総合漢方にんぷ薬・総合漢方育児薬

~頭を使ってではなく、カラダ(感性)で子育てしてみませんか~

あなたはさし乳?それともはり乳?

2012年04月26日 | エッセー
 いいおっぱいとは、さし乳のことをいう。
 赤ちゃんが生まれて生後2~3ヶ月の頃までは、赤ちゃんの飲む量がだんだん増えてくる(日々変化している)ので、ママのおっぱい工場は、丁度いい量を上手に作れなくって、感覚的には、おっぱいが張るということが結構多い。張りすぎておっぱいが染み出したり、へたをするとぴゅーんと飛び出してきたりする。
 なもんで、おっぱいは張るものだと思い込んでしまう。
 しかし、実は、ほんとうにいいおっぱいは、張らないおっぱい、全然張らないけれど、赤ちゃんが吸い出したら2~3分しておっぱいが出てくるさし乳のことを言う。
 張るおっぱいは、作りすぎおっぱいなのだ。

 なのに、おっぱいが張らなくなると、おっぱいが出なくなった、おっぱいが足りないかも・・・という思考に陥り、心配になる。
 そして、おっぱい足りてないかも症候群になっちゃうと、とにかく貯めとこうという発想になってしまって、おっぱいを1回お休みにしてミルクを足すと、おっぱいとおっぱいの間隔が6時間空くので、おっぱいタンクもきっと満タンになるだろう・・という発想をしてしまいがちになる。

チガウノダ。

 おっぱいは、ニラなのだ。

 ニラは、切らずにいると、先っぽが黄色くなって枯れてくる。でも、根元から切ると、また、伸びてくる代物だ。

 おっぱいも同じ。
 おっぱいも3時間以上貯めとくと、まずくなる。酸化するのだ。鮮度が落ちる。
 おっぱいのよさは、フレッシュなこと。産地直送もいいところ。
 自分で作ったりんごにんじんジュースも、作ってしばらくすると酸化して、色がまずそうになるでしょ。
 おっぱいも、できるだけ作り立てがいい。
 だから、出し惜しみせず、どんどん吸わせてあげた方がいい。
 夜中も、1~2回は、飲ませてあげたほうがいい。おっぱいが染み出してきたら、「ママ、おっぱいが張ってきついから、飲んでくれる?」って、赤ちゃんに聞いて飲んでもらうのもいい。寝ているのを起こしてもいい。飲んでくれてスッキリしたら「ありがとう。あなたが吸ってくれたおかげでスッキリしたわ。」と感謝の意をきちんと表現してね。

 おっぱいって、赤ちゃんのものだけど、ママのものでもあるって事を忘れないで!ママも人間なんだから、赤ちゃんが泣いたときだけおっぱいではなく、張りすぎて困ってママが泣きたいときも吸ってもらうという幸せの相互扶助関係育成グッズ、それが、おっぱいなのだ。
 そうやって、ママと赤ちゃんは丁度いいを探りながら見つけていく同士とでもいおうか。


 もちろん、ママがお肉とかから揚げとかケーキ、くだものなどを食べ過ぎて張る場合は、そっちを減らさないかぎりおっぱいの張りはおさまらない。

 
つづく

長男は根気よく1時間以上もおっぱいを吸い続けたおっぱいヒルだったけれど、そのおかげで、私は、おっぱいには第2弾第3弾があることを体験から初めて知った。このこともおっぱい読本にはのってなかったぜ。
 
 おっぱいを吸い初めて、最初の5分ですでに貯まっていたおっぱいを吸い尽くす。それでも足りないと、チューチューと吸い続けるけれど、15分くらいは出ない。でも、不思議不思議、15分くらい吸い続けると、おっぱい足りないサインが発信されて脳に伝達された結果、第一弾よりは少し量が少なくなってはいるけれど、ツーツーとおっぱいが乳腺を通過していくのがわかる。
 これが、おっぱい第2弾。

 それでも足りないと、また、15分くらいはいくら吸っても出ないけれど、それを過ぎると第2弾よりは少ないけれど、ツーツーとおっぱいが乳腺を走っていくのがわかる。
 そう、おっぱいには、第2弾、第3弾があるのだ。
 だから、出ないと思ってもあきらめずに、吸わせ続けていると何とか出始める。
 くれぐれも、すぐにミルクを足すという早まったことだけはしないでね。

 実は、私はほとんどミルクで育っている。「第2弾が来た。来た。来た。」という私のセリフを聞いて、母は「え~、おっぱいには第2弾、第3弾があるの~。知らなかった。知っていたら、おっぱいで頑張れたかも・・・。」と残念がっていた。

 長男のおっぱいで悪戦苦闘していたとき、赤ちゃんを産んだばかりだけれど、おっぱいの悩みのない同僚に、「何分くらい吸っている?」と聞いたら、「5分。5分。」とスパッと答えてびっくりした。右のおっぱいが5分で左のおっぱいが5分で終了するとのこと。うへ~。信じられない。『そんだけ出れば、あんまりぐずらないだろうなぁ。よく寝てくれるだろうなぁ。』と羨ましい気持ちでいっぱいだった。
 しかし、しかし、四男は、まさに5分、5分だった。しかも、全然張らない。最初から。上3人のときは、最初の3ヶ月くらいは、おっぱいが張ってじわ~っと出るもんだから、下着がおっぱいで黄色くなっていたけれど、4人目は全く張らないので、下着の心配もしなくてよかったから楽チンだった。

 四男の時のように、吸い始めて3分くらいで出始めるおっぱいのことを『さし乳』と申します。

 間違っても『張らなくなったから出なくなった。』などという誤解だけはしないでね。
 張らないおっぱいがいいんです。

 

 つぎは、『反省!チョコチョコおっぱい』  です。
 
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寝る前ミルクと愛についての考察

2012年04月25日 | エッセー
 おっぱいが足りないかも・・・と不安になって、ついミルクを足してしまった結果、おっぱいが出なくなってしまった人の多くは、おっぱいだけでも大丈夫だった人かもしれない。
 あたりまえだ。
 人間のカラダは、全て必要が先の法則で成り立っている。
 赤ちゃんが吸わなきゃ、おっぱい工場は、必要とされていないと判断して次々と閉鎖されていく。
 本来なら、生後3ヶ月かけて、赤ちゃんの吸う量に合わせておっぱい工場を拡張していくはずなのに、吸わないんだもん。拡張どころかどんどん縮小されていく。そうすると、ママは、やっぱり足りないかもと・・・・・。


 つづく

肝に銘じておこう!

 おっぱいとおっぱいの間隔が3時間以上空いちゃうと、脳はおっぱい縮小計画をスタートさせる。

 もちろん、夜中も・・・生後2ヶ月の頃までは・・・・。

 夜、寝る前、ぐずってなかなか寝てくれなくて、ミルクを飲ませてみたら、200CCもゴクゴク飲んでぐっすり一度も起きずに眠ってくれたもんだから、やっぱりおっぱいが足りてなかったんだと納得して、それからは、寝る前に必ず200ccミルクを飲ませるようになったというママのなんと多いことか。昼間は、足さなくても大丈夫なのに、寝る前だけミルク。しかも、寝る前ミルク結構たっぷりパターンの赤ちゃんは、お腹が空いてぐずっているわけでは決してない。
 泣きたいのだ。
 泣いてすっきりしたいだけなのだ。

 昼間、おりこうさんにしていた分、あるいは、昼間、せっかくぐずったのに大人たちがあやしたおかげですっきり泣けなかった未練の分、夜、寝る前のまどろみの中で、ちょこっと気を許してしまって、その泣きたいという本音がチラリと出てしまったら止まらなくなっっちゃった・・・・・・みたいな。

 それが、夜、寝る前のぐずりワールド。

 そんなママにかぎって、「この子よく吐くんです。どうしてでしょう?」と質問される。

 よく吐くということは、飲みすぎに決まっている。

 また、体重がやたら増えてしまっている赤ちゃんもいる。

 それでも、なかなか寝る前のミルクを止められないというママが多い。
 だって、恐怖だもん。なかなか寝てくれない・・とか夜中、何回も起きる・・・とか夜泣き・・とか朝方超早起きで起こされるなんて・・・。ママもぐっすり眠りたい。

 一回大泣きさせりゃぁ、夜ぐっすり眠るってもんなのに・・・。

 大泣きとミルクを足すのどっちを選ぶ?って話になると、ミルクを足す方を選んでしまう母の弱い心。人間だもの。

 でも、赤ちゃんにとっては、ミルクを足されるたんびに、『僕って本当に愛されているのかなぁ・・・。』という哀しみを背負っていく。

 そりゃぁ、誰だって、チョー腹いっぱいになれば、眠くなるってもんだ。
 吐くぐらい食べるってきついよね。かなり。
 カラダへの負担も大きそう。
 腹八分に医者要らずということわざは何処へ。

