波打ち際の考察

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波屋山人

十七条憲法の第1条「以和爲貴」は「日本が大事だ」と読めないか

2009-11-10 23:27:44 | Weblog
十七条憲法の成立は不明確だ。
日本書紀では、604年(推古天皇12年)に聖徳太子が作ったと紹介されているけど、日本書紀が編纂された720年頃に作られたものではないかという説がある。
そもそも聖徳太子=厩戸皇子の実在も疑問視されている。

だけど、「和を以って貴しと為す」という一文は、日本の風潮を表現する一文としてよく知られている。
一部の人は、「思ったことを主張しあい認め合った末の調和が大事だ」というように理解し、別の人は「物事を荒立てないために自己主張しないで我慢することが必要だ」というように理解する。

さまざまな解釈があるけど、十七条憲法における「和」とは何だろう。
調和の和、平和の和のことだろうか。
中国語でも「和」は和やかで調和のとれた様子を表わすらしい。

十七条憲法の他の項目を見てみよう。
第2条では仏教を敬えと言っている。
第3条では天皇を敬えと言っている。
なぜ、第1条では調和という状態が貴いと言っているのだろう。

一般的には、第2条、第3条のように、第1条もモノというか組織、制度といった具体的な存在について述べているのではないか。

そうすると、思いつくのは、ここで言う「和」とは「倭」、「大和」のことではないかということだ。

「以和爲貴」には2通りの意味があると考えてみてはどうだろうか。
「調和を大事にする」という意味と、「日本人を大事にする」という意味。

日本書紀や古事記が成立する前、5世紀も6世紀も7世紀も、朝鮮半島からの移民は多かった。
特に7世紀には百済や高句麗からの亡命者が多かった。
(660年に百済が滅亡し、高句麗も668年に滅亡した)

だから、西日本や畿内には多数の百済系や高句麗系、新羅系などの人たちが住んでいた。
先進的な技術を持った彼らは日本の政治経済に大きな力を持っていたから、以前から住んでいた人たちとのいさかいが生じることもあっただろう。

徒党を組んで、日本の風習に染まろうとしない渡来人もいたかもしれない。
そこで、「いろんな人たちが住んでるけど、日本人が大事だっていうことを忘れずにね」と釘を刺したのが、「和を以って貴しと為す」だとは考えられないだろうか。

ここは百済でも高句麗でも新羅でもなく、日本だ。日本国家として、まとまって行こう。
そういう意思を最初に明示したとも読める。

704年に日本書紀が成立するまでは、大和政権のことを指して「和」「大和」と言っていた。
もし、平清盛の時代に「平を貴べ」というお触れが出たら、それは「平等」とか「平衡」といった意味も重ねてあるのかもしれないけど、基本的に「平家を貴べ」という意味に一般の人は受け取るだろう。
ニューヨークのチャイナタウンで「美を愛そう」というキャンパーンがあれば、それはbeautifulの意味もあるかもしれないけど、美国(亜美利加)のことだと受け取る人が多いだろう。

「和を以って貴しと為す」の「和」も、平和とか調和の意味の前に、「大和政権」「日本」として受け取られていたかもしれない。

上記のような説を唱える人はどこかにいないものだろうか。

<参考>
―――――――――――――――――――――――――――――――
■和を以って貴しと為す
「一に曰く、和を以て貴しと為し、さからうこと無きを宗とせよ。人皆党有り。亦、達れる者少なし。是を以て、或いは君父に順ず。また隣理に違う。然れども、上和らぎ、下睦びて、事を論うにかなうときは、則ち事理自ずから通ず。何事か成らざらん」
※「以和爲貴」は、論語の「禮之用和爲貴」(礼を之れ用ふるには、和を貴しと為す)を引用していると言われている。「和」は、和やかで調和がとれている様子。
―――――――――――――――――――――――――――――――


以上のようなことを適当に書いたけど、ぼくはあまり歴史に興味がない。
過去の事実を知ったからといって、そのこと自体にどんな価値があるか疑問があるし。

「日本を以って貴しと為す」説は誰でも思いつく説だろうと思ったけど、ネット上に見当たらなかったのでメモしただけ。
歴史も漢文も知らない人間が軽薄なことを書いてすみません。
高校時代、日本史も世界史も全く習わなかったので、いまだに鎌倉時代と室町時代がどっちが古いか問われても即答できないようなレベルです。


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レラチセ閉店

2009-11-10 22:24:51 | Weblog
先日ミャンマーで、「風」のことを「レェ」と言うと聞いた。
イントネーション的には「例」とか「霊」のような発音。
アイヌ語の「レラ」(風)を思い出した。

