春には土筆を摘み、袴を取って母親に渡すと佃煮を作ってくれた。
まだ開き切っていないツクシの頭の、ほろ苦さが好きだった。
裏山の竹薮では、筍が採れた。
採れたての筍を茹で、家の裏に生えている山椒の木の若葉や味噌をまぜると、香り高い木の芽和えができた。
初夏には自分の部屋の網戸にまで蛍が飛んできた。
幼い頃は親と小川に歩いて行き、闇の中で呼吸するように点滅する光を眺めた。
夏には竹林を通り抜けてくる風で涼をとった。
裏山から野生の春蘭やスミレをとってきて、鉢に植えて眺めることもあった。
父親が捕って来る天然鮎は、味噌汁に入れるととてもよい香りが漂った。
秋には刈りいれ後の田んぼを走り回った。
落穂を焚き火であぶって食べることもあった。
台風が来ると、増水した小川に出かけて網を仕掛け、鯉やライギョなどをつかまえた。
冬には身をすくめて長い廊下を爪先立ちで移動した。
とんど祭りではお餅を焼いて、砂糖醤油をつけて食べた。
田舎は、豊かなにおいや、繊細な光に満ちていた。
捕ったばかりの魚のぬるぬるとした青臭さ。採りたて野菜の力強い香り。
過ぎ行く風を受けてざわめく竹林。刈った草の青いにおい。
ススキの茂みの中に隠れていたときの枯れたにおいと静かな空。
裏山の腐葉土と赤土のしめった香り。
においたつような、日だまり。音がゆっくり伝わる、春の大気。
その頃に感じた自然が、今のぼくにとても役立っている。
さまざまな香りや繊細な味を楽しめるのは、ありがたい。
もし、ぼくが未開の大地に放り出されても、本能的に住居を構えるのに適した地形を選び、食べられる草を収集し、魚のいそうなポイントを探して生き延びることができるだろう。
日暮れまで野山を駆け巡り、爪先は黒く荒れた手に小さな傷が絶えなかったぼくは、塾に通っていた人とちがい成績は良くなかったけど、幼い頃に勉強しなかったことを後悔していない。
風や地形や繊細な香りを感じることなく育つと、バーチャル人間というか、養殖人間のような人になってしまう恐れがある。
繊細なにおいも音もかき消され、地形も日当たりも人工的に変えられた都市空間では繊細さは不要なのかもしれないけど、ぼくは田舎育ちであることを活かし、都市生活に楽しみを見出したいと思う。
町育ちの人には見えないものが、見えるかもしれない。
まだ開き切っていないツクシの頭の、ほろ苦さが好きだった。
裏山の竹薮では、筍が採れた。
採れたての筍を茹で、家の裏に生えている山椒の木の若葉や味噌をまぜると、香り高い木の芽和えができた。
初夏には自分の部屋の網戸にまで蛍が飛んできた。
幼い頃は親と小川に歩いて行き、闇の中で呼吸するように点滅する光を眺めた。
夏には竹林を通り抜けてくる風で涼をとった。
裏山から野生の春蘭やスミレをとってきて、鉢に植えて眺めることもあった。
父親が捕って来る天然鮎は、味噌汁に入れるととてもよい香りが漂った。
秋には刈りいれ後の田んぼを走り回った。
落穂を焚き火であぶって食べることもあった。
台風が来ると、増水した小川に出かけて網を仕掛け、鯉やライギョなどをつかまえた。
冬には身をすくめて長い廊下を爪先立ちで移動した。
とんど祭りではお餅を焼いて、砂糖醤油をつけて食べた。
田舎は、豊かなにおいや、繊細な光に満ちていた。
捕ったばかりの魚のぬるぬるとした青臭さ。採りたて野菜の力強い香り。
過ぎ行く風を受けてざわめく竹林。刈った草の青いにおい。
ススキの茂みの中に隠れていたときの枯れたにおいと静かな空。
裏山の腐葉土と赤土のしめった香り。
においたつような、日だまり。音がゆっくり伝わる、春の大気。
その頃に感じた自然が、今のぼくにとても役立っている。
さまざまな香りや繊細な味を楽しめるのは、ありがたい。
もし、ぼくが未開の大地に放り出されても、本能的に住居を構えるのに適した地形を選び、食べられる草を収集し、魚のいそうなポイントを探して生き延びることができるだろう。
日暮れまで野山を駆け巡り、爪先は黒く荒れた手に小さな傷が絶えなかったぼくは、塾に通っていた人とちがい成績は良くなかったけど、幼い頃に勉強しなかったことを後悔していない。
風や地形や繊細な香りを感じることなく育つと、バーチャル人間というか、養殖人間のような人になってしまう恐れがある。
繊細なにおいも音もかき消され、地形も日当たりも人工的に変えられた都市空間では繊細さは不要なのかもしれないけど、ぼくは田舎育ちであることを活かし、都市生活に楽しみを見出したいと思う。
町育ちの人には見えないものが、見えるかもしれない。