 
 
『愛されるべきときに愛されなかった。』過去の記憶を持つ人は、概して明るい未来を予測することが苦手です。過去の記憶は未来にも暗い影を落とし、そこから逆算して現在まで悲観的にとらえがちです。
 いずれにせよ、私たちは、過去も現在も、そして未来さえも、過去の記憶という“サングラス”越しに見ています。サングラスをはずしたら、


 つづく
 現実は、もっと幸福に満ちて見えるはずなのに、ほとんどの人は、自分がそんなサングラスをかけていることにすら気づいていません。と宗像先生はおっしゃている。

 私も、毎朝、生まれ変わるぞ~っと意識するようにしているけれど、現実がつらすぎると過去を目いっぱい引きずってしまい、全然生まれ変われない。過去のサングラスに縛られてしまう。
 ただ、それでも、過去を悔やんで生きてはいないと思う。過去の失敗や体験を糧に生きていると思う。でも、夫は、過去を悔やむ世界で生きているように感じる。だから、前を向くことが苦手だ。真っ黒すぎて前がほとんど見えないサングラスをかけているのだと思う。
 『愛されるべきときに愛されなかった。』過去とは、どんな過去かなぁ。
 私もあなたも、愛されるべきときに愛されることもあれば、そうでないこともあったと思う。でも、夫は、ごく小さい頃から、愛されるべきときに愛されていなかった体験が、私よりもはるかに多かったのではないかなと思う。
 ちょこっとでも、自分の思っていたとおりにできなかったり、予想外のことがおこったり、スムースに事が進まないと、怒りが爆発する。過去に生きている人にとって、未来が見えないという状況は恐怖なのかもしれない・・・と夫の想定外を受け入れられない反応をみて、そう思う。

 「お腹が空いたよ~。」と泣けば、おっぱいやミルクを飲めて、「気持ち悪いよ~。」と泣けば、オムツを取り替えてもれて、「ストレスたまっているよ~。」あるいは、「ママがそばにいなくて不安だったよ~。」と泣けば、ムギュ~っと抱きしめてもらえてスッキリするまで泣かせてもらえる・・・ということは、『愛されるべきときに愛された』過去だと私は思う。

 逆に、「スッキリ泣きたいよ~。」というときに、吐くほどまでミルクを足されたり、おっぱいを飲まされるということは、『愛されるべきときに愛されなかった』過去・・・に、なるかも・・・と思ったりする。

 たかが、ミルクを足すということで、そこまで考えなくても・・・と思う人もいるかもしれない。

 でも、本当に必要としているときに、本当に必要とするものを与えようとする姿勢に人は、愛を感じるのだと思う。

 

つづく
 
だとしたら・・・・・。

 
 
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悪魔のささやき 『おっぱい足りないんじゃないですか?』

2012年04月22日 | エッセー
 「おっぱいが足りてないみたいですね。体重の増えが少し悪いです。ミルクを足してみてください。」

 『おっぱい足りてないかも不安症候群』にママをさせてしまうのは、病院スタッフのこの言葉。

 食べ過ぎて、詰まってしまった乳腺炎一歩手前状態のおっぱいの持ち主は、この言葉により、ミルクを足したり、いっぱい食べたりして出にくいおっぱいを完成させてしまう。ママなりに一生懸命努力しているのに、赤ちゃんの体重が増えないのは、おっぱいの出が悪いせい=あなたのせいだと非難されているように感じちゃう。
 「私ってダメな母親」という強迫観念の渦に巻き込まれていく。病院に赤ちゃんを連れて行って体重を測るのが、恐怖になる。つらい。本当につらい。まるで、針の筵の上にいるみたいに感じてしまう。プライドもズタズタ。
 おかしいよね。
 右も左もわからない素人なんだもん。右も左もわかるプロのお仕事は、ただでさえ育児不安でいっぱいの上、おっぱいが出なくて自信喪失しているママの力になって自信を持ってもらうように支えてあげることなのに、ミルクを足してみたらいいかも・・・では、ママはなんの自信もつかない。料理が下手な人が、お料理作ったら、「おそうざいを買ってきたらどう?」とアドバイスするお料理の先生っている?いないよね。

 新米ママの多くは、おっぱいが足りていないかも?という不安な気持ちを安心に替えたくって、目先のミルクについ手をのばしてしまう。おっぱいのすばらしさを熟知し、おっぱいで頑張ろうと張り切っていたママほど、ミルクを足してしまったときの無念さは計り知れない。
 悲しいかな。ミルクを足してしまったとたん、おっぱいは出なくなる。
 当たり前だ。人間のカラダは、『必要が先』の法則でできている。
 そう。赤ちゃんが、吸えば吸うほど、必要という刺激が脳に行き、必要という指令がおっぱいに行き、おっぱいが出る。
 なんだかなぁ。いろんな意味でできればおっぱいで育ててほしいなと思うけれど、赤ちゃんの体重の増えにビクビク、ピリピリと神経質になっているママに育てられるより、ミルクを飲ませて安心しきっているママに育てられるほうが、いいかもしれないと思ったりもする。でも、やっぱり残念。
 そうならないよう病院スタッフは、もっと、おっぱいと赤ちゃんの言い分についての学びを深め、ママを不安にさせないことを柱に支えてほしいと切に願う。

 だって、出るはずだもん。精神的なストレスがなければ・・・。


 つづく

ところで、上3人は、イワバー助産院で産んだ。そして、当たり前のように、添い寝だった。
 一方、四男は、クリニック。何でも選べるクリニックで、入院日数もアメリカンタイプ(3日間の入院)、5日タイプ、そして、標準タイプ(7日間)から選べた。母子同室・別室・夜のみ別室・初日のみ別室と赤ちゃんとの関係も選べた。おっぱいやミルクも選べるし、ママのお食事も玄米食やアレルギー食などと選べた。選べるっていいよね。
 私は、上3人を産んだ直後でも、100m走を走れ!と言われたら走れそうなくらい元気で、テレビもないイワバー助産院は退屈で退屈で仕方なかったので、5日タイプを選んだ。(安かったし・・・。5日タイプは、平日日勤体で産めばなんと15万円)もちろん、母子同室で玄米コースを選んだのは言うまでもない・・・。
 ところが、いざ産んでみると、部屋に私だけ移されて、待てど暮らせど、待ち人(ベイビー)がやって来ない。しびれを切らして、看護師さんに「あの~、お産直後から母子同室と希望していたのですけれど、赤ちゃんは?」と聞くと、な、なんとお産後6時間は赤ちゃんの観察のため、看護室の隣にいさせるというではないか。「え~、聞いてな~い。」と思わずだだをこねてしまった。そしたら、「医者に相談してきます。お待ちください。」と言って、出て行かれた。夜の10時。

 つづく
 
 まだか、まだかと気をもんでいると、30分くらいして、クベースに揺られて“やっぱ猿”の四男がやって来た。顔は猿、しかも、お臍が1回巻いていたせいか左側がつぶれぎみの四男の指定席は、私の左側(壁側)に即決定した。
 クベースに入れていたら、1回1回起きて抱き上げないといけないから、めんどくさい。それに、夜中にいちいち起き上がらないといけないから、老体にはきつい。からだがもたない。
 おまけにおまけに、初めて知った。
 病院ってめんどくさいのね。
 白い紙と鉛筆を持ってきて、おしっこ、うんち、おっぱいの時間を全て記入せよ・・・だって。
 だいたい、布オムツでもないのに、おしっこの時間なんかわかるはずがない。ま、それは要らぬ心配だった。むしろ、おしっこよりうんちの回数のほうが多いくらいだったから。初日は、一晩で15枚くらい替えたんじゃないかなぁ。うへぇ~。お金ももったいな~い。と布オムツ派の私は、地球の環境問題もさることながら自分の財布のことを思わずにいられなかった。
 オムツを替えても泣くときは、念願の『泣いていいよ。』という言葉をかけて抱きしめてあげた。お臍が1回巻いていてホントにきつかったと思う。あれだけ頭がつぶれていたら、身動きもできなかったのだろうから、抑圧も相当なもんだっろうと想像できた。

