて呼びかけの言葉、ということは、世界を旅している人の間ではそれなりに知られている。
https://seiwanishida.com/archives/6228
> アザーンは、人力で行われており、その内容は世界のどこであっても同じ。
> 簡単にいえば、「お〜い、礼拝の時間でっせ〜、みんなモスクに集まれ〜」というものである。

Wikipediaの記述
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B6%E3%83%BC%E3%83%B3
> アザーン(アラビア語: أذان‎ adhān)は、イスラム教における礼拝(サラート)への呼び掛けのこと。ユダヤ教のラッパ、キリスト教の鐘と同じような役割をしているが、肉声で行われることに特徴がある。「神は偉大なり」という意の句「アッラーフ・アクバル」の4度の繰り返しから始まる。
> イスラム教国旅行記ではしばしばアザーンを指して「一日5回モスクから流れるコーランの朗誦」といった記述が見られるが、アザーンは礼拝への呼び掛けであって、コーランの朗誦ではない。

大音量のアザーンを苦痛に感じる人も多い。
https://www.afpbb.com/articles/-/3372143
> ■モスクの大音量に抗議すると処罰対象? インドネシアの宗教的な不協和音
> 2021年11月3日 8:00 発信地:ジャカルタ/インドネシア [ インドネシア アジア・オセアニア ] AFPBB News
> 【11月3日 AFP】インドネシアの首都ジャカルタの郊外。毎日午前3時になると、イスラム教徒のリナさん(仮名、31)はスピーカーから鳴り響く音声でたたき起こされる。あまりの騒音に不眠症と不安障害を発症し、何かを食べようとしても吐き気がして受け付けられなくなった。それでも、怖くて苦情は言えないと話す。収監されるか襲撃される可能性があるからだ。
> 騒音の原因は、隣のモスク(イスラム礼拝所)だ。大音量でアザーン(礼拝の呼び掛け)を行っている。
>世界最多のイスラム教徒が暮らすインドネシアでは、モスクとアザーンは重視され、批判すればイスラム教への冒涜(ぼうとく)と見なされる可能性がある。場合によっては、最高5年の禁錮刑が科される。
>「思い切って苦情を訴える人などここにはいません」とリナさんは言う。報復を恐れ、仮名で取材に応じた。
>「スピーカーは礼拝の呼び掛けだけではなく、朝の礼拝時間の30~40分前に人々を起こすためにも使われています」とAFPに語った。半年間、騒音に耐え続け、もう限界だと話す。
> モスクのスピーカー放送がうるさいという書き込みはネット上では増えてきている。しかし、反感を買う恐れもあり、実際の苦情の数がどれほどあるのか信頼できる公式の統計はない。


■p296
> ミクロネシア・ポリネシアはまた、第二次世界大戦の際に日本軍が激しく攻撃した場所です。その過去も、日本人が忘れてはいけないことです。

→ ミクロネシア・ポリネシアを攻撃? 第一次大戦後、ドイツ領だったパラオ・サイパン・チューク諸島・マーシャル諸島あたりの島々は1919年から日本の委任統治領になった。日本が国連から委託されて統治して守っていたので、戦時中に島々を激しく攻撃して侵略したということはない。
また、第二次世界大戦中に、連合軍との間で激しい戦闘が行われたパプアニューギニアやソロモン諸島のあたりはミクロネシアでもポリネシアでもなく、「メラネシア」だ。
委任統治領であったパラオのペリリュー島などでも米軍との間で激しい戦闘が行われたが、それは「日本軍が激しく攻撃した」とは言えないのではないだろうか。攻撃というより迎撃。
「ミクロネシア・ポリネシアはまた、第二次世界大戦の際に日本軍が激しく攻撃した場所です。」と日本軍による暴力行為を覚えておくように述べるのであれば、具体的にどこをいつ攻撃して誰と戦ったのか、記述してほしい。
ポリネシアのサモアもトンガも日本軍は攻撃していないのではないだろうか。ハワイの真珠湾は攻撃したが、ポリネシアというよりもアメリカの軍事施設に対する攻撃だろう。
「ミクロネシア・メラネシアはまた、第二次世界大戦の際に日本軍が激しく戦った場所です。」ぐらいの表現の方がマシではないだろうか。