ふと気になってレラチセを検索したら、なんということだ。
ちょうど3日前に閉店してしまっていた。
どうしてもう少しはやく気づかなかったのか。

レラ・チセは東京唯一(もしかしたら北海道以外唯一?)のアイヌ料理屋だった。
店名はアイヌ語で「風の家」を意味する。
かつては居壁太さん(OKIさんとOKI DUB AINU BANDで活躍している)もスタッフとして働いていたらしい。

10年ちかく前に早稲田から新井薬師前に移転した。
早稲田の文学部前にあった時は行ったことがあるけど、移転してからは足を運んでいない。

アイヌ独特の料理や北海道の食材を使った素朴な料理などを提供していた。
早稲田にあったとき、おしぼりから柔道着のようなにおいがしたことを思い出す。
アットホームな、飾らない店だった。

数年前に阿寒湖畔のアイヌコタンを訪れたときに、阿寒湖出身の人が東京でレラ・チセという店をやっているということを耳にした。

もう一度行こうと思っていたのに、閉店だ。
いつかそのうちに、と思っているうちに時は過ぎ行く。
気になる店には早めに行っておこう。

それにしても、ウタリ協会あらためアイヌ協会は、アイヌ文化振興のためにどんなことをしているのだろう。
東京で、アイヌ食材やアイヌ料理の宣伝にも力を入れるべきではないだろうか。

アイヌ料理のアンテナショップを開いたり、アイヌ料理のガイドブックの編纂をしたり、ということは寡聞にして知らない。
文化を継承するためには、自力でやらなければいけないことは多い。

http://www2.odn.ne.jp/rera/
> 閉店のお知らせ
>
> このたび、諸事情により、11月7日(土)をもってアイヌ料理店レラ・チセの営業を
> 終了させていただくことになりました。
> 誠に残念ですが、設立のためのカンパ活動に始まり、94年の開店以降、これまで
> お世話になりました多くの方々のご厚情に感謝し、深く御礼申し上げます。
>
> アイヌ料理店レラ・チセ
>
> 03-3387-2252


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セコガニの季節

2009-11-10 21:55:07 | Weblog
先日まで滞在していた東南アジアにもワタリガニの親戚みたいなカニがいたけど、日本はカニの種類が豊富だ。

ズワイガニ、タラバガニ、毛ガニ、花咲ガニ、ワタリガニ、モクズガニ等々、さまざまなカニが繊細さやボリュームを競っている。

肉厚なタラバガニや甘みのある毛ガニもいいけど、ぼくが特に魅力を感じるのは繊細なズワイガニ。
より小ぶりで味の凝縮したセコガニは、日本酒のあてにも最適だ。

ズワイガニ(松葉ガニや越前ガニ)のメスである小型のセコガニは、11月6日から1月初旬までの約2か月しか漁ができない。
落ち着いた飲食店で食べると、きれいに捌いて並べられた小さなセコガニが、一皿何千円もしてしまう。

それでも上海ガニに比べたらリーズナブルで、身が詰まっていて、薫り高く、繊細で、内子も濃厚だ。
「いったい誰が上海ガニをブランド化したんだ、こっちのほうが上海ガニよりおいしいだろう?」という気分になってしまう。

遠くない将来に、セコガニは上海ガニを凌ぐ人気商品になってしまうかもしれない。
そうなったら価格も高騰して、気軽に楽しむことができなくなってしまうだろう。
今のうちに思う存分食べておこうかと夢想する。
(背子蟹、勢子蟹などの名称を商標登録して、中国ビジネスに活かそうかということは考えない。。。)

・セコガニ約1キロ2980円(送料込み)
http://item.rakuten.co.jp/sanintoretatehonpo/mj-seko-wake-a/

中国出身の友人と、日本の水産物のおいしさについて話をすることがある。
中国人だって、生ホタテの刺身や茹でたズワイガニの身にかぶりつけば、その魅力に取りつかれる。

中国の富裕層が日本のおいしいカニに注目して値段を吊り上げる前に、ひっそりとおいしいものを安くいただいておきましょう。


追記
以前はホヤだってスーパーで1個100円で売っていた。
だけど、韓国での需要が大きいと知れるとかなりのホヤが輸出用にまわされてしまった。
今では安い生きたホヤを手に入れることはむずかしい。
ホヤの刺身とある種の白ワインはものすごく相性が良くておいしかったのに、残念。

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