 つづく


それでも泣くときは、初日で出るはずもないおっぱいを含ませると、意外とチューチュー吸うもんだから吸わせて・・・・。寝たかな?と思って私もやっと眠れると思ってうとうとしていると、しばらくして隣で「うふん、うふん」と泣き出しそうな声を出すから、オムツを見ると、ウンチが出ている。また、くり返し。オムツを替えて、『泣いていいよ』と抱きしめて、おっぱいを吸わせて・・・のくり返しを一晩中やっていたような気がする。
 夜中の2時ごろ、やっと本格的に寝たかな?とほっと胸をなでおろして、いざ、私も安眠の世界へ旅立とうとした、まさにその時、夜勤の看護師さんが、1時間に1回の赤ちゃんの観察のための見回りに来られるので目が覚める。それは、仕方ない。6時間は預かるというのを無理言ってそばにいさせてもらっている身なので文句は言えない。でも、さすがに夜中の2時に見回りに来られた時は、まいった。ちょこっと「大変ですね。」と声をかけたのがいけなかった。それから1時間、看護師さんのお話というかぐちを聞くはめになってしまった。
 初夜は、へとへと。
 ただでさえ42歳の出産でへとへとなところに、うふうふとなかなか寝てくれない赤ちゃんがいて、さらに、看護師さんの愚痴に真夜中つき合わされた私は、疲れの取れぬまま朝を迎えた。

 そんなこんなで、おっぱじめから、四男は、チューチューチューチューおっぱいをよく吸った。
 これで、おっぱいが出ないわけがない。
 体重も一日45gとか増えちゃって、長男のときとはえらいチガイ。ふつう、一日30g増えていれば母乳の出はいいといわれているから、45gという数字は快挙だ。おかげで、生理的体重減少もなく、こと体重に関しては優等生で退院した。生理的体重減少とは、生後4~5日の頃、お産のときの体重より減ってしまうことをいう。おっぱいが張ってきて出るようになるのが、生後3日目くらいから。だから、赤ちゃんは、生まれて3日間くらいは実質おっぱいを飲まないでいるようなものなので、体重も増えない。でも、それは自然なこと。

 ところで、私と同じ頃に出産した他のママとベイビーたちは、ほとんどが、赤ちゃんを看護室の隣の部屋に預かってもらうことを選んだようで、3時間ごとの逢瀬派だった。なんだかなぁ~。クベースに一人寝かされて天井をボーっと見ている赤ちゃんの気持ちになると胸が痛んだ。
 私が、すったもんだ不眠不休でおっぱいやらウンチの出たオムツの交換やらと格闘したあの初夜を体験しないことの意味は、単におっぱいの出がいいだけの話ではなさそうな気がしてならない何かを、天井を一人で見ている赤ちゃんの孤独オーラから感じてしまった。
 新婚初夜にお預けをくらった夫の気持ち、否、1週間ぶっ続けで拒絶された夫の気持ち・・・・みたいな。
 出産初夜にお預けをくらった赤ちゃんの気持ち、否、退院の日までぶっ続けて拒絶された赤ちゃんの気持ち。

 退院の時、助産師さんがあまりの吸い付きのよさと体重の増えのよさに感心しながら、こうおっしゃった。
 「やっぱりねぇ~。お産直後からずっとそばにいると違うのねぇ~。」


 つづく

ところで、3時間後との逢瀬派ママは、おっぱいを飲ませる前と後で、必ず、体重を量っていらした。
 何もかもが不自然に感じた。

 もっと、動物っぽくありたい。

 そもそも、本末転倒なのだ。添い寝させときゃ、自然に母と子が丁度いいの勘所をつかんでいくってもんだ。なのに、不自然なことをするもんだから、頭を使う羽目になり、ピリピリなる。
 四男の病院は、兄が医者、妹が助産師だったので、わりと助産院に近い雰囲気ではあったと思う。玄米とか白米とか選べたし、野菜中心のあっさり美味しい食事でおっぱいのことをちゃんと考えてると感じた。1日1回は30分のおっぱいマッサージもしてくれた。選べるっていいことだと思う。でも、選ぶ前にそれぞれのメリットデメリットという知識と直感みたいなものがないと選べないよね。
 選べることを許される時代っていいよね。
 ま責任もくっついてくるけれど・・・・。

 おおらかな気持ちにさせてくれる、そんな病院を選んでね!


 つぎは、『さし乳のすすめ』  です。
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フレンチは、ハレンチ

2012年04月17日 | エッセー
 そう。フレンチは、ハレンチなの・・おっぱいにとって。
 専属おっぱいマッサージ師イワバーがついていながら、私は、なぜ、おっぱい地獄に陥ってしまったのだろうか?
 
 原因は、ただ一つ。
 超カロリーオーバーな食事。
 最近は、ヤバイくらいカロリーオーバーな食事っていうんだそう。
 私が、長男を産んだときは、イワバー助産院には、産婦が私一人しかいなかった。おまけに、そのときは、まかないのおばちゃんがお休みをとっていて、イワバーが私一人のために朝・昼・晩の食事を作ってくださった。・ 
 「わたしはねぇ~、お料理大好きなの。お米もこだわって新潟からとりよせているのよ。」
 こう言われたら、残すわけにはいかない。
 とにかくボリュームが別格だった。二人分に近いものがあった。
 どんぶりご飯に、大き目のアジの塩焼きに天ぷらにみそ汁。おまけに、その日は、クリスマスイヴ。ダメ押しのようにチョコレートケーキが、しかも二人分ついてきた。ちなみに、朝もどんぶりご飯に牛乳は2本。さすがに、アレルギーも気になるので、1本は排水溝に飲んでもらった。(ごめんなさい。)
 しかし、入院するとなんであんなにいっぱい食べれるんだろう。運動なんてぜんぜんしていないのに。不思議。
 実は、ぶったまげたカロリー伝説はそれだけではなかった。イワバーの作る料理は、量もさることながら、味付けが、昔のおばあちゃんだったのだ。これも、カロリーをダメ押し、底上げした。
 つまり、甘辛いのだ。
 それもそんじょそこらの甘さではない。
 イワバーの作るお煮しめは、限りなく羊羹に近いお煮しめだった。甘いのなんのって・・・。
 出産して4日目に母が見舞いに来てくれた。
 イワバーと母は、なぜか、料理の話で盛り上がり、ついにイワバーの口から「私は、料理が大好きなの。よかったら、今日のお昼は、娘さんと私の作ったお昼を食べていきませんか?」というセリフが出た。
 私は、こそっと母の袖をひっぱり、小声で「やめときな。本当にホントウに甘いのよ。」と忠告したのに、「母は、大丈夫、大丈夫。」とぜんぜん耳を貸してくっれなかった。
 『もう、知~らない。』
 案の定、イワバーの作ってくれた親子丼を「わぁ~、美味しそう。」と言いながら、一口口に入れたとたん、母がこそっと私につぶやいたセリフが、「ねぇ。あんた、ビニール袋持っていない?」
 ほ~らみたことか。だから言ったじゃないワールドだった。

 それくらい、甘かったのだ。

 それでも、母はなんとかクリアした。完食した。
 母はそれでいい。1回こっきりだもの。私は、1週間も・・・・・。
 私のおっぱい地獄は、イワバーの激甘超高カロリー食完食のなせるわざだったとあとからわかった。
 生後3~4日の赤ちゃんは、1回に20ccしか吸わない。7~8日目で50cc、3ヶ月でやっと180ccくらい吸うといわれている。つまり、最初の頃は、ほんのちょこっとしか吸わないのだ。よって、ママもそんなに食べる必要もない。
 なのに、なのに、私は、毎食二人分食べ続けた。
  ところで、乳腺は、個人差があるが左右30本くらいある。私は、この60本が全て乳腺炎一歩手前状態になってしまった結果、ガチガチお岩に成り果ててしまった。乳腺の全てが、渋滞をおこしてしまったようなもの。まるで、ゴールデンウイークの東名高速道路のように。
 実は、おっぱいは、あ~見えて、実は脂肪分が多いギドギド泥状だから詰まりやすい。なんせ、牛乳からバターができるんだから。以前、我が家の台所の排水管が詰まって、排水管を入れ替えるという大変な目にあったことがある。その時、工事のおじいちゃんが「ラーメンの汁を捨てない方がいい。」とアドバイスをしてくださった。
 まさにそれと同じ状況に私の乳腺がなっっちゃったのだ。
 
 そして極めつけは、鯉こく・・・・だった。クーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

 鯉こくで、本物の乳腺炎になってしまったかわいそうな私のおっぱい。

 そして、その犠牲になったかわいそうな長男。

 そしてそして、ノイローゼ寸前になった私。

 『昔の人は、いいおっぱいを出すために、産後3週間は、みそ汁とごはんと梅干という粗食で、3週間目に初めて肉・魚を食べた。』という知恵を本で読んだのは、それからずっと後のこと。

 えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!知らなかった。



 なんで、あんなにパンパン張っていたおっぱいが出なくなったのか・・・・このことわざを聞いて初めて理解した。

 それから、生後2ヶ月くらいの赤ちゃんを訪問して、『パンパンに張っていたのに、1ヶ月くらいから出なくなった』というママのお話を聞いていると、みなおっぱいを出すために食べすぎている。パンパンしゅる~んおっぱいと食べすぎは相関関係があるなということが体験的にわかってきた。
 マジ、産後3週間は粗食にするということは、いいおっぱいを出すだけでなく、おっぱいの壁を乗り切るための最大のアドバイスであると確信した。
 今、流行のフレンチ産科。まぁ、退院の日くらいは許すとしても、毎日フレンチは、避けたほうが無難。
 目先の甘い誘惑を見破れるくらいになんなきゃ、子どもなんて育てられない・・・・ぜ。
 『もち米を食べるとおっぱいが出る。』
 これは、戦後のひもじい時代のアドバイス。
 今のような、毎日から揚げを食べれる時代にはあてはまらない法則なのだ。