■p301
> アイヌはおよそ3万年前からオホーツク海で暮らす民族。現在の日本の本州北部、北海道、北方四島、千島列島、樺太のあたりで漁業や狩猟を主として行っていました。つまり、現在の日本の領土には、和人とアイヌが住んでいたということです。

→ アイヌが3万年前からオホーツク海にいた? アイヌ民族が成立したのは、12~13世紀。それまでは縄文人の末裔のような生活をしている人々がいたが、日本や中国との交易によって文化が変化・発展し、アイヌ文化が生じた。それが歴史学の一般的な認識ではないだろうか。アイヌ民族は6~7割は縄文人の遺伝子を継いでいる。
また、歴史的にオホーツク海沿岸にアイヌ民族は少なかった。サハリン南部から北海道の東北あたりから千島列島にかけて5世紀から9世紀頃に広がっていたオホーツク文化も、アイヌ系ではない。オホーツク人は平らな顔立ちの新モンゴロイド。
アイヌ民族は現在の北海道南西部の日高地方などを中心に発展し、勢力が強かった頃に樺太や千島にも進出したのではなかっただろうか。3万年前には、日本列島には彫りの深い古モンゴロイド系(というか古代人種系? 縄文人は蒙古斑がなかったと思われる)の人々が住んでおり、弥生時代以降に平らな顔の新モンゴロイド系(弥生人、古墳人など)が増え、現代の日本語に通じる言語も流入してきた。
「現在の日本の領土には、和人とアイヌが住んでいたということです。」という記述は不正確。アイヌ民族の先祖と同じく、沖縄、南九州、北東北などの住民の先祖も、和人とは言いにくいのではないだろうか。

余談だが、縄文人は言語的にも遺伝子的にも政治的にも地方によってかなり幅があったと考えられる。
同様に、アイヌの人たちも沖縄の人たちもかなり幅がある。ひとくくりにしない方がいい。
アイヌのことを語るのであれば、本州から移ってきたという伝承がある「シュムクル」や対立していた「メナシクル」などといったいくつかの部族の違いに目を向けてもいい。
沖縄においても、島々の違いは大きい。沖縄本島南部の勢力が、久米島や宮古島、石垣島といった島々を支配下に置いて行った歴史を見ると、日本における近畿・関東中心の歴史観に違和感を覚えるのと同様に、沖縄本島南部中心の史観にも違和感を覚える。
日本内部の多様性に目を向ける人は、ぜひアイヌや沖縄の内部の多様性にも目を向けてほしい。

<参考>令和2年度科学研究費助成事業「新学術領域研究(研究領域提案型)」に係る中間評価報告書
「ゲノム配列を核としたヤポネシア人の起源と成立の解明」
https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-AREA-8004/8004_chukan_hyoka_hokoku_ja.pdf


■p302
> アイヌは先住民ですが、製鉄技術が発達していなかったため、狩りに欠かせない武器を安東一族から購入するしかありませんでした。

→ 製鉄? 武器? 「製鉄技術が発達していなかった」という記述だと、少しは製鉄技術があったように読めてしまう。アイヌや琉球の文化圏で鉄は重宝されていたが、製鉄技術はほぼ存在しなかったのでは? 鉄は日本や中国から入手していた。そのことをはっきり書くべき。
ついでに言うと、和人から入手した鉄は主に日用刃物(マキリ、タシロ)だったのでは。魚を取るために使った大きな釣り針のようなカギも武器ではない。弓矢は自作だし、基本的に矢じりも金属を使っていない。武器を購入、というと語弊がある。14~15世紀には武器や祭具として日本刀も入手していたようだが、狩りには使っていないし、17世紀に刀狩りが行われている。また、厳密には安東一族ではなく商人から購入していたのではないだろうか。