 今の時代、お産後、しばらくしてから出なくなるタイプのママのその理由は、一にも二にも食べすぎ・・・。
 産後、全く張らないという人は、精神的なものだろうと思う。こればっかりは難しいかなぁ~。

 つぎは、『看護師の 「おっぱい足りないんじゃないですか?」という悪魔のささやき 』です。


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おっぱいヒルになった長男の悲劇

2012年04月14日 | エッセー
 今までさんざん『泣いていいのよ』と言ってきた私だけど、実は、『泣いていいのよ』に出会ったのは、三男が1歳半になる頃。それまでは、何で泣くのかわからずトホホ状態だった。
 おっぱいはでない。それもかなり。夫は、泣けば不機嫌になる。(小さい頃、『男は泣くな!』という呪いの言葉の洗礼をしっかり受けている。)そして、何よりも、私が、赤ちゃんが思いっきりママの懐で泣けるってとってもハッピイなことだと知らなかった。
 とにかく、おっぱいがでなかった長男との最初の3ヶ月間は、もう二度と繰り返したくないすったもんだの日々だった。

 だからこそ、わたしのような二の舞にならないように・・・と願って書いているところ。

 母乳が出ない人って50%くらいかな?
 私の住む街では、A産婦人科ががんばってくださっているので、65%くらいが母乳だ。
 精神的ストレスで出ない人や、生後3~4日でふつうおっぱいって張ってくるものだけれどどうしても張ってこない人、陥没乳頭のためどうしても吸ってくれなくって挫折した人などを除く30%くらいの人は、ほんのちょっとのアドバイスがあれば、出るはずの人だったのではないかなと感じている。

 出るはずの人が、おっぱいが出なくなる理由の大半は、《フレンチ》・《病院スタッフの甘い悪魔のささやき》・《ついついミルクを足してしまう》の三つではないかと思う。
 つまり、《食べすぎ》・《おっぱい足りないかなという不安の助長》・《泣きたいサインの勘違い》の三つが原因じゃないかと私は思っている。

 この三つの条件が重なれば、あっという間に母乳は出なくなる。

 逆に、おっぱいを出すコツは、《粗食》・《病院スタッフの天使のささやき》・《ミルクを足さない》の三つ。

 わたしは、一人目を妊娠して、桶谷式母乳育児をはじめとして、ありとあらゆるおっぱい本(エロ本ではない。失礼!)を読破し、おっぱいに関しては、最善を尽くしてお産に臨んだつもりだった。おまけに、大ベテラン助産師イワバーが専属でついていてくれる。これは、まさに鬼に金棒!と思いきや・・・イワバーがあだとなってしまった。
 おかげで、母乳が出なくなる人の最大原因を突き止めることができた。このことは、どのおっぱい読本にも載っていなかったぜ。一言、『産後3週間は粗食にせよ。』と誰かが言ってくれれば、あんな恐ろしい日々を過ごさなくてすんだのに・・・と悔やまれてならない。
 おっぱいが出ないのって相談すると、みんな、『あれを食べなさい。』『これを食べなさい。』って食べることばかり勧めるんだもの。食べ過ぎておっぱいが出なくなっているのに、もっと食べろというアドバイスで溢れるこの世の中って変。

 

 つづく
 
 長男は、予定日の12月27日より5日早い12月22日に生まれた。
 おっぱいというものは、生まれて2日くらいはうんともすんとも言わない。
 おっぱい初体験のわたしは、張りもしないうんともすんとも言わない我がおっぱいではあるけれど、イワバーが「形だけでも吸わせてみましょう。」というものだから、形だけ吸わせてみた。
 何ともいえない、くすぐったい気持ち。
 うは~、私もついに母になったんだ。アンビリーバブル!

 でも、吸わせてみたはいいけれど、やっぱり出ているって感触はない。
 ただ、ただ、まねごとのようにおっぱいを吸わせる1日目2日目だった。
 イワバーは、「乳首のさきっちょだけくわえさせるのではなく、パクッとめいっぱいふくませて、鼻もぴったりおっぱいにくっつけて、息ができないからおっぱいを指先で押さえて息ができるようにして飲ませてあげるのよ。」と、母のようなあたたかいまなざしで見守ってくれた。
 しかし、三日目になると、さすがにおっぱいがパンパンに張ってきた。
 いえいえ、パンパンを通り越して、ガチガチで痛いの何の・・・。
 でも、初体験なので、その状態が普通なのか異常なのかわかんない。みんなもそうなんだろうとなんの疑問も抱かなかった。 
 悪夢は、そこから始まった。


 つづく

 ガチガチにお岩さんのようになったおっぱいを触って、イワバーは「わたしは、おっぱいマッサージの名人なのよ。」と私に任せといて体制で、私のおっぱいをマッサージしてくれた。けれど、その痛いのなんのってありゃしない。「ひえ~。」と叫びたくなるくらい痛くて全身の筋肉がこわばってしまった。
 イワバーは、「あ~ら、おっぱいと大胸筋がくっついてガチガチだわ。やわらか~いおっぱいにしなくっちゃね。」と言いながら、せっせとマッサージに励んでくださった。おっぱいにしてもにんぷのお腹にしてもやわらかくなくっちゃいけないのね。
 そんなガチガチおっぱいでありながらも、退院する頃には、1回に50CCくらいは出ていたので、私は何の不安もなく退院したのだった。
 が、しかし、ここから、わたしのほんとうのおっぱい地獄が始まった。

 とにかくパンパンに張って痛い。
 その割りに出ない。
 長男は、おっぱいを1時間くらい吸い、また、2時間もしないうちに泣く。
 布オムツを取替え、抱っこしても泣くのでおっぱいかなと思い吸わせることチューチュー吸うから、間隔は1時間だろうが2時間だろうがお構いなく吸わせた。こうして、泣けば即おっぱいというフォアグラ母乳の基盤が出来上がっていった。
 赤ちゃんがおっぱいを吸えば吸うほど脳に刺激がいって、『おっぱいどんどん作れ!』という命令が出るとおっぱい本には書かれてあったので、とにかく吸わせた。
 でも、なんだかなぁ~、あんまり出ているって感じがしないんだ。これが・・。
 おっかしいなぁ~。こんだけ吸わせて刺激を与えてもどうして出ないの?という????だらけ。
 『押してもだめなら引いてみろ』否『吸わせてダメなら食べてみろ』
 今度は、東条百合子氏の自然療法の本をひもといてみた。
 それには、母乳が出ないときのトッテオキのレシピが載っていた。それを、母に作ってもらって、朝・昼・晩・朝・昼の5回連続それをいただいた。

 ただでさえ出ないのに、これをいただいたがゆえに、追い討ちをかけるようにさらなる悪夢が私を襲った。

 5回目をいただいたその晩、急にぞくぞくし始めて39℃の高熱が出た。

 そう。乳腺炎ってやつだ。

 インフルエンザ並みの嵐が私の体の中を吹き荒れた。

 そのトッテオキのレシピとは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 こ・い・こ・く。

 鯉こく。

 それも、ただの鯉こくではない。

 つづく
 

圧力鍋に油をしいてごぼうのささがきを炒めたものに、二度揚げした鯉のぶつ切りと水とTパックにお茶をいれたもの(臭い消し)を入れ、圧力をかけて骨が柔らかくなるようにセットする。
 出来上がったものに、味噌とだしとねぎの小口切りを入れて味を調える。

 これを、5回続けて食べた私は、あっという間に乳腺炎になってしまったのだ。
 
 当然の結末。

 元々ガチガチの出にくいおっぱいが極めつけの鯉こくでガチンガチンの岩に成り果てた。
 しこりのある場所をほぐしていかなくてはならないのに、自分の指で押し出すには、あまりにも痛くて勇気のない私は、仕方なく母にぐ~っとしこりを押してもらった。
 「ひえ~。」と叫びながら、痛みをこらえるために体全身が硬直した。
 詰まったところは、押し出すしか道はない。
 その後は、ひたすら吸わせた。それもいろんな体勢で。脇に抱えて吸わせるのがいいといわれている。つまり、いつもと違う体勢で吸わせると、日頃あまり吸わない乳腺だからこそ詰まりやすくなっているので、そこが開通すると、つまりがなくなるのだ。
 そんなこんなで1ヶ月が過ぎ、実家からアパートに戻ったが、それからがまたひどかった。
 長男は、忍耐力があるというかなんというか、一度くらいついたら1時間半はチューチュー吸っている。出ているのか出ていないのかよくわかんないまま、ひたすら吸わせていた。普通は、30分40分経つと、赤ちゃんも疲れ果てて寝てしまうけれど、長男はエンドレス状態で吸い続けた。感心するぐらい・・・・。

 やっぱりそんなに出ていないんだろう。
 2時間もたたないうちに泣き出した。足りないって思うからおっぱいをふくませてしまう日々。
 ざっと足し算をしても一日12時間、彼は吸い続けた。一日12時間って一日の半分。寝る時間、家事の時間を差し引けば、何する時間も残らない。私は、おっぱいか家事か寝るかに明け暮れる生活を送っていた。長男は、おっぱいヒルと化していた。人間になる暇もなかったようだ。ほんとにいつノイローゼになってもおかしくない状態だった。

 『こんなんで、産休が明けたら、果たして職場復帰できるだろうか?』

 そう。長男を産んだ次の年の4月から、一般事務職も育児休暇がとれることになっていたため、12月22日に生まれて2ヵ月半後の2月中旬に一度職場復帰して、4月から、育児休暇第一号をとろうと思っていたので、1ヵ月半、とにかくこの1ヵ月半を切り抜けよう!!と心に誓っていた。
 長男を1ヵ月半みてもらう実家は、職場から10キロ。片道15分はかかる。往復30分。どんなに考えても最長30分しか授乳できない。1回に1時間半おっぱいヒルになることをいちいち計算していたら何も始まらない。

 え~い!あとは野となれ山となれ!!

 見切り発車で、私の職場復帰はスタートした。


 つづく


 朝、7時半に実家に着いたら、ぎりぎりの8時12分まで吸わせて、時間がきたら無理やりおっぱいを長男の口から引き離す。「あとは、じいちゃん、ばあちゃん、まかせたぜ。」と言って、疾風のようにぶるるーんとエンジンをかけて去っていく。
 お昼のベルが鳴ったとたん、まっしぐらに駐車場へと突っ走り、12時15分には実家に飛び込み、おっぱいをくわえさせながら、味噌汁とごはんをなんとか胃に収め、12時45分だ。
 もう、限界。
 またまた、おっぱいを長男の口から引き離し、職場へと疾風のように走らせる。
 午後4時、育児時間。
 再び、実家へ飛んでいき、おっぱいをふくませる。今度は、思う存分飲ませてあげたい・・・・。
 おっぱいという武器のない父と母は一体全体どのようにしておっぱいヒルと化した長男をお昼までもたせたのだろう。どのようにして4時までもたせたのだろう。
 後から聞いたら、ぐずる長男をひたすらスイングしてくれていたらしい。感謝。

 それでも、わたしは、○○○。

 どんなことがあってもミルクの誘惑に負けるわけにはいかない。

 ところで、仕事に復帰するとなると、午前中はどう考えてもお昼まで4時間空く。
 イワバーが、「絶対3時間以上空けてはダメよ~。おっぱいが出なくなるし、まずくなるからねぇ~。」と言った言葉だけが妙に耳にこびりついていて、出ないとわかってながら、午前10時に当直室の隅っこでおっぱいに搾乳器をあてがい、しこしこと搾乳に励んだ。
 「だよねぇ~。やっぱりねぇ~。」
 予想通り初日は、たった15CCしか出なかった。ただでさえ、出ていないところに、8時15分からたったの1時間15分しか経っていない。
 当然といえば当然。
 それでも、それでも、私はイワバーを100%信頼しているもんだから、忠実な僕のように毎日午前10時になると当直室へ直行した。
 これがよかった。


 つづく

 な、なんと驚くことなかれ。

 1週間後には、150ccも出るようになったのだ。

 おまけに、授乳時間も40分で済むようになったのだ。

 つまり、出ないおっっぱいが出るおっぱいに大変身したのだ。

 快挙だ。

 奇跡だ。

 感動の嵐だった。

 ずっと吸わせていたので、あえて搾乳するなんて考えてみたこともなかった。

 吸わせると搾乳って同じようなことだと思う。
 何が違うのかなぁ?
 どうして、吸わせても出ないのに、搾乳したら出るようになったのかなぁ~?
 わからない。

 違うことといえば、搾乳するときは、おっぱいの下に手を当てて、上下に10回くらいマッサージをしたことぐらいだけれど、それがよかったのかなぁ~。確かに、おっぱいがよく出るようになるためのマッサージ法として、おっぱいの下に手をあてて、上下にゆっさゆっさとするマッサージ法があるから、ツボなのかもしれない。
 昔、パートに来ていた私より10歳くらい年配の看護師さんが、笑い話のような“実父”によるおっぱいマッサージ事件を話してくださったことがある。
 彼女が、昔、お産で実家に戻っている時、おっぱいが出なくって困り果てていたそうな。その時、実父が、いきなりアツアツのバスタオルを持ってきて、娘の胸にドバッとあてがい、エイヤー!と気合を入れてぐるぐるとマッサージをしたそうな。そしたら、ジャンジャカおっぱいがでるようになったとさ。・・・・・・ハイ、おしまい。

 えー?自分の父親がそんなことするの~?ってみな、悲鳴を上げたけれど、それをせざるを得なかった父親の心境を知って、感動に変わったという記憶がある。
 彼女が生まれたのは、昭和29年。
 当時は、まだ、ガスのない時代。母親がおっぱいが出なくって、真冬の凍てつく夜中に、ミルクのために火をおこして、薪をくべ、お湯を沸かすのは父親の仕事だった。それが、とってもきつかったのだそう。だから、アツアツバスタオル蒸しおっぱいマッサージ秘密兵器を使用せざるを得なかったという顛末に至ったのだそう。

 『出ないかなぁ~?と思ったら、『アツアツ蒸しバスタオルグルグルマッサージ』と『一日1回の搾乳』、そして、『絶対3時間以上空けない』・・・・の法則をだまされたと思ってやってみて! 

 以上、愛咲くらのおっぱ地獄脱出編でした。



 つぎは、『フレンチというハレンチな産婦人科』 です。
  

 
 
 
 
 
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おっぱい足りないのかな症候群

2012年04月07日 | エッセー
 なんでママが、赤ちゃんが泣くとすぐおっぱいを頼るようになるのかというと、おっぱいが足りていないんじゃないかという不安に陥るから。
 おっぱいってどれだけ出ているかわからないから、不安になるんだよね。
 それと、自律調乳を勧められているから。泣けばすぐおっぱいを与えることが正しいと教えられる。

 近くのA産婦人科は、いつの頃からか母乳育児を推奨するようになった。
 認定をもらうのにかなり難易度の高いといわれるユニセフの『赤ちゃんに優しい病院』を目指し始めたのだという。
 それは、とってもいいことだったけれど、母乳にこだわりすぎて、結果、多くのママたちを苦しめた。
 赤ちゃんの訪問に行くと、母乳育児にノイローゼ気味になったママたちの心の呪縛を解いて、安心して母乳育児ができるようお手伝いすることが結構あった。
 聞けば、お産で入院中も、毎日、いえいえ、母乳を飲ませるたびに、毎回、前後で体重を測っていたというではないか。
 とんでもない。
 オッパイの前後に、はりつけの刑にされるようなもの。バンバン出ているママはいい。でも、足りないママにとっては、毎回、毎回が恐怖だったと思う。
 足りないという言葉に、超敏感になって退院したママたちに待っているのは、孤独の中でオッパイという成績表と格闘する生活に明け暮れる日々だった。
 泣けば、さっきおっぱいを飲ませたばっかりなのに、足りないかも恐怖により、ついついおっぱいを飲ませてしまう日々を送っていた。
 母乳育児を推奨する方にぜひ、このことだけは伝えたい。
 「赤ちゃんが、泣くときは、①気持ち悪いから何とかして②お腹空いた③不安を発散したいからママに抱きしめてもらって思いっきり泣きたい・・・の三つがあるから、夜中に3時間以上おっぱいの間隔が空いているのなら、おっぱいは十分出ているので、泣いてすっきりしたいのかもしれない。だから、昼間も3時間くらいは空けてみてちょっと泣かせてあげて・・・・とママたちに伝えられるよう、赤ちゃんの気持ちもちゃんとお勉強してください。」・・・・・と。

 つづく

 個人的に、私は、家族だから・・とか友達だから・・・とか絆は大事・・・とか母乳育児・・・とか赤ちゃんが泣いたら抱っこするのがグッドママ・・・・とか自然なお産・・・とか育児に理解あるイクメンパパ・・・とか平和のために・・・とか男女平等でしょ・・・とかを前面に出すようなシステムは好みではない。
 もちろん、それは、願ってやまない理想の姿ではあり、目指すべき方向ではある。
 ただし、それを前面に出すと、必ず、苦しい気持ちになる人が出てくる。
 順風満帆な人が、それを口にすると脅迫状になるような気がする。
 
 そうしたくってもそうできない人を追い込まない空気が、一番大切なんじゃないかと思う。

 だから、私は、どうしようもない人たちがいる・・という空気が好きだし、どうしようもない人たちに感謝している。
 もし、どうしようもない人たちがいなかったら、優等生だけの空気の中で、私みたいな、そうしたくってもそうできない環境に身をおく人間は、窒息してしまう。
 

 福祉というと、微妙に、なんだか社会的に弱い人たちを社会的に満たされた人たちが助ける・・みたいなニュアンスで受け取っているんじゃないかと思うことがある。

 そうかなぁ・・・。わたしは、どさくさにまぎれてその日暮らしをしている、よりよく生きるという意味では優先順位をつけるのが苦手なしょうもない人たちの存在のおかげで、随分と生きやすい社会にさせていただいているんじゃないかと思えてならない。こんな表現も失礼なことなのかもしれないけれど・・・。
自分がへまやっちゃうたんびに、どうしようもない人たちの姿が浮かんできて、なんだか胸の奥がじんわりあったかくなる。そして、心の中で『ありがとう』ってつぶやいている。

 できるひとばっかりの社会って、きついよ。
 うつ病が増えているのも、できる人が認められる社会が加速しているからじゃないのかなぁって思う。

 だから、『赤ちゃんが泣いたら抱っこしてあげましょう。』という有名な小児科医の脅迫状に、世の多くのおっぱい足りてないのかな症候群ママたちは、できるママと思われたい気持ちがきっとどこかにあって、腱鞘炎になるまでノイローゼ寸前になるまで赤ちゃんを抱き続けてしまうのだと思う。きっと。
 

 最近、ブータンという国が脚光を浴びている。
 世界一、幸せ指数の高い国だそう。
 たぶん、できることが一番という価値観とは正反対な国なんだと思う。行ったことはないけれど・・・。


 泣くにまつわる物語は、まだまだたくさんあるけれど、おっぱい足りないかなという気持ちを赤ちゃんの泣きが一層強固なものにさせてママを苦しめているので、次からは、おっぱいアドバイス編を書きます。

 
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パパの出番は、生後3ヶ月から

2012年04月06日 | エッセー
 赤ちゃんは、おなかんなかでママとずっといっしょでどっぷり安心の世界の住人だった。
 が、しかし、お産により、突然、分離不安という不安を抱える人となった。
 そして、この分離不安を抱えた人間が、もう一度、ママとの生活の中で、だいたい3ヶ月かけて、安心というものを再獲得していくという。
 だから、生後3ヶ月間は、なにはともあれ、ママとの安心できる信頼関係の再構築以外は、赤ちゃんにとって全て邪魔者なのだ。
 このことを肝に銘じておこう。

 つまり、早い話が、生後3ヶ月は、外野は黙っていて!ということ。ママと赤ちゃんと二人っきりにさせてあげて。
 パパは、その間、ママがゆったり赤ちゃんといられるように、ママの補佐役に徹するのが最高の愛の表現・・・となる。
 そして、生後3ヶ月を過ぎた頃より、パパの出番が始まる。
 たまには、「ママも買い物にでも行っといで!赤ちゃんは、僕がみるから。」と2~3時間、ママを育児から解放させてあげて。おっぱいがあるから、まぁ、2~3時間が限度だとは思うけれど、もう、それで十分。ママは、パパの愛をしっかり感じるし、パパはパパで、一人で赤ちゃんと向き合う体験を通して、育児に自信がついて、その後もかなり協力的になってくれる。
 最初、否、生後3ヶ月が肝心。もし、パパを今流行のイクメンにさせたいなら。

 「おっぱいもない僕が、一人で2時間も3時間も赤ちゃんを一人で面倒みるなんて、不安でたまらない。泣いたらどうするの?」と訴えるのが関の山。
 そう、泣いたらどうするの?
 誰だって、そう言う。

 いいの。いいの。

 おっぱいを飲ませたら、よほど蒸し暑くないかぎり、2~3時間は、泣いてもおっぱいではないから、パパができる範囲で精一杯あたふた体験をしちゃえば、自信がつくってもんだ。
 多分、ママが「あのね。今日は、久しぶりに買い物行ってリフレッシュしてくるね。パパとがんばってね。」と言って、バイバイしてドアを閉めたとたん、オンギャーオンギャーとかなり激しく泣き始める・・・と想像する。パパは、途方にくれえながらも途方にくれるしかなく、おんぶしたり抱っこしたり散歩したりなんだり・・・とがんばる。汗かきかき・・。
 それでも、オンギャーオンギャーと泣き続けるわが子にトホホ状態に陥り疲れ果てる。パパが疲れ果てるとほぼ同時に、赤ちゃんも泣き疲れて、でも、なんだかすっきりしてスースー寝ちゃったりする。
 パパは、やっと寝てくれて、ほっとしてへたり込む。

 そこに、ママが、ルンルンして、でも、大丈夫だったかなと思いながらご帰宅だ。

 これでいいのだ。

 パパは、子に泣かれてもどうにか寝かしつけるという大役を果たしたのだ。
 その何ともいえない満足感。
パパは、そのわが子とのすったもんだ体験によって得られた達成感によって、育児に対してかなりの自信を築き上げるのだ。

 これ以上泣くことはないというくらい、泣ききったわが子と向き合ったという体験は、今後、どんなに泣かれても平気なカラダに変わったってことを意味する。

 ここが、育児が楽になるツボパート2.

 

 
 つづく


 思うに、パパにはおっぱいがないから頼るものがない。パパ一人で踏ん張るしかないのだ。誰も助けてくれない。何も依存するものがない。赤ちゃんの泣きに素手で勝負するしかない。

 これがいいのだ。

 中途半端に、ママにはおっぱいがあるもんだから、ついつい、さっきおっぱいやったばっかりなんだけど・・・と思いながらも、オッパイを無理やり口に突っ込んでしまう。
 
 ママも、一度、最後まで赤ちゃんの泣きに付き合ってみることをお勧めする。
 今まで、ちょっと泣くとあやしたりおっぱいも飲ませたりして泣き止ませ、寝たかなぁと思って、そっとおろすとパチっと目を覚ますという小出しの泣き体験しかしていないママは、いつも、また、泣くんじゃないか恐怖症になっている。
 そんなママが、これ以上泣くことはないという体験を一度でもすると、また、泣くんじゃないか恐怖症は完治する。

 そうなると、もうこっちのもの。
 育児がとっても楽しくなる。

 ぜひ、お試しを!


 つぎは、『 おっぱい足りないかな症候群 』です。
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いつもとおんなじ

2012年04月04日 | エッセー
 暮れの大掃除で四男の夜泣きが始まったと書いた。
 彼は、“いつもと違う私”に不安を感じたのだと思う。

 赤ちゃんにとって、ママがそばにいると感じる安心感が、一番。
 そして、2番目に必要なものは、いつもとおんなじという生活。

 日課みたいなもののある生活。

 今日は、あっちに行って、明日はこっちに行って・・・という落ち着かない生活は心を不安にさせる。

 今日も、明日も、あさっても、おんなじが一番。

 だいたい何時に起きて、何時にご飯を食べて、何時になったらお散歩兼買い物に行って・・・・・・そして、何時になったら眠る・・だいたい・・・そう、だいたいでいいんだけれど、いつも、そんな日課に支えられて安定した情緒が育てられていく。それを元に体内時計というものができあがっていく。

 ママもいつもとおんなじがいいし、生活もいつもとおんなじがいい。

 生後3ヶ月までは、赤ちゃんがおっぱいを欲しがったら与える自律母乳でいいけれど、3ヶ月を過ぎたら、そろそろ、ママは、赤ちゃんに振り回さることなく、ママの日課をこなすことにスイッチを切り替えていくことが育児のポイントになっていく。

 赤ちゃんのポジションは、あくまでもパパとママの次。

 パパとママの生活のスタンスをきちんと守りつつ、赤ちゃんとの生活の丁度いいを見つけていくといいかなと思う。

 赤ちゃんに振り回されない・・これって、育児の鉄則だよ。

 ここで、例の小児科医の『赤ちゃんが泣いたら何か不安を感じているのかもしれないので抱っこしてあげましょう。』と来るから、ママも振り回される生活のどつぼにはまり込んでいく。

 「ママも日課をちゃんとしましょう。」って言われてもねぇ。お茶碗を洗っているとき泣かれたら、茶碗を洗い続けることなんて私にはできない・・・と多くのママが、今、思ったことでしょう。

 さぁ、ここからが、育児がとっても楽になるツボをお教えします。
 お楽しみに。


 つづく

 生後3ヶ月くらいになると、自分のカラダをおもちゃにして結構一人遊びに熱中している。
 たまたま、自分の指がお口に入ったりして、え、これ、何?何?何?・・・・とお勉強に熱が入る。
 朝ご飯を食べて、赤ちゃんとひとしきり遊んだら、じゃあ、「ママは、今からお茶碗洗ってくるね。待っててね。」と声かけて、台所に行って、日課をこなす。もちろん、ママの視界に赤ちゃんがいるようにして。
 途中、赤ちゃんが泣き始めても、「聞こえているよ~。でも、ママは、今、お茶碗洗っているからねぇ。もうちょっと待っててね。がんばって待っててね。」とひるまず、お茶碗を洗い続ける。
 赤ちゃんも、ギャーギャーかなり大声で泣き始めるかもしれない。それでも、「ちゃんと聞こえているよ~。もうすぐだからね。」とときどき声かけして安心させながら、思いっきり泣かせてあげてもいい。
 カラダ全身で大泣きするから、ママの方がびびってしまうかもしれないけれど、声かけさえしておけば大丈夫。あんまり大泣きしずぎて疲れきってそのうち眠ってしまうかもしれない。あるいは、すっきりして、一人遊びをし始めているかもしれない。
 ママが、台所仕事にひと段落着いたら、赤ちゃんのところに行って、「待った。ありがとう。おかげで台所がきれいになったわ。」と感謝の意を伝えて、寝ていたらそのまま。一人遊びをしていたら邪魔しない。泣いていたら抱きしめる。

 しばらくしたら、今度は、洗濯物を干さなきゃ・・ね。
 洗濯物を干し終わったら、また、「待った?」と言って、11時ごろになったら、買い物ついでにお散歩・・・・みたいな日課を形作っていくことが、最終的には、子育てが楽になる秘訣。

 赤ちゃんは、ママにときどき声かけしてもらっているので、安心して泣けるから、実は、はたから見るより結構幸せ。

『がまんして待つと、必ず、春が来る。』という体験の積み重ねの威力をご存知だろうか?

 がまんすると必ず幸せが来ることの体験の積み重ねは、がまんすることが苦痛でないカラダになるということ。
 がまんが楽しくなるというカラダになるということ。
 今、春 。
 やっとやっと春が来た。
 凍てつく冬とはおさらばだという幸せ。待てば、必ず春が来る。

 待てば、必ず、ママが来て楽しいことが待っているカラダにしてあげよう。

 
 待つことが、ワクワクするカラダって羨ましい。

 現代人って、待つことってイライラする人が多いと思う。待つことが、がまん。がまんが苦痛。

 でも、待てば必ずママが来て楽しいことが待っているということを日々積み重ねていったカラダは、がまんが楽しい。

 ストレスたまんないよねぇ。

 結果、自分の感情をコントロールすることが上手になる。

 ワクワクするカラダの持ち主は、きっとうつ病とは縁がないかも。
 

 『ママが、赤ちゃんが泣いても声かけはするけれど、平然と日課の家事をこなす。』

 これが、子育てが楽になる秘訣です。

 まぁ、だまされたと思ってやってみて。

 
 逆に、ママが、赤ちゃんが泣けばすぐ抱っこして、寝たかなぁと思ってそ~っとおろすと、ぱちっと目を覚まして、ギャーと泣くと、また、抱っこ・・のくり返し・・・・みたいに、ママが赤ちゃんに振り回されていると、赤ちゃんは、がまんが苦手な子どもになる。聞き分けができない子になりやすい。結果、ママは、子どもに振り回されて子育てがとてもストレスに感じるようになる。
 
 寝たかなぁ~と思って、そ~っとそ~っとおろすと、まどろみ状態の赤ちゃんに、そのママのそ~っとを超敏感に感じてしまって、いつものママと違うということで、ぱちっと目を覚ましてしまうのだ。
 赤ちゃんを寝かせつけるときは、ごく普通に「さぁ、お布団に寝ようね。」と言いながら、そ~っとではなく普通に布団に寝かせよう。

 
  
 ところで、赤ちゃんが泣くと心が疼いて耐えられない・・・というママもいると思う。
 そんなママは、たぶん、きっと、小さい頃、自分の親に泣いたらダメという烙印を押されているかもしれない。
 だから、赤ちゃんが泣くと古傷が疼いて苦しくなる・・・・。
 パートナーが、泣いたら、「泣き止ませ!」と怒る場合も、小さい頃、男ならメソメソ泣くな!という風に育てられてきた可能性が高いです。赤ちゃんが泣くと古傷が疼く。
 もし、自分は、赤ちゃんが泣くことに耐えられないと思った方、でも、赤ちゃんのためにどうにかしたいと思った方は、抱っこ法のセラピストの元を訪ね、セッションをしてもらうといいかもしれない。赤ちゃんといっしょに泣けたらいいね。



 男だろうが、女だろうが、泣きたいときには泣いていいじゃない。
 喜怒哀楽を表現するな!というメッセージは、あなたはあなたであるな!というメッセージ。
 自分を大切にするというその第一歩は、自分の気持ち(喜び・怒り・哀しみ・楽しみ)を大切にすることなのに、泣くな!というメッセージを送ることは、哀しむあなたはあなたとして認めない、あなたのことは大切に思っていないということになる。

 泣くな!というメッセージは、あなたがあなたであることを許しませんって言っている様なもの。わが子はママに否定されていると受け取っちゃうのだ。そして、ママは、泣く子は嫌いなんだ。僕のこと嫌いなんだ・・・と受け取ってしまう。

 泣くな!=あなたはあなたであるな!

 泣いていいよ!=あなたはあなたのままでいいよ。

 



 あやす・・・という言葉がある。


 実は、あやす=泣くな!・・です。



 ああ~~~~~~~~、どんだけの赤ちゃんが、泣くな!という洗礼を受けて人生をスタートさせるのだろう。

 どうして、大人たちは、赤ちゃんを泣き止ますことに力を注いでしまうのだろう。
 
 素直な子に育ってほしいなら、まず、泣いていいのよ!とママが心から思えて受け止めてあげる力をつけることから。

 赤ちゃんが、泣くといとおしくなって、ママの気持ちも幸せになる・・・どうにかして、そんなママを増やしたいというのが、愛咲くらの願い・・・です。

 

 つぎは、『パパの出番は、生後3ヶ月から・・』です。
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ママ以外は、誘拐犯!

2012年04月01日 | エッセー
 赤ちゃんが泣くことは、仕事。
 赤ちゃんは、泣いてすっきりしたい存在。
 ママの胸の中で思いっきり泣けることほど素敵なことはない。
 泣けば泣くほど抱きしめてもらえたとき、あ~この人は、私がどんなに泣いても叫んでも何しても、どんなことがあっても、まあるく抱きしめてくれる。絶対、見捨てない人だと確信する。
 わたしは、この世で生きてゆける。
 どんなことがあっても見捨てられないというゆるぎない自信に支えられて。
 この人は、わたしのことを絶対見捨てないという確信こそ、絆。

 赤ちゃんは、しゃべれない。
 だから、泣いて訴えるしかない。
 
 なのに、世のママたちの多くは、何で泣くのかさっぱりわからず、さっき、おっぱいを飲んだばかりなのに、「何で泣くんだろう?」と首をかしげながらも、やっぱりおっぱいが足りていないのかもと恐る恐る、しかし、やや無理やり強引にオッパイを口に突っ込んでしまう。
 僕の気持ちってもの考えてよ~。
 さっき、よそのおばさんがやってきて、僕のことを抱っこしたでしょう?
 もう、ほんとうに怖かったんだから~。
 怖くて声も出なかったんだよ。
 なのに、「ほ~ら、私が抱っこしたら、すぐ泣き止んだ。」なんて自慢して。
 安心して泣けるのは、ママの懐だけなんだ。
 あと、生後3ヶ月くらいまでは、ママonly。そして、3ヶ月を過ぎた頃からパパにもまぁまぁの安心で抱かれるけれど、他の人は、みな誘拐犯に見えるって知ってた?

 ここは、子育てのツボ。

 近くにいるおじいちゃんおばあちゃんが限界かな。それ以外の人は、いくら優しそうオーラを出しても、ブー!
 ママがそばにいれば、まだまし。でも、抱っこしてくださったのをこれ幸いと、ちょこっと赤ちゃんの前から姿を消そうものなら、疑心暗鬼ホルモンがドカーっと分泌されて、ママが帰ってきたときは、「怖かったよ~。」とエ-ンエーンと泣きたくなる。

 それなのに、ママは、オッパイを突っ込む。

 「あー、ママは僕の気持ちをわかろうとしてくれない。」とうなだれる。

 
 四男が生まれて生後2ヶ月の頃、職場に挨拶に行った。
 そのとき、5~6人の同僚から抱っこしてもらった。時間にして15分もなかったと思う。
 その夜から夜泣きが始まった。1週間ほどですんだけれど、身も知らない人から抱っこされるってそれくらいストレスになるということをはじめて知った。
 暮れの時期にも夜泣きが始まった。
 よくよ~く考えると、思い当たる節があった。
 年末と言えば、暮れの大掃除。あんまりお掃除好きじゃないけど、子育てに追われて掃除なんかそっちのけだったので、何とか一日2枚窓掃除に励んでいた。
 それがいけなかった。
 私が、掃除しなきゃといつもより、気を張って育児の時間に掃除の時間を割り込ませる努力をしたため、その焦りが四男にしっかり伝わったよう。いつもと違うママに不安を感じ、それが、夜泣きとして表現されたのだ。 

 見知らぬ人でなく、いつもと違うママにも敏感なベイビーの感性にびっくりした。

 よく、泣いている赤ちゃんを抱っこしてあやして泣き止ませるとしたり顔のおばちゃんをみかけるけど、言語道断だよ。

 泣こうがわめこうが、赤ちゃんは、ママの懐が一番・・・・です。


つぎは、『いつもとおんなじ』  です。
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夜泣きK1世界ランキング第2位

2012年04月01日 | エッセー
 Aさんは、もうすぐ3歳になる次男君と夜な夜なタッグマッチをし続けているらしい。
 職場ですれ違うAさんの顔は、睡眠不足で目がパンパンに腫れて痛々しい。
 皆が寝静まった深夜一時、戦いのゴングがなり響く。いえいえ、ギャーギャーと夜泣きが始まる。
 ボブサップなみの次男君、そんじょそこらの夜泣き坊やとは格が違う。おまけに、アトピーのため相当痒いらしく、Aさんは、抱っこしながら、夜な夜なずっと背中をさすってあげているのだそう。
 大変だよ。
 大変どころではない。
 地獄だよ。
 毎晩、毎晩、眠たくって仕方ないのに、寝かせてもらえないっていうのは。
 すったもんだやっても眠ってくれないので、最後の切り札の真夜中のドライブが日課否夜課となっているらしい。車の中で寝泊りしたことも数知れず。夏は、暑いので、窓を開けたら蚊が入るし、冬はエンジン切ったら凍えてしまう。
 毎晩、毎晩、定刻になると起こされるということだけでも結構しんどいもの。そこに、1時間のマッサージとドライブまでさせられたら、それは、もう、まるで拷問の世界だ。

 そういえば、彼、1歳を過ぎた頃、どこに行くにもおしゃぶりを首からぶら下げていた。

 そして、3歳を過ぎた頃もやはり、おしゃぶりをくわえていた。あんなに、ずっとおしゃぶりをくわえていたら、おしゃべりしたくてもしゃべれないから、言葉は大丈夫かな?と心配していた。

 彼の夜泣きが本格的に始まったのは、3歳を過ぎてから。

 言葉にして彼が彼の心情を吐露できたら、心のウンチは結構出てくれるんだけど。
 おしゃぶりで口封じされているから、ギャーとも言えない。
 奇声を発してうろうろ動き回る子どもは、まだ、声に出して発散できる分すっきりしている。

 でも、彼は、日中はおしゃぶりをくわえているから、夜、抑え切れないストレスマグマが、噴火しちゃう。

 でも、変だよね。たぶん、始まりは、ママが、なかれると困るからおしゃぶりをくわえさせたのだと思う。それが、いつしか、彼自身が求めるようになった。な~ぜ?やっぱり、心のウンチがたまりすぎるとひどい便秘になっちゃって、出すにも切れそうで悲鳴が出そうなくらい痛そうで、泣きそうになると、それを避けたくて自らおしゃぶりをくわえてしまうようになったんじゃないかな?
 その場しのぎ・・・・だよね。
 
 その場しのぎ できちんと自分と向き合うということをしないで、本当の自分を保留にして生きていく人生を歩んでいっても、いつかどこかで、心が破綻する。うつ病になったり、○○依存症になったり・・・本当の自分から逃避する病になる。

 次男君も、その場しのぎに限界が来て、世界ランキング第2位に匹敵するくらいの夜泣きっ子になっちゃった。
 でも、よかったよ。3歳でたまった心のウンチを根こそぎ出せたんだから。

 だから、いいのよ。夜泣きしたって。きついけど、ママは。

 なぜ、彼が、これほどまでにストレスマグマを抱えてしまったか。定かなことはわからない。でも、Aさん、「この子が生まれたせいで、お姉ちゃんの少女バレーの応援にいけなくなってとてもつらかった。この子さえいなければ、応援に行けたのに・・・・。ずっとそう思っていた。たぶん、それがいけなかったんだろうと思う。でも、仕方ないよね。自分の中から湧き上がる気持ちは、どうしようもできない。」と言っていた。
 生まれたことをママに否定されていたんだもの。
 それがつらくって、泣きたかったのに、それすらもおしゃぶりをくわえさせられて許されなかった。
 
 自分の人生にではなく、子どものスポーツとか習い事などにはまってしまうステージママの心情はよくわかる。よくわかるけれ
ど、ママは、はまっちゃいけない。楽しんだりうきうきわくわくまでににしとこう。少なくとも子どもがツのつく時期(九つ)までは、ママという人生を選んだんだったら、はまってはいけない。
 はまるっていうことは、何か空虚なものをママ自身が抱えているのかもしれないけれど・・・・。

 彼女も、それがいけなかったということを十分すぎるほどわかっていた。でも、どうしようもなかった。

 彼が、赤ちゃんの頃に、そのことをきちんと彼に伝えておけばよかったのかもね。
 許してと涙を流して抱きしめられたら、ここまでならなかったと思う。
 でも、その時彼女が、やったことは、おしゃぶりをくわえさえることだった。
 僕が存在することを否定され、否定されたことがショックで泣いたら、今度は泣くことも否定され、僕のこの気持ちはどこに持っていけばいいの・・・・。きっと、彼は、そんな心境だったのかもしれない。

 でもね。くどいようだけど、彼は、夜泣きができてよかった。
 ママ~~~~~~~~~僕だけを見つめて~~~~~~~~~~~~~~~!と夜泣きを通して叫び続けた彼は、起死回生のチャレンジャーだ。
 大拍手!!!!!!!よくやった。お見事。あっぱれ!


 手のかかる子は、なんだかんだいっても手をかけざるをえないから、まだ、いい。
 私たちが、一番心配するのは、手のかからない子。


 ところで、後日、抱っこ法セラピストのS先生にセッションを受けたとき、こう言われたそう。
 『この子は、もう、一人で生きていく術を身につけてしまったようです。小学校に入ってしばらくは苦労するかもしれません。じっと座っていないとか落ち着きがないとかそんな形でお母さんを困らせるかもしれません。」と。
  
なんだかなぁ~。他人事のように言うんだよねぇ~。
 

追伸

さっき、なんだかんだ言っても、彼は、世界第2位に匹敵する夜泣きで、心のウンチを根こそぎ出せて幸せと書いた。でも、ほんとうは、根こそぎ出せていない。
 実は、ママの器の分だけ、出せただけ。
 ママが涙をはらはら流した分だけ、泣ける。
 
 私も、S先生抱っこ法のセッションを四男と受けたことがある。私としては、いっぱい泣いていいよという気持ち全開だったつもりだった。でも、四男は、私の器ではこれ以上本音を出してもわかってもらえないということを知っていた・・・らしい。(S先生にこれ以上のセッションはいいみたいなことを3歳児なりに表現したとのこと。)
 そう、ママが受け入れられる分だけ、子どもは泣ける(本音を出せる)。
 ママが、自分の本音に出会っていないのに、どうして子どもの本音を受け止められるだろうか?
 彼の意思をS先生に聞いて、ちょっとショック。そして、寂しかった。でも、そうかもなぁ~と納得もした。
 私は、ずっといい子ぶりっ子で生きてきたので、自分の本音にカビが生えていた。どうにか表面のカビは取り除いたけれど、根っこは、しっかり残っている。きっと、私の3歳までの情動記憶にその鍵があるのだと思うけれど・・・・・きっと、私の母のストレスによる影響を多大に受けているのだと思うけれど、退行催眠みたいなものを受けたらわかるのかなぁ。

 そう。子どもは、ママの器の分だけ自己主張できるし、本音を言える。けなげだよねぇ~。
 だから、泣ける子、ぐずる子、自己主張というわがままを言える子、ダダをこねる子、保育園や学校に行きたくないと言える子などのママは大変だけれど、それを受け止められるだけの器があると思うから、そうするんだよ。


  
 つぎは、『 ママ以外は、誘拐犯!』です。
コメント
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