他にも引っかかるところはいろいろあるが、とりあえずここで止めておこう。


本を作るときには、ファクトチェックが必須だ。
何気なく書かれた記述が事実かどうか、きちんと確認しておかないと後々問題になる。

多くの人がこの本の編集・校正・査読などに関わっていらっしゃるようだが、どういうことなのだろうか。
地理の知識に乏しい人ばかりがチェックしていたのだろうか。謎だ。

p341
> また、長年私の母校である甲陽学院高校で、世界史と日本史の教鞭をとり現在も学術論文の執筆をされている山内英正先生に査読をお願いしました。
> もちろん、いかなる過誤も筆者である私に責任があることはいうまでもありません。
> 本著の執筆にあたっては、ダイヤモンド社の木下翔陽さんに企画段階から編集までたいへんお世話になりました。(略)フリーランス編集者の青木由美子さんには、ライティングのサポートをしていただきました。


さらに、奥付を見ると「校正――鷗来堂」とある。

鷗来堂はよく知られた校正・校閲の会社だ。お世話になっている出版社は多いし、個人的な知り合いも鷗来堂で校正・校閲の仕事をしている。

鷗来堂は、チェックできない分野の本については校正の仕事を受けないはず。
それなりに知識のある人が校正しているはずだ。
もしかしたら、原稿には多くの修正赤字が入っていたのも知れない。
それを誌面に反映するかどうか判断する編集者が、問題点を認識できず、問題ないと思って修正しないでスルーしてしまった可能性もある。
校正者がいろいろ赤字を入れても、結局誌面に反映されていない、ということはよくある。


ブログは論文でも商品でもないので、思い込みで事実と異なることを書いても放置しがち。私も適当なことを書いている。
ただ、本や論文を出すとなると、きちんとチェックが必要だ。
間違いが多いとクレームが来る。クレームに対応するために正誤表を用意したり、ひどい場合は書店から回収したりする必要がある。
そうなると多方面に迷惑をかけてしまう。



ダイヤモンド社はどうしたのだろう。
「地球の歩き方」を手放して、地理に詳しい人材も社を離れてしまったのだろうか。不可解だ。

ダイヤモンド・ビッグ社、「地球の歩き方」などを学研プラスに事業譲渡
> 編集部:湯野康隆2020年11月16日 22:23 トラベルWatch
> 事業譲渡に関するお知らせ
> ダイヤモンド社は11月16日、子会社のダイヤモンド・ビッグ社の「地球の歩き方」などの出版事業やインバウンド事業を学研プラスに譲渡すると発表した。
> ダイヤモンド・ビッグ社は、海外旅行ガイドブック「地球の歩き方」をはじめ、旅行関連の出版事業を展開。近年はインバウンド向けの冊子なども手掛けてきた。
> 同社では、「本年に入り、新型コロナウイルス感染症の世界的流行により海外旅行関連の事業環境が大きく変動したこと等を受け、今般、事業の維持と発展を図る」ため、学研ホールディングス傘下の学研プラスとの間で事業譲渡契約を締結したとしている。
> 「地球の歩き方」などの事業については、2021年1月1日以降、学研プラスが新設する新会社「株式会社地球の歩き方」の下で運営される。



追記
もしかしてアマゾンのレビューでは内容の誤りについて指摘があるのではないかと思ったが、少し見た限りでは見あたらなかった。むしろ、信用できる内容だとのコメントがあった。
まさか、著者も編集者も校正者も査読者も読者も高校の時に地理を履修しておらず、何の問題点も感じないということなのだろうか。謎。
https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R3A4YLH9SRWL2Q/ref=cm_cr_getr_d_rvw_ttl?ie=UTF8&ASIN=4478112045
> 結論として、誤認・誤り・デリカシーの欠如など問題満載だった宇山卓栄著『「民族」で読み解く世界史』よりずっと信用できる内容で勉強になります。

コメント (17)
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鳥居の起源は取入?

2022-09-07 20:27:58 | Weblog
私は、神社に行くことがあっても、お参りすることには関心が無い。
鈴も鳴らさないし、お守りも買わない。御朱印には何の関心もない。

大事なものは、立派な社殿にはないと感じている。
神社や周囲の空間に雰囲気を感じると、心を鎮めて協調する。
祈ったり願ったりすることはない。
意識を調整して、奥行きを感じとり、その場の聖なる雰囲気のなかにたたずむ。
自分の無意識が何かを感知した場所にたたずみ、感じ取り、調和する。そのことによって意識が浄化され、あらたな知見を得る。
聖域とは本来、そういった場所ではなかっただろうか。

以前、山奥の有名な神社に行った際、並んだ人々が順番にお参りをしているのを見て違和感を覚えた。
誰も関心を示さない社殿脇の大きな岩こそが、かつて畏敬の念をもって人々が向き合っていた象徴だと感じた。

人々は、大いなる自然というか自然の不思議な奥深さ、生命を生み出す強さや人々を不安に陥れる怖さなどを岩や海山に感じ取っていたのではないだろうか。

縄文時代の出土品を見ても、神々や生死について考えをめぐらす精神的な営みが長く続いていたようだ。
だからこそ、仏教や儒教などが海外から入って来た時も、それらを丸飲みするのではなく、それまでの精神的営みによって解釈を行ったり、古来の信仰に変化を加えて調整したりしたと考えられる。

神道の立派な社殿は、仏教や儒教に対抗しようとして作られたのではないだろうか。
本来、日本の天皇は西欧の皇帝や王とは位置づけが異なるにも関わらず、奈良時代は中国、明治時代は西欧に対抗するために君主として扱われたことを思い出す。

かつては、聖域に大きな社殿はなく、入り口に鳥居が目印として置かれていた程度。
沖縄の多くの御嶽のように、鳥居さえない聖域も多かったようだ。


ちなみに、鳥居の起源はいろいろ推察されているようだが、私は、竪穴住居の入り口の柱が起源ではないかと感じている。

竪穴住居には入り口がある。そこに柱を立て、上に草木か土を敷いてひさしを作り、外から雨やゴミなどが吹き込んでくるのを避けていた。

家の出入り口の象徴として、ひさしを支える鳥居のような柱があった。
竪穴住居は胎内にも通じる存在で、住居の中には神様をまつる棚もあったのではないだろうか。
日本列島先住民(縄文人)の子孫であるアイヌの住居にも神様はまつられていた。

竪穴式住居という聖域の入り口として鳥居のような柱があり、そこは神をまつる場所の入り口でもあった。
その後、内と外、俗と聖などの境として、鳥居が認識されるようになったのではないだろうか。
誰もそのような説を唱えたりはしていないようだが、私はそのようなことを想像する。

可能性の一つとしては、寒い日や大雨の日に竪穴住居の入り口を閉じる必要がある際、柱を外してひさしを下げ、入り口のフタにする、ということが行われていたかもしれない。
「取り入れることができる柱」→→とりいれ→→とりいり→→とりいぃ→→とりい→→「鳥居」、というふうにはならないだろうか。鳥居の語源に関して、勝手な想像。



<参考>
https://gogen-yurai.jp/torii/#:~:text=%E9%B3%A5%E5%B1%85%E3%81%AE%E8%AA%9E%E6%BA%90%E3%83%BB%E7%94%B1%E6%9D%A5,%E3%81%A8%E3%81%99%E3%82%8B%E8%AA%AC%E3%82%82%E3%81%82%E3%82%8B%E3%80%82
■鳥居の語源・由来(語源由来辞典)
鳥居は、古く神に供えた鶏の止まり木といわれ、鳥が居るところの意味が通説となっている。
その他、鳥居の語源には「通り入る(とおりいる)」の意味や、汚れたものをとどめる標であることから「トマリヰ(止処)」の意味とする説もある。


■駅徒歩8分で竪穴式住居に入り放題(Daily Portal)
https://dailyportalz.jp/kiji/170329199163


追記
そもそも、万葉仮名の時代の日本では「居」は「お」と読んでいた。現在の近畿圏でも、「居る」は「お↑る↓」と読む。
「鳥居」という漢字を見て「鳥がいる」と連想するのは近代の発想ではないだろうか。
近畿圏の人は、「鳥がおる」と表現する。トリイという音のイは、「居る」を意味しなかったのではないだろうか。



コメント (26